魔獣カード倶楽部の親睦会
「フフフフ。体重計の椅子に座るのは私も遠慮したいですわ。ですけど、こうして素材の体積と重さの比較に使用する魔術具になったのですから、思いついたものをまず形にしてみるのはいいことですわ」
キャロお嬢様は部員たちの話に耳を傾け、部室内を興味深そうに見まわすとミーアと顔を見合わせてうっすらと微笑んだ。
「フフ。入学式に派手にし過ぎちゃったので、どこに行っても注目を浴びてしまうので、いっそ男装でもしようかと考えていましたが、ここは寛げていいですわ」
「キャロお嬢様の男装姿は魔法学校生たちもほぼ全員見ていますから、あまり意味がないかもしれませんよ」
入学式の前日にすでに目立っていた、とマークが言うと部員たちも頷いた。
「お邪魔じゃなかったら時々ここで、寛がせてもらってもいいかしら」
キャロお嬢様の笑顔に部員たちは赤面しながら、どうぞどうぞ、と何度も頷いた。
「ありがとうございます!では、さっそく相談いたしますね。最近お勉強が忙しくて放置していた魔術具なのですが……」
腰の収納ポーチから作りかけの魔術具を取り出したキャロお嬢様に、部室で寛ぐだけの冷やかしの新入部員だと思っていた部員たちが色めきだった。
キャロお嬢様の寛ぎとは、だらだらとまったりとした時間を過ごすことではなく、好きな場所で好きなことをすることだ、と知っているケインは、また始まった、と笑った。
「少女趣味で恥ずかしいのですが、自立歩行するぬいぐるみを制作したいのですが、動きがなんだか可愛らしくなくって」
ウィルの砂鼠の大きさの猫のぬいぐるみを披露したキャロお嬢様は、自作のぬいぐるみを本物の猫のように滑らかに動かしたかったようだ。
テーブルの上に置かれたキャロお嬢様の猫のぬいぐるみがぎこちなく先進して香箱座りになると、思いのほか技術力があったことに、おおおおお、と部員たちは喜んだ。
「最終目標は洗礼式の踊りを踊れるぐらい滑らかな動きをさせたいのです」
猫が踊るのか?と部員たちが首を傾げると、ぼくとケインのポーチからみぃちゃんとみゃぁちゃんが飛び出した。
二匹が光と闇の神の踊りを優雅に踊ると、スライムたちが残りの五大神役になり、分身たちを出して眷属神役を躍らせた。
竜族のキュアと水竜のお爺ちゃんは見守るだけだったが、滑らかに踊る魔獣たちはそうとうインパクトが大きかったのか、部員たちは目を丸くして口をあんぐりと開けて見入った。
魔獣たちが踊り終えて一礼すると部員たちは拍手喝采をした。
「使役魔獣も芸達者なのか!」
「ガンガイル王国寮生の使役魔獣が全てが芸達者ではありませんわ。私の猫は寝転ぶだけで、踊りませんけど、可愛いから許されるのです」
ミーアの言葉にキャロお嬢様とマリアが頷いた。
寮で留守番をしているミーアの猫は女子寮のアイドルのような存在らしい。
「滑らかに動くようにするのはもちろんですが、洗礼式の踊りは七大神の他に眷属神も用意しなくてはいけませんから、かなりの数が必要なのです」
目を輝かせて語るキャロお嬢様に、眷属神の分も作るのか!と部員たちが顎を引いた。
「まあ!一体ずつ毛色を変えてもいいのですか!私もお手伝いします!」
マリアはキャロお嬢様のぬいぐるみを撫でながら協力を申し出た。
部員たちは次々と、自分も協力する、と言い出した。
キャロお嬢様は、競技会の準備に忙しい寮生たちの手を煩わせることなく、自分の趣味の実現が早まることに満面の笑みを見せた。
女子生徒に免疫がない部員たちはキャロお嬢様の笑顔を見ると頬を紅潮させ顔面を崩した不格好な笑みで、眼福眼福、と喜んだ
兄貴とシロが神妙な表情をしている。
世界各地の教会で洗礼式の踊りが普及するようになれば、七歳のお祝いの記念品としてグッズを買い求める親御さんたちにバカ売れでもする未来があるのだろうか?
“……ご主人様。成功すれば、毎年必ず売れる商品になりますから、B級魔術具愛好俱楽部の創設時の部員たちは、今後、定期的にそこそこの額の副収入を得ることになるかもしれなせん”
成功したら、という限定的な言い方だが、シロが歯切れのいい言い方をするということは完成したら必ず当たるレベルのヒット商品になるのだろう。
「砂鼠じゃダメかな?」
「可愛いけれど、混ぜるのはよくない気がしますわ。一般的に猫と鼠は天敵ですもの」
みぃちゃんとみゃぁちゃんの間で寛ぐウィルの砂鼠を見遣ってマリアが言うと、ウィルは、自分用に作ろう、と言い出した。
こうやって、ぬいぐるみの魔獣の種類が増えていくのが目に見えるようだ。
「魔獣学を専攻したんだから図鑑から骨格を再現したらいいんじゃなかな?」
せっかく専門知識を学んでいるんだから、とぼくが勧めると、魔本がしれっと動物図鑑のふりをするから出せ、と精霊言語で訴えた。
「参考資料になるかな?」
収納ポーチから魔本を取り出すと、何でも出てくるな、と部員たちがぼくの収納ポーチに注目した。
「緑の一族の族長からもらったものだから結構収納できて便利なんだ」
ぼくの成長に合わせて収納力が上がっていることは言わなかったが、部員たちは別格の魔術具と認識したようだ。
魔本の魔獣図鑑を見ながらみんなでワイワイと骨格を作り、こんな方向に関節が動くわけがない!と改めてみぃちゃんとみゃぁちゃんの凄さが判明した。
こうして、新学期のストレスから解放される空間と楽しみを持てたケインたちは、飛行魔法学講座の勉強もはかどるようになっていった。
魔獣カード倶楽部の新入生歓迎の焼肉パーティーはチケット制にして人数制限をして一部一般販売をした。
転売禁止としたが、当日都合がつかない人から買ったと主張されると拒むこともできず、子どもたちの親睦会なのにそこそこの人数の大人が紛れ込んでいた。
身元を隠しているアドニスの保護者枠ではなく小さいオスカー殿下の兄として第三皇子夫妻はチケットを購入したが、第五皇子夫妻は一般枠からチケットを入手したので貴賓席ではなく孤児院出身の魔法学校生たちと交流を持った。
魔法学校の校長たちや軍属学校の関係者たちに囲まれた第三皇子は、そっちがよかった、という表情を見せつつも、いつものちゃらんぽらんな対応で軍属学校の関係者たちを煙に巻いてくれた。
週末に貴族街の別宅に帰宅していたアドニスからの情報だと、軍属学校関係者たちにアドニスが第三皇子の子だとバレていることと、飛行魔法学の新素材が白い砂であることがバレているようだ、とのことだった。
軍属学校関係者たちは、軍関係者たちの不祥事が多役になることはなかったが処罰が行なわれた事実から今年度の入学予定者の辞退が相次ぎ、次年度に何か目玉になるような画期的な講座を開設しようと、ノア先生がグレイ先生から情報を引き出そうとしては、第三皇子にちゃちゃを入れられていた。
軍関係者を避けて隅っこに隠れているマテルが気の毒になったぼくは、別会場の初級魔法学校の中庭に移動しようと声を掛けた。
「魔獣カードの対戦会場のデイジーと交代してあげたら喜ぶよ」
魔獣カード倶楽部らしく魔獣カードで遊ぶ場所を別会場にすることで人の移動を促す作戦にしたのだ。
食欲の猛者のデイジーに甘いものの屋台が立ち並ぶ魔獣カード対戦会場を先に担当してもらい、焼肉の会場を後半にしたら残り物を全部食べられる、と事前に交渉していたのだ。
ぼくたちが移動しようとすると、賛同した魔獣カード倶楽部の部員たちがマテルを囲んで歩き始めたので、肌の色が濃いマテルを軍関係者から見えなくした。
みんな気が利く。
今期も会長になってしまった生徒会長が、置いていくのか、と悲しげな表情でぼくたちに手を振った。
魔獣カード対戦会場では街中の魔獣カード大会の優勝者たちが招待されており、部員たちと対戦して盛り上がっていた。
りんご飴を一口で頬張るデイジーに手を振ると、焼肉会場に行ける、とデイジーの目が輝いた。
「こっちは平和でいいね。あっちは軍属学校の関係者たちが一般販売のチケットを買い占めたせいで、ちょっと居心地が悪いよ」
「来年度は、転売禁止を徹底しなければいけないようですわね」
ウィルとキャロお嬢様がこぼすと、デイジーは眉を顰めた。
「いい大人が子どもの楽しみを邪魔するなんて、言語道断ですわ」
誰よりも年上のデイジーが憤るとデイジーの事情を知る面々が苦笑した。
まあ、子ども時代をやり直しているのだから子どもとして怒りたくなるのも理解できなくはない。
「嫌味の一つや二つをかましてやらなければ、せっかくの焼肉が台無しになりますね」
デイジーが鼻息を荒くしてそう言うと、アドニスが微笑んだ。
「第三皇子殿下がそろそろかんしゃくを起こす頃でしょうから、何とかなると思いますよ」
アドニスの言葉にシロが頷いた。
“……ご主人様。美味しい食事と娘とのひと時を邪魔された第三皇子が、軍属学校関係者たちに、お前たちの地元の美味い物はどれだ、おまえたちはどう国に貢献している?と詰め寄っています。第五皇子も便乗しているので、軍属学校関係者たちは旗色が悪くなっていますね”
まったく、いい大人が子どもの倶楽部活動でロビー活動をするから返り討ちに遭うのだ。
「来年度は来賓席の廃止とか、大人の入場規制をかける方向にしようよ」
ぼくの提案にみんなが頷いた。
「子どもたちの行事を子どもたちの手に取り戻して見せます」
息巻いたデイジーは部長を連れて焼肉会場に急いだ。
魔獣カード対戦会場では水竜のお爺ちゃんが登場したことで子どもたちが大喜びした。
水竜のお爺ちゃんのカードが新シリーズに登場したことも相まって、本物はカッコいい、と言われて水竜のお爺ちゃんが満足そうに頷いている。
水竜のカードを購入できた、という報告をまだ聞いたことはなかったが、ハルトおじさんが見本品を一枚展示してくれていたので、展示ブースには人垣が消えることがなかった。
招待された子どもたちは、魔法学校生たちが雑魚のカードを巧みに使いこなす戦力に感激したり、魔法学校生たちも普通の子どもたちと同じようにカードゲームに夢中になる子どもなんだと知ったりして、真の交流を果たせた。
三人娘たちの制服姿に大人になっても魔法学校に通える機会があると知って、いつか自分も魔法学校に通おう、と決意する子どもたちもいて、親睦会に招待した甲斐があった。
デイジーたちが軍属学校関係者たちを追い返してくれたので、たっぷり日焼けした一般の子どもたちの動線に沿って行動したマテルも再び焼肉会場に足を運んでお肉を堪能することができた。
なんだかんだで、今年の親睦会は、終わりよければすべてよし、という結果に終わった。




