水竜のお爺ちゃんたちの報告
新入生たちも学校生活に馴染んだ頃、寮の自室で就寝前にケインとベッドに寝っ転がってお喋りをしていると、出かけたはずの水竜のお爺ちゃんとぼくのスライムの分身が戻ってきた。
“……いたぞ!”
驚いて体を起こしたぼくとケインに、精霊たちからの情報だ、と水竜のお爺ちゃんは恥ずかしそうに言い直した。
”いや、その、残念ながら逃走中のアリオじゃない。嫌な感じのするものを隠しているような場所がある、との情報を持った精霊がいたんだ!”
「ご主人様は精霊たちの人気者だから、大したことない情報でも、禍々しい気配がするって報告する精霊たちに何度も振り回されていたけど、今度の情報は間違いないわ。現地に行ったら触手が熱くなったもの」
嘘をつけない精霊たちは誇張して話を盛ることができるので、注目を浴びたがる精霊たちが、通常の死霊系魔獣の出没地域をさも禍々しき悪しきものが出現したかのように語るのだ。
数ある誤情報の中に本当の邪神の欠片の情報があるかもしれないので、水竜のお爺ちゃんとぼくのスライムは世界中に赴いていた。
当初は張り切って逐一ぼくたちに報告していたが、瘴気や死霊系魔獣ばかりが続くと次第にマンネリ化していった。
鎮魂の儀式以来、弱体化していた死霊系魔獣を水竜のお爺ちゃんの一発の咆哮で霧散化してしまうのが常だったので、最近の報告は、昨晩と同様、と簡素化されていた。
そんな平穏な日々が続く中、ようやく邪神の欠片の情報にたどり着いた二匹は興奮したのだろう。
ぼくとケインのベッドの間に魔獣たちが集まり話を聞く態勢になったところに、いつの間にか兄貴もいた。
「アリオのかつての赴任先だったの?」
兄貴が尋ねると、水竜のお爺ちゃんとぼくのスライムを送り届けた精霊型のシロが首を横に振った。
「あの地域にアリオが派遣された記録はありません」
“……アリオの派遣された先はすべてディミトリーと探したけれど、隠し財産の金品しか出てこなかった”
「それでも、この後、ほかの邪神の欠片がアリオの赴任先にないとは言えないよ。だって、今回見つかった場所は教会関係の施設じゃなかったんだもん」
アリオの赴任先ではなかったが、捜索済みの地域もないとは言い切れない、とぼくのスライムは考えているようだ。
「それで、結局どこにあったんだい?」
ベッドの上に地図を広げて、結論を先に言え、と促すと二匹と一体は、そうそうこの辺、と帝国東北部を示した。
“……それがどうも、山奥に埋められているようなんだ”
「水竜のお爺ちゃんったら、地下水脈を隆起させて噴射させて取り出そうとするから、慌てて止めたのよ」
“……いや、できるかな?とチラッと考えただけだよ”
よくぞ止めた、とぼくたちがぼくのスライムを褒めると、水竜のお爺ちゃんは面目なさそうな表情をした。
やる気だったんだな。
「あたいたちは邪神の欠片の魔術具か結晶のままかわからない物が隠されている場所と状態を確認することが任務なんだから、まずそれを全うしなきゃいけなかったんだよ」
「それでどうだったのよ?」
しびれを切らしたみぃちゃんが話の先を促した。
「そうそう、触手の熱量が多くなる方角に向かって、山間部を飛行したの。そしたら、死霊系魔獣や瘴気が集まっている場所があったのよ。水竜のお爺ちゃんも確認できたわ」
“……儂が死霊系魔獣と瘴気を浄化しておいたけれど、あれはまた集めているだろうな”
「帝都から離れているから鎮魂の儀式の影響が少なかったのかな?」
ケインの疑問にシロは首を傾げた。
「一応影響はあったはずなのですが、それ以上に湧き出る死霊系魔獣や瘴気を集めている、といったところでしょう」
ぼくとケインは顔を見合わせて首を傾げた。
「アリオの赴任先でもない、ということは結構前の時代から埋められていた可能性があるよね。だったら、とっくに魔獣暴走を起こしていてもおかしくない気がするんだけど?」
皇帝の前世から現世までの間に他の上級魔導士たちが邪神の欠片を持ち出していたなら、かなり前から埋まっていたことになる。
ガンガイル王国の魔獣暴走事件より先にこっちがどうにかなっていたはずだ。
「もしかしたら、禍々しきものとして、丁寧に封印されていたのに経年劣化しても修繕されず放置されて、死霊系魔獣や瘴気を集め出すようになったのかな?」
ケインが辺境伯領で邪神の欠片の保管の魔術具の素材が盗難された件を思い出して眉を顰めた。
“……その山の領の歴史を振り返れば何かヒントがあるかもしれないよ”
魔本が飛び出して、該当するページを開いた。
“……山にまつわる伝承は口伝なのか文章化されていないから、領主一族が交代した前後のここ数十年の歴史でいいかな?”
「いや、歴史だけでなく、山で採取される山菜や伐採される木の種類や狩猟の記録も見たいな」
ケインは山の恵みの推移から死霊系魔獣や瘴気が集まり始めた時期を推測したいと言った。
“……まあ、そう焦んないでよ。この領地は今の皇帝の兄、前皇太子の派閥に属していたことから皇帝の即位後、領主が交代している”
でたー!とみぃちゃんが突っ込むと、兄貴とシロが頷いた。
「ここはデイジーたちが土壌改良の魔術具を販売した地域で、世界の理から外れていた領だよ」
“……ああ、そのようだね。領主交代以降、収穫量だけでなく山の恵みも減っている”
魔本は徴税簿のページを開き、何もかもが徐々に減少している記録を見せた。
「これだと邪神の欠片の影響のせいなのか、護りの結界の失敗のせいなのか、はっきりしないね」
数字を追ったケインが残念そうに言った。
「だけど、ここを見て。デイジーたちが魔術具を販売した直後から領内の全ての生産性が上がっているのに、林業の数字が悪いままだよ」
ぼくのスライムが該当箇所を触手でマーキングしたが、ケインは首を横に振った。
「いくら結界が整ったとはいえ、山に魔猿たちのような聖獣がいない限り林業はそんなに簡単に回復しないよ」
“……それだ!聖獣がいなくなったから邪神の欠片の影響力が強くなったんじゃないか!”
水竜のお爺ちゃんは人間が管理しなくなった邪神の欠片を聖獣が抑え込んでいたのではないか、と推測した。
“……ふむふむ。この山周辺の魔獣伝説を探せばいいんだな”
検索ワードが明確になると魔本はがぜん張り切りだした。
“……この辺りは虎の縄張だったはずだけど、違ったかな?”
魔本がページを開くより先に水竜のお爺ちゃんが昔の記憶を思い出した。
虎か!
ぼくと兄貴は顔を見合わせた。
「去年のぼくたちが参加しなかった魔獣学の実習でエイダ先生たちは虎を発見できなかったんだよね」
兄貴が頷くと、ぼくのスライムが、あっ!と何かを思い出したかのように声をあげた。
「廃墟の村で保護された子どもたちの中に虎に詳しい子がいたような気がする!」
ぼくのスライムの言葉に子どもたちを慰めた魔獣たち全員が、いたいた!と頷いた。
“……おーい!こっちも読んでくれ!前領主の代まで聖獣として虎狩りが禁止されていたようだ”
魔本が虎にまつわる法令を記したページを開いた。
領を守る虎を狩ることは許されず、市街地まで下りてきた虎がいた場合は『虎使い』と呼ばれる専門家が派遣されるまで家に籠もり扉と窓を厳重に閉めろ、というものだった。
“……『虎使い』といっても使役魔獣にする人間は少なかったぞ”
昔を思い出して水竜のお爺ちゃんが首を傾げた。
緑の一族の中にもなかなか精霊使いになれる人間がいないから、マナさんがいつまでも族長カカシのままのように、『虎使い』の仕事はあるのに虎を使役できる資質のある人間はそうそういないのだろう。
「そんなに昔から『虎使い』がいたのに近年途絶えてしまったなんてね」
水竜のお爺ちゃんの記憶にある時代から続く『虎使い』の制度を新領主が引き継がなかったことをケインは嘆いた。
「邪神の欠片は地中に封印されてからたかだか数十年といったところだ。『虎使い』がいてもいなくても関係ないだろう」
いつの間にかいたワイルド上級精霊の存在に驚いたぼくたちは背筋が伸びた。
「それでは、ちゃちゃっと現地に転移して邪神の欠片を消滅させてしまいましょうか?」
ぼくとぼくのスライムが右腕と触手で力こぶを作ってみせると、ワイルド上級精霊は首を傾げた。
「山が枯れて食料となる魔獣が減少し飢えた虎が『虎使い』がいなくなった市中に出没するようになり、虎狩りが横行して虎が絶滅するのなら理解できる。だが、実際は虎が市中に出没するようになる前に虎の個体数が減少したようなのだ。水竜のお爺ちゃんが今晩、浄化した死霊系魔獣に虎が取り込まれていた気配がしなかった。おそらく、まだ虎型の死霊系魔獣が山に潜んでいるだろう。きちんと対策を立てて出かけるべきだ」
ワイルド上級精霊は慎重に対処すべきだと主張した。
“……儂とキュアで何とかなると思うが、全員で転移すれば、不測の事態でも対処できそうじゃないか?”
水竜のお爺ちゃんの言葉に兄貴とシロとワイルド上級精霊は無言でケインを見た。
行きたい、と言わずに意志の固まった力強い目をしたケインにケインのスライムが飛び乗ると、鎧兜一式に変身してケインの全身を薄く覆いつくし背中から羽を生やした。
「それ、カッコいいね。あたいもやるよ!」
ぼくのスライムもぼくに飛び乗って羽の生えた鎧兜に変身した。
みぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムたちは、みぃちゃんとみゃぁちゃん用の鎧兜に変身し背中から羽を生やした。
うん。
二匹ともなかなかカッコいい。
「まあ、いいだろう。私も行くからなんとかなる……」
ワイルド上級精霊の言葉が終わらないうちにぼくたちは真っ暗な森の中の上空に転移していた。




