表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
719/809

故郷の味

 食堂に行くと山ほどデイジーがホットケーキを焼いていたが独り占めしないで分けてくれた。

 テキパキとデイジーがホットケーキを焼いて寮生たちに振舞うたびに食堂のおばちゃんたちが厨房から鉄板焼きの素材を差し入れしてくれるので、デイジーはもっぱら焼きながら食べ続けていた。

「なるほどね。旅の途中で難民になった国民たちを引き連れて祖国に戻ったんだね」

 デイジーが焼いたホットケーキを摘まみながら、昨晩、ゆっくり聞けなかったマテルの亡国への旅路の話を聞いていた。

「多くの国民を犠牲にしても落城してしまったのに、こそこそ隠れて逃げ延びたぼくを、難民となった祖国の人たちは責めなかったうえ、ぼくが生きていたことを喜んでくれました」

 涙を堪えて語ったマテルに小さいオスカー殿下は無言で頷いた。

「私が言えた義理ではないのですが、母方の実家で、領の歴史を改めて学びました。帝国が東南に勢力を拡大した時に戦わず併合を希望したことで、母方の家系は領主一族として存続できた歴史は知っていたのですが、当時の国民の日記を読んで、国内の意見が割れていた様子を知ることができました。……国民が慕う王家は、王族たちの人柄はもちろんだけど、その土地で国民をじゅうぶん養えるだけの土地の魔力を供給できる一族だ、ということが必須なんだと痛感しました」

 小さいオスカー殿下が語る母方の領地の歴史は、小さな王国が本格的に戦争に巻き込まれる前から周辺諸国の土地の魔力が少なくなり、土地の結界を維持する国王が、戦争に備えるほどの国力がないことを国民に訴え、併合されるか最後まで戦うべきかを貴族も平民も膝を交えて討論した詳細だった。

「国民の半数以上は戦うべきだと主張したのに、当時の国王は負け戦で国民の命が失われ、祖国を護る魔法陣が失われてしまう方が今後この土地が荒廃する、と主張して併合を選らんだのだが、二極化した国民の対立に当時の人々はそうとう疲弊したようでした。断固、戦うと決意していた国民も国民総玉砕ではなく、王家の子どもたちを逃がす算段を立てていました。国土を護る存在として王家に生まれたなら、誰かが未来に向けて生きのこる必要があるのです」

 小さいオスカー殿下の力説にマテルは堪えていた涙をこぼした。

「ええ、そうです。ぼくに求められていたのは荒廃した旧国土の復興についてでした。もう一度祖国の地で、口減らしを気にすることなく暮らしたい、と希望する人たちを連れて、新領主候補のドルジ殿に会いました」

 新領主に内定していたドルジさんは緑の一族が新領地に滞在することを歓迎し、マテルは旧王家の王子だったがカカシの養子になったのなら問題ない、と難民たちを引き連れて戻ってきたマテルを快く受け入れてくれたそうだ。

「ドルジ殿は王家の結界に上書きする知識があり、任期が決まっているご自身が引退する時には旧王家の結界が起動するようにしておいてくれました。流出していた旧国民が戻って来たのでその中から魔力の高い人物を育成し、領の高官にすれば新領地は安泰だ、とお考えのようでした」

「ドルジさんは軍退役後、農場経営を夢見ていましたから、任期を終えた後は農場経営に専念したいのでしょうね」

 土地に魔力が満ちていないと赤字経営になることが目に見えている分、土地の魔力が枯渇することないよう気を配るはずだ、とぼくたちが口々に言うと、マテルは頷いた。

「ドルジ殿とはカイル君たちの話で打ち解けることができました。軍人として帝国中を旅したことがあったけれど、ガンガイル王国留学生一行と旅をしたときが人生で一番楽しかった、とおっしゃっていました」

 飛竜の爪に引っ掛けられて運ばれた馬車がスライムのパラシュートで無事着地したところで遭遇したドルジさんとの旅は、出合い頭から面白すぎたな。

 ぼくたちが苦笑すると、伺った話の笑うポイントが多すぎてどこで笑っているのかわからない、とマテルが呟いた。

「国境警備兵たちに囲まれながら食べた焼き肉が、人生で一番おいしい焼肉だった、とドルジさんはおっしゃっていましたよ」

 国境警備兵に囲まれて焼肉をしたことがあった面々だけでなく、魔法学校の中庭で焼肉をして匂いを振りまいたことがあったので居合わせた全員が即座に爆笑した。

「今年も、魔法学校で焼肉をしましょうね!」

 つられて笑っていたアドニスとマテルにマリアが声を掛けると、デイジーが元気よく頷いた。

「ドルジ殿はぼくたちが到着した日に豚を一頭潰して焼肉を振る舞ってくださいました。育ちが早い養豚から始めて、たくさん食べられるようにしよう、と難民たちから勤労意欲を引き出していました」

 アネモネことデイジーが孤児院から救助した冒険者たちの一部が既に新領地で農業指導の活動を始めており、帰還民たちを養える状況になっていたらしい。

「詳しく話を聞けば聞くほど、さまざまなところでカイル君たちがかかわっていたことを知って、本当にどう感謝していいかわかりません」

 再び涙目になったマテルの膝にみぃちゃんが飛び乗った。

「よく学んで、新領地に貢献して、緑の一族として世界中で活躍してくれるようになったら、ガンガイル王国は安泰だし、世界中から美味しいものを贈ってくれたらぼくたちも嬉しいよ」

 ぼくの言葉にマテルの膝の上のみぃちゃんが頷くと、うんうん、とマテルは何度も頷いた。

「復興の途中に帝都に戻ることを後ろめたく思っていたら、ドルジ殿に似たようなことを言われました。カイル君たちのそばで学ぶ機会を逃す方が将来的に真の復興が遅くなる、と」

 前足をマテルの胸においたみぃちゃんが頷くと、マテルは涙を拭って微笑んだ。

「学ぶだけじゃなく、よく笑え、とも言われました。ぼくが楽しんで心から笑う経験をすることで、新領地の民を幸せにする方法を学ぶことになる、だから、うんと楽しんで、その時に故郷の民の顔を思い出せ、と言われました」

 “……ドルジはいい男だな”

 魔獣たちの間でドルジさんの株が爆上がりした。

 寮生たちのほとんどが地方貴族の子弟だったので、ドルジさんの言葉に故郷の人々を思い出したのか、しんみりとして頷いた。

(スモモ)のジャムをつけてホットケーキを召し上がれ!私の故郷の味ですわ!」

 デイジーがお土産の李ジャムを振る舞うと、みんなは笑顔になった。

「ああ、ぼくも故郷を復興させて名産品をみんなに振る舞いたいものです」

 マテルの呟きに、小さいオスカー殿下が項垂れた。

「私は母方の領地の名産品さえ知らないよ」

「今回の旅は考えることが多かったのですから、仕方がありませんわ」

 そもそも今まで母方の領地について知らなかった小さいオスカー殿下の不勉強を、使命感が強かったから念頭から抜けていた、とマリアが論点をずらした。

「ああ、そうなんだ!あったんだ!魔猿の村で聖獣に言われた母方の領地にある貴重な素材のようなものが!」

 自分が何をしに行ったのか思い出すと掌をパチンと叩いた小さいオスカー殿下の腰の収納ポーチに寮生たちの注目が集まった。

「いや、大きすぎて私の収納ポーチには入りきらなかった。欠片を採取しようとしたが私の魔法が全く効かず、砕くことができなかったんだ!」

「だから、何があったのですか!」

 素材のようなもの、としか言わなかった小さいオスカー殿下にしびれを切らしたキャロお嬢様が突っ込んだ。

「一族が代々守っている物なので、場所を教えるわけにはいかないのですが、とある祠の奥に大岩があったのです」

 え!

 小さいオスカー殿下はご神体のような大岩に魔法攻撃をしたのか!

 ぼくたちは口にこそ出さなかったが全員同じことを考えたかのように驚いた表情をすると、小さいオスカー殿下が苦笑した。

「いや、ちゃんと守り人に許可を取っているよ。魔法が効かないことは伝承されているけれど、小さい子どもはやってみなければ理解しないだろう、ということで試させてもらったんだ。一族に残る伝承から推測すると、あの大岩は大聖堂島が浮かんでいた時代に大聖堂島に物資を運んだ浮く石だったのではないか、と思うんだ」

 小さいオスカー殿下は言葉や文字が失われる前の時代からの口伝なので受け継がれるうちに内容が変化しているかもしれない、と前置きして昔話を話してくれた。

「はるか昔、精霊たちが朝露で遊んでいたような時代に、と始まるから、精霊使い狩りが流行したころから領主一族の大岩の守り人たちにしか語り継がれなくなったらしいんだ」

 “……そんな話をぺらぺらと大勢の前でしていいのか?”

 水竜のお爺ちゃんの突っ込みに、もう精霊使い狩りはないから!と全員が突っ込んだ。

「もう、公にしてもいいけれど、一族が守り続けた大岩を一般公開する気もないの、というところが飛行魔法学講座で公表していいのか、と迷うところなんだ」

「いや、まずはノア先生が落ち着くまでは、飛行魔法学講座では口にしない方がいいですよ」

 ケインの言葉にぼくたちは頷いた。

「持ち出せるものじゃないし、欠片も採取できないのだから、湖底の砂を研究してから、現地に行く方が合理的じゃないかな」

 ぼくの提案に小さいオスカー殿下も頷いた。

「研究成果を守り人に見せたら、カイル君たちが大岩を見学する許可が下りそうだと、私も考えたんだ!」

「小さいオスカー殿下が領地のことをよくお勉強して、守り人とまめにお手紙で交流を持たないと、心を開いてくださいませんよ」

 デイジーがテーブルの上を滑らせて小さいオスカー殿下に李ジャムの瓶を渡すと、殿下は頷いた。

「わかっていますよ。皇子の立場を利用してごり押しせず、一族で受け継いできたものを公開してもらうためには、私の話を聞いてくれるまで打ち解けてから、一族への利を示すよ」

 お馬鹿な皇子時代が長かったからなぁ、と小さいオスカー殿下が嘆くと、まだ子どもでしょうに、と食堂の叔母ちゃんたちに慰められた。

「代々守ってきた大岩が浮く石だったとして、それで、どうやって一族に利をもたらすのですか?」

 マリアが興味津々に小さいオスカー殿下に尋ねると、ホットケーキに李ジャムを塗っていた殿下は、そうなんだ、と頷いた。

「秘伝の口伝の内容を要約すると、かつて、大聖堂島が空に浮いていた頃、浮く石の発着場所として栄えていたらしいんだ。東方地域の物流の拠点を担っていたらしい」

 小さいオスカー殿下の話に、東方と拠点というには東の端にちょっと遠すぎやしませんか?と食堂のおばちゃんたちが怪訝な表情をした。

「ええ、その後の大地震で東側の土地が広がったらしいですね」

 小さいオスカー殿下の話にケインが身を乗り出した。

「大岩を見れなくても、その守り人に会ってお話を伺いたいものですね」

「そうだね。地質学的にも面白い話が聞けると思うよ。大岩を護る土地だったから大地震による被害がなかった、と守り人は信じていた。私としては、そこのところに興味がなかったので聞き流してしまったよ」

 小さいオスカー殿下が残念がると、普通はそんなものです、とウィルが流して話の先を促した。

「そうだよね。大地震の被害がなかったということは、大岩が浮いていた時代の地層を掘ったら、その時代の地層が出てくるのでは?と考えて、もしかしたら砕けてしまった浮く石の欠片が埋まっているのではないか?思いついたんだ」

 大聖堂島の湖の底以外にも浮く石の素材が採取できる可能性が出てきた。

「それは興味深いですね」

 ぼくの言葉に小さいオスカー殿下は、そうでしょう、と満面の笑みになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ