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立場と実力

 “……そしたら、儂が大聖堂島の湖から泥を浚ってこなくていいのか?”

「いや、伝承から推測するとあるのではないか、という未確定な情報なうえ、掘削許可が取れるかどうかさえわからないよ。それに通常の素材と同じように考えたら、大量に採取することは危険だろうから、大聖堂島の湖の泥は欲しいな」

 短絡的にいるかいらないかで判断した水竜のお爺ちゃんに現状を説明した。

 “……そうなのか。毎晩のパトロールのついでに湖底をさらってこようかと考えていたけれど、取り過ぎてもいけないんだな”

「教皇猊下に許可を取ることはもちろんだけど、ガンガイル王国の鉱物の採掘基準と照らし合わせて適切な量を算出するまでは、ちょっと待ってね」

 ケインが水竜のお爺ちゃんに釘を刺すと、問い合わせて算出します、と計算王ビンスが請け負った。

「今年も魔法学校は面白いことが起こりそうですわ。オホホホホ」

 高笑いするデイジーに胡散臭げな視線を兄貴とシロが向けた、ということはデイジーの妖精はデイジーに都合のいい未来を見せているのだろう。

 新入生たちもアドニスもマテルも笑っている。

 まあ、入学式を祝う会なのだから、これでいいのだろう。


 ホットケーキを焼いていたホットプレートはいつしか鉄板焼きに乗っ取られ、ぼくたちの胃袋に夕食が入る隙間はなくなっていた。

 厨房から無限に出てくる食材は、上映会の成功とキャロお嬢様と第三夫人の面会記念と入学祝を兼ねて、爆売れした魔獣カード販売の利権の一部を持つハルトおじさんが提供してくれた、とあって誰もが遠慮気兼ねなく食べることができた。

「収益を独り占めしないのですね」

 小さいオスカー殿下がハルトおじさんに尋ねると、ハルトおじさんはにんまり笑った。

「新規事業を始める時は莫大な資金がいるから投資家という存在が必要になる。事業に投資しても赤字になったら資金は回収できないけど、一獲千金のロマンはあるよ。だが、私は継承する気はないけれど王家の人間だ。赤字になる事業に投資をしてはいけない。そのお金の元を正せばどこから出るのか、と問われると、たとえ私個人資産から出していても徴税される身からしたら国税からだろう、とみられるのも致し方ない立場なんだ。だからこそ、国益になる事業には投資すべきなんだよ。失敗しても知育玩具の普及という側面がある魔獣カードは国益をもたらす。まあ、蓋を開けてみれば大成功だったから、次の投資として子どもたちの学習意欲向上に資金をつぎ込むのは当然のことだよ」

 どんな事業に投資すべきかを見極めろ、と含蓄のある返答をした。

 幼いころはふざけたおじさんだと思っていたが、これでは国の先を見越して賢く投資をした賢人みたいな言い方ではないか。

 ひとしきり感心する小さいオスカー殿下に、遊び心を優先したよね、とぼくの魔獣たちは笑った。

 楽しい時間が過ぎれば、ぼくのスライムと水竜のお爺ちゃんは精霊たちが集う光る苔の洞窟に逃走中のアリオと邪神の欠片の魔術具の隠し場所の情報を聞きに行く。

 真の平穏を手に入れるまで、ぼくたちは緊張と緩和の続く日常を送ることになる。

 寛ぐ時間は大切だ。


 新学期の魔法学校は入学式の詠唱魔法の興奮を引きずっており、ガンガイル王国留学生たちと教会の寄宿舎生たちの履修登録した講座はたちまち定員いっぱいの状態になった。

 オーレンハイム卿夫人の言葉通り、神学を学ぶ誓約をすることが魔法学校生たちの最新の流行になった。

 人数規制をしているのにもかかわらず教会に殺到した魔法学校生たちの対応をしなければならなくなった寄宿舎生たちは、今年度の競技会に対応する時間を作れなさそうだった。

 昨年度の優勝のガンガイル王国留学生チームから主力選手が出場しないという噂と、準優勝の東方連合国合同チームから神学生たちが抜けるかもしれない、という噂が市中をかけ巡り、ブックメーカーが、ガンガイル王国と東方連合国合同チームが競技会に登録するか、という賭けを設けたらしい。

 キャロお嬢様の意気込みを知るばあちゃんは、ちゃっかり一点買いをして懐を潤すようだ。

 賭け事に現を抜かす市民もいたが、魔獣カードの普及も目覚ましく、街中のいたるところで小さな大会が開かれていた。

 地方から先に子どもたちの魔獣カード大会が流行し、専門の新聞まで発行されている、と行商人たちが高値で地方の魔獣カード新聞を転売し始めた。

 新聞に載るランキングで町民たちが町の子どもたちの人数や名前を把握し、誘拐を未遂に防いだ話が行商人から伝わると、帝都でも子どもたちの大会のランキングが公表されるようになった。

 賢い子どもたちには是非いい学校に進学させるべきだ、という世論が高まり、孤児院の子どもたちに奨学金があるように一般平民の市民たちも能力に合わせて進学できるように、と奨学金を充実させる準備をしていた皇子夫人たちの活動を後押しすることになった。

 南方からの兵士の帰還が完了したのに、大々的な戦勝パレードが行われることもなく、王宮で戦勝記念パーティーが開催されただけだったことに、軍国主義から時代が動いている風を市民たちは肌感覚で感じていた。


 社交界では戦勝記念パーティーに正妻として第三夫人が出席し皇帝の横に座ったことが一番の話題になった。

 高齢なのに離宮に籠もりきりだったので、帝都の厳しい日差しに晒されることのなかった肌は化粧のノリも良く輝くように美しい第三夫人は、貴婦人たちを驚かせた。

 少女趣味のドレスは年相応にアレンジされ、古いデザインを基調としつつも落ち着きがあり、高齢になっても可愛らしさを取り入れたハイセンスなものになり、近年、質素倹約を求められていた貴婦人たちにあこがれの溜息をつかせた。

 第三夫人の装いで何より注目されたのは、白みがかった金髪の半分を皇帝の髪色のグレイに染めていたことで、生涯ただ一人の(つがい)と主張しつつも、ガンガイル王国留学生たちの最新の流行を取り入れただけだ、ともいえる絶妙なものだった。

 本人には皇帝のただ一人の番だと主張する意図はなく、ただ、孫同然だと主張したアドニスとお揃いにしたかっただけなのに、皇帝が自分の髪色であるグレイに染めることを強く主張したことに使用人たちが賛同してそうなっただけらしい。

 ガンガイル王国から嫁いできた光と闇の神を象徴する夫人、と後世に語り継がれることになる髪型なのだが、本当に本人は自分が終戦の象徴になることなど全く自覚していなかった。

 直接、国土が戦地になったわけではなかったが、長く続いた戦争により成人男性の減少で国土の魔力量が消耗していた現実に直面していた帝国民たちは、第三夫人の存在が開戦のきっかけになったことを露も知らなかったので、終戦に世論を導いた夫人という、オピニオンリーダーのような認識になっていた。


 ぼくたちの新学期がどうなったかといえば、ぼくとウィルと兄貴は飛行魔法学と上級植物学の受講だけに留めたが、ケインとキャロお嬢様とミーアは飛行魔法学と地質学と魔獣学の講座を選択したため、てんやわんやになっていた。

 飛行魔法学の滑空場では広域魔法魔術具講座のグレイ先生に捕まり、広域魔法魔術具講座を受講しなかったことを毎回嘆かれ、地質学講座では指導教諭と論文について研究所レベルの話を振られ、魔獣学講座では魔猿の村のボス猿のような聖獣探しに取りつかれたラヴェル先生から、地質学的にどこに聖獣がいるか?と無茶ぶりをされ、すっかり困り果てていた。


 飛行魔法学講座の教室では、あああ、と嘆く受講生たちの声を聞いたノア先生と助手がフフっと笑っていた。

「他の講座ではデータを渡して、先生はどうお考えですか?と丸投げして時間稼ぎができるからまだマシなんだよ!」

 飛行魔法学基礎教本を前にして叫んだケインをキャロお嬢様とミーアが恨めしそうに睨んだ。

「ケインは飛竜便の飛竜の魔術具の開発に携わっていたんだから、私たちとスタートラインが違うじゃないですか!」

 そうだそうだ、とキャロお嬢様の言葉にミーアが賛同すると、オーレンハイム卿が溜息をついた。

「この年でどう考えても非効率的な魔法を基礎魔法知識として習得しなければならない苦痛は、若人よりきついよ」

 オーレンハイム卿の嘆きに、ノア先生の顔面が引きつった。

「大量の魔力を消費した魔法で何とか飛行をしようとする理論は、効率がいい魔法を知っている身としては記憶にとどめるのが苦痛に感じてしまうのよ」

 お婆の嘆きにケインも頷いた。

 どうしてこうなってしまったか、というと、ノア先生の魔法知識と全く理論が違う思考をする受講生の間の基礎知識の差を埋めるため、新素材の研究をする前に、飛行魔法基礎理論の試験を実施してから取りかかることになった。

 昨年度、広域魔法魔術具の実習に付き合っていなかった面々は、新学期そうそう学年末試験を受ける状態になってしまったのだ。

「視点を変えれば、覚えやすくなるよ。なぜ、魔法飛行が魔獣にはできるのに人間にはできないのかと、考えたら、この理論に合点がいくよ」

 人間とキュアや水竜のお爺ちゃんと決定的に違うのは、上にある物は下に落ちると確信している人間は使うべき神の記号を間違えている、とぼくと兄貴が指摘すると、ケインとお婆が頭を抱えた。

「ぼくたちは飛行魔法学を知らずに試行錯誤したから、元来からの常識を無視していたんだね!」

 非常識なのはぼくたちの方で、浮かぶ石を失い、魔法で人類が飛べるだろうことを確信しながら落ちる恐怖心を拭えないまま試行錯誤したからこうなったのか、と気付いたケインとお婆は、好奇心がムクムクと湧き上がったかのように目を輝かせた。

「知的好奇心が花開く瞬間を見た気がする」

 小さいオスカー殿下の言葉に、ジュンナさんは素敵だろう、とオーレンハイム卿が頷いた。

「そうですが、ガンガイル王国の皆さんは、そもそも基礎知識が多岐にわたっているので、理解力に差があるんだよ」

 小さいオスカー殿下が嘆くとマリアも頷いた。

 見かねたスライムたちが教本に張り付き、小難しい言葉で書かれた文から覚えておくべき要点を蛍光ペンでライン引きしたかのように示した。

「ありがとう。要点がわかれば、丸暗記しますわ」

 マリアがやる気を見せると、小さいオスカー殿下も負けじと教本に向き合った。

「なんで私がこの講座を受講できたのかわからない……」

 張り切っても周囲との学力の差に項垂れる小さいオスカー殿下に、ノア先生が声を掛けた。

「殿下は検証の際の魔力供給要員として、この講座に必要不可欠だと判断したからですよ。全員合格しなくても、この素材の精製がある程度終われば、新素材の研究を始めますよ」

「年度内に合格したらいいのですね!」

 実験用の魔力を当てにされていたことに気を悪くすることなく、合格までの期間が延長されたことに小さいオスカー殿下は喜んだ。

「軍属学校からの横槍を防ぐのに、小さいオスカー殿下がいらっしゃると助かるのですよ」

 小さな声で言ったノア先生の言葉に、水竜のお爺ちゃんが採取した大聖堂島の泥を(ふるい)にかけていたぼくと兄貴とウィルとアーロンは頷いた。

 教皇から湖底の泥を追加で採取する許可を条件付きで得ていたので、新素材のことは飛行魔法学以外では内緒にしておくことになっている。

 成績がギリギリだったのに小さいオスカー殿下の魔力目当てで受講生に選んだことで、見事な風除けになったことをノア先生は心の底から喜んでいた。

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