聖獣猛虎の決断
「とりあえず、地上に降りて状態を確認しましょう」
邪神の欠片と死霊系魔獣等だけ消滅させるイメージを保って光影のバズーカー砲を撃ったので、邪神の欠片がどのように埋没していたかを確認することにした。
着陸すると球体状にぼくたちを取り囲んでいた精霊たちは蘇った森に歓喜して散っていった。
月明かり差し込む森は光影のバズーカー砲の癒しで夜にもかかわらず木や草が新芽を出していた。
“……なんてこった!森の息吹を感じるじゃないか!”
水竜のお爺ちゃんにゆっくりと着地してもらった虎は、掴まれていた首を伸ばすように左右に首を振っていたが、回復した森の状態に気付くとグルグルと首を回して周囲を見渡した。
“……カイルに感謝するんだな”
水竜のお爺ちゃんに促される前に、虎はぼくのスライムとの合体を解いたぼくの前にひれ伏し、頭を地面に擦りつけていた。
“……ありがとうございます、カイル様。上級精霊様と中級精霊様とよくわからない存在とご一緒されていたので、全く気が付かず先ほどは失礼いたしました”
虎にへんてこな存在と言われたのは、スライムたちと分離したみぃちゃんとみゃぁちゃんではなく、ぼく、ワイルド上級精霊、シロ、兄貴、と順番に見た虎の視線から察するに兄貴のことだろう。
「邪神の欠片を消滅させるために神々から御力を授かった責務を果たしただけだよ。虎を消滅させなかったのは、水竜のお爺ちゃんが君を友として慕ったから、できる限りのことをしたまでだよ」
虎が生きていたとは考えておらず、悔いなく成仏させるためにマタタビをあげたとは言いにくい。
ありがとう、と目を輝かせた虎が水竜のお爺ちゃんを見上げた。
“……お前と儂の仲じゃないか、水臭い”
水竜のお爺ちゃんの言葉に虎は咽び泣いた。
“……俺は、俺は頑張ったんだ……”
おいおいと泣きながら虎が語った内容は、ぼくたちが事前に推測したことを裏付ける内容だった。
竜族ほど長寿種ではない虎でありながら、聖獣猛虎になったかのいきさつを切々と語ったが長かったから割愛する。
「そんだけ長生きしたのに、邪神の欠片には敵わなかったのね」
「生きながら死霊系魔獣に囚われていたのに、よく自我を温存していたね」
上空では辛辣な口調だったみぃちゃんとみゃぁちゃんが虎を労わる言葉をかけると、なんと慈悲深い御猫様!と精霊言語で叫ぶなり再び泣き始めた。
みぃちゃんとみゃぁちゃんが邪神の欠片の魔術具を扱える人物を養成するために誘拐された子どもたちが置かれた状況を精霊言語で虎に見せつけると、虎は戦慄に全身を震わせた。
“……なんとむごたらしいことを!その邪神の欠片と呼ばれる禍々しきものが、いつこの地に持ち込まれたのかは正確にはわかりません。俺が気付いたのは『虎使い』が森に埋設する許可を求めに来たからです”
前領主の時代までいた『虎使い』が何か封印された小箱を森の中に埋めることを虎が了解した時は、こんなに禍々しいものだとは気が付かなかったらしい。
それまでの『虎使い』との関係が良好だったこともあり、森に大事なものを隠した、と虎は考えたらしい。
案の定、領主一族の交代が起こり、土地を護る結界が書き換えられ、上っ面の護りしかなくなった影響で土地の魔力が減少し、森の生物が少なくなっていった。
聖獣猛虎は、ここで大きな決断をすることになった。
“……人間の政治のことはわからないが『虎使い』がいなくなったことだけは確かだったから、若い衆たちに縄張を東方に移すように説得したんだ”
“……おお!虎族は絶滅したわけではないのか!”
山に虎の気配が全くないことを心配していた水竜のお爺ちゃんは、虎の縄張が移動していたことに安堵した。
“……連中が新しい土地で上手くやっていれば生きのこっているだろう”
虎が遠い目をして言うと、ワイルド上級精霊はあっさり、生きのこっている、と断言した。
あの時の決断は間違っていなかった!と感極まって再び涙する虎を水竜のお爺ちゃんに任せて、ぼくたちは邪神の欠片の埋まっていた場所を掘り起こすことにした。
「今回、まだ何にも働いていないからぼくにやらせて」
ケインが名乗りを上げると、ケインのスライムとみゃぁちゃんも触手と前足をあげた。
「ああ、頼もう」
ワイルド上級精霊の言葉に頷いたケインは、地面に魔法陣を描きだした。
「小さいオスカー殿下の母方の領地で試してみたくて考案したんだ」
ケインが魔法陣を描き上げるとケインと、ケインのスライムとみゃぁちゃんが魔法陣に魔力を流した。
すると、魔法陣を描いた土地が円柱状に隆起し、埋没していた箱ごと土を持ち上げた。
「地層を調べるのに便利だね」
広範囲に掘削しなくても地中の土を少しだけ採取するのにとても便利な魔法陣だ、とぼくたちが感心していると、おお、これだ、と水竜のお爺ちゃんと話し込んでいた虎が駆け寄った。
“……あれほどの規模の魔法攻撃を受けながら埋没した時の姿のままなんて、素晴らしい!俺が直撃をくらっていても、無事だったのではないか?”
アドニスで上手くいったのだから、たぶん大丈夫だったろう……いや、ワイルド上級精霊とシロと兄貴は首を横に振った。
「死霊系魔獣との同化が進んでいたなら、消滅を免れなかったかもしれない」
ワイルド上級精霊の言葉に虎は身震いをした。
「もしかして、マタタビがなかったら自我を取りもどせなかったかもしれないのかな」
みぃちゃんの指摘にワイルド上級精霊は頷いた。
マタタビの誘惑に、僅かばかり残っていた虎の自我が目覚めたのか。
ケインは持ち上がった箱を達磨落としの要領で回収すると、魔法陣によって持ち上がった土を元に戻した。
白い小箱にはひびが入っており、邪神の欠片の影響力がそこから漏れたことが一目瞭然だった。
箱を開けると中には魔石の台座だけ残した装飾過多の小刀が収納されており、邪神の欠片が魔術具に加工されていた証拠だった。
「これは、月白の管轄になるから、預かっておくよ」
ワイルド上級精霊の言葉にぼくたちは頷いた。
“……もう、行ってしまわれるのですね”
森が芽吹き始めたとはいえ、ぼくたちが帰ってしまうと一人ぼっちになってしまう虎は、寂しそうにぼくたちを見た。
“……なに、儂は今晩このまま東方まで赴いてお前の親族を探してやるよ。森の生態系とやらがもとに戻るころには、虎たちが戻ってくるさ”
安堵の表情をした虎は、何か思い出したかのようにハッとした。
“……カイル様は邪神の欠片を探し出して消滅させる責務を負っているのですよね”
光影の武器を使用できるということは、そういうことだろう。
ぼくが頷くとワイルド上級精霊は嬉しそうに微笑んだ。
“……護りの魔法陣が書き換えられて森が枯れ始めた時に、怪鳥チーンが偶々、遊びにきていたのです”
そんなタイミングの悪い時期に訪れるから羽ばたくだけで畑が枯れる、とか言われてしまうのだろう。
ぼくたちが間の悪い鳥だ、という表情をすると虎も笑った。
“……いや、山枯れが起こる気配がするから気を付けろ、と怪鳥チーンに忠告されたのです”
魔獣たちのネットワークもあって魔獣暴走を防いだのかな?
「忠告の甲斐もなく、お前は死霊系魔獣に取り込まれてしまったではないか」
身も蓋もないワイルド上級精霊の言葉に、面目ない、と虎は前足で頭を掻いた。
“……忠告の意味をはき違えていました。土地の魔力が減少するから山枯れが深刻化すると考え、森の魔獣たちに避難を呼びかけたのに、こんな禍々しいものが埋められたせいだとは考えが及びませんでした。正直なところ、気が付いた時には目の前にマタタビがあったのです”
邪神の欠片の封印が壊れた時に発生した死霊系魔獣に虎は早々に囚われてしまったらしい。
「怪鳥チーンは上空から封印されていた邪神の欠片の気配がわかったのでしょうか?」
兄貴の疑問に森の精霊たちが、厳重に封印されていたらわかるわけがない、と反論した。
そうだよな、と虎も首を傾げた。
“……怪鳥チーンは西側にいるんだろう?これから儂が行きたい方角と真逆だな”
「わたしが聞きに行くよ。怪鳥チーンとは顔馴染みだもん」
「「あたしも行く!」」
キュアが立候補するとみぃちゃんとみぃちゃんのスライムが前足と触手をあげた。
「心配だからシロも付き添ってくれるかな?」
「わかりました。転移できれば三匹の負担も少ないでしょう」
シロが三匹を転移させれば、一番魔力の多いキュアの魔力で全員転移できるから、みぃちゃんとみぃちゃんのスライムの魔力に余裕が出る。
ぼくたちが今後の予定の話し合いを終えると、いよいよお別れだ、と虎の瞳が潤んだ。
“……儂がちょこちょこ顔を出してやるから、ふさぎ込むなよ”
水竜のお爺ちゃんの言葉に虎が頷くのを確認してから、ぼくたちはそれぞれの目的地へと転移や移動を始めた。
寮の自室に帰ってきたぼくとケインは、清掃魔法で身ぎれいにして山に行った痕跡を消すと、ほどよく魔力を使ったのですぐに眠りについた。
起床して身支度をしているとキュアとみぃちゃんたちが、水竜のお爺ちゃんたちより先に戻ってきた。
「怪鳥チーンは、やっぱり怪鳥チーンなんだよね」
戻ってきたキュアの開口一番の言葉に、みぃちゃんとみぃちゃんのスライムが頷いた。
「お家騒動がありそうな領地をフラフラと飛び回って、鳥類から根掘り葉掘り噂を聞いているから、やたらと物知りだったのよ」
「だから、羽ばたくだけで畑が枯れると言われてしまうんだ。まったく、もう、畑を枯らすのは護りの魔法陣が世界の理から外れているせいなのにね」
みぃちゃんとキュアは顔を見合わせて溜息をついた。
「それじゃあ、怪鳥チーンが邪神の欠片があの森に埋められたのを忠告したのは、噂話からヤバそうなものだと判断したからだったんだね」
「そのようです、ご主人様。領主一族が交代する直前にお家騒動があり、教会に所属していた上級魔導士だった当時の領主の次男が教会特製の魔術具で長男を刺殺したそうです。その魔術具は厳重に封印された、と領城に出入りする鷹から噂を聞いていたそうです」
なんだか物凄く辻褄が合う。
「ガンガイル王国のように邪神の欠片を封印し続ける技術がなかったから、早々に経年劣化で壊れてしまったんだね」
ケインの言葉にキュアとみぃちゃんとみぃちゃんのスライムが頷いた。
「こんな時間までかかったということは、他にも怪しい土地がないか噂話を聞いてきたんだね」
三匹は得意気に頷いたが、みぃちゃんが大きくあくびをした。
「お疲れ様、少し寝たらいいよ。ぼくたちは祠巡りに行く時間だし、後でゆっくり話を聞くよ」
みぃちゃんとキュアは頷くと、ぼくのベッドで丸くなった。
「おはよう!もう、支度は済んでいるんだろう?なんだ、キュアとみぃちゃんはまだ寝てるのかい?」
騒々しく部屋に入ってきたウィルは二匹のために声を潜めた。
「夜のお散歩を楽しんでたみたいだよ」
ウィルの後ろから部屋に入ってきた兄貴の言葉に、そうなのか、とウィルはみゃぁちゃんに尋ねた。
みゃぁちゃんはにやっと笑って頷くだけだった。




