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〇〇の資質のある子どもたち

 廃墟の町で保護された子どもたちは飛竜の里の人たちとの別れに涙したが、飛竜便でイシマールさんの番の飛竜に辺境伯領まで送ってもらい、辺境伯領で街を散策し、三つ子たちとお泊り会をして楽しい思い出を増やした。

 子どもたちは翌日、辺境伯領の教会の転移魔法の間から帝都の教会に転移し、王位継承権を放棄したが皇子と名のることを許された第五皇子夫妻に出迎えられた。

 保護した時に一緒にいたぼくたちも出迎えたので、ぼくたちを見た子どもたちはこれからの生活を不安に思い緊張気味だった表情が和らいだ。

「私たちが良い親になれるかどうかはわかりませんが、いい家族になれるように一緒に努力いたしましょう」

 そう言って一人一人の名前を呼び掛けた第五皇子夫人に子どもたちは元気よく返事をした。

「どの子供に虎使いの素質があるのですか?」

 皇帝の部下が第五皇子に尋ねると、第五皇子は皇族然とした微笑を浮かべた。

「全員に資質がありました。この中からきっと虎使いが誕生するでしょうね」

 グッと下唇を噛みしめて下を向いた皇帝の部下は、第五皇子の回答に不満に思いつつもこの場では何も言わなかった。

「洗礼式前の子どもたちの素質や素養とは何だろうね。健康でいてくれたら、これからどんどん学習して、なんにでもなれるじゃないか。虎好きの子どもには虎使いの資質の一つが備わっているよ」

 第五皇子の言い分は全く間違っていないのでぼくたちが頷くと、皇帝の部下から反論は出なかった。

 教会の礼拝所で、引き取られる子どもたちが新しい家族と仲良く暮らせるようにお祈りすると、精霊たちが出現して子どもたちを歓迎した。

「この子どもたちの誰が何に優れているかなんて、今の状態では精霊たちにだってわからないだろう。ただ、過酷な環境にあったのに生きのこったこの子どもたちは、みんな優秀なんだ」

 第五皇子の独白に第五皇子夫人が頷いた。

「あなたの洗礼式前の子ども時代に、あなたは将来、皇帝に信頼される私設秘書になる、と誰かに言われたら、あなたの親御さんは信じましたか?」

 第三夫人の言葉に、皇帝の部下は片頬を引きつらせ首を横に振った。

 “……ご主人様。帝国貴族において跡継ぎではなかった男児の出世街道の花形は軍人で、二番手が高級官僚で、私設秘書は余程コネがないと成れない職業です”

 姿を消しているシロの説明によると、皇帝の部下は実家に派閥間の大きなコネがない下級貴族の三男だったが、軍人になるほどの体力もなく、官僚を目指していたが、伝手もないので魔法学校で上位の成績を保ち続ければ何とかなる、としか考えていなかったところを、遠縁の親族の紹介で皇帝の私設部隊の秘書として採用されたが、秘密裏の仕事が多かったので、実家には宮廷の雑用係としか言えない状態だった。

 家族からの期待もなく、現在の仕事の詳細さえ家族に言えない皇帝の部下は、第五皇子夫妻の孤児たちへの信頼に神妙な表情になった。

「私はね、国を土台から支えたいんだ。この子たちと家族になり、この子たちが高級官僚にはなれなくても、国を支える仕事について、それぞれが家庭を持ち、幸せになることで国を発展させるほんの一部になってくれたらいい、と考えている。私たち夫婦の子どもは誕生することはなかったが、もう一度、魂の練成を経てこの地に生まれてくる時に、この国が豊かで平和であってほしい」

 誕生しなかった我が子のことを忘れていない第五皇子は、今までの苦労を労わるように夫人の肩に手を回すと、そうですね、と夫人は微笑んだ。

 皇帝の部下は精霊たちと戯れる子どもたちを見遣り、フッと息を漏らすと頬を緩めた。

「なるほど、この子たちは全員、虎使いの素質があるようです。全員が虎使いにならなくても、歴史に名を遺すような大活躍がなかったとしても、帝国の()()()を生き、国を支えていく国民だということに間違いありません」

 新時代、という時にチラッとキャロお嬢様を見た皇帝の部下は、ガンガイル王国からの新しい風の流れに乗ることを覚悟したようにキリっとした表情になった。

 養子縁組の仮登録の手続きを済ませ教会を出た一行は、光と闇の神の祠に魔力奉納を済ませると徒歩で貴族街の館に向かった。

 これから子どもたちが生活する帝都の風を肌で感じながら町を案内したい、と第五皇子夫人の提案が採用されたのだ。

 貸衣装のローブを身に纏い祠巡りをする市民や、祠の広場に立ち並ぶ露店を珍しそうに見る子どもたちに、みんなで祠巡りをするためのお揃いのローブを用意している、と第五皇子夫人が声を掛けた。

「あなたたちが大きくなったらローブを修繕して教会の孤児院に寄付しましょうね。そうしてみんなが大きくなっていくたびに、お揃いのローブを着て祠巡りをする子どもたちが増えていく、と考えたら、素敵でしょう」

 第五皇子夫人の言葉に、大きくなってもずっと一緒に仲良く暮らしていきましょう、という夫人の思いを読み取った子どもたちの笑顔が輝いた。

 貴族街が近くなると、ばあちゃんの家の幼児たちが面倒を見てくれるお姉さんの引く台車に乗って散歩している様子を見て、もう自分でたくさん歩ける、と足踏みをする子どもたちを見たキャロお嬢様が瞬きを数回して空を見上げ、元気になって良かった、と呟いた。

 ガリガリに痩せた子どもたちを心身ともに回復させてくれた飛竜の里の人たちに頭が下がる思いがしたのは、ぼくたちも一緒だったのでみんなグッと強めに目を閉じてこみ上げてきた涙を押しとどめた。


 第五皇子夫妻の新宅は貴族街の端のガンガイル王国従業員宿舎にほど近いところにあった。

 ガンガイル王国従業員宿舎の敷地の塀に沿ってたくさんの野菜が実っているのを見た子どもたちは、ほとんどの家の軒先に畑があった飛竜の里を思い出して、里と同じだね、と口々に言った。

「お散歩のとき、塀の外に飛び出している野菜をとっていいことになっているから、喉が渇いたらトマトでもキュウリでも食べていいのですよ」

「おうちでご飯を食べれる程度にしましょうね」

 キャロお嬢様の説明に第五皇子夫人が慌てて付け加えた。

 はい、と元気よく答えた子どもたちを見た第五皇子は、うちの庭にも畑を作ろう、と子どもたちに提案した。

 第五皇子の新宅に到着すると、五人の使用人が玄関で待っていた。

 皇子の館の使用人としては少ないが、子どもたちのお世話をする人数としては十分だった。

「お料理や掃除には手伝いに来てくださる方が他にもいます。お会いした時に紹介しますね」

 ガンガイル王国従業員宿舎から通いのお手伝いさんがシフト制で入るらしい。

 挨拶を済ませて屋敷に入るとエントランスホールに大きな黒い犬が一頭、伏せをした状態で待っていた。

「執事の犬のダグだよ。みんなと仲良くなれるかな?」

 第五皇子がダグと呼んだ黒い犬を撫でると、賢そうな目をしたダグは頷いた。

 子どもたちを頼んだよ、と精霊言語でダグに語り掛けると耳をピンと張り、しっぽを高くしてあたりを見回し、ぼくと目が合うと、犬語がわかるのか!と目を丸くした。

 “……犬語かどうかわからないけれど、精霊言語は万物と会話できる完璧な言葉だよ”

 ポケットからひょっこり顔?を出したぼくのスライムがダグに語り掛けると、ダグはあんぐりと口を開けた。

「カイル君の凄さが犬にもわかるんだね」

 子どもたちの感想にダグは口を閉じて上目遣いにぼくを見た。

 みんなかなり大変な目に遭ってようやく体力が回復したばかりの子どもたちだから、優しく気にかけてあげられるかな?

 “……ああ、任せておけ。気性が落ち着いているからオレがこの館の番犬に選ばれたと自覚している。子どもたちに優しくして、不審者を警戒するのが俺の仕事だ”

 任せたぞ!とダグの答えに反応したみぃちゃんとキュアがポーチと鞄から顔を出すと、なんだお前たち!とダグが身を引いた。

 “……なんだ!ビビっているのか!”

 キャロお嬢様のハンドバッグのチャームに擬態していた水竜のお爺ちゃんが手のひらサイズの大きさまで大きくなってダグの真上を飛ぶと、ダグは玄関マットのように薄くひれ伏した。

 薄っぺらになったダグに子どもたちが笑うと、怖くないだろう?と水竜のお爺ちゃんが子どもたちに精霊言語で語り掛けた。

 子どもたちの笑い声にバツが悪そうに顎を引いたダグと水竜のお爺ちゃんに第五皇子が声を掛けた。

「ガンガイル王国の魔獣たちとも仲良くしてくれると嬉しいな」

 ダグは首を振って水竜のお爺ちゃんとぼくとぼくの魔獣たちを見比べると、腹ばいになって降参の仕草をした。

「お腹を撫でてもいいですか?」

 一人の子どもがダグに声を掛けると、ダグは小さく何度も頷いて、了解!と合図した。

 おずおずとダグのお腹に手を当てた子どもは、呼吸するたびに大きく上下するダグのお腹にびっくりして手を引っ込めると、温かい、と言ってダグを触った自分の右手を左手でそっと撫でた。

「生きているから動くし、温かいんだよ」

 第五皇子がお手本のようにダグのお腹を優しく撫でるとダグは嬉しそうにしっぽを振った。

 水竜のお爺ちゃんがさっきダグを撫でた子が脳裏によぎった、廃墟の町の孤児院で朝起きて隣のベッドの子どもを起こそうとして触った冷たく硬くなった体の感覚を精霊言語でダグに伝えた。

 腹ばいになっていたダグはあまりの衝撃的な場面の生々しい感覚を受取り、一瞬、硬直すると第五皇子の手を振り払って起き上がり、先ほど撫でた子どもの前に座ると、握りしめていた手に前足をそっと乗せた。

 “……ここで、幸せに暮らしなよ。オレが悪い奴らからお前たちを守ってやる”

 ダグの言葉が聞こえなくても子どもたちも第五皇子夫妻もダグの決意が伝わったようで、ハッとした表情になった。

「ダグも子どもたちと家族になってくれるかい?」

 執事の言葉にダグは、ワン!(もちろんだ!)と答えた。

 ダグに認められた子どもたちは順番にダグを撫でて挨拶をした。

 ダグは子どもたち一人一人に、お前たちの兄貴だ!と優しい目線をむけた。

 ダグを連れて館に案内された子どもたちは、部屋割りが飛竜の里と同じだったことに安堵したり、大きなお風呂やプレイルームに感動したりして、この館で暮らすことを喜んだ。

 ぼくたちは子どもたちが安心して暮らしていけることを見届けてから寮に帰った。


 第五皇子夫妻に引き取られた子どもたちは、ばあちゃんの家の子どもたちとよく行き来しているようで、一緒に祠巡りをする姿を見かけるようになった。

 週に数回、教会の孤児院にも顔を出しているようで、日々のお勤めをする年長者たちを見習って正午の礼拝にも教会前の祭壇に魔力奉納をする姿を市民たちに目撃されていた。

 小さい子どもたちが熱心に祈る姿に市民たちは感激し、第五皇子夫妻の評判が上がり、皇子夫人たちの奨学金の事業に寄付する市民たちが増えることになった。


 その後の子どもたちとダグの関係はと言えば……。

 三歳児登録前の子どもたちが乗る台車よりやや大きな台車を引いたダグが子どもたちを交代で乗せて、第五皇子の館とばあちゃんの家の間を走っていた。

 お兄さんぶっていても乗ってみたかっただろう、と自分の子どもたちのために第五皇子が台車を発注したらしい。

 自分で歩けるけれどせっかくだから乗ってみる、と第五皇子夫妻には付き合いで乗るような言い方をしたらしいが、台車の上で楽しそうにはしゃぐ子どもたちの姿を目撃すると、ぼくたちはほっこりした。

 犬使い?と呟くキャロお嬢様に、シロやイシマールさんの犬が引く犬ぞりで遊んだでしょう、とケインに突っ込まれていた。

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