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二人芝居の追及

 少年シーカーが水竜と親友になるパートは上映会と大差ない内容だったが、素っ気なくされたアドニスが祖父に存在感を誇示するかのように皇帝に向けて水の刀の斬撃の余波が届きそうな演出をした。

 護衛が皇帝の前に反射的に回り込んでしまい、視界を遮られた皇帝に、退けろ!と命じられたので、談話室で見ていた寮生たちから笑いが起こった。

「現場で映像を制作するならではの臨場感があるね」

 護衛を風魔法で押し出して食い入るように、水竜と激戦を演じるキャロお嬢様を見る皇帝の姿に、寮生たちはアドニスの腕前を褒めた。

 画面上では水竜の魔法攻撃をかわしたキャロお嬢様をとぐろを巻いて締め付けようとするも、巧みにかわしたキャロお嬢様の誘導で水竜の体が絡まっていた。

 キャロお嬢様の身体能力に合わせてその場で立体映像を調節するアドニスの力量はたいしたものだった。

 ド迫力の演出に合わせて演技するキャロお嬢様の両耳のピアスがキラキラと輝いている。

 アドニスの立体映像の魔法につられて体中にみなぎる魔力を放出しそうになるところを、母さんの製作した魔術具が抑え込んでいた。

「寮の談話室で見ているだけなのに、離宮で固唾をのんで見守っている気がする」

 ハルトおじさんは両掌で膝を擦りながら、キャロお嬢様の熱演をハラハラしながら見守っていた。


『其方はなかなかの実力者と見た。聖獣に導かれ、世界を整えようと奔走する志は誠によい!我は其方を気に入った!』

 少年シーカーの実力を認め得た水竜が、寮にいる水竜のお爺ちゃんの大きさまで小さくなると、キャロお嬢様の右肩の上におさまり、二人の友情を現すかのように背後から光が包み込むと、観衆たちは腕で目を覆い、水竜のパートが終了した。

 光が収まると場面は上映会の時と同様に生母との対面の場面に移っていた。

 少年シーカーの生母に扮したクレメント夫人のドレスは膨らんでいた腰の部分の布がマーメイドドレスのようにすっきりとお尻のラインに沿って流れて、裾の長いウエディングドレスのように床に広がっていた。

 対するキャロお嬢様の衣装は白い学ランのままだったが、アドニスの詠唱魔法で重装備の騎士の装いに見えていた。

 この場面の筋書きも上映会の内容と変わらなかったが、クレメント夫人のドレスも肩に手をかけてむしり取れる魔法陣が施されており、下にはキャロお嬢様と同様に白い学ランを着込んでいた。

 禿頭の誘拐犯に変化するカラクリは、そもそもカツラだったクレメント夫人は下につるっぱげのカツラを着用していただけだった。

 今まで黒い闇に包まれて声だけの出演だったクレメント夫人の登場に、皇帝は派手な演出に驚くより、クレメント夫人の存在そのものを驚異の目で見ているような表情だった。

 クレメント夫人が転生前の記憶を思い出し、この芝居の主人公の設定に関わっている、と皇帝は確信しているのだろう。


 少年シーカーと禿頭の誘拐犯とのやり取りが今回の二人芝居の本題だと知っている面々が、キャロお嬢様の熱演に力を入れて見ていた時とは違う緊張感に包まれたが、衣装の演出の成功を喜ぶ寮生たちには気付かれていなかった。


『なぜ母上に扮してまで私を捕らえようとした!』

 キャロお嬢様が禿頭のクレメント夫人に向かって叫ぶと、ハハハハハ、とクレメント夫人が野太い地声で高笑いした。

『お前を私の魔術具として育てていたのに、逃走した挙句、邪魔ばかりするようになったから、始末する前に魔術具らしく働かせるためだ!』

 芝居の悪役らしく簡潔に目的を告げたクレメント夫人にキャロお嬢様が逆上した。

『なに!領主一族の息子として生まれ魔力が高かった私を誘拐した目的は、私を自分の手駒として、いや、魔術具として道具のように使役するためだったのか!』

『道具は逆らわない。お前は躾が甘かったようだな』

『私は道具ではない!父上母上に慈しまれ、大切に育てられていた、一人の幼子だったんだ!私の人生は私の物で、領主一族として生まれた私の魔力はこの土地に還元し領民たちを育むための物だ!』

『ハハハハハ。お前の人生なんて私の役に立つための物でしかなく、お前の魔力は私の目的を達成するために使用されるべき物だ!』

 クレメント夫人の高笑いが響くとキャロお嬢様の足元に魔法陣が広がった。

 この魔法陣は演出としての魔法陣なので神々の記号を使用しておらず、よく見るとただの花柄なのだが、護衛が前に出そうになったので皇帝は両手を広げてバタバタさせ、出て来るな!と態度で示した。

『おのれ!貴様!何をした!』

 偽物の魔法陣の中央で崩れ落ちるように跪いたキャロお嬢様が絞り出すように問うと、悪役らしい笑顔のクレメント夫人が種明かしをした。

『お前がこの城に来た時点で私の作戦はもはや成功したも同然だったのだよ。城の護りの魔法陣が書き換えられていることに気付かず、のこのこと乗り込んでくるなんて、詰めの甘い坊やだ』

『貴様!ここに父上と母上がいる限り、たとえ罠があったとしても乗り込まなければならないのだ!』

 主人公らしいセリフを言うキャロお嬢様の顎をクイっと上げたクレメント夫人はニヤリと笑った。

『お前なぞ、もういらない。私が新世界に向かうため、この世界に穴をあける爆弾となって死ねばいい!』

 クレメント夫人がキャロお嬢様の顔を床に叩きつけるように突き放すと、高笑いしながら魔法陣の上から出て行き、闇に包まれた。

『……新世界とは何なのだ!この世界に穴をあける?神々に祈ることで魔法を行使できるこの世界に穴をあけるということは、創造神への反逆ではないか!』

 キャロお嬢様は床に倒れ込んだまま独白した。

 かつて、前前世より前にクレメント氏に、この世界を抜け出したい、と打ち明けた皇帝は顔面を硬直させた。

『……そうか!あいつは神々の庇護を、神々に支配されているととらえるから、この世界から逸脱しようと考えるのか!』

 キャロお嬢様のセリフを聞いた皇帝は眉を顰めた。

『どうすればいいのだ!このままでは、あいつの思い通りに私の魔力が吸い取られ、世界を護る結界の一部を破壊する魔力に使用されてしまう!』

 うつ伏せに寝転んで床を叩いたキャロお嬢様は、ハッとしたように顔を上げた。

『私は神々に邪気の根本を浄化すると誓ったのだ。この魔法陣には邪気の魔力が使用されている。私がこの魔法陣の邪気を消滅させてしまえばいいのだ!』

 キャロお嬢様は四つん這いになって魔法陣に魔力を込める仕草をすると、魔法陣が真っ白な光を放ち、観客たちは腕で目を覆ってしまった。

『以上を持ちまして、私たちのお芝居は終了です。完結編は劇団さそり座の新作をお楽しみにしてくださいませ』

 光が収まると元のドレスを身に纏ったキャロお嬢様とクレメント夫人が丁寧なお辞儀をしていた。

 観客たちは力強い拍手で二人の熱演を称えた。

『素晴らしかったです!脚本を読むだけでは想像もつかない演出もそうですが、何より、二人の演技が素晴らしくて、たいへん感激しましたわ。絶対に劇場に見に行きます!』

 大絶賛する第三夫人は席に戻った二人に握手を求めた。

 終幕後、感極まったかのように茫然としていた皇帝は、第三夫人の発言にハッとして夫人を凝視した。

『差し出がましいですが、ここでの陛下のお言葉次第で、アメリア姫に向けて助言した言葉を取り消さなくてはならなくなります』

 クレメント夫人が小声で、実家に帰ります、と第三夫人が宣言した時に窘めたことを持ち出すと、皇帝は眉間に皺を寄せた。

『本日の脚本は劇団さそり座の新作とは内容が少し違うようですので、是非、劇場でご覧になっていただきたいですわ』

『まあ、どこが違うのか、とても気になりますが、キャロも知らないのですから当日に一緒に楽しみましょう。抜け駆けしないでくださいね』

 キャロお嬢様がさらに第三夫人に揺さぶりをかけると、第三夫人はすっかりお忍びではなくキャロお嬢様と一緒に観劇することを楽しみにしていると強調した。

『この芝居と実際の公演とは内容が違うのか……』

 皇帝は第三夫人が離宮の外に行くことも気がかりだが、二人芝居の内容があまりにも転生前の自分に思い当たることが多すぎて、困惑しているようだった。

『劇団サソリ座の脚本家が、陛下がご臨席されるかもしれない芝居ということで、特別に書き下ろしをしてくださいました』

 自分のために書き下ろしたと聞いた皇帝はクレメント夫人を注視した。

『劇団さそり座の脚本家はオーレンハイム卿夫人のお抱えの脚本家です。南方戦争で夫と弟を亡くされた未亡人で悲劇の中から希望を描く脚本を得意としています』

 クレメント夫人はノーラの説明をしながら、この脚本を書いたのは自分ではない、と暗に示した。

『主人公の少年シーカーが何度も生まれ変わって同じ少女と結ばれる、という設定が面白かった。あれはその脚本家が独自に考えた設定なのか?』

 皇帝の質問にキャロお嬢様とクレメント夫人が顔を見合わせた。

『申し上げにくいのですが……。脚本家のノーラと打ち合わせの段階で、リア叔母様と陛下の馴れ初めのお話をしたのですが、まるで運命の人に出会ったかのような一目惚れの話だ、とノーラと盛り上がってしまい、魂の練成を経て何度も結ばれる、という設定になりました』

 キャロお嬢様の説明に、まあ、と第三夫人は顔を赤らめた。

『クレメント夫人もその打ち合わせに立ち会われたのですか?』

『はい。二人芝居ということで私は役回りが多かったので、できる範囲を確定するために立ち会いました』

『本当に素晴らしい演技でしたわ。男性役の時は本物の男性のような声で驚きました』

 第三夫人が絶賛すると、男性役は地声だったクレメント夫人は涼しい表情で、魔術具ですわ、と流した。

『ご婦人方は生まれ変わりを信じているのかい?』

 主語を大きくしたけれど皇帝は明らかにクレメント氏に質問をした。

『生まれ変わりや運命の人、という言葉にロマンスの気配がして好きですが……自分のこととしては、そうですね、初めて陛下にお会いした時に懐かしいような気がいたしました』

 第三夫人の言葉に嬉しそう満面の笑みを見せた皇帝は、クレメント夫人に視線を向けて、貴女はどうだ?と回答を促した。

『生まれ変わりかどうかはよくわかりませんが、何度か人生を終える晩年の夢を見たことがございますわ』

 さらりと前世の記憶があるように言ったクレメント夫人の言葉に皇帝は真顔で頷いたが、第三夫人は眉をしかめた。

『まあ、晩年の夢だなんて、残念ですわ。老いてなお幸せならいいですけれど、死の苦しみを追体験するようなものではありませんか!』

 第三夫人がクレメント夫人を労わると、クレメント夫人の前世で裏切りの末、死に追いやったことを考えているのか皇帝は微妙な表情になった。

『いえ、今際の際を夢見るのではなく、人生の無常を見せられるのですわ。時に運命の愛のためならば友情など紙屑より軽くなってしまうのです』

 核心をついたクレメント夫人の発言に、皇帝は目を白黒させた。

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