検証の成果
イシマールさんの飛竜の影が教会前の広場によぎると、教会内からボリスたちが飛び出してきて手を振った。
「着陸するぞ!場所を空けてくれ!」
着陸場所を探して旋回した飛竜の上からイシマールさんが声をあげると、ボリスたちはそそくさと教会の玄関に下がった。
イシマールさんの飛竜が着陸して体を傾けると、ぼくたちは勢いよく飛び降りた。
「待っていたよ!」
駆け寄ってきたボリスたちに詳細を聞く前に、ちょっと待った、と押し分けて、司祭と聖女先生に挨拶をした。
「いやはや、大広間に魔法陣を作った本人なのに、教会を守る結界の一部だと思っていたよ」
ボリスたちが来るまで気が付かなかった、と笑う司祭に、聖女先生は苦笑した。
「洗礼式の踊りを知らなかったのも、原因ですが、そもそも、飛竜の里では洗礼式に七大神と眷属神の役ができるほど七歳を迎える子どもの人数がいません」
聖女先生がもっともなことを言うと、司祭ばかりではなくボリスたちも笑った。
「とりあえず、俺たちの洗礼式の踊りを見てくれよ」
満面の笑みでぼくの腕を取ったボリスは、教会の大広間へと引っ張っていった。
「ボリスの年の洗礼式では魔法陣が光らなかったから、自分たちの洗礼式の踊りで魔法陣を光らせたことが嬉しくて仕方ないんだよ」
正式に騎士団に所属していないまだ見習いのオシムは、この検証に参加しており、はしゃいでいるボリスの心境を代弁した。
「カイルの親友のポジションにいるのに、洗礼式で魔法陣を光らせていないことに、悔しさはあったよ」
恥ずかしそうにボリスは言ったが、ぼくの横にいる自称親友で今は家族同然のウィルが、それは言わないでくれ、と苦笑した。
「洗礼式のことなんて大きくなれば関係ない、と言いつつも、魔法学校時代はそういったことが気になる年頃ですわ」
多感な少女時代に平民出身ながら魔力量が多く魔法学校に通った聖女先生は、ハロハロの愛人候補と勘違いされて散々な目に遭い、逃れるように教会で聖女になることを選択したのだ。
「いずれ魔法学校の成績や社会に出た後、実績で実力を示せるようになるんだから、洗礼式の配役に拘らず、踊ることを大人たちが祝えるようになってほしいものだ。この検証で子どもたちに身分差があっても、七大神役を踊ることが当たり前にできるようになってくれたいい」
忖度枠で七大神の役になる子も、普通の平民の家庭からひょっこり大きな鐘の音を鳴らしてしまった子も、ギリギリの魔力で七大神役になっている子も、みんなこれから伸びる子どもたちなのだから、大人の雑念を振り払って、ただ神々に感謝して踊れるようになれたらいい。
そんな含蓄を含んだ司祭の言葉に聖女先生とイシマールさんが頷いた。
“……カイル。この検証で鼻歌を歌うのは禁止だよ。違う検証になってしまう”
緑の一族に伝わる古い歌を思い出さないように、と兄貴が精霊言語でぼくに念を押した。
マナさんと翻訳を試みている使えない発音を伏せた古語の歌の翻訳は、伏せられた鼻歌の部分だけでなく変更された言葉もあったので、まだ解読できない箇所がたくさんあった。
司祭も聖女先生も期待している中、この場でうっかり鼻歌を歌って検証の目的を変えるわけにはいかない。
「それで、神々の配役を決める個人の魔力量の測定はどういった基準でしたんですか?」
洗礼式の鐘を再び鳴らすわけにもいかないだろう、とウィルがオシムに質問すると、オシムと司祭が顔を見合わせた。
「基本的には神学を学ぶ誓約をこの教会でさせてもらい、水晶の輝きと鐘の音の大きさから司祭様に判断していただきました。ただ、ボリスはすでに誓約を済ませていたので、飛竜の里に来る前に領都の騎士団で、騎士の基礎魔力測定を全員でしました。ボリスはその結果を踏まえて、相対的に配役が決まりました」
「カイルたちを交えての検証では教皇猊下から配役を指定してもらっている」
司祭は神学を学ぶ誓約をする際に使用した水晶の魔術具を大聖堂島から借りたので、返却する時にぼくたちの配役の相談を済ませていたらしい。
「いくら親しくしているとはいえ、ウィリアム君は辺境伯領では客人ですからね。魔力量を測定するような品のない行為は行えません」
魔力は多いことに越したことはないが、使用方法や魔術具を使うことで本人の能力を底上げできるから、基礎魔力測定での結果は騎士団でも部隊編成のための参考扱いしかしないらしい。
「昨日の検証方法は、七大神役をまず決めて、眷属神役の中から鐘の音が小さかった子を二人目の七大神の役にしたんだ。オシムやボリスはそこそこ魔力量があったから、魔力枯渇までいかなくても、それなりに体感でわかる程度には魔力を消耗するかと予想したんだけれど……」
「魔法陣が光ったことの方が楽しくて、魔力を消耗した感じはそれほどしませんでした」
司祭の説明に続いて感想を述べたオシムと闇の神の役を一緒に担当した騎士課程履修生の言葉に、イシマールさんが笑った。
「まとまりのいい部隊は魔力が高い方に合わせるかのように騎士たちが成長することがあることは、騎士団ではよく知られている。配属に相性が考慮される側面があるのはそのためだよ」
「帝都のガンガイル王国寮で共同生活をしている皆さんたちの魔力量の差が少ないのは、そういったことだったのですね」
聖女先生の言葉にイシマールさんは頷いた。
「うーん。私は各地で神学を学ぶための寄宿舎生活をしていたが、出身地域や出自の差で交わることのない環境だったから、そういった恩恵はなかったな」
司祭が、もったいなかったな、とこぼすので、今の帝都の寄宿舎は違いますよ、とオムライス祭りの様子を説明した。
「そんな変化が起こっているなら神学校増設もいいことだな。ああ、話が逸れてしまったが、カイルたちを呼んだのは、教皇猊下の助言があったからなんだ」
ぼくたちの神学を学ぶ誓約を取り仕切った教皇が、ボリスとぼくたちとの魔力差に注目して助言をしたようだ。
「オムライス祭りで火の神役だったボリスは、ムスタッチャ諸島諸国のアーロン王子と一緒に踊ることで魔力のバランスを整えていたから、単独では魔力枯渇を起こすかもしれないということですね」
ウィルの言葉に司祭が頷いた。
「教皇猊下はカイルの魔力は同時に魔法を行使する仲間に合わせて使用量が変わる傾向があるとおっしゃっていたから、キャロ嬢ちゃんやケインが欠席していてよかった」
光影の武器を使用する時と、集団で魔法を行使する時で、ぼくの魔力使用量が大きく違うことから、教皇はぼくが相手に合わせて加減している、と考えているようだった。
「何度も洗礼式の踊りで魔力奉納をしてくれるから、この教会に集まる魔力量が多くて私たちは助かっているよ。教皇猊下の見立てでは、ケインも相当な魔力量の保持者だから、カイルがケインに合わせるととんでもない魔力量の奉納の踊りになるのは火を見るよりも明らかだ、ということで、カイルとケインは別々に検証するべきだと忠告されていたんだ」
相手を魔力枯渇させることを前提にした実験だから、ぼくがケインを基準にして魔力奉納をしてしまうと、魔力枯渇を起こす子が多発する、と教皇は心配したようだ。
いつの間にかイシマールさんは回復薬の噴霧器を肩に担いでいたが、ケインがいないなら使用しないのか、と残念そうに言った。
「そういうことで、この面々ならカイルはウィリアムを基準にするだろうから、光の神役にウィリアムとオシムとボリス、火の神役にジョシュアとみぃちゃんと……、風の神役にキュアと……、水の神役に水竜と……、土の神役にみゃぁちゃんと……、闇の神がカイルとロブ、残りが眷属神役で検証してみるのがいいだろう」
司祭は、月白さんの助言を受けただろう教皇から勧められた配役のパターンが書かれたメモを読み上げた。
ロブが魔力枯渇するかもしれない役に抜擢されたのは、スパイとして魔法学校に再入学している成人騎士だから指名されたのだろう。
魔獣たちが多々、参加することを誰もが当然のように受け入れており、この配役で踊ってみよう、ということになった。
全員配置につくと、聖女先生が竪琴で洗礼式の曲を演奏し始めた。
ぼくの前で踊るロブは検証で何度も踊っていたから闇の神役の振り付けを完璧に覚えていた。
大広間の床に施されていた魔法陣が序盤から完璧に光り輝いた。
ぼくたちの踊りに合わせて精霊たちが出現し、一緒になってクルクルと踊りだし、眷属神役が参加すると、ぼくたちの外周をぐるぐると回る眷属神役と一緒になって踊る精霊たちの光の渦ができた。
最後の最後までロブはふらつくことなく踊りきり、振り返ると満足そうな笑みをぼくに見せた。
「どうだった?ロブ!」
精霊たちが輝く円柱の中にいるロブに向かって司祭が尋ねると、ロブは幸福そうな笑みのまま元気な声を出した。
「大丈夫です!この配役はラッキーポジションです!!カイルの魔力を借用しているような感じで、凄く体が楽でした!」
おおおおお、とロブの感想に全員が感嘆の声をあげた。
「お互いの魔力にそれほど差がないときは、自分の魔力を奉納している感覚しかなかったのですが、今回は序盤から衝撃的なほど魔力を引き抜かれる感じがして、危ない、と感じたのですが、次の瞬間カイルの魔力に包まれるような感覚がして、その後は自分の魔力を奉納しているような感覚がなくなり、踊りに集中できました」
ロブが詳細を説明すると、七大神役をこなした騎士課程履修生たちが頷いた。
水竜のお爺ちゃんやキュアやみぃちゃんやみゃぁちゃんから魔力を補填してもらった感覚がした、とみんなが口を揃えて言った。
ウィルとオシムとボリスも、カイルのスライムに助けられた、と心配してウィルたちと一緒に踊ったぼくのスライムを見遣り苦笑しながら言った。
「一つの神の役で一塊の魔力奉納をする形になっているようだな」
「祠巡りの魔力奉納で限界まで魔力を奉納しないように、加減されているのに似ていますね」
司祭とイシマールさんがお互いの感想を言い合っていると、正解だ!と言うかのように精霊たちが点滅した。
「七大神の役をする子どもたちの間に魔量量の差がありすぎると、魔力の高い子に合わせて魔力奉納をすることになるのでしょうか?」
聖女先生の疑問に精霊たちは、ばらばらに点滅した。
「当たらずとも遠からず、と言うことだろうか?」
司祭の質問に精霊たちは揃った点滅をして、正解だ、と知らせた。
「洗礼式の踊りで奉納する全体の魔力量から、その配役にふさわしい魔力量を奉納することになるのでしょうか?」
まどろっこしくなった兄貴が正解の質問をすると、大正解!と精霊たちは激しく点滅した後、役目が終わったかのようにスッと消えてしまった。
「なるほど。子どもたちから魔力を限界までむしり取……適切な配役になっていたら魔力枯渇を起こさないはずなのに、配役の魔力のバランスが崩れていると、魔力枯渇を起こしかねないのですね」
不謹慎にならないように言い直したウィルの言葉に司祭は頷いた。




