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 オムライス祭りでは教会から大量の精霊たちが踊りながら市中を駆け巡り、オムレツが焼けたことを市民たちに知らせたらしく、折詰されたオムライスは飛ぶように売れた。

 昨晩の宵宮で散財したのにもかかわらず、市民たちは精霊たちの祝福を得た霊験あらたかなオムライスを求めて、焼いても焼いても教会前の長蛇の列が消えることはなかったらしい。

 最後のオムライスを焼く前に行列の人数を確認し、販売終了のところで立札を持った教会職員が終了を告げると、買いそびれた行列の市民たちに屋台の売り子たちが積極的に営業を掛けたらしく、大きな混乱もなく並んでいた人々は中央広場の屋台の方に散っていった、とのことだった。

 こうしてオムライス祭りは市民たちの間に、是非来年も開催してほしい祭り、として強烈な印象を残して終了した。


 なんだかんだで全てのオムライスを試食したぼくたちは夕食が入るお腹の隙間が少しもなく、談話室でダラダラしていた。

「役を変えて何度も検証したから、中央教会の司祭たちはすべての神の役の洗礼式の踊りを試したことになるのかい?」

「いや、教皇猊下は闇の神の役だけで時間切れになり大聖堂に戻られたし、大司祭は眷属神の役をしていなかったんじゃないかな?」

「偉い人が焼こうが、寄宿舎生が焼こうが、美味しいことには変わりなかったけど、結局あれで何がわかったんだい?」

 オムライス祭りの寮生たちの感想が談話室で飛び交っていた。

「うーん。地方で死霊系魔獣と対峙するような上級魔導士ではない、決まった儀式を熟しているだけの司祭たちは詠唱魔法を行使しても繊細な作業をしたことがなかったが、料理をするという経験で、詠唱魔法の機転のよさを体感したところが一番の成果じゃないかな」

「そもそも、司祭だと検体の経験値が特殊だったんだよね」

 ウィルの指摘にケインが頷いた。

「ガンガイル王国の司祭たちは儀式で踊っていたから、検証の継続をお願いしても同じグループの検体として扱ってはいけないよね」

 魔獣カード大会で踊っていた司祭を見ていたぼくたちは、司祭は踊れる、と思っていた節があったのに、世界の教会の主流ではなかった。

「ようやくガンガイル王国の司祭たちと話が通じるようになった、と考えるべきじゃないかな」

 ジェイ叔父さんはガンガイル王国での神事になじみがないから、ガンガイル王国の司祭たちを贔屓目で見ることなく、中央教会の司祭たちがガンガイル王国の司祭たちと同じ条件になったと判断した。

「近年のガンガイル王国の発展と貢献で、私たちは帝国や教会でのガンガイル王国の存在感をそこそこ実感していますが、そもそも、世界の北の端っこの国で神事のたびに踊るらしい、と言われても軽くあしらわれたのだろうということは私でも想像できます」

 キャロお嬢様の言葉にボリスたち上級生がしみじみと頷いた。

 地元志向の強いガンガイル王国出身の司祭たちは大聖堂島で資格だけ取得すると帰国する傾向があり、ガンガイル王国の風習は世界中の教会で広がりを見せることがなかった。

 寮生たちは自分たちも留学期間が終了したら帝都に残る気などさらさらないので、司祭たちの行動をどうこう言えなかった。

「結果はどうあれ、詠唱魔法に踊りを取り入れることが中央教会で認められたことに意義があるのかな?」

 ケインの疑問に従者ワイルドは無言で頷いた。

「寄宿舎生の体験談を参考にすると、踊りの補助が入ると同じ作業をしても魔力と体力の消耗が少ない、と言っていたから、踊った方がいいことは間違いない気がするよ」

 詠唱魔法に参加した全ての関係者からアンケートを取った用紙を見ながらビンスは、傾向をまとめておく、と言った。

 精霊たちが大量に出現すると、精霊魔法の補助があるから実際に魔法を行使した面々だけでなく、居合わせた皇族たちからも魔力を借用したことになったのだろう。

 ぼくの考えに兄貴とシロが頷いた。

 精霊使いではなくとも、踊って精霊たちを集めて魔法を行使する踊る集団詠唱魔法は、精霊使い狩りが過酷な時代に廃れたのだろうと見当がついた。

 ぼくの考えを肯定するように従者ワイルドが頷いた時、興奮に顔を赤くした寮長が談話室に飛び込んできた。

「第三夫人とキャロライン嬢の面会日時について連絡が来た!」

 第三夫人の離宮から手紙が来た!と寮長が叫ぶと、寮生たちは拍手喝采をした。

 上映会の目論見が一晩で達成された喜びに沸く談話室で、手紙の詳細を知りたいキャロお嬢様が立ち上がって優雅に一礼すると、意図を察した寮生たちは口を噤んだ。

「見事な統制だな。ああ、これは第三夫人からキャロライン嬢への私的な手紙の返信で、公文書はこっちだ」

 寮長はキャロお嬢様に分厚い封筒を手渡すと、寮長あての公文書の要約を話し出した。

「アメリア第三夫人殿下のお加減が不安定だったため見送っていたご親族との面会を魔法学校新学期の前に行いたい、という内容で、当日の夫人のご加減によって中止もあり得る、とのことだった」

 魔法学校の入学式の前とは、なかなか早い方ではないか、と寮生たちは引き延ばされてきた面会日が思いのほか早かったことに喜び笑みが深まった。

「内容自体は喜ばしいことなのだが、指定された日時が入学式の前日なのだ」

 満面の笑顔だったぼくたちは、あれ、と顎を引いて寮長を見上げた。

「はい!大きいオスカー寮長殿下!昨年の入学式を特殊にしないためには、今年も新入生代表をぼかすために出身地域別に点呼をする形式をとるはずですよね」

 ウィルは、都都逸のようなパフォーマンスをした昨年度のぼくたちの入学式の話を持ち出すと、ああ、練習したな、と在校生たちが項垂れた。

「そうなるだろう。中級魔法学校校長から今年も期待しているといわれている。おそらく、今年もガンガイル王国が最初に紹介されるだろう」

 寮長は、ケインかキャロお嬢様が首席だろう、と言うように視線を送った。

「入学式で新入生代表挨拶の代わりに歌のようなものを披露をすると精霊たちが出現した、と報告を受けていましたが……」

 キャロお嬢様の言葉に在校生たちは頷いた。

「今年も何かする、と期待されているのですね」

 ミーアが頭を抱えると寮長が頷いた。

「アメリア伯母様へのお手紙に劇団さそり座の新作の一幕を演じる、と書いてしまっているので、面会日に向けてお稽古をしなければいけないのに、翌日の入学式ではパフォーマンスを期待されているのですね」

 状況を把握したキャロお嬢様の目が爛々と輝いた。

「いいでしょう!受けて立ちますわ!入学試験は精一杯頑張りましたが、ケインに負けていると予想していますのよ!おほほほほほほ!」

 キャロお嬢様はパフォーマンスの主役をケインだと決めてかかって高笑いをした。

 なんとなく他人事のような顔をして話を聞いていたケインは口をあんぐりと開けてキャロお嬢様を凝視した。

 従者ワイルドと兄貴とシロが楽しそうに頷いた。

 新入生代表はケインで、最初に名前を呼ばれることは間違いないようだ。

「新入生の成績順に一言述べるだけでいいよ。今年は中級魔法学校に皇族もいないことだし、ガンガイル王国が最初になっても、別に精霊たちを出現させなくてもいいんじゃないかな」

 寮長が毎年恒例になると面倒だろう?とあえて普通にするのも作戦だと提案すると、キャロお嬢様は首を横に振った。

「それだと、せっかく皇子殿下たちの仲がまとまりだしたのに、小さいオスカー殿下を本人の意思と関係なく神童だと持ち上げて、今の流れを壊そうとする計略が持ち上がりかねません」

 小さいオスカー殿下の入学式を祝いに精霊たちが祝福した、と誤認させる動きがでかねない、とキャロお嬢様が指摘すると、うーん、と寮長が唸った。

「そうなんだ。ないとは、言いきれない。第六皇子殿下が軍に拘束された。軍の資金を着服した疑惑を掛けられている。第六皇子を支持していた連中が小さいオスカー殿下に鞍替えする可能性がある」

 寮長の爆弾発言に、えええ!とぼくたちは驚きの声をあげた。

「新入生たちの入寮時に出現したヘンタイたちの一部は、第六皇子が絡んだ密偵だったのだ。ガンガイル王国本国の判断では主犯が第六皇子、ということで罪状を突きつけて拘束命令を出してもらうより、第六皇子の支援者たちの領地の土壌改良の魔術具やガンガイル王国製の魔術具を引き上げることで制裁を加えよう、という方針だったんだ。どこまで制裁を加えるのか検討中だった」

 孤児院の見学時に寮長夫人が査定するように第六皇子夫人を見ていたのはそういうことだったようだ。

「まあ、寮の塀に括り付けて晒し者にしたことで、公安と軍が動き、ガンガイル王国から制裁が来る前に第六皇子自身に責任を取らせることにしたようだ」

 オムライス祭りでの第六皇子がいけ好かない振る舞いをしたことで、第六皇子の拘束はアドニスの情報を引き出そうとしたことに憤った第三皇子の私怨ではなく、第六皇子の存在自体がガンガイル王国との関係悪化の火種になる、と第二皇子と第五皇子にも判断されたようだ。

「第六皇子の母体派閥の第七夫人派の制裁をどうするかは、ラインハルト殿下が交渉を担当するので、殿下はまだしばらく寮に滞在されることになる」

 寮長の後ろでハルトおじさんが、任せておけ!、と癖のある笑顔を見せた。

「わかりました。ヘンタイたちの件はハルトおじ様の判断にお任せします。私はアメリア伯母様との面会に向けて集中いたします!」

 キャロお嬢様が力強く頷くと、仕方ないな、とケインは小さくため息をついた。

「入学式のパフォーマンスは、ぼくに考えがありますから、お嬢様はそちらに集中してください」

 ケインの言葉にキャロお嬢様は花が開くような笑顔をケインに向けた。

「もう何か思いついたのかい?」

 ウィルの質問に眉を寄せつつもケインは頷いた。

「ようするに、入学式の新入生挨拶で精霊たちが光ればいいのだから、聖典からめでたい言葉を抜粋してみんなで詠唱すれば、ほぼ間違いなく精霊たちが光ってくれると思うんだよね」

 ケインの閃きに新入生たちは、そうだね!と賛同したが、あああああ!とボリスが叫んだ。

「待った!それは、よくよく言葉を選んで検証しなければ、中級詠唱魔法を発動させてしまうよ!」

 聖典の各章から言葉を抜粋したら、七大神の章を外すわけにはいかない。

 うん、詠唱魔法が発動しそうな気配しかしない。

 従者ワイルドも兄貴もシロもうんうんと頷いている。

「……今年の新入生たちは全員、初級魔導士試験に合格しているんだよ。聖典に記載されていないめでたい言葉を探す方が難しいんだから、害のないような詠唱魔法を発動させた方が、不測の事態を起こさずに済むんじゃないかな?」

 兄貴の提案に談話室にいる全員が、それはそうだ、と頷いた。

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