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興奮しすぎ

「何かおかしなことになっていないか?」

 ノア先生はぼくたちの計測結果を見て右に首を傾げた。

「礫状になっている方が粒と粒の間に容器に隙間ができるから密度が低く、軽くなっていなければいけないのに、なんで礫の方が重いんだ?この白い砂とこの白い礫が砕けたのではなく別の物質ということなのかな?それとも礫の方は圧縮されていて密度が高いのかな?」

「拡大して見ても圧縮されているというより今にも崩れそうなほど隙間が空いているようですよ」

 拡大の魔術具でノア先生にも確認してもらうと、おや、と言って左に首を傾げた。

 白い粒が崩れて白砂になったとしか考えられないほどよく似ているのに骨密度の低い骨欠片のように隙間があるのにもかかわらず、礫の状態の方が重かったのだ。

「魔法で粉砕することもできません」

 ウィルが皿の上のいくつかの礫を火あぶりにしたり、水の剣で切ったり、竜巻に放り込んでも礫はびくともしなかった。

「魔法が効かないのか!魔法遮断の新素材なのか!何に使ったらいいんだろう?」

 ノア先生はコテンと左に首を傾げたが、ぼくたちの様子を窺っていた勉強中の面々の首がニョキニョキと伸びた。

 小さいオスカー殿下の母方の領地の大岩の話をまだノア先生には話していないので、使い道はいろいろありそうだ、と返答した。

 魔法が効かない、と聞いた小さいオスカー殿下も確信したように小さく頷いた。

 浮く石の欠片は、砂、礫、石、岩、と大きくなっていくと、魔法の作用の大きさに合わせて器としての強度が増しているのではないだろうか?

 口に出さずに考えていたぼくの推測に、同じことを考えていた、というかのようにウィルは頷いた。

 兄貴とシロは結論の明言を避けるかのように、ぼくとウィルから視線を逸らせた。

 こういう時は魔法が効かないことの理由が多岐にわたっているか、神々の領域に関することだ。

 “……次は湖底から真っ白な石をさらってこようか?”

 もっと大きいので試そう、と水竜のお爺ちゃんが提案すると、いつも同伴しているぼくのスライムが真っ先に頷いた。

 興奮した水竜のおじいちゃんは、妻が元気だったころの世界を思い浮かべ、映像付きの精霊言語を飛行魔法学講座の教室にいる全員に送ってしまった。

 天空に浮かぶ大聖堂島に向けて飛ぶたくさんの大きな石に大量の物資や人々が乗って大空を行き交う隙間を縫うように水竜のお爺ちゃんの嫁が飛行する壮観な映像に、みんなぽかんと口を半開きになった。

「思考が飛躍しすぎだよ。そんなに簡単にかつての時代のように大きな石が浮くわけないじゃないか」

 ぼくが水竜のお爺ちゃんに苦言を呈すと、ノア先生は机の上の白砂や白い礫を見て、ああああああああああ!と絶叫した。

「大聖堂島の湖底から掬い上げた泥ということは、もしかして、これがあの、大きな石の欠片なのか!!」

 頭を抱えて天井を見上げたノア先生に、深呼吸をして!とぼくたち全員が声を掛けた。

 とりあえず座ってください!と助手が椅子を勧め、ノア先生は言われるがまま腰を下ろして深呼吸をした。

 それでもノア先生は、ア゛ー、とか、ギャーとか、言っては足をジタバタさせるので、落ち着いて!深呼吸!とぼくたちは宥めた。

 試験勉強どころではなくなったケインたちは、ノア先生を助手が宥めている間に自分たちも礫に魔法をかけて手ごたえを確認しだした。

 この感覚だよ、と参加した小さいオスカー殿下がノア先生に聞こえないような小声で、守り人が守る大岩と同じだ、とぼくたちに伝えた。

 オーレンハイム卿は、ノア先生があまりに興奮しすぎているので、革袋を先生の頭に被せて強引に落ち着かせようとした。

 ギョッとする助手に、過呼吸の対処法として正解です、と告げると、ノア先生は正気になったのか肩の動きが大きくゆっくりとなった。

「大騒ぎになったのに誰も教室に入って来ませんね」

「多少の爆発に備えて防音の魔法陣が敷かれています。魔法陣が機能しているうちは、ノア先生は生きていますから、誰も来ませんね」

 ミーアの疑問に助手は物騒な回答をした。

 過去に爆発したことがあるのか、とぼくたちは引きつった表情になった。

 まあこんな風に、椅子に座らされて頭から革袋を被せられ肩で息をしているノア先生を目撃されたら、ぼくたちがノア先生を拷問しているかのように見えるから、誰か来るかもしれない、と心配することがなくて良かった。

 ほどなくして、もう大丈夫だ、と呼吸を整えたノア先生が言うので、オーレンハイム卿が革袋を外した。

「あー、ビックリした。今の映像は水竜のお爺ちゃんの記憶の映像なのかい?」

 “……そうさ。儂は大聖堂島が墜落して嫁が下敷きになって以来、ふさぎこんで眠りについていたから、現代の常識の方がよくわからないよ”

 水竜のお爺ちゃんの昔話に、それは気の毒に、と死別したと誤解した表情をしたノア先生と助手に、嫁は生きている、と伝えると、二人は安堵の表情になった。

「……はぁ。神話ではなく本当に大聖堂島は天空に浮いていたなんて、感動で胸がいっぱいです」

 落ち着きを取り戻したはずのノア先生は、しくしくと泣き始めた。

 感情の起伏が激しすぎる。

 “……まあな、先生よぉ。あんな御大層な理論を使用して飛ぶ魔法を習得したんだろうけれど、浮く石が再現できれば、人間の魔力なんかほとんど使わないで空を飛べるんだ。あんなへんてこな試験を受けさせるより、さっさとこの白い砂の研究を始めちまおうよぉ”

 酒場に出入りしているせいか口調がおっさん臭くなっている水竜のお爺ちゃんに説得されたノア先生は小さく頷いてから、いや、と言って首を横に振った。

「試験を早めたのは、新たな研究に夢中になると私が最終試験の実施を忘れてしまうからで、そうなるとみんなが困ることになってしまうからなんだ。教会の湖底からさらった泥を使った飛行魔術具は軍事目的に使用されないために一部公開できない約束になっている。そうなると、この研究の論文が認められない可能性があり、単位が出せないかもしれないんだ」

 項垂れてすまなそうにみんなを見たノア先生に助手が提案をした。

「私が段階を踏んでみなさんに試験をしますから、先生は新素材の研究に取りかかってください!」

 助手の勧めに感極まったノア先生が助手をぎゅっと抱きしめると水竜のお爺ちゃんが、よかったな、と頷く、なんかだか珍妙な絵面になった。

「それじゃあ、さっそくいろいろ試してみようよ」

 ケインが教本を片付けて計量器に向かうと、魔法が効かないのに何をするんだ、とノア先生が立ち上がってふらついた。

「まだ先生は座っていてください!」

 血圧が乱高下したであろうノア先生にお婆が声を掛けると、誰が指導をするんだ、と再び立ち上がろうとした。

「まあまあ、落ち着いてください。今日は重さ比べをするだけですよ。このままでは魔法が効かない白砂も礫も使用できませんから、他の素材を混ぜるのですけれど、その素材も計量しておかないと、今後の検証に支障が出ます」

 ただの計量だ、と説明すると、ノア先生は安堵して椅子に深く腰を下ろした。

「もう若くないんですから、無理しないでくださいね」

 自分よりずっと年上のオーレンハイム卿に言われたノア先生は苦笑した。

 こうして飛行魔法学講座で大聖堂島の湖底の白砂の検証を始める準備ができた。


「こっちの白い砂が入った瓶は何ですか?」

 ノア先生の代わりにぼくたちに付き添っていた助手が、手つかずの白砂の入った瓶を不思議そうに眺めて言った。

「これは魔力枯渇を起こして不毛の地になった土地の白砂です。もう一度白砂に魔力が満ちるまでの過程を検証しようと思って採取していたのですけれど、湖底の白砂の変わりに教室に保存しておけば、盗難被害に遭っても実害がないでしょう」

 水竜のお爺ちゃんたちがもう一度大聖堂島の湖底をさらう許可を取る時の約束で、採取した素材の管理をぼくが担当することになっているのだ。

 あんなに興奮したノア先生が職員室で平素な振る舞いができるとは思えず、白砂の話を伏せたとしても研究テーマである新素材の話をしないわけにはいかないだろうから、万が一に備える、と説明すると、ノア先生と助手は頷いた。

「私が管理する教室だけど、この教室の鍵は校長も管理主任も持っているから、第三者が持ち出さないとは言い切れない。貴重な素材は出来心を誘いかねないから、用心することに越したことはない」

 ノア先生の理解を得られたので、幾つか偽物の白砂の瓶を用意し、さも大事そうに保管庫に二重の鍵をかけて厳重に保管することにした。


「と、いうことで、この魔術具はずいぶん役に立ったよ」

 放課後、計量器を返却するためにB級魔術具愛好倶楽部の部室に顔を出すと、部員たちは目を丸くして、椅子から転がり落ちそうになるほど身を引いた。

「そっそっそちらのお嬢さん方は!」

「ガンガイル王国ガンガイル領領主孫娘のキャロラインと申します。入部を希望するので、キャロ、と呼んでいただけたら嬉しいです」

「私はキリシア公国皇女マリアと申します。みなさんの魔術具に興味がありますので、私も入部を希望します」

「私はキャロお嬢様の友人兼付き人のミーアと申します。どうぞ、みなさんよろしくお願いいたします」

 女っ気のまったくなかったB級魔術具愛好倶楽部の面々は、本物の花降る姫たちだ!と顔を赤らめながら口元を押さえた。

「む、むむむ、むさくるしい場所ですがっ、よっよよ、ようこそ」

 くしゃくしゃの髪の毛を整えて立ち上がった部員たちにガンガイル王国寮生たちが苦笑した。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。親しみやすいお姫様たちだから、そのうち見慣れるよ」

 こんなに美しいお姫様たちを見慣れるなんて、そんな……とざわつく部員たちに、それじゃあ男装をしてもらうかい?と尋ねると、部員たちは首を激しく横に振った。

 目の保養を奪わないでくれ、と部員たちに激しく懇願する目で見つめられてしまった。

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