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バブバブ?

 教皇と月白さんが、前世の皇帝が製作した未完成な魔術具について聞き出した過程で一番えげつない部分の時に、ワイルド上級精霊と雑談していたことでぼくは聞かずに済んだようだ。

『お前も人体実験をして魔術具を仕上げたのだったら、後輩たちが見習うのも当然じゃないか!』

『因果が巡ってご自身の孫娘が被害に遭うのに、そのことで、陛下御自身は何ら心を痛めないなんて、アドニスが不遇過ぎる……』

 教皇がアドニスを慮って涙目になるのに、皇帝はけろりとした表情のままだた。

 十七人の子どもたちの孫の一人一人まで目が行き届かないにしても、あまりに素っ気ない皇帝の態度に、月白さんは爆笑した。

『ほら、自分の孫でなくても常人ならこの惨状に涙するのに、自分にしか興味のないやつは下衆の極みのように無反応だよ。幼少期にアリシアが誘拐されて同じ目に……』

 月白さんの言葉が終わる前に皇帝はテーブルに勢いよく突っ伏して額を強かに打ち付けた。

『マヌケに説教するだけ時間の無駄のようだな。どうやったか知らないが、邪神の欠片を一粒の麦の実ほどの大きさに精製して魔術具の中に仕込んだのが三つで、結晶化に成功したままの物が七つもあったんだな』

 月白さんが確認すると皇帝は頷いた。

『研究所のレポートの解析が終わっていないから何とも言えないけれど、未完成だった魔術具が七つだけなら、もうすでに消滅している可能性があるな』

 教皇の推測は、帝都魔術具暴発事件の魔術具の五つと、ディミトリーの所持していた魔術具と、アドニスに移植されていた邪神の欠片とで、合わせて七つ全ての邪神の欠片の結晶を使用したのではないか?というものだった。

『帝都襲撃事件は五つも邪神の欠片の魔術具を使用してあの程度で済むとは思えない』

 皇帝の反応に教皇と月白さんが呆れたようにあんぐりと口を開けて首を横に振った。

『五つの魔術具が完璧な配置で暴走したわけではなかったことと、警戒に当たっていたガンガイル王国寮生たちの初期対応のよさと、被害が出る前に余波を鎮めた私のお陰で何とかなっただけだぞ!』

『マヌケは自分の想定外を想像できないから、国土を枯らす皇帝になるんだ』

 教皇と月白さんは皇帝に再び説教を始めた。


「なるほど、残りの七つ全ての邪神の欠片を消滅させたかもしれないが、後世の研究で似たようなものを作っている可能性も含めて、もうない、とは言い切れない状況なのか」

 “……教皇の言う研究レポートって言うのがこれなんだったら、たぶん、帝都魔術具暴発事件の魔術具は一つの結晶が五つに割れたから五個の魔術具にしたようだ”

 飛び出してきた魔本が該当のページを開いたが、ワイルド上級精霊に魔本を取り上げられてしまい、ぼくは覗き込むことさえできなかった。

「カイルは読まない方がいい。えげつない人体実験をして五つに割れた、とだけ言っておこう」

 ワイルド上級精霊の配慮に、了解、とぼくは頷いた。

「そうなると、少なくともあと四つはあると考えた方がいいですね」

「ああ、そうだな。大聖堂島にもう邪神の欠片がないことは月白が確認済みだから、世界中の精霊たちから情報を集めよう」

 そうだった。

 ぼくが幼いころ辺境伯領で邪神の欠片を保管していた封印の素材が劣化した時に、小さな精霊たちが邪神の欠片の存在を不快に思い兄貴に知らせ、まだ精霊言語を取得していなかったぼくにジェスチャーで伝え、それで、ハルトおじさんに知らせることができたことがあった。

「ああ、小さいからこそ、その場のささやかな異変に不安感を抱きやすい。光る苔の洞窟で情報収集をしたら何か手掛かりがあるだろう」

「異変のある土地にぼくのスライムの分身を派遣して、光影の武器が出現するようなら邪神の欠片の魔術具が隠されている、と確定できますね」

「ああ、そうだな。水竜とペアで行動させたら、いきなり突撃せず慎重に対応するだろう」

 アドニスの救助に一度失敗した二匹は下調べの重要性を学習したから、きっと入念に調査してくれるだろう。

「今後の懸念についての相談もできたし、皇帝の供述は魔本にまとめて報告させるから、カイルは戻るとするかい?」

 人体実験の話が続くのならぼくは魔本を経由して話を聞く方がいい。

「はい。戻りま……」


 寮の談話室に戻ると、置いていったな、と兄貴と魔獣たちに睨まれた。

 寮生たちは、皇帝の行いが悪ければ来世は皇帝の見つけられない外国に転生する!と宣言した第三夫人の映像に拍手喝采を送っていたので、ケインもウィルもぼくが上級精霊の亜空間に行っていたことに気付いていなかった。

 “……ご主人様。不意打ちでご主人様がワイルド上級精霊の亜空間に招待されてしまったので、ついていけませんでしたが、何があったのですか?”

 シロでさえついていけなかったのか、と魔獣たちが犬型のシロをまじまじと見た。

 “……手っ取り早く皇帝に邪神の欠片の未完成の魔術具の数を質問するために転移させられたところを別の亜空間から見ていたんだけど、月白さんが教皇を連れてきたら人体実験の話が出たので帰ってきたんだ。後で魔本に詳しく聞くよ”

 シロだけでなく兄貴と魔獣たちにも精霊言語で伝えると、みんなは画面上の皇帝に視線を戻した。


『……私のこれからの行い次第では、来世のアメリアに会えないかもしれないのだな』

 少しだけ時が戻った離宮の応接間にいる皇帝は、憤っていた前回とは違い、肩を落として力なく言った。

 月白さんと教皇に絞られてすっかり意気消沈してしまっているようだ。

『教皇猊下とは密に連絡を入れよう。国土に魔力が行き渡るように努力する。内政も皇子たちに回す仕事の量を増やし、時間を作るから、離宮に来る時間を減らさないことを理解してほしい』

 皇帝は改悛して身を正すと思いきや、同じ口から出た言葉が第三夫人への執着心を失っていなかったことに、キャロお嬢様たちは目を丸くした。

 第三夫人と会うことで皇帝が狂気の道に進まないのなら、面会時間を減らさない方が得策だろう。

『そうですね。陛下がきちんとお仕事をなさるのでしたら、離宮にいらっしゃる時間を減らさなくていいでしょう』

 第三夫人の発言に皇帝は笑顔を見せ、キャロお嬢様は、リア叔母様がそれでいいなら仕方ない、と言いたげな表情になった。

 ぼくのスライムが精霊言語で、バブバブ、と魔獣たちに話しかけると魔獣たちは爆笑した。

 ……最高権力者は特殊な癒され方をしても、闇堕ちしない方がいい。

『私は劇団さそり座の新作はキャロと一緒に初日に見に行きますから、陛下はお仕事をなさっていてくださいね。陛下がご臨席すると一般の方々が観劇に行けなくなってしまうかもしれませんもの』

 そんな!と皇帝が悲痛な表情になると、キャロお嬢様は頷いた。

『劇団さそり座の新作の前売り券はすでに完売しております。もちろん、リア叔母様の席は特別観覧席を押さえてありますが、陛下がご臨席されたら、前売り券を購入した平民たちは貴族に脅されてチケットを手放さざるを得なくなるかもしれません。リア叔母様だけでしたらお顔が知られていませんから、お忍びでご観覧いただけるでしょう?』

 キャロお嬢様の言葉に皇帝が渋い表情になると、女子寮監ワイルドが声を出さずに口だけ、バブバブ、と動かした。

 瞬時に青ざめた皇帝は小さい声で許可を出した。

『わかった。……警備だけは強化させてくれ』

 突如として軟化した皇帝の態度を不信の思うことはなく第三夫人は喜んだ。

『ええ、理解しています。ですが、冒険者登録をしているキャロも相当強いらしいですよ。ご安心ください』

 キャロお嬢様とミーアが力強く頷くと、皇帝は目を丸くしてキャロお嬢様を見た。

『今年の競技会に選手として参加するつもりです。もちろん、王族だからと無理強いするのではなく、寮内の適切な選別を勝ち抜く自信がありますわ』

『ガンガイル王国寮では、ほとんど身分差を気にすることなく、実力主義で物事が決まります』

 アドニスの説明に、そうか、と皇帝は力なく言った。

『私は私の見たいようにしか世界を見ていなかったようだ。ガンガイル王国の躍進は国民の身分によってではなく、個人個人がそれぞれの能力の活かせる役職についたからこそ発展したのだよな。国土を奪っても、その国土を活かす人材を長に据えなければ衰退するばかりだ、ということを肝に銘じるよ』

 もう戦争はしないとは言わなかったが、その土地にふさわしい人物を長にする、と皇帝が明言したことにクレメント夫人は頷いた。


 こうしてキャロお嬢様と第三夫人との面会はガンガイル王国側の希望が全て通る形で終了した。


「それじゃあ、まだあと四つも邪神の欠片の魔術具があるかもしれないんだね」

 就寝前にぼくの部屋に兄貴とウィルが集合して、ワイルド上級精霊の亜空間で判明した事実を話し合っていた。

 “……儂とカイルのスライムの分身が精霊たちの社交場に行って情報収集に励めばいいんだな”

 水竜のお爺ちゃんとぼくのスライムが顔を見合わせて、任せておけ、と小さな手と触手で力こぶを作ってみせた。

「月白さんが皇帝陛下と教皇猊下の仲介を取り持つなら、事が早く進みそうでいいね」

 ぼくのベッドに寝っ転がったウィルがそう言うと、ケインは頷きつつも、今日もこの部屋に泊まる気か、とウィルが抱えていたぼくの枕を引き抜いた。

「ちゃんと自分の部屋に戻るよ。明日は新入生たちの入学式だからね。会場で見られないから魔獣カード倶楽部の部室で見ようか!」

 ウィルはぼくのスライムに、頼んだよ、声を掛けると、ぼくのスライムは頷いた。

「キャロお嬢やミーアたちとも一度は通しで練習はしたんだけれど、今日の面談の成功で興奮した状態が続いていたら、なんだか派手なことになりそうな気がするよ」

 ケインはキャロお嬢様が帰寮してからお嬢様ばかりでなく寮生たちも興奮していたことを思い出して溜息をついた。

「まあ、何とかなるよ」

 兄貴が微笑んでケインの肩を叩いた。

 太陽柱で確認した兄貴が言うのだから、とケインは胸をなでおろしたけど、いったいどうなることだろう。

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