好事家たち
入学そうそう詰め込み教育になった飛行魔法学はさておいて、入学式の花吹雪の件もあってキャロお嬢様たちはどこへ行っても注目の的だった。
流行の最先端を追うのはガンガイル王国留学生たちの真似をすればいい、とばかりに魔法学校生たちの間で髪色の違うエクステをつけることが流行し始めた。
誰もかれもがエクステをつけているお陰で、初級、中級魔法学校の基礎課程を数日で卒業相当にしたアドニスは、上級魔法学校の校舎で悪目立ちすることはなかった。
第三皇子夫妻が貴族街に用意した屋敷には週末しか滞在せず、ガンガイル王国寮を拠点にしているアドニスを、ほとんどの魔法学校生たちはガンガイル王国からの留学生だと勘違いしていた。
三人娘たちも初級魔術師の資格をさっさと取得し、中級魔法学校で好みの講座を受講しながら、魔法学校内で売店販売の許可を取り、空いた時間にせっせと商売に励んでいた。
商売上手になった三人娘たちは初級魔法学校の卒業制作の、流す魔力の量によって髪色が変わるエクステや、梳かすだけで髪に艶が出るヘアーブラシや、手汗を抑えるブレスレットを商品化して一儲けしようと企んだ。
「私たちはジュンナさんのような高級品は作れませんが、すぐ壊れてもいいから今ちょっと使いたい人向けの商品に絞ることにしました」
不良品も交ざっていたが、百円ショップのような感覚で利用する魔法学校生が多く、手汗を抑えるブレスレッドは、試験の際、手汗のせいで仕込みの魔法陣に上手く魔力が流せなかったらどうしよう、と心配する生徒たちによく売れていた。
この活動は思わぬところに恩恵をもたらした。
ぼくと兄貴とウィルで上級植物学講座の授業を終えて昼食に三人娘からお弁当を購入し、魔獣カード俱楽部の部室に行こうとしていたら、もう満席だよ、出遅れたね、とマークとビンスに声を掛けられた。
「今期の魔獣カード倶楽部の入部希望者が多すぎて、もう募集停止になったくらいだから部室はギュウギュウだよ。溢れた生徒たちで魔獣カード倶楽部の愛好会もできて中庭に集まっているよ。そういえば、B級魔術具愛好会の勧誘をしたらけっこう反応があったんだよね」
「愛好会ではなく、もうB級魔術具愛好倶楽部に格上げされたんだ。そっちの部室に行かないかい?」
おもしろそうだね、とぼくたちは一も二もなく頷いた。
昨年度の競技会で裏方を担当したビンスやマークが主体になって結成された愛好会に三人娘たちの手軽に使える魔術具が浸透したことの波及効果が及んだようだ。
マークとビンスは競技会に使用できるほどではないけれど、アイデアだけは面白い魔術具を不採用としながらも収集し、それを愛でる好事家たちで愛好会を作っていた。
競技台に油を撒いて回収するための魔術具は食堂のテーブルを拭くだけの魔術具になり、それしか使い道がないので寮生たちには不評だったが、食堂のおばちゃんたちに大好評で、大きいオスカー寮長も面白がっていた。
寮内だけで楽しむのはもったいない、広く魔法学校で同志を集めたらいい、と許可が下り、募集を掛けたら、生徒会に倶楽部活動の申請ができる人数が集まったらしい。
「それぞれの製作した魔術具は初級魔法学校卒業制作レベルの物だけど、三人娘たちが一発当てたように一獲千金を夢見る生徒や、どうにもこうにも役に立たない存在意義を疑われるような魔術具を制作する生徒もいて、かなり面白いよ」
どうやら、魔術具オタクたちは軍事国家の気質が緩むと、役に立たない物に夢中になる気質を隠す必要がなくなり、思いつくまま魔術具を制作する楽しさを味わう余裕が出てきたようだ。
「どうせなら、省魔力に特化した魔術具を使用して裏競技会みたいなことをやってみたら面白そうだね」
前世の高専生のロボコンのように、独自のルールで魔術具同士を戦わせてみよう、と提案するとB級魔術具愛好倶楽部の面々の瞳が輝いた。
競技会は魔法学校の行事なのに出身地域の派閥に縛られた出来レースになっていたきらいがあるが、自分たちで新たな大会を作れば大人に邪魔させることなく思う存分自分の趣向を発揮できるのだ。
「それは面白そうだね。部員たちと相談してみるよ」
マークとビンスがぼくたちを案内した部室は、上級魔法学校の庭師の小屋の休憩室の隣で、明らかに昨年度まで物置だった部屋だった。
中に五人の部員がいたが、ガンガイル王国寮生は二人だけだった。
「お邪魔します」
ぼくとウィルと兄貴がマークとビンスに案内されて部室に入ると、光と闇の貴公子たちだ、と声をあげた初対面の三人が、驚いて椅子から転げ落ちそうになった。
「だから、言ったでしょう。この手のろくでもない魔術具が結構、二人とも好きだって」
椅子に座り直した三人はマークの説明に顎を引いた。
「こんな魔法学校の端の作業小屋まで見に来てくれるなんて、驚きました」
「いやいや、植物学の畑はもっと奥の研究棟のさらに奥にあるから、ここならまだ魔法学校の中心部に近いよ」
ぼくの言葉に兄貴とウィルが頷いた。
「へー。椅子もテーブルも魔術具だ。座る人の背の高さに合わせてイスとテーブルの高さでも変わるの?」
ウィルが興味津々にイスとテーブルを触ると、制作者と思われる部員が顔を赤らめた。
「そんな便利な機能ではなく……座った人の体重がテーブルに表示されるだけです」
恥ずかしそうに機能を説明した部員が、体重を気にする姉のために作ったのに激怒され使い道がなかった魔術具を、空っぽだった部室に持ち込んだらしい。
「こういうの、けっこう好きだよ。ぼくの魔獣たちも興味津々だから出してあげてもいいかな?」
部員たちが頷くと、みぃちゃんとキュアと水竜のお爺ちゃんが飛び出した。
「あっ!水竜のお爺ちゃんは座っちゃ駄目!」
兄貴が声をあげると椅子に座ろうとした水竜のお爺ちゃんにキュアが体当たりした。
出てくるなり騒がしい魔獣たちに部員たちが目を丸くした。
「この竜族たちはぼくが使役しているわけじゃないよ。ただの友だち!」
使役魔獣じゃなくても竜族が友だちなのか!と三人の部員たちが口にしなくても驚いていることが表情でわかった。
「劇団さそり座の予告編を見たでしょう?今は小さくなっているけれど本当はとても大きな水竜だから、椅子に座ったら椅子もテーブルも壊れてしまうよ」
マークの説明に三人の部員たちが恐ろしい魔獣を見る目で、確認する前に乗ろうとするな!と兄貴に説教されている水竜のお爺ちゃんを見た。
「いま、目の前に光と闇の貴公子たちがいて、本物の水竜がいることを信じられない……」
ボソッと呟いた部員に、ガンガイル王国寮生の部員が肩を叩いた。
「水竜も飛竜も寮内を自由に飛び回っていて、片一方が大食漢で片一方が小食なんだ。慣れてしまえばすべて日常だよ」
驚いている部員たちを気にすることなくみぃちゃんが椅子に座るとテーブルに表示された数字に、エリザベスより重い!とウィルが驚いた。
「みぃちゃんは大山猫だから、本当はもう少し大きいよ。普段は自分が一番可愛らしく見える大きさをしているだけだからね」
ぼくの説明に、少年シーカーを導いた聖なる猫!と三人の部員たちが叫ぶと、ぼくたちは笑った。
「あれはノーラ女史の創作だよ。だから、モデルになった、くらいに考えてね」
三人の部員たちは、ハハハ、と空笑いをした。
スライムたちが代わる代わる体重計の椅子に乗って重さ比べを始めると、分身をあちこちに派遣しているのにもかかわらずぼくのスライムが一番重かった。
「重さと魔力は比例するのかな?」
ビンスがスライムたちの体重に興味を示すと、体重計の魔術具を持ち込んだ部員が、しない、と即座に否定した。
「姉さんか座るのを嫌がったから使用人で試したけれど、重さと魔力は比例しないよ」
魔力の重さは量れないよ、と部員たちが笑った。
「うん、そうだろうけれど、比べる基準が揃っていないからね。普段から魔法を使用する魔法学校生と祠巡りの魔力奉納でしか魔力を使用しない人たちを比べるのはどうかと思うよ」
ぼくの言葉にビンスが頷いた。
「魔力の重さは量れなくても、体を魔力を使用する器と考えたら、魔力をたくさん行使する体の方が見た目以上に重たいんじゃないか?という疑問だよ」
スライムたちを見ながら説明したビンスに、なるほど、と部員たちは頷いた。
「いいね。みんな、とっ拍子もないと笑わないんだね。自分たちの常識を超えた意見に耳を傾ける姿勢は好きだな」
くだらない魔術具を作る面々は常識外の変人だと言われることが多いだろうに、手放しでウィルに褒められたことに三人の部員たちは嬉しそうに顔を赤らめた。
「みんないい人そうだし、ぼくも入部してもいいかな」
ぼくが入部希望を告げると、もちろん!と全員が頷いた。
ウィルと兄貴も入部を希望し即座に認められたので、ぼくたちは魔術具好きの変人ばかりだが人口密度が低く寛げる空間を手に入れた。
「なるほどね。これで素材の計量をして素材の優劣を測定してみるんだね」
お弁当を食べるたびにテーブルの数値が増えていくのも気にすることなく、ぼくは同じ体積の素材の重さを比較し、魔法素材として優劣を判別できるようにならないか?と提案すると、そんな使い方ができるかもしれないのか!と制作者が驚いた。
「ちょっと割り込んでいいかな。育ち盛りのお姉さんに、こんな椅子をあげたら体重増加を気にして、拒食症になってしまうよ!」
ウィルが指摘すると、両親にも怒られました、と制作者が項垂れた。
「昼食が終わったら、これを解体して測定機に作り変えてみようよ!」
マークの提案に制作者の部員も、そうしよう、と賛成した。
「それが、これなのか」
ノア先生がただの空箱にしか見えなくなってしまった魔術具を見て言った。
「役に立つかどうかわからないのですが、取り敢えず新素材を計量するために借りてきました。数値だけ確認したら返却します」
ぼくと兄貴とウィルで分別した素材を計量し始めると、試験勉強をしている面々から、昼休みに楽しそうなことをしていたんだね、という視線の圧を感じた。
「ぼくも、その倶楽部に興味があるから紹介してください」
アーロンがそう言うとアーロンの背中にみんなの視線が集中した。
羨ましいなら、さっさとみんな合格してしまえばいいのだ。




