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それぞれの憤り

 ディミトリーを人質として皇帝に囚われていたため、デイジーこと東の魔女アネモネによってハロハロに思考誘導の飴で、深く考えない浅はかな人間になるように暗示がかけられていたことをほとんどの寮生たちは知らなかった。

 だがしかし、アホの王太子が突如として覚醒したことを知っている寮生たちは国家機密を知ったのにもかかわらず、そうだったのか、という感想が漏れただけだった。

「キャロはずいぶん踏み込んだな」

「覚えていないと言いながらも自分の元に送り込まれた邪神の欠片を携帯する刺客を返り討ちにして使役できたのですから、何らかの知識を現世でも保有しているはずです」

 ウィルが皇帝の告白の矛盾点を指摘するとハルトおじさんは唸った。

「うーん。この期に及んでまだ隠しているのか」

 第三夫人の前で正直に告白したかのような皇帝が邪神の欠片の魔術具についてだけ、まだ第三夫人に秘密にしようとするだろうか?

「皇帝の証言が邪神の欠片の魔術具を使用した者の記憶の曖昧さを解明する手立てになればいいですね」

 ケインの言葉にぼくたちは頷いた。


『……ガンガイル王国の王家に東の魔女を送り込んだことは間違いない』

 第三夫人の責めるような視線を受けて、皇帝は正直に告白した。

『いやあ、すまないが、今、思い出したんだ』

 いたたまれなさそうな表情をした皇帝が言い訳のように言った。

『……何と言ったらいいのだろうか。前世の記憶はぼんやりとしているというか、思い出す時に不意に思い出すもので、当時研究していた研究内容も今そのまま魔術具を制作できるかといえば、もう一度試行錯誤することになるだろう。ただ、できたという手ごたえがあるから、無から研究するより方向性がわかるだけ早いだろう、という程度なんだ』

『この年になると昔読んだ小説の題名は覚えているのに、内容を覚えているようで覚えていないようなものですか?』

 老化による物忘れと同一視した第三夫人の言葉に皇帝は首を横に振った。

『似ているようで違うんだ。感情的なことは覚えている。前世で君に話しかけられる立場でもなかった悔しさや、絶望感や、この世界を出て行きたくなるどうしようもない焦燥感は、今でも手に汗握るほど鮮明に覚えている。だが、あの魔術具の発動原理が魔法陣なのか詠唱魔法なのかさっぱり思い出せない』

 皇帝の説明に邪神の欠片を直接移植されたアドニスは消えたはずの痛みを思い出したのか左半身をそっと擦った。

『ですが、皇帝陛下は邪神の欠片の魔術具の使役者を使役しましたね』

 キャロお嬢様の質問に皇帝は頷いた。

『ああ、教会から送り込まれた暗殺者が私の未完成の魔術具を使用していることは寝室に転移してくるなりわかった。魔術具に自我を乗っ取られていたから、未完成の物で、既存の魔術具に組み込ませることで使用しているのだと、見るなり思い出した。使役者に自我がない状態だから、より強い暗示にかけると使用者を使役できる、と瞬時に行動に出ていた』

 皇帝の寝室に暗殺者が転移魔法で侵入していたことに第三夫人や使用人たちや護衛が息をのんだが、キャロお嬢様をはじめとしたガンガイル王国側は、皇帝が咄嗟に思い出した内容の方に気を取られた。

『死に直面した時に膨大な量の前世の記憶を思い出すことがあるように、邪神の欠片の使役方法を思い出したのですか?』

 クレメント夫人の質問に皇帝は首を横に振った。

『いや、走馬灯のようなものではなく、朝起きた時に水の飲み方を考えなくても水差しとコップを見ればできるように体が勝手に動いていた』

 皇帝の説明に、新しい情報がないことに肩を落とすキャロお嬢様とクレメント夫人とは対照的にアドニスが上目遣いで皇帝を見た。

『……私の誘拐犯のゾーイは完成形の邪神の欠片の魔術具を利用していました。……キャロお嬢様のおっしゃった暗殺者とは、私の前にゾーイに誘拐されていた東方連合国の王子様でしょう。……彼が失敗したので、私は魔術具ではなく邪神の欠片を体に移植されてしまいました』

 左半身を擦りながら必死にゾーイのことを思い出そうとしたアドニスにミーアが駆け寄り、無理しないで、と声を掛けた。

『まだ体が痛むのですか!?』

 二人芝居で苦しんでいた少年シーカーの苦痛を思い出した第三夫人が悲痛な声でアドニスに声を掛けると、アドニスは首を横に振った。

『いえ、邪神の欠片を消滅してもらった時に、すべての傷も治り苦痛から解放されましたが、思い出そうとすると、痛みの記憶に体が反応して、ないはずの痛みを感じるような気がするのです』

『まあ、なんてことでしょう!』

 第三夫人は非難がましい視線を皇帝に向けると、教皇は眉間の皺を深くして考え込んだ。

『邪神の欠片については捕らえられた罪人たちから教皇猊下が供述を引き出してくださるでしょうから、アドニスは思い出さなくていいですわ。私が知りたいのは、拘束した邪神の欠片を使役する暗殺者をなぜガンガイル王国に送り込みなぜ、東の魔女に王家に干渉させたかです』

 キャロお嬢様はアドニスを気遣いつつ、皇帝への追及の手を止めなかった。

『……東の魔女にガンガイル王国の王家に干渉させたのは、私の独占欲による行動だ。王家がごたごたすれば君への干渉がなくなると考えたのだ。実家から手紙が来ると、里心が付くだろう?』

 そんなことのために、と第三夫人が激怒したが、そんなことだろうと思った、とキャロお嬢様たちは呆れ顔になった。

『ガンガイル王国側で不問に付していただいたことをこちらから蒸し返すことはないでしょうけれど、暗殺者をガンガイル王国に送ったとは、どういう了見なのでしょう!』

 第三夫人の追及に皇帝は首を横に振った。

『王宮に刺客を贈ったわけではない。深淵の森の奥にある世界の果てを探索できる装備を作るための素材採取を頼んだだけだ』

 皇帝の言葉にキャロお嬢様は瞬時に怒りを覚えたようでこめかみがビクビクと震えピアスが真っ赤に輝いた。

『陛下は私に喧嘩を売ったのですね!』

 瞬間沸騰で激怒したのは第三夫人も同様で、淑女の所作をかなぐり捨て、テーブルを両手でバシンと叩いて立ち上がった。

『陛下!先ほどキャロが私に王女の資質があると言いましたが、あくまでそれは可能性の一つにすぎません。深淵の森の向こうの話となると、話は全く違います。それは私が生涯かけて護らなければならなかった立場を、お姉様が代わってくださったのです。帝国が干渉してよいものではありません!』

 北の砦を護る一族の末裔として第三夫人が激怒すると、あまりの激高に教皇は身を引いて第三夫人を見上げた。

『深淵の森の向こうはガンガイル王国の国土ではないはずだ!』

『陛下。深淵の森の奥に向かうものたちを凍り付かせることが、ガンガイル一族が成すべき仕事の一つなのですよ。陛下と夫婦になったとはいえ、これ以上は陛下に申し上げられません』

 冷ややかに言い放った第三夫人に、皇帝は両掌を広げて胸の前でひらひらさせて、降参の合図をした。

『わかった。何もしない。というか、すっかり忘れていた。邪神の欠片の魔術具を使役する者を手元に置くようになってから、妄執が酷くなったのだ。君をもっと実家から切り離さなくてはならない、来世は世界の果ての向こうに転生しなくてはいけない、と切迫した感情に囚われるようになったんだ。手放した今はそこまで拘っていない!』

『いえ、陛下は出会った時から妄執に取りつかれているようでしたわ』

 誘拐婚や南方戦争はディミトリーが皇帝暗殺に送り込まれる前の出来事だから、キャロお嬢様もクレメント夫人もアドニスさえ第三夫人の言葉に頷いた。

『愛のために、誰にも妨害されずに愛を貫くために最高権力者になり、南進を……。いや、君を愛する執念と同時に世界の果てを見たいという願望が胸の内にあった』

 熱く愛を語っていた皇帝は、突如として南進を勧め続けた理由に思い至ったかのような口調で言った。

『……魂の練成が甘かったのでしょうか。前世の妄執を捨てきれないから前世の記憶があるのか、妄執が残ったから前世の記憶があるのかわかりませんが、愛と呼ぶには重すぎますよ』

 クレメント氏の呟きに第三夫人が頷いた。

『そうなのだろうか?アメリアを求める気持ちは執念深いと自分でも思うが、世界の果てを目指す気持ちは邪神の欠片の魔術具に接触してから強くなった。南進を始めたことは、国内貴族の勢力を削ぐことが目的だったが、邪神の欠片の魔術具の使役者を使役するようになってからは、どうしても世界の果てに行かなくてはならない、という気持ちに支配されそうになることが、ままあった。いや、私が暗殺者に命じて仕事をさせればさせるほど、世界の果てに行かなくてはならないという思いが強くなった。北の果てを目指すには伝説の素材を入手することができなかったから、南進を進めるしかない、と暗殺者を南方戦線に送り込んだら、東の魔女との契約が切れ、暗殺者を見失った』

 デイジーの証言とも一致するので皇帝の告白に嘘はなさそうだ。

 激怒してから顔を伏しめがちにして怒りをずっと抑え込んでいたキャロお嬢様が、ゆっくりと顔を上げて皇帝を見据えた。

『……いったいどれだけの命が犠牲になったのか……。素材採取のために暗殺者を送り込んだなんて、柔らかい表現に変えたところで、ガンガイル領の山奥の現場で、ほぼ皆殺しの惨殺をして大量のくず魔石を持ち帰った話なのです。戦争ではもっと多くの命が失われたでしょうけれど、さすがに友人の両親が惨殺された話を、まるでピクニックに行ったかのように軽く流されてしまうと、陛下の語る愛とはリア叔母様への以外は羽虫のように軽いものなのですね』

 淡々と語るキャロお嬢様にミーアも静かに頷いた。

 クレメント夫人がキャロお嬢様の肩をそっと叩いて、小さく首を横に振った。

『……長生きしてわかったことがあるとしたら、命の価値など神々の前では人間も虫けらも変わらないのではないか、ということです。私たちが神々の御力で魔力を行使できるように、魔獣たちも本能で魔法を使うことができます。命に価値をつけるのは人が生きた証を求めるからであって、国王だろうが平民だろうがその命を惜しむ人の思いが命に価値をつけるのでしょう。私がこうして生き永らえたのは、私が生を繋ぐことで、こうしてお嬢様方に出会うためだったと言っても過言ではありません。私がお嬢様方に出会って、行動を起こすことを見越した精霊たちによって命を繋いだにすぎません。あの惨事から生きのこった彼は、皇帝陛下の行動に憤っても、邪神の欠片がかかわっている限り、その罪の断罪より先に、すべての残りの邪神の欠片の消滅を優先するでしょうね』

 命の価値は他人の判断ではなくどう生きるかにある、と優しく語り掛けたクレメント夫人の言葉にキャロお嬢様は頷いた。

『ええ、ここで私が怒りに任せて軽率な振る舞いをしてはいけませんね。陛下は前世で制作した未完成の邪神の欠片の魔術具の数を把握してらっしゃるでしょうから、完全に消滅させるまで、無病息災でいらしてくださらないといけませんわね』

 キャロお嬢様は情報源として生かしておくだけだ、という言い方をして怒りを鎮めた。

 キャロお嬢様のピアスの色が落ち着くと、ミーアが胸をなでおろした。

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