花吹雪
「なんてこった!部室にまで花びらが舞い込んだのかと思ったよ!」
在校生たちが魔獣カード倶楽部の部室でケインたちの入学式を見守っていると、ぼくのスライムが変身した画面上に会場内に舞う花吹雪が映し出されると、ほどなくして、花びらの形に隊列をなした精霊たちが会場内から外へと飛び出していったのだ。
「ケインの心配した通りになったじゃないか!」
ウィルが頭を抱えると、兄貴はケタケタと笑った。
「精霊たちがはしゃぐくらい、いいじゃないか。このくらいド派手な方がガンガイル王国の姫君の入学式にふさわしいよ」
兄貴の言葉にガンガイル王国寮生たちが頷いた。
「中級魔法学校の校舎はこっちで、あっちは初級魔法学校の校舎のはずなのに、あっちからも花吹雪型の精霊たちが飛んできたのはなぜだろうね」
小さいオスカー殿下が中級魔法学校の校舎の方を見遣ると、ガンガイル王国寮生たちはアドニスと三人娘たちとばあちゃんの家の子どもたちが魔法学校に入学したことを喜んだ精霊たちの祝福だ、と察して微笑んだ。
「ぼくは上級魔法学校の入学式を断って履修登録だけを先に済ませたのですが、参加した方がよかったのでしょうか?」
キャロお嬢様と第三夫人の成功に湧く寮に、昨晩、帰寮したマテルは上級魔法学校の転入手続きの時に入学式に招待されていたのに断っていたようだ。
「マテルが目立つと面倒なことに巻き込まれそうだから、これでいいんだと思うよ」
同じく昨日、帝都に戻ったばかりの小さいオスカー殿下がぼくのスライムに、自分が不在だった時の上映会の映像を見れないか、と頼み込んでいた。
「辺境伯寮まで遊びに来てくれたら帝都の模型で再現上映できますよ。殿下やマテルさんの旅の話もききたいですし、今日の放課後はガンガイル王国寮でお茶でもしませんか?」
ウィルの誘いに小さいオスカー殿下は即座に頷いた。
「それ!私も参加したいですわ。東方連合国からの今年の留学生が合流して、皆さんにお土産があるのです!マリア姫もアーロンも行きましょうよ」
昨日のキャロお嬢様と第三夫人の面会の詳細を知りたいデイジーはマリアとアーロンも巻き込んだ。
「どうせそうなるだろうと見越した食堂のおばちゃんたちがホットケーキを焼いてくれると言っていたから、今日のガイダンスが終わったら寮に集合するということにしようよ」
ぼくの誘いに賛成の声があがると、窓から入学式を終えた新入生たちが履修登録に向かう姿が見えた。
「飛行魔法学講座にようこそ!」
ご機嫌のノア先生が教室のドアを開けてぼくたちを出迎えてくれた。
「今年度の飛行魔法学講座をガンガイル王国寮生が乗っ取ってしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」
最年長のオーレンハイム卿がノア先生に挨拶すると、大歓迎です!実習服を新調してよかった!とノア先生は年上の生徒を前にしてもその笑顔は変わらなかった。
コネではなく成績順で希望講座の受講が可能になったので、今年度の飛行魔法学講座の受講者の大多数がガンガイル王国留学生とその他留学生たちが占めていた。
「成績上位者が集う最強のメンバーですよ!昨年度の成績優秀者ばかりではなく、飛び級の中級魔法学校所属の新入生が三人もいるのです。年齢の幅こそ大きいですが、その分世代を超えた発想の研究ができるでしょう!」
入学式で名前を呼ばれた順でケイン、キャロお嬢様、頑張ったミーアも飛行魔法学の履修登録ができた。
「三人はガンガイル王国での共同研究の評価が高く、三人揃っての履修登録なら、そこらあたりの上級魔法学校生たちは太刀打ちできない成績ですよ」
魔力の地層に関する共同研究の評価でミーアの成績は底上げされたようだ。
「オーレンハイム卿を筆頭にジェイ君にジュンナさんにカイルにウィルに小さいオスカー殿下にアーロンにマリア姫とデイジー姫……とまあ、そうそうたるメンバーだ」
ガンガイル王国留学生と友人たちでほぼ飛行魔法学講座を乗っ取ってしまったが、示し合わせたというより、みんなが気になって仕方がない素材を研究するため、こうなってしまったのだ。
「ノア先生は今年の講座の事前準備を入念にされていたかとは思うのですが、私たちも研究したいテーマがあるのですが。そちらをこの講座でしてもかまいませんか?」
オーレンハイム卿が申し訳なさそうに提案するとノア先生の笑顔が更に輝いた。
「それこそ大歓迎です!指導計画といっても、昨年、広域魔法魔術具講座の皆さんとほぼ共同で研究したので、今年は一から指導する必要がないので、そちらをメインにいたしましょう!」
張り切るノア先生には申し訳ないが、大々的に研究できるかは、ちょっと怪しい。
「あの、申し上げにくいのですが……、研究素材が特殊でそもそも量が少ないうえ、公表できるかどうかは教会の判断を得なければいけないかもしれません」
ぼくが言い出せずにいた問題点をお婆が切り出したが、ノア先生は狂喜乱舞するほど大喜びした。
「ああああああ!詠唱魔法ですか!中級魔法学校の入学式は凄かったらしいですね!いやあ、初級魔法学校の方も見事だったと聞きましたよ。私は職員室まで飛んできた精霊たちしか見ませんでしたら、立体映像の魔法の花吹雪を詠唱魔法で見事に作り上げたそうですね」
小躍りして喜ぶノア先生には申し訳ないが、詠唱魔法の研究は神学校の方ですることになるだろう。
「ノア先生。詠唱魔法は新設する神学校ですることになります。研究したい素材が大聖堂島の湖の底からさらった泥の中から分別したのので、もしかしたら伝説の浮島の素材なのではないか?と……ノア先生!大丈夫ですか!」
伝説の浮島の話になったところで、興奮しすぎたノア先生が酸欠を起こしたのか頭をふらつかせて膝から崩れ落ちた。
お婆がノア先生のもとに駆け寄ろうとすると、オーレンハイム卿が素早くノア先生を横たわらせ、ゆっくりと息を吸うように、と声を掛けた。
「回復薬より頭を冷やす方がいいでしょうな」
オーレンハイム卿がお婆に薬はいらないと声を掛けると、水竜のお爺ちゃんがノア先生の頭部に霧を吹きかけ、物理的に冷やしさらに呼吸困難にした。
「ノア先生。今日は受講生の顔合わせだけで終了しましょうよ。研究計画の概要のメモをお渡ししますから、後日、返答をください」
黙々と研究計画書を作成していたケインは、ノア先生をこれ以上興奮させない方がいいと踏んで声を掛けると、ノア先生は頷いた。
“……湖底の泥が足りないなら儂が……”
精霊言語で口を挟んできた水竜のお爺ちゃんにキュアが体当たりをして止めに入った。
素材が手に入るのはありがたいが、今のノア先生にこれ以上興奮させる燃料を投下してはいけない。
よくやった!とお婆がキュアに親指を立てて褒めていると、オーレンハイム卿はノア先生の助手に、後は任せた、と声を掛けた。
こうしてぼくたちの履修登録は思いのほか早く終わってしまった。
寮の食堂にホットプレートを並べて食堂のおばちゃんたちが用意しておいてくれた種を食べたい人が焼くスタイルにした。
初級魔法学校に入学した三人娘やばあちゃんの家の子どもたちも招待し、入学式を祝う会の様相になった。
談話室でミニチュアの帝都の模型で上映会の映像や四角い箱で入学式の映像を再現したものを流したので、焼き場が混みあうことなく上手く人の流れが二分化された。
「初級魔法学校の入学式でも花吹雪が舞ったのでしょう?」
キャロお嬢様が噂の真相をアドニスに尋ねると、初級魔法学校の新入生たちが頷いた。
「みなさんの練習を見ていたせいでしょうか、挨拶が自分の番に回ってきた時に、つい呪文の組み合わせに近い言葉を使用してしまったので、発動させてしまいました」
恥ずかしそうに言うアドニスに、きれいだったよ、とばあちゃんの家の子どもたちが笑顔で報告してくれた。
「大正解だよ、アドニス。緊張してうっかり変な魔法を行使しないために花吹雪の練習をしたんだから、それでいいんだよ」
ぼくが声を掛けると、アドニスは安堵の表情を見せた。
「花びらの映像が出現したのはアドニスさんの挨拶の次の人からだったので、次の人が困惑していたのが面白かったですよ」
「そうね。へっぴり腰になっていたわね」
「初級魔法学校はこの映像の通りの花吹雪だったのですが、中級魔法学校ではどうなっていたのですか?」
三人娘たちの言葉に、中級魔法学校の新入生たちは首を傾げた。
「講堂内の中心部から出現させた花びらの量は予定通りだったのですが……」
「精霊たちが講堂の端まで広げてしまったのです」
ぼくのスライムがすかさずスクリーンに変身してその様子を映し出すと、正面しか見ていなかった新入生たちは自分たちがどのくらいの規模の花吹雪を出現させたのかわかっていなかったようで、うわーと声をあげた。
「ああ、これはやらかしてしまったかしら」
精霊たちの花びらの隊列を俯瞰で見たキャロお嬢様が項垂れた。
「昨日、あれだけ大活躍されたキャロお嬢様の入学式に精霊たちが張り切ったのでしょうね」
仕方がありません、とミーアが言うと、兄貴は頷きつつも情報を付け足した。
「ガンガイル王国の新入生たちのほぼ全員が神学を学ぶ誓約をした初級魔導士たちなんだよ。たぶん、言葉と文字が変わってから寄宿舎生以外で魔法学校に入学する初めての魔導士たちということで、精霊たちがはしゃいだのかもしれないよ」
そういう側面もあるのか、と犬型のシロを見るとシロは頷いた。
“……ご主人様。魔法学校では魔法陣を使用するより詠唱が終わるまで魔法の発動が遅い詠唱魔法は軽んじられる傾向があります。本来、優劣をつけるものではないので、このくらい派手な演出があった方が詠唱魔法の理解が深まりいいかと思いますよ”
ノア先生の興奮ぶりから想像すると、職員室は大騒ぎになっていたのだろう。
「フフ。社交界でも噂になるでしょうね」
オーレンハイム卿夫人は微笑みながら小声で、軍の不祥事で多くの有力貴族が何らかの処罰を受けるだろう中、軍に進むよりとりあえず神学を学ぼうという若者が増えるだろう、と言った。
入学式の花吹雪は軍事大国の帝国の勢力図が変わっていく息吹のように噂されることになるのだった。




