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虎使いの資質とは

 帰りの馬車でキャロお嬢様は、今度こそは第三夫人が女子だけで出かける約束を皇帝から取り付けると、観劇の後にカフェに立ち寄る計画を立て始めた。

「せっかく平和になったのですから、市中の雰囲気を視察することも必要ですわね」

 第三夫人は、今度こそ仰々しいお出迎えのないお忍びを楽しみたいのでよろしく、としっかり皇帝に釘を刺した。


 初日公演が御前芝居となり大成功を収めた劇団サソリ座の新作はチケット争奪戦が加速し長期興行になった。

 信じるも信じないもお前次第、と言ったセリフが常套句に使われるほどの社会現象になるのだ。

 同時に、劇団員のほとんどが平民であったのに毎日あれほどの魔力を使用した演出ができる公演をこなす魔力量があることを、貴族社会に広く知らしめることになった。

 それでいて、貴族が土地を護る結界のために大量の魔力と一族に受け継がれた技術を必要とすることを丁寧に描写されているので、貴族の誇りと領分を保った内容だったことで、貴族社会でも大いに好評を博すことになった。

 劇団員たちが魔術具で派手な魔法を行使し、社会現象になるような注目を集めても貴族たちに問題視されることはなかった。

 何より、皇帝陛下大絶賛、というお墨付きがあったので、問題視どころか俳優業に憧れる貴族もいたようで、似顔絵絵師が大活躍することになる。

 そうなると、他の劇団も魔術具で派手な演出で耳目を集めようとしてボヤ騒ぎを起こすことさえあった。

 度重なる事故に公安が演劇用の魔術具を審査することになるのだが、劇団さそり座の三次元映像の魔術具の秘密は解明されることはなかった。

 第三夫人から皇后陛下、と呼ばれるようになった皇后のお気に入りの劇団だ、という忖度ではなく、映像制作の初期段階に詠唱魔法を使用するので公安の職員たちには解明できないだけだった。

 劇団さそり座の三次元映像の作成に協力する寮生たちには長期上映になるにしたがって報酬額が増える契約になっていたので、そもそも個人資産のないマテルやアドニスは、マナさんや第三皇子夫妻に頼らずお小遣いを稼ぐことができた。


 それでも、劇団さそり座の公演成功によって一番の恩恵を受けたのは第五皇子夫妻だった。

 廃墟の町の孤児たちを引き取ることを表明していたが、飛竜の里という安心できる預け先があることで入念に受け入れ準備に時間を掛けていた貴族街の屋敷の整備に、皇帝自らが私財をなげうって援助をしたのだ。

 女子寮監ワイルドとの約束を違えた埋め合わせの条件が、教会を通じて国を跨いで保護されていた孤児たちのことだと気付いていなかった皇帝は、保護すべき少年が国内にいないことを宮殿に戻ってから知り、愕然となったらしい。

 飛竜の里はガンガイル王国でも特殊な自治領ということで、ガンガイル王国王家が直接関与していないという建前だったが、度重なる帝国への支援への礼とあわせて皇帝はガンガイル王国王家と辺境伯領主に感謝の意を表す書簡を送った。

 それと同時に、第五皇子夫妻の貴族街の館の整備に金を積んで急がせた。

 第五皇子夫妻は、両家の実家からの干渉を防ぐため、設計と施工はオーレンハイム卿とジェイ叔父さんに依頼していた。

 キャロお嬢様の帝国留学に合わせて入国していたガンガイル王国退役騎士たちが作業員としてガッツリ稼いだらしい。

 第三夫人が正式に皇后として認められたことで両国間の友好が決定的になったため、この事態にも帝国貴族から表立って不満の声は上がらなかった。

 むしろ工期を急いだため、除隊後の軍人の小遣い稼ぎとして日雇いの仕事が増えたので、退役軍人支援をしていた軍関係者たちに歓迎された。

 第五皇子は今後、魔法工法による建築技術を退役軍人たちに学ばせ、南方地域の復興に貢献することになるのだが、それはまた別の話だ。

 大々的な事業となった第五皇子夫妻の別邸は子どもたちを受け入れる前に一般公開され、バス、トイレ、プレイルーム、など魔術具だらけの設備に見学者たちの度肝を抜いた。

 孤児たちが住むには立派過ぎだ、と声が上がりそうなところだが、宮廷内の離宮を引き払い第五皇子夫妻が引っ越すことを表明しているので、贅沢すぎるとも言えず、孤児たちが本当に第五皇子夫妻の養子になることをあらためて実感させることになった。

 孤児たちを正式に養子にしたら第五皇子は皇位継承権を放棄することを表明しており、第二皇子を推している第五皇子が皇籍から外れることの影響を推測する方に注目が集まった。

 皇帝は孤児たちの中から虎使いの資質がある子を探し出すように第五皇子に命じたが、虎使いの資質とはそもそも何か?と逆に問われると、皇帝には答えることができなかったらしい。


 準備が整い、いよいよ孤児たちを帝都に迎え入れるという段階になって、第五皇子ことイーサンがガンガイル王国寮に遊びに来たいと連絡を入れてきた。


「それで、ぼくたちの意見を聞きたくて、イーサンとして寮に遊びに来たのですね」

 イーサンとして面会予約をきちんと取るあたりがふらっとやってくるハントとは違うので、ぼくたちは食堂でお好み焼きをしてイーサンもてなしていた。

「虎の生息地帯で、虎使いの情報を探したが、領主一族の交代によって、虎使いそのものがもういない、とのことだった。前領主一族がなかなかえぐい形で退くことになったので、領民たちは虎使いの詳細について誰も口を割らないのだ。その後、広範囲に山枯れが起こって虎が生息しなくなったことも、語らない言い訳にされたよ」

 一族皆殺しの領主交代劇だよ、詳しく聞きたいかい?と魔本が精霊言語で説明しようとしたので、ぼくとケインは首を横に振った。

「だがね、猛虎と呼ばれる虎が生息する森、いや、山全体が一夜にして緑豊かな森に回復したらしいんだ」

 何か知っているよね?と視線でイーサンはぼくに尋ねた。

「住民たちの目撃情報はないのですか?」

 とぼけたウィルの質問に顎に指をあてたイーサンは小首を傾げた。

「住民たちは家に籠っている時間帯だから目撃情報はないが、領城の警備兵と、軍の東北管轄の部隊に目撃者がいた」

 イーサンは冷凍鉄板でアイスクリーム作りを楽しんでいる水竜のお爺ちゃんを見た。

「目撃者たちの証言では、遠方の暗闇の中に巨大な水竜がチラッと見えたような気がしたのは、その時は目の錯覚かと思ったらしい。その直後、山全体が光り輝いたので、報告しようとした時には、あっというまに終息してしまい、次に、山全体に細かい光の粒がキラキラと煌めいていたので、これが噂に聞く精霊なのか、と考えたらしい」

 死霊系魔獣から開放されマタタビでハイになった虎が飛び出してきたところを水竜のお爺ちゃんが巨大化してキャッチした場面を警備兵たちに目撃されていたようだ。

 その後すぐに水竜のお爺ちゃんは縮んだから、警備兵たちは闇の中に巨大な水竜がちらっと見えただけだったのだろう。

「精霊たちが上空で球体状に集まった後、森の中に消えてしまった、との証言だった。報告を受けた他の兵士が山の方角を見た時には、山は真っ暗なままだった、とのことだ」

 イーサンの説明に、水竜のお爺ちゃんは、おう!と精霊言語で返事した。

 “……猛虎の奴とは旧知の仲だ。遊びに行ったら死霊系魔獣に取りこまれそうになっていたから助けてやる時に巨大化したぞ!例のまずいやつが埋没された土地だったから、ちょっくら始末できる人間たちに手伝ってもらった。あれは儂でもかかわりたくはない代物だ”

 やっぱりそうだったか、とイーサンはぼくを見たが、ぼくは従者ワイルドの方に視線をそらせた。

「現状、水竜はガンガイル王国寮の食客だから、大きいオスカー殿下に礼を言おう。帝国の山一つ救っていただき、ありがとうございます」

 イーサンは誰が関与したかを追求せず、ガンガイル王国寮に世話になったとして話をつけるようだ。

 “……あれの欠片が世界中に散っているようだが、帝国は国土が大きいから、他の欠片も帝国内のどこかにある可能性が高い。終戦後、兵士たちが帰還して土地の魔力が回復するはずなのに、極端に回復が遅い地域は怪しい。教会に情報を流せば教皇が対応するはずだ”

 イーサンの訪問前に打ち合わせした通りの要望を水竜のお爺ちゃんがイーサンにすると、イーサンは頷いた。

「ああ、軍と国税局が別々で動いている。魔力が極端に低い土地の情報を教会と共有できるように調整しよう」

 そういえば、紛らわしいことに、不作時の補助金目当てにあえて土地の魔力を低くしていた領地があったな。

 水竜のお爺ちゃんとぼくのスライムは、精霊たちの誤情報の中にそういうのがあった、と頷いた。

「そうか!水竜が猛虎の友人なら、虎使いの資質について、何か知らないかい?」

 手がかりがあった!と喜んだイーサンに、知らないな、と水竜のお爺ちゃんは精霊言語で即答した。

 “……虎使い、とは人間の便宜上の言葉になり変わってしまったからな。本来なら、猛虎が契約に値すると認めた、虎を使役する人間のことらしいが、猛虎はもう久しく誰とも契約していないと言っていたぞ”

 水竜のお爺ちゃんの説明にイーサンはがっくりと肩を落とした。

「そうだよな。虎を使役する人物なんて話は軍でも聞いたことがない」

 猛虎の森の前領主一族は虎使いを軍に使われたくないから、あえて、虎と使役契約をしなかったのかもしれない。

 ぼくの考えに兄貴とシロが頷いた。

「保護した子どもの中に虎使いの資質がある子がいるのかもしれないが、子どもたちは出身地域のことを覚えていないので、まったく手掛かりがないんだ」

 イーサンが頭を抱えると、あら、とキャロお嬢様が口を挟んだ。

「カイルは飛竜の里の出身地域ではないけれど、キュアに好かれているじゃないですか。使役契約こそしていないけれど、いい友人関係で、はたから見たら飛竜使いのようでしょう?保護した子どもたちの中から、出身地域なんて気にせず、虎好きを探せばいいだけじゃありませんか」

「お嬢様!その探し方だと、ボリス兄さんに飛竜使いの資質があるみたいじゃないですか!」

 洗礼式前は、飛竜使いになりたい、と豪語していたボリスはミーアの言葉に、昔のことじゃないか!と抗議した。

「いや、それでいいんだ。ありがとう。そもそも、虎好きじゃないと虎使いになりたいとは思わないだろう。虎使いの資質が何かはわからなくても、虎好きの子どもたちの中に資質のある子がいるだろう」

 憑き物が落ちたかのようなすっきりとした表情になったイーサンが笑った。

「陛下は、虎使いの資質のある少年を手厚く保護する、とおっしゃったのに、陛下自身も虎使いの資質とは何かをご存じない。ならば、虎好きの子どもたちに虎使いの素質がある、と言っても差支えがないだろう」

 うんうん、と頷いたイーサンにぼくたちは笑った。

 魔獣カードでかなり強いカードの虎は子どもたちの間で人気だから、皇帝は保護されたすべての子どもたちを手厚く扱う必要がある。

 女子寮監ワイルドはそこまで考えて、あえて、曖昧な言い方をしたのだろう。

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