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シロ

「大変申し遅れました私はシロと申します。今後とも皆さまよろしくお願いいたします」

 ぼくの下人となった中級精霊のシロがもったい付けて、亜空間の皆に自己紹介をする。

 だが同時に、ぼくが白くてもこもこのサモエドが舌を出して笑いながら猛烈にしっぽを振っている姿を強く連想したため、大爆笑がおこった。

「はははははは。こっちの姿の方が、愛されそうじゃないか。カイル。もっと強くこの姿の思念を送ってやってくれないかい」

 上級精霊が上機嫌にそう言ってきた。

 面白そうなのでぼくは、子犬のサモエドを強めの思念にしてシロに送った。

 美少女妖精型だったシロはサモエドの子犬に変身してしまった。

「わんわん」

 “ご主人様!ご主人様!”

 子犬になったら思念でしか喋られなくなるようだ。

「うちに連れて帰るのなら、この姿の方がいいかな?」

「もうじき赤ちゃんも生まれてくるのに、毛むくじゃらが増えるのはジュエルが反対しそうじゃ」

 “実体として抜け毛はないから、猫よりは赤ちゃんに優しいです”

 “あたしは自分の抜け毛は自分で掃除しているもん”

 シロは精霊なのに触れるのかな?

 頭からしっぽに向けてわしわしと撫でてやると、フワフワで温かい毛並みだった。

 “頑張って再現してみました”

 手触りもぼくのイメージの再現なのか。

 “別に実体化せずとも、そばに寄り添っていればいいじゃないか”

 マナさんの精霊は正論を言った。

 マナさんの精霊が実体化したらどんな姿なんだろう。

 やっぱり妖精サイズなのかな。

「お前もカイルに迷惑をかけた精霊の一人なのだから、実体化くらいして見せてもよかろう」

 “………”

 覚悟を決めたマナさんの精霊が姿を現すと、大きさこそ妖精サイズではあるが、長い黒髪に青い花冠を被った美しい大人っぽい精霊だった。

 威厳が全くないシロとは違う、凛々しい精霊だった。

「素敵な精霊ですね」

「ありがとう」

 “ご主人様の反応が私の時と全く違うのです。なぜでしょう?”

「お前の本質が未熟だからだ」

 上級精霊はシロに厳しい。

 いや、躾は最初が肝心なんだ。

 ぼくも甘やかさないようにしよう。

「実体を消してそばに侍っているのが最善なのだが、カイルはまだ精霊言語を使用しているときに動作が止まる事がある。実体のあるものに話しかけているように見えた方が、不自然さがない」

 考え事をしながら何かをするより、思念を送る言葉を選んでいるときの方が動作は止まりがちだ。

 ……確かに他人から見たらアホっぽいかも。

「そうじゃな。どうせ家族には、シロの事を相談せねばならんのじゃ。ならば子犬の姿の方がいいじゃろう」

 そんなこんなで、シロは子犬の姿のまま子供部屋に戻った。


 昼食には起きる許可が出た。

 父さんがお医者さんを連れて帰ってきたから、きちんと診察を受けたのだ。

 お城の文官は、一時昏睡状態に陥り、お婆が飛ばした鳩に回復薬を括りつけていたので、それを飲まされて事なきを得たそうだ。

 ぼくもスライムが頑張って知らせてくれていなければ、本当に危なかったようだ。

 ぼくは回復薬のお蔭で、魔力の流れも正常に戻っており、体力も回復しているので問題なし、と太鼓判を押された。

 稲の収穫は母さん以外の家族全員で行うことで、1人あたりが搾り取られる魔力の量を減らすことに決まった。

 お医者さんが帰って、昼食が終わってから、ぼくは話を切り出した。

「もう一匹、ペットが増えてもいいかな?」

「いったいいつ動物がやって来たんだい?」

 お出かけもしていないのに、動物が増えるという事は、庭になにか来たとしか思えないよね。

 ここは実際に見てもらった方がいいだろう。

「シロ。出ておいで!」

「「「「!!!!」」」」

 ぼくの隣に突如として現れた子犬に、みんな言葉を無くした。

「かわいい!」

 ケインが駆け寄ってきて早速、もふもふしている。

 みゃぁちゃんが面白くなさそうにその周りを歩き出すと、みぃちゃんがみゃぁちゃんに説明を始めた。

「お米がはやく育ったのは、うちの精霊たちがお城の精霊たちと競争をしていたからなんだ。ぼくが倒れたことについて精霊たちと話し合おうとしたら、精霊たちが代表者を決められなくなって、合体したら、こうなったの」

 ぼくはシロを指さしながら要約した説明をした。

「理解はできないが、この子犬は精霊なんだな」

 父さんが事実を確認する。

 ぼくはシロに妖精型になるように思念を送る。

「「「「!!!!」」」」

「私は、この度の失態の責任を取って、カイル様のしもべとなりました、シロと申します。姿を消すこともできますが、ご家族の皆様にも償いをすべく、犬の姿となりまして尽くしていく所存にございます。よろしくお願いいたします」

 一言も嘘をつかずに誤魔化す言葉がスラスラ出てくる。

 精霊ってオソロシイ。

「まあ、よくもこうぬけぬけと誤魔化そうとするものじゃ。上級精霊に厳罰に処されるところを、カイルがとりなしてやったのじゃ。いたずらっ子で、おっちょこちょいなところも自己紹介に入れておきなさい」

 マナさんがしっかりとくぎを刺してくれた。

 ぼくにシロの躾がちゃんとできるのだろうか?

「ようせい?せいれい?わるいせいれい?」

 ぼくを昏倒させた犯人だと気がついたケインが、露骨に嫌そうな顔で警戒しはじめた。

「私は、見た目はこうでも、妖精ではありません。悪い精霊でもありません。ただ少しやり過ぎて、ご主人様にご迷惑をおかけいたしましたので、お詫びにカイル様の一生涯をお支えすべく、僕としてお側に侍らせていただきたいのです」

「「「「僕なのか……」」」…しもべってなぁに?」

「ん~…、お手伝いさん、かな。」

 実体化できるほどの精霊が、ぼくの僕だなんて、びっくりしちゃうよね。

「餌もいりませんし、抜け毛もありません。赤ちゃんが生まれたらオムツも変えます。どうぞここのお家においてください」

 アピールポイントがいまいちだけど、ケインはもふもふに弱い。

 シロはすかさず子犬に戻ってケインに近づくと耳の後ろを撫でてもらっている。

 母さんとお婆は、赤ちゃんが双子だったなら、妖精型ならばオムツ交換の手助けになるかなと思案している。

 生後間もない赤ちゃんより小さいから、戦力にならないような気がする。

 “……魔法が使えます!”

 シロは自分が魔法でかいがいしく赤ちゃんのお世話をしているイメージ画像を、母さんとお婆に送ろうとしている。

 これは、領主様に予知夢を見せたような思考誘導に他ならない。

 “ダメだよ!何やっているのさ”

 イメージ映像の編集作業の間に阻止することができた。

 まったくもう、油断ならない。

 自分の希望する未来に人間を誘導してはいけません!

 母さんとお婆は的確な判断ができる人だ。

 もし二人が、シロがうちに居ることに反対したとしても、きちんとした理由があるはずだ。

 人の話を聞かないで自分の都合のいい方に誘導していたら、精霊としての精神的な成長は見込めない。

 そんなことをするから、ミジンコの栄養素になれ、と言われてしまうんだ。

 ぼくはシロにキツめのお説教をした。

 母さんとお婆は、可愛いわんこのシロがうちに居てくれる楽しさと、ケインがなついている様子だけで、あっさりと落ちた。

 父さんは……。

 子犬に戻ったシロにいつの間にか『お手』と『おかわり』を仕込んでいる。

 そもそも父さんもモフモフ好きだった。

「シロがうちの新しいかぞ…」

 みぃちゃんとスライムが“そいつは僕だ!!”と強めの思念を送ってきた。

「シロがうちのお手伝いさんになる事に賛成してくれるかな?」

「「「「いいとも!!!!」」」」

 どうやらシロは我が家で実体化して生活することができそうだ。

「しかし、シロは精霊なんだよな」

 父さんがまたしても確認してくる。

 マナさんという精霊使いが長期滞在していることで、うちの家族は精霊になじみ過ぎている。

 だが、一般的には伝説の存在で、誘拐事件で精霊たちと遊んだ話もなかったことにされているし、お城の祠でキャロお嬢様を含めて遊んだ件は、口外法度になっている。

「イシマールには隠し立ては無理だ。うちの猫たちが普通じゃないことも気がついているが黙っていてくれている。だが、シロは存在自体が普通の犬ではない」

「まあ、そうじゃろ。気配を完全に消せる犬など、上級魔獣使役師には一目でバレるじゃろ」

 “……擬態が下手で申し訳ない。……………………”

 シロは言い訳をつらつら述べた。

 要約すると、見えている分には影も再現しているからほぼ完璧だ。

 だが、それは視覚認識に頼り過ぎたものなのだ。

 人間の背後に立つと気配が全くないため、その人が振り返ると突然現れたように見えてぎょっとさせることになるらしい。

 普通の人ならいつの間に居たのかな、程度で誤魔化せても、イシマールさんには無理だ。

 子犬のシロは、モフモフは温かそう、舌を出してお腹が規則的に動いているから呼吸をしているだろうといった人の先入観で擬態を補完しているだけなのだ。

 擬態を精密にすればするほど、魔法の気配が誤魔化せなくなり、上級魔獣使役師には通用しなくなるとのことだった。

「この件は父さんとマナさんでイシマールに話をしておくよ。それまで、シロは実体化しないでいてくれるかい?」

 ケインと戯れていたシロは妖精型に変化した。

 突然の変身は家族をぎょっとさせた。

 “そういう配慮のなさがトラブルのもとになるから、気をつけてね”

 ぼくは強めの思念をシロに送った。

 “……申し訳ありません”

「お話がまとまるまでおとなしくしております。いつもカイル様のおそばにおりますから、御用の際にはお申し付けください」

 シロはうやうやしくお辞儀をすると姿を消した。

「みんなでシロに人間の常識を教えてやってくれないかな」

 シロの躾を放棄したわけじゃない。

 皆で教えてやらないと、早々に何かやらかしかねないからだよ。

「子犬の躾は家族みんなでやるものだよ」

 シロの扱いはすっかり子犬で定着してしまったのかな。

 妖精型の姿はぼくもあんまり好きじゃない。

 某バ〇ビーみたいな大きさで、金髪碧眼の美少女ではあるのだが、顔が幼く、胸だけ大きくて、物凄く不自然な容姿なんだ。

 マナさんの精霊のような、高貴な気配もなく、かと言って、巨乳のせいで妖精のようなはかなさが足りない。

 そばに居るのなら子犬でいてくれた方が落ち着くのだ。

「カイル。お昼の回復薬の服用がまだだよ」

 お婆が思い出してしまった。

「お医者さんがもう大丈夫だって言っていたよ」

「今日一日は念のために服用した方がいいという判断じゃったろう」

 マナさんが瓶を片手に微笑んでいる。

 ぼくは治験者第一号。

 観察の対象が見逃されることはなかった。


 午後はベッドから出ることが許されたので、ケインと魔獣カードで遊んでいた。

 母屋で競技台を使用するなら、みぃちゃんとみゃぁちゃんの参加も認められている。

 シロの事で鬱憤も溜まっているので、攻撃的な戦術を多発している。

 父さんとマナさんがイシマールさんを連れてきた。

「母屋の戦いは過激だな」

「新入りの犬が気に入らないので、ストレスを発散させているんだろうさ」

 父さんの読みは正しい。

「カイル。その新しい犬を見せてもらってもいいかな」

 ぼくはシロを呼び出した。

 ふかふかコロコロの子犬にイシマールさんの目じりも下がる。

 シロはとことこ近づいてイシマールさんが差し出した手をぺろぺろ舐めだした。

「こいつはよくできた擬態だ。よだれまで再現できている。見事なものだが、騎士団の上層部を誤魔化すのは無理だ」

 シロを子犬として実体化させて暮らすのはやっぱり無理なのかな。

おまけ ~とある中級精霊の嘆き~

 失敗の連続で落ち込むわ。

 ご主人様の好みを体現しようとしたはずなのに、なんだか人型に実体化するのを喜んでもらえないの。

 白いわんこになるのは嫌じゃないのよ。

 ご主人様も喜んでくださるし、モフモフされる時にちょっぴり魔力をいただけるから、喜んで犬になるわ。

 “ロリ顔の巨乳はバランスが悪いのよ”

 スライムは辛辣だ。

 “相手の好みを全部混ぜても仕上がりが好みになるとは限らないのにね”

 “マゼルナキケンってこういう事なんだ”

 猫にも馬鹿にされてしまった。

 でも、負けない。

 愛されキャラは子犬バージョンで獲得するわ。

 ご主人様の家族に愛される私のイメージを、素敵なサウンドにのせて編集しましょう。

 それを皆さんに見てもらえば………。

 “駄目だよ!…………。”

 …怒られた。


 精霊として成長するために、私はまだまだ修行しなければいけないらしい。


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