トラブルシューター
キャロお嬢様とクレメント氏の二人芝居、入学式の新入生の挨拶の草稿作成、洗礼式の踊りの魔力差の検証、の三つの課題のうち早々に解決したのは新入生の挨拶の草稿作成だった。
七大神の章の中で各章で重複している言葉を選び出しご利益倍増を狙いつつ、知識の神の章から多くの言葉を選べば、魔法学校の新入生の挨拶らしくなるだろう、という方針を先に決めていたので、挨拶の草稿は思いのほか簡単にできた。
新入生たちが手古摺ったのは詠唱魔法だった。
「当日、感極まって適当な魔法が発動しないように、花吹雪でも撒き散らそうか」
過剰な魔法が発動して入学式が中止になった例としてカテリーナ妃が火竜を出現させた話をすると、新入生たちは、花吹雪でいい、と即決した。
アドニスの三次元映像の魔法を何度も見ていたので、ぼくたちは数回練習すると桜舞い散る花吹雪を再現できたが、ケインは頭を抱えた。
「当日、兄さんたちはいないのだから、兄さんたち抜きで練習しよう!」
ケインの懸念通り、ぼくと兄貴とウィルが集団詠唱魔法から抜けると、新入生たちだけではまったく映像を出すことができなかった。
「イメージを固定するために出だしだけ手伝うよ」
何度試してもうまくいかなかった新入生たちのやる気が低下したので声を掛けると、ケインも素直に頷いた。
ぼくたちが参加すると桜吹雪がひらひらと空中を舞ったが、集団詠唱から抜けると途端にピンク色の花吹雪はピンク色の雲海のように形を崩した。
入学式といえば桜のイメージだったが、いかんせん、ここは異世界だし、入学式は秋だった。
桜吹雪のイメージを固定することができなかったようだ。
「サクランボの花びら舞うイメージだったんだけど、みんなはそうじゃなかったみたいだね。花弁が舞うイメージを統一した方がよかったね」
がっくりと肩を落としていた新入生たちは、花びらのイメージにそれぞれ個人差があることに気付き、失敗の一因が判明したに安堵した。
「桜ねぇ。サクランボの花の時期じゃないからイメージしにくいよ。ぼくはコスモスの花畑を走り回って花弁を散らすイメージだった」
ケインが具体的に花の名前を挙げるとそれぞれがピンク色の花の名前を挙げ出した。
今年はキャロお嬢様の入学に合わせて例年より女子が多いということで、ピンク色の薔薇の花びらが舞うイメージに整えてから再度挑戦することにした。
今度はぼくたちが抜けた後も花びらが消えなかったが、ぼくたちが手助けしないと新入生だけで映像を作ることができなかった。
集中力が切れているよ、と声を掛けて一休みを入れると、珍しくケインが弱音を吐いた。
「オムライスの時はフライパンがあって注がれるバターや卵液が目の前にあったからイメージしやすかったけど、何もないところでイメージを整えるのは難しいね」
「……カイルがいる時はカイルが出現させた映像をもとにイメージを整えているからできる、ということかい?」
ウィルの疑問にケインが頷いた。
「うーん。そういうことなら、どこから花が咲いて、花びらがどう舞うのか、あらかじめ決めてしまえばいいかもしれないね」
ぼくはメモパッドを取り出すと、升目を引いて花が咲く場所と花びらが舞う方向を細かく描き込んだ。
「当日、どこに着席するかわからないのにこんなに細かく決めてしまっていいのかな?」
「どこに着席しようと会場の中心から範囲指定をすれば、ズレをなくせるんじゃないかな」
心配するケインに最初から場所を固定する利点を説明すると、それはそうか、と納得した。
「全員で取り囲まなくてはいけないと思い込んでいた」
オムライス祭りの印象が強すぎたようでケインの発想は自分たちの真上に拘り過ぎていたようだ。
「通路を挟んで左右に新入生が別れることもあるかもしれないから、遠隔で映像を出せるようにした方がいい」
躍進するガンガイル王国留学生たちはちょっとした嫌がらせを受けるかもしれないことを想定しておいた方がいい、とウィルが忠告すると、新入生たちは真顔で頷いた。
細部まで決めてから練習をするとすんなりと映像が出現した。
ケインは安堵の表情になった。
「もしかして、ケインがイメージを固定して新入生たちを誘導しているのかな?」
ウィルの疑問に兄貴が小さく頷いた。
「辺境伯領出身者たちは自分たちのスライムたちの誘導を受けてイメージを共有しているみたいだね」
「どうしてそう考えたの?」
ケインの質問にウィルが答えた。
「映像の出だしでは花の色が薄く、スライムたちが映像を確認してから色が濃くなるんだ。スライムからの指示をなんとなく感じた辺境伯寮生たちの魔法が重なるからそうなったんだろうね。その後、全員の魔法が重なると、花びらに艶がでて本物らしくなったように見えたよ」
ウィルの指摘が図星だったようで、出遅れました、と新入生たちは顔を赤らめた。
「それでいいかもしれないよ。キャロお嬢様やミーアが練習に参加する機会が少ないから、出だしを全員でそろえるより、順々に参加していく方が乗り遅れた感が出なくていいんじゃないかな?」
練習時間がほとんど取れないキャロお嬢様のことを持ち出すと新入生たちは安堵の表情を浮かべた。
「そうだね。完成度をあげるより、会場内を把握して座標を固定することを優先させた方がいいかもしれない」
ケインは、入学式の講堂を再現した模型を作り中央を把握しよう、と新入生たちに提案した。
後は新入生たちだけで大丈夫だな、と判断してぼくと兄貴とウィルが訓練所を後にすると、中庭の精霊神の像に、入学式が上手くいきますように、と願掛けをした。
花吹雪はオレンジの花でもよかったな、と思いながらジェイ叔父さんの研究室に向かっていると、いたいた、と寮長に声を掛けられた。
「二人芝居の方に何かありましたか?」
寮長がわざわざぼくたちを探しに来るということは、本館の談話室の片隅で練習しているキャロお嬢様とクレメント氏の方の魔術具になにか問題が起こったのか?と質問すると、寮長は首を横に振った。
「そっちは、それなりにいろいろとあるが、アドニスが何とかしてくれたよ」
当日は主人公キールとキールの母に変装した誘拐犯が丁々発止する場面を演じる予定だったのに、皇帝の意向で、水竜との対決場面が見たい、と第三夫人から手紙が来たらしい。
「飛竜の映像を流すとなると、映写機の魔術具を宮廷内に持ち込む申請をしなければならない。最新技術だから申請書類で詳細を公開したくなかったところを、アドニスが裏方として参加してくれることになり、詠唱魔法を使用することにしたんだ」
アドニスにとって祖父にあたる皇帝に面会するいい機会だから、とミーアと一緒にキャロお嬢様に付き添う予定だったから丁度よかったらしい。
「それはよかったですね。それで、わざわざぼくたちを探していた理由は何ですか?」
「ああ、そうなんだ。新入生たちの方が片付いたようでよかった!あのね……」
ぼくたちの手が空いていたことにホクホク笑顔で寮長は本題を話し始めた。
「飛竜の里の方に手を貸してほしいんだ」
ボリスたちは飛竜の里の教会で洗礼式の魔法陣を発見したけれど、騎士課程履修生たちの魔力量に大した差がなく、検証らしい検証にならなかったらしい。
「騎士課程履修生たちの中に優劣はあるけれど、みんな熱心に祠巡りをしているせいか、それほど個人差がなくなってしまっているんだ」
競技会メンバーの補欠人員でも魔力量はしっかりあるので、洗礼式の踊りでは魔力消耗の体感さえなかったらしい。
「それで、個人の魔力量が多いぼくたちに白羽の矢が立ったのですね」
「そうなんだ。カイルやウィルとペアを組めば魔力枯渇を起こす自信がある、と豪語する騎士課程履修生が結構いるそうだ。魔力枯渇を起こしたいと熱望するなんてあいつらは自虐趣味があるのかな」
寮長が騎士課程履修生たちをまるでM気質の集団のように言ったので、ぼくたちは吹き出した。
「手が空いたので、かまいませんよ」
「ああ、助かる。王家の転移魔法を使用して、辺境伯領城を経由してから飛竜の里に向かってくれ。教皇猊下の許可を取った検証なので公式記録を残しておきたいんだ」
領城を経由すると三つ子たちやエリザベスに会えるぼくたちは快諾した。
公式記録に残るとはいえ、内密なのには変わりないので、ぼくたちは領城の裏庭の転移の小屋に転移した。
飛竜の里のボリスたちは、今日はすでに何度も検証していたので、ぼくたちと検証するのは翌日で、ということになり、領城で一泊することになった。
せっかくなので子どもたちだけでささやかな夕食会をする事になり、三つ子たちや不死鳥の貴公子やエリザベスやキールと夕食をとることになった。
キールは三つ子たちや不死鳥の貴公子と過ごしたことで、年相応な振る舞いをするようになっていた。
子どもの適応力は凄いな、と感心していると、わからないことはきちんと尋ねるキールの素直さが功を奏した、と母さんはキールを褒めた。
男子たちで領城の大浴場を堪能すると、キールはまだ痩せていたが保護された時より肉付きがよくなっていた。
不死鳥の貴公子やクロイやアオイたちは、廃墟の町の孤児院の悲惨な状況だった孤児たちと入浴した経験があったことから、キールの惨状を目にしても耐性があったので、初めて一緒にお風呂に入った時はリハビリを頑張るようにキールを励ましたらしい。
「みんながはげましてくれるから、まじゅつぐをつけるじかんがつらくてもがんばれます」
キールは湯船に浸かりながら腕を曲げて少しだけ膨らんだ小さな筋肉を誇らしげに披露してくれた。
「よく頑張ったね」
「ほんの数日でここまで回復するなんて凄いことだよ」
ぼくとウィルが褒めるとキールは嬉しそうにほっぺを丸くして口角をあげた。
「ささえてくれて、ありかとうございます」
振り返ったキールは不死鳥の貴公子とクロイとアオイに即座に礼を言った。
笑顔で礼を言うキールに癒されたかのように三人の男児たちの表情がほころんだ。
「幸せが循環しているみたいでいいね」
ウィルの言葉に不死鳥の貴公子が頷いた。
「弟ができたみたいで嬉しいんです」
「弟も可愛いだろうけれど、妹は可愛いぞ」
ウィルがエリザベスを自慢すると、そうですね、と頷いた四人の男児は、家族自慢だ、と笑った。
こうしてゆっくり領城で羽を伸ばした翌朝、ぼくたちは乗車籠のついたイシマールさんの飛竜に乗って飛竜の里へと旅立つと、地上の子どもたちが羨ましそうに手を振って見送ってくれた。
「イシマールさんも飛竜の里に呼ばれたのですか?」
「面白い検証をするから手伝いに来い、とラインハルト殿下に呼ばれたんだ。この検証は辺境伯領騎士団は関係ないことになっているから、退役騎士の自分が万が一の時の救護要因として控えることになったんだ」
魔力枯渇の応急救護の経験があり、まだ公にしない検証の秘密を守れる人材としてハルトおじさんがイシマールさんを指名したらしい。
「飛竜の里にはいい温泉があるからな、楽しみだよ」
ハルトおじさんの急な依頼も、飛竜たちと温泉が楽しめる、とイシマールさんは喜んでくれた。




