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皇帝の告白

 運命の愛のために友情など紙屑より軽くなってしまう、といったクレメント夫人の言葉に第三夫人は眉を寄せた。

『まあ、そんな。異性に対する愛情と同性への友情はともに尊いものではありませんか!』

『……リア叔母様。友情どころか、家族との親交さえ絶たれていたではありませんか』

 キャロお嬢様はそう言うと、ミーアが入れなおしたお茶を口にして、ジト目で第三夫人を見た。

 応接室の使用人も皇帝の護衛でさえもキャロお嬢様の言葉を肯定するように目の奥に皇帝を非難するような強い光を宿しつつも、無表情を貫いていた。

『毒が飛び交うのが当たり前のような宮廷内で、アメリア姫を守るためのご配慮だったのですよ。それだけ、当時のガンガイル王国寮の存在感が薄かったのです』

 女子寮監ワイルドが皇帝を庇うような発言をしながら、帝国内でのガンガイル王国の地位が向上しても第三夫人を公に出さない皇帝を揶揄した。

『先輩たちの話を聞いても皆一様にそう言いますね。毒に関しても、下手に親しくなればアレルギーのある食品を加工して送ってしまえば静かに攻撃できますわ。慎重になさることも理解できます。ですが、リア叔母様はあまりに孤立しすぎています』

 キャロお嬢様は皇帝が第三夫人を囲い込むことを肯定しつつ、現状の異常さを指摘した。

『それについては私にも非がありますわね。私は馬上の殿下に攫われてから、私はこれ以上事態が悪い方向にならないように、とばかり気を遣ってきました。私の一件で二国間の関係が悪化しないように、帝国で毒殺されないように、そうやって、諦めることで、とりあえず恙無く暮らしていけました。でもそうやって思考を狭くして自分の世界に籠ってしまうことで、見なくてはいけない物を見ていなかったのです』

 第三夫人は自嘲気味にそう言うと、ほとんど空になったケーキスタンドを見遣った。

『陛下の即位の派兵は、今日まで続いた戦争になりました。多くの命が失われ国は疲弊していきました。多くの書物を読み現代では即位の派兵が形骸化していたのを知っていたのに、私はそれについて何も考えていなかったのです』

 第三夫人は左手を失ったイシマールさんに思いを馳せるかのように自分の左手をじっと見た。

『私が一言、形骸化していた派兵をなぜ本格的な戦争にしてしまったのですか?とお尋ねすることで、何かが変わったのかもしれない、と思うと心苦しいです』

 第三夫人の告白に、押し黙っていた皇帝が口を開いた。

『……即位の派兵を実戦にしたのは兄の派閥の残党を潰すためだ。君を亡き者にして、正妻の座を空席にしようとする連中を戦争で使い潰した』

『やはり、そうでしたか。陛下がそうお答えになるのが怖かったのかもしれませんね。私が若いころ就寝前に飲んでいたお茶にはどんな薬効があったのですか?』

『……避妊薬の成分があった』

 皇帝の衝撃的な告白にキャロお嬢様や使用人たちや護衛さえ眉を顰めたのに、第三夫人は顔色を変えなかった。

『子が授かれば、私の愛情が全て子に向かってしまう、とお考えだったのですか?』

『いや、出産は女性の体に負担がかかりすぎる。君を失いたくなかった』

 その答えを第三夫人は予測していなかったようで、まあ、と目を見開いて皇帝を見た。

『……夢の中で、君は前世、出産で命を落としてしまった……』

 女性たちが息をのんだが、クレメント夫人と女子寮監ワイルドは前世のことを口にした皇帝の告白にうっすらと微笑んだ。

『私が我が子をこの手に抱きたいと思う、とは考えなかったのですか?』

 第三夫人が怒りを抑えた口調で言うと、キャロお嬢様は頷き、皇帝は顎を引いて視線を逸らした。

『こういう場面で胸に湧いてくる思いは、この方ははいつもそうなんだから、という諦めたような気持ちなのですが……。お芝居に感化されてしまったのかしら、私の人生は私が決めたかったです』

『すまない。だが、私はどうしても譲れなかった』

『過ぎてしまった時間は取り戻せません。私は我が子を抱くことはできませんでしたが、幸い、こうして姪孫や義孫がいるのですから、私が可愛がることに問題はありませんでしょう?』

 キャロお嬢様とアドニスを見て物悲し気に微笑んだ第三夫人を見た皇帝は頷くしかなかった。

 長年の夫婦生活で第三夫人は自分が諦めることで皇帝に譲歩させ、ささやかな自由を獲得していたのだろう。

『陛下とアメリア姫の絆は前世から続く深いものだったのでしょうね』

 クレメント夫人が、避妊の薬を盛っていた皇帝をあっさり許した第三夫人の懐の深さに感心するように言うと女子寮監ワイルドが頷いた。

『死後、天界の門を潜った魂が練成され再びこの世に生を受けても、再び夫婦になることはそうない、と教会関係者に伺っています。前世も、いえ、前前世でもご夫婦でいらしたのなら、まったく稀代稀に見ることでしょう』

 寮生たちが神学を学び始めたこともあって、足しげく教会に赴き司祭たちに話を聞く機会が増えたので神学に造詣が深くなった、と女子寮監ワイルドが言うと、第三夫人が興味を示した。

『死後の魂は天界の門の向こうで魂の練成を経て生まれ変わるのでしたら、なぜ陛下やクレメントは夢で見ることができるのに、私はさっぱり見ないのでしょうね』

 第三夫人の疑問に、活火山に飛び込んだ、といえないクレメント夫人は曖昧に笑い、皇帝は、はて、と首を傾げて誤魔化した。

『魂の練成を経ていますから、ほとんどの方が思い出さないそうですよ。絶体絶命の場面で何とか起死回生をしようと脳が盛んに働いた瞬間に思い出す、とも言われていますが、そういった場合はほとんどの方が本当に死んでしまうそうです』

 身も蓋もない女子寮監ワイルドの説明に、死にかけたのですか?と第三夫人が皇帝とクレメント氏に尋ねた。

『酷く体を悪くした時の夢ですからそうかもしれませんね』

 クレメント夫人は病弱の設定を利用して言い逃れると皇帝を見遣った。

 第三夫人も、正直に答えろ、と視線で皇帝に圧を掛けた。

『……私は何度も生まれ変わった記憶がある。大昔は、幼いころから生まれる前の記憶が朧げにあるのが普通だと思っていた。……違うと気付いたのはずいぶん前のことで、君に会うまではずっと孤独だった』

 皇帝の告白に第三夫人が衝撃を受けた表情をしたが、クレメント夫人は唇を真横にして冷ややかな視線を皇帝に向けた。

『前世の話だ。許してくれ』

 皇帝がクレメント夫人に頭を下げると、第三夫人は、運命の愛のためにクレメント夫人との友情を紙屑より軽く扱った相手が前世の皇帝だと気付き、唖然とした。

『ええ、陛下の前世?いえ前前世ですかね。どうやら私は魂の練成で周回遅れをしたようで、史実と照らし合わせると、私は陛下の前世には生まれていなかったようです』

 クレメント夫人は死んでいなかったことを誤魔化した。

『前世の陛下は教会に入られたのですか?』

 畳みかけるようにクレメント夫人が質問すると皇帝は素直に頷いた。

『前世では上手く立ち回れなくて、教会に入り、上級魔導士の研究員となって余生を過ごした。芝居の中で、伴侶との死期に差があると来世で伴侶に巡り合えないとあって、辛くも難を逃れたのかと冷や汗が出た』

 二人芝居と第三夫人の子どもを諦めたことを責めなかった態度が皇帝に相当な揺さぶりをかけようで、皇帝は正直に暴露した。

『あれは、脚本家のノーラが教会関係者に取材をしました内容が反映されていますが、ほとんど創作で、実際に魂の練成の期間など、人間にはわからないそうです』

 女子寮監ワイルドの説明にキャロお嬢様とクレメント夫人が頷いた。

『脚本は創作ですが、現在における懸念を織り交ぜてあります。前世が上級魔導士の研究員だった陛下は帝都魔術具暴発事件の邪気についてどうお考えですか?』

 キャロお嬢様はぼくたちが知りたかった核心をついた質問をした。

『ああ、実のところ、前世の記憶がはっきりとあるわけではなく、残念で悔しかったことばかり思い出す。前世で私はアメリアと結ばれず、教会に入り上級魔導士になったが、教会内の体質に嫌気がさしていた。あの芝居はよく取材したものを脚色してあると気付いたよ。教会で、世界の理に即した世界を実現するという思想の元、世界の理に反した力を利用しようと研究していた。現教皇猊下がその組織の解体を行なったが、アドニスがその犠牲になったことは把握している』

 皇帝の告白に第三夫人はテーブルの上でこぶしを握り締めた。

『……私たちは似たもの夫婦だったのですね』

 第三夫人は思いがけない言葉を口にした。

『私は陛下の強引なやり方に疲弊していましたが、陛下の庇護の元に暮らしていれば穏やかに暮らせる、と世界を見ることを放棄していました。陛下は魂の練成の果てに一人だけ前世の記憶を保持し続けて、人生がままならないことに疲弊して、私を愛することで自我を保ち、あってはならない力を行使しようとする教会の動きを見ないようにしていたのですね』

 戦争を止めなかった自分と邪神の欠片を収集し続けた秘密組織を放置した皇帝を同列に語った第三夫人の言葉に皇帝は頷いた。

『前世の私はもう、どうでもよくなっていた。その前の転生で、親友クレメントを裏切った代償のように私は前世のアメリアとは結ばれない立場にいた。創造神に滅ぼされた神の欠片を集めれば世界が亡ぶことなど、想像できたが、いっそこの世界がなくなってしまえば、この繰り返しから逃れられるのでは、と考えて邪神の欠片を封じた魔石に手を付け、その魔力を利用できる魔術具を制作した』

 皇帝の告白に第三夫人の喉がヒュッと鳴った。

『前世の陛下が作成した魔術具が暴発したのですか!』

『いや、私が製作した魔術具を真似た劣化版だから暴発した。私が作った魔術具は使用者を選ぶものだ』

『……適正ある使用者を探して、アドニスが、いえ、シシリアが誘拐されたのですね』

 第三夫人の言葉に皇帝は否定も肯定もせず、曖昧に首を振った。

『いや、誘拐は世界各地で起こっており、シシリアはその犠牲者の一人にすぎない』

 皇帝の言葉にアドニスとキャロお嬢様は頷いた。

『アメリア。私は君の言う通り、私は何度生まれ変わってもままならない人生に疲弊し、君を愛することで生まれ変わる意義を見出していた。君をもっと幸せにしたいと思い、帝国の北西の小領地を拡大しようとして、親友の領地にだまし討ちを掛けて半分ほど奪い取った。たくさん生まれた子どもたちの中から領地を継がせられるのは一人だけだったが、土地を増やせば君の残した子どもたちに分割統治させることが可能になる。因縁をつけて紛争を仕掛けることは、勝ってしまえば帝国では武勲としてもてはやされる。私は前前世の君に幸せになってほしかったのだ』

『国民の生存をかけて私は王国をガンガイル王国に併合することを決断したのですよ。前世の私は責任を取って自死しました。現世でそんなことだろうと推測できましたが、姫の性格上、旧友を裏切ってまで土地を広げてほしいと思うはずないのですよ。そもそも、よく思い出してください。当時の姫はあなたが小競り合いを起こすことで領地を増やすことより、自宅にいてほしい、と言っていませんでしたか?』

 クレメント夫人の突っ込みに皇帝は遠い目をして黙り込むと、身に覚えがあったようで頭を抱えた。

『陛下の前前世のお話ですから、不敬だ、ということを一旦切り離して申し上げますと、アメリア姫の嫁がれた前前世のご領地はご子息が分割統治後、順当な領地経営をなさっていません。もっとご家族と過ごす時間を大切にされて、お子様たちの教育に力を注がれた方がよろしかったでしょうね』

 女子寮監ワイルドの言葉にキャロお嬢様は頷いた。

『ガンガイル王国に隣接した地域ですから留学の旅の途中で視察しましたが、適度に手を抜いて補助金をせしめようとする方針の領地経営法は、私は虫唾が走るので、視察を途中で止めてしまいましたわ』

 キャロお嬢様が見ていられなかった、と語ると、第三夫人は頭を抱えた。

『前前世の私は子育てに失敗したのですね!』

『いえ、姫がなくなった後のお話ですし、ご子息の子孫がろくでもないだけです』

 女子寮監ワイルドが真実を指摘すると、クレメント夫人が頷いた。

『姫に執着するあまり御子に関心が薄くなる傾向は、何度転生してもお変わりないようですね』

 現世の皇子たちについても指摘し、とどめを刺したクレメント夫人の言葉に、皇帝は項垂れた。

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