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漆黒の森

 星空を背に漆黒の森の上空を飛行する二体の竜はカッコいい。

 翼の生えた光る鎧兜を身に纏い飛ぶ二匹の猫もカッコいい。

 そもそもカッコいい上級精霊は論外として、ぼくとケインは寝間着の上からスライムの鎧兜を身に纏っているのが、何ともいただけない。

「着替えた方がよかったかい?」

「誰も見ていないし、動きやすいので問題ありません」

 ワイルド上級精霊の質問にスライムたちは、しまった!と反応したが、気にしない、とケインが答えると安堵した。

「ぼくはそもそも寝間着だけで飛んでいるんだけど」

 寝間着姿のままの兄貴は夢遊病の子どもがベッドから抜け出たようにしか見えなかった。

 妖精型のシロは小さすぎてまるでお人形が空を飛んでいるようで、たとえ目撃者がいたとしても夢だとしか思えないような光景だった。

「それよりカイル兄さんが凄いことになっているよ」

 ケインが指摘しなくても、ぼくの鎧兜を担当したぼくのスライムが漆黒の森の上空に着くなり熱くなっていたので、左右で光と闇に分かれた光影の鎧兜に変身したことに気付いていた。

「どうせなら、前方を闇の面にして背中側を光の面にしたら森の方角から見えないけれど、後方の全員は瘴気が飛んできても全員被害なし、なんてことにならないかな?」

 ぼくの言葉に合わせてぼくのスライムが調整すると、山側に向かう下の方が真っ暗な闇になり頭や背面が光る側になった。

 掌をひっくり返しても、水の入ったコップを傾けても中の水が傾かないように山に面した方だけ闇になった。

 やるじゃないか!

 後方にいるケインとみぃちゃんとみゃぁちゃんは眩しかったようでサングラスを着用した。

「有効のようだね。死霊系魔獣たちは魔力の多い存在として、カイルではなく竜族に反応しているようだ」

 ワイルド上級精霊の言葉通り、漆黒の森の中で同じ闇なのに同化しない禍々しい邪気がとぐろを巻いて鎌首を持ち上げて、水竜のお爺ちゃんとキュアに狙いを定めているような気配がした。

 自分の魔力を使わないワイルド上級精霊やシロや兄貴に反応しないのは理解できるが、ぼくが竜族より魔力が多いわけがない。

「可愛そうに、いろんな小型魔獣が餌食になっている。だけど、虎なんて交ざってないよ!」

 キュアが浄化の咆哮を放つと、真っ暗な森の死霊系魔獣はあっさりと霧散した。

 “……あいつが自分の縄張にこんな死霊系魔獣をのさばらせたりするわけがないのに……。本当に虎族は絶滅してしまったのか……”

 水竜のお爺ちゃんの嘆きの途中にぼくの左手に出現した光影の散弾銃で気が付いた時には引き金を引いていた。

 体が軽くて反応速度が異様に早い!

 ぼくのスライムが光影の鎧兜になってから、今まで両掌だけで感じていた熱が全身に回ったことで、何もかもがパワーアップしたような気がする。

 漆黒の森から水竜のお爺ちゃんに向けて蔦のような複数の鞭が伸びてきたが、ぼくの早打ちの銃弾が命中すると瞬時に消滅した。

 漆黒の森からの攻撃はそれでは終わらず、次は毬栗(イガグリ)のようなものが無数に飛んできた。

「植物まで死霊系魔獣が取り込んでしまったのか!」

 死霊系魔獣は魔獣や人間を襲うイメージしかなかったが、この森の死霊系魔獣は植物系だったことにケインが驚きの声をあげた。

「駄目だ!キュア!炎だと栗が爆ぜる!」

 口から炎を出して焼き払おうとしたキュアに兄貴が声を掛けると、水竜のお爺ちゃんはキュアごと水浸しにして毬栗を地上に落とそうとしたが、ぼくは光影の投網を広げていたので、飛んできた毬栗は二体の竜に届く前に投網に触れて次々と消滅し、水竜のお爺ちゃんの放った水だけがドバドバと地上に降り注いだ。

 飛んで来る攻撃を全て防げる光影の網は便利だ。

「あら、やだ、次は茸を飛ばしてきた!」

「爆弾茸が混ざっているから、胞子を飛ばす作戦じゃないの?考える脳味噌があるようね」

 みぃちゃんとみゃぁちゃんは投網に引っ掛からないように小さい茸を飛ばしてきた漆黒の森の奥に潜む死霊系魔獣に知能があることに首を傾げた。

 網の目を細かくして振動させると茸はすり抜けることもなく、網に触れると爆発する茸は爆発する時に消滅しており、瘴気の胞子をまき散らすことはなかった。

「頭脳戦に持ち込んだようだけど、それにしては一方的過ぎる……」

 “……猛虎と呼ばれても、ちょっと脳足りんな虎の思考に似ているが、あいつが死霊系魔獣になってしまったのか!”

 悔しがる水竜のお爺ちゃんは漆黒の森の奥の死霊系魔獣の行動に見覚えがあるようだった。

 チラッと映像を送ってきた水竜のお爺ちゃんの記憶によると、どうやら、癇癪を起すと土魔法と風魔法を駆使して毬栗や爆弾茸をぶつけてくる嫌がらせをされたことがあったらしい。

「聖獣クラスの虎が死霊系魔獣に取り込まれたことによって、植物まで使役できるようになったのでしょうか?」

「死霊系魔獣は生き物を吸収して塊になってしまうから、分類したことはない。まあ、攻撃性の高い魔獣系の死霊系魔獣を竜族が浄化してしまったから、植物系の死霊系魔獣しか残っていない可能性もある」

 死霊系魔獣を魂の練成の輪から外れてしまったもの、としか精霊たちは認識していないようだったが、植物系の攻撃を見ることは珍しいらしく、ワイルド上級精霊もシロも次は何が出てくるのか、と興味深そうに見ていた。

「うわ!マメ科の植物が種を飛ばしてきた。……その奥から何が出てきたのだろう?」

「なんか気持ち悪い液体だ!」

「食虫植物の消化液かな?」

 みぃちゃんとみゃぁちゃんの言葉にケインが答えるとキュアが嘆いた。

「そんな物で光影の網を溶かせるとでも考えたのかな?」

 “……あいつもお馬鹿だったよ”

 ぼくが光影のバズーカー砲を構えて地中に埋没している邪神の欠片ごと消滅させようとすると、水竜のお爺ちゃんは意図せずしたことだろうが、猛虎と呼ばれた聖虎と戯れた日々を回想した映像をぼくたちに精霊言語で伝えた。

 若かりし頃の水竜のお爺ちゃんが伴侶を探して世界を旅して出会った猛虎と軽く戦い、仲良くなってしっぽで縄跳び遊びをしていた。

 かつての友の完全消滅に心を痛める水竜のお爺ちゃんを見て、できるだけのことはしてやりたい気がしてきた。

 収納ポーチの中にあれがあったな。

 光影のバズーカー砲を肩に担ぐと、片手で収納ポーチをゴソゴソと漁った。

 お目当ての物を掴むとみぃちゃんとみゃぁちゃんの首が伸びた。

「「まって!それをあげるなんてもったいない!」」

 二匹が同時に叫んだが、ぼくは掴んだ植物を漆黒の森の奥に潜む死霊系魔獣めがけて投げつけた。

「地上のさまよえる猛虎の魂が死霊系魔獣や瘴気に吸収されることなく天界の門に辿りつけますように」

 水竜のお爺ちゃんの友人の猛虎の魂が死霊系魔獣から分離されて天界の門を潜れますように、と祈りを捧げてから止めを刺そうとバズーカー砲を構えると、漆黒の森から凄まじい音量の咆哮がした。

「ああ、マタタビをもらって、大喜びしているよ」

「まったく、敵を強くしてどうするのさ!」

 みぃちゃんとみゃぁちゃんが恨めしそうにぼくを睨んだ。

「マタタビで楽しくなったからって、強くなったりしないよ。帰ったらみぃちゃんとみゃぁちゃんにもあげるから」

 絶対だよ、と二匹がぼくに念を押していると、漆黒の森の中から大型魔獣が飛び出してきた。

 “……ヒャッホウ!なんだかわからないけれど死霊系魔獣から開放された!”

 勢いよく飛び出した虎が精霊言語で喜びを爆発させたが、跳躍力だけで跳んできたので、そのまま放物線上に地上に落下していき、漆黒の森に落ちる前に巨大化した水竜のお爺ちゃんがしっぽで虎を捕まえた。

 “……お前!生きたまま死霊系魔獣に捕らえられていたのか!”

 “……そう簡単にくたばって堪るか!とはいっても、けっこう危なかった”

 水竜のお爺ちゃんが体を縮めて虎を上空に引き上げたのを確認したぼくは、バズーカー砲を構えて漆黒の森の死霊系魔獣とその奥に埋没している邪神の欠片に意識を集中して引き金を引いた。

 ドーンと一発漆黒の森に打ち込むと、真っ暗な森の闇がさらに濃い闇に包まれた直後、閃光が広がり山全体を包んだ。

 ぼくを包んでいたぼくのスライムの鎧兜が蛍光グリーンに戻り、邪神の欠片を消滅させたことがわかった。

 閃光がおさまると再び漆黒の森に戻った森で邪神の欠片の消滅を喜んだ精霊たちが煌めきだした。

 精霊たちの数こそ少なかったがぼくたちめがけて集まってきた精霊たちは、ワイルド上級精霊とシロの存在に恐れをなし一定の距離を保ったので、ぼくたちは精霊たちの球体の中に閉じ込められているようになった。

 “……俺は助かったんじゃなくて、お前がお迎えに来ただけなのか?俺はこのまま天界の門を潜るのか?”

 小さくなった水竜のお爺ちゃんに首根っこを掴まれて宙に浮いている虎がキョロキョロと辺りを見回した。

 “……これが天界の門を潜るためのお迎えか。俺様クラスの魔獣になると、格が違うんだな”

 “……お前は馬鹿か?お前も死んでなければ、儂も死んでいない。このまま手を放して地面にたたきつけて本当に殺してやろうか?”

 水竜のお爺ちゃんの精霊言語に虎は激しく首を横に振って否定した。

 “……助けてくれたお礼をちゃんと言いなよ。その少年、カイルがお前に情けをかけて、大好物のマタタビでお前を励まし、詠唱魔法で死霊系魔獣から引き離してくれた命の恩人だぞ”

 虎はぼくを見て、ひとり増えた!とギョッとした。

「横にいながら誰がバズーカー砲を撃ったと思ったんだろう?」

「下から見上げて見えなかったとしても、上まで引き上げられてからカイルは撃ったのに、気が付かなかったなんて、失礼よね」

 地上で暴れまわっていたのに貴重なマタタビを与えられた恨みを込めたのか、みぃちゃんとみゃぁちゃんは辛辣に言った。

 “……へんてこな格好をした猫が喋った!”

 “……うるさい!本当に落とすぞ!命の恩人の飼い猫なんだぞ!”

 失礼な奴め!と水竜のお爺ちゃんに片手を離された虎はシュンと項垂れた。

 “……大変失礼いたしました。危ないところを助けていただき、ありがとうございます”

 両前足を揃えてお辞儀した虎に、みぃちゃんとみゃぁちゃんは、わかればよし、というかのように頷いた。

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