たのしい工作の時間はつづく
「私は二つ作ったのよ」
青空の下、水を張った大きなたらいにジーンが足を突っ込み洗濯をしながら地団太を踏む。
「うちの子は二人、玩具も二つ。当たり前でしょ。なんで一つ大人が職場に持っていくのかな?」
「男の子が三人いるからでしょ」
ぼくは鳩に紐をつけた玩具を頭の上でぐるぐる回しながらジーンの愚痴に付き合っている。
「まだ試作品でどうせあちこちぶつけるだろうからって外見にこだわっていないのよ。私の許せる品質じゃないのに、もう」
ぼくは紐を手放したら遠心力で飛んでいきそうでこわくてまだ放せない。
「ぶつけたり飛んでっちゃったりしてもいいの?」
「玩具だもん、想定内よ。うちの中でやらなければいいのよ」
「遠心力なら洗濯機を作ってもらえばよかったな」
「”エンシンリョク”って何?」
「物体が回る時に、外に飛び出そうとする力が働くんだよ」
ぼくはそのまま紐を手放して鳩の玩具を飛ばして説明するつもりだった。
紐のついた鳩は僕の頭の上で羽を不自然にバタつかせながらぐるぐる飛んでいる。魔術具としては成功だ。
「飛んだ…」
「当たり前でしょ。飛ぶように作ったんだもん」
魔力が切れて落ちるときに頭に当たるのが嫌で少し離れて観察することにする。
「この羽の動きが不自然で嫌だわ。もっと鳩の動きを観察しないと」
「昨日はかっこいい鳥にするって言ってなかった?」
「町中に居て不自然じゃない鳥の方がいいかなって思ったのよ」
「玩具のレベルを超えるものを作ろうとしてる?」
「どうせ作るなら最上級を目指すべきよ」
玩具の鳩は旋回しながらゆっくりと高度をさげていく。
もっと飛べ!!
強く念じてみると鳩は僅かに上昇したが、すぐに力をなくしたかのように墜落した。
「今なにしたの?」
「もうちょっと飛ぶように念じてみた」
「魔力残量が少なくなったら高度を下げる設定にしていたのに、上がって落ちたのはカイルの干渉があったのね。術者の指示の方が設定より優先されるのね」
木製の鳩は落ちた衝撃で頭の色が少し剥げただけだった。
「もう一回飛ばしてみて、旋回の大きさを広げてみてよ」
今度は自信をもって鳩の紐を振り回すと、大きく鳩が旋回することを意識して力強く手放した。
遠心力を得た鳩は庭の畑との垣根になっている魔木を越えて真っ直ぐ飛んでいった。やばい。やっちまったか。
曲がれ、戻ってこい!!
鳩は大きく旋回しながら高度を下げて戻ってくるけど、このままの軌道では垣根にぶつかる。
よけろ‼
垣根すれすれまで高度を上げて直撃は回避できたが、魔力切れなのかあえなく墜落した。
「今度は何をしたの?」
「力み過ぎて遠心力の方が魔力より強くなったようだね」
拾った鳩はさっきより剝げが広がっただけの損傷ですんだ。結構丈夫にできている。
「同じ動作の継続と高度をゆっくり下げる設定しかないはずだけど、カイルの意思で軌道を変えたのね。後でばらして確認させてね」
すっかり洗濯がそっちのけになっていたので、手伝いながら洗濯機の原理を説明してみた。
「洗い、脱水、すすぎを遠心力でやっちゃうのね。でもって乾燥は温風で回すと。面倒なのは温風だけで、独楽の原理を使えば回すだけの魔力はあんまりいらないからいいね」
「玩具の改造より先に洗濯機を作ろうよ」
「設計図描いてみるね」
「できるの?」
「一応、下級魔法師だからね。生活魔法用の魔術具制作免許持ってるもん」
「仕事は魔法細工師なのに?」
「生活魔法具は魔力の無駄遣いだって、嫌われてるから需要がないの」
「圧倒的に時間の節約ができて、その分他の仕事ができるのにね」
「省魔力で動く魔術具っていう発想がなかったし。ここまで少ない魔力で物を動かせるなんて思いもしなかったわ」
「省魔力っていう言葉があるんだから実践していたんでしょ」
「ジュエルがそれで結果を出したから、うちがこんなに大きな家に住めるのよ。これは間違いなく大発見だから、うちの家族だけの内緒よ」
「わかった。そもそも外に出ることもまだそうそうない気がするけど」
「うちはお客さんが多いのよ。ケインに体を使う遊びをさせてくれるから助かるんだよね」
「今日のケインはおとなしいね。まだ独楽回ししてるのかな」
自分で独楽が回せて喜んでいるにしては長い集中力だ。
家に入ると、薬草の仕分けをしているジェニエの傍らで楊枝独楽六つまとめて回し続けるケインがいた。
ジェニエに図鑑を見せてもらいながら文字の勉強をしたり、ジーンと生活魔法具の制作、改良に励みつつ玩具を作ってもらったり、ジュエルに庭にアスレチックを作ってもらったら、ケインがいつの間にかパルクールみたいな動きをしていたり、日々は淡々とつつがなく過ぎていった。ジュエルの同僚や騎士団の人が三日とおかずにやってきては、お風呂にぶち込まれてから、晩酌に参加したり、庭のアスレチックを魔改造したりしていた。
ぼくとケインは健やかに成長していた。平穏な家庭で。
あることを気にしなければ。
この家に来て最初の晩に出会った、あの黒いやつはずっとぼくたちのそばにいる。
寝るときは部屋の隅だったはずなのに気が付けばベッドの下に居たり、堂々と川の字で寝ていたりするからもう驚いたりなんかしない。
きっと僕が来る前からずっといたんだろう。
日中はケインのそばにいることが多い。ケインは動き回ることが多くて、たまについていけないほど活発だから怪我がないか見守ってくれているんじゃないかと思うくらいだ。
大きさは自在に変えられるらしく、影があるところにはどこにでも移動していた。新しい魔術具の実験する時にはだいたい近くにいる。鳩の時は垣根のそばにいて、ぼくが落ちた鳩を回収する前に現場にいた。ぼくら家族にとって今のところはデメリットのない存在らしい。
そんなこんなな状態では当初持っていた恐怖心など湧いてくることもなく、黒いのが今どこにいるか探るのがもはや日課になっていた。
まもなく三才になるケインが文字に興味を持ったので数字や文字を書いた木札を沢山作ってもらって、組み合わせて単語をつくって遊んだりしていたら黒いのも部屋の隅っこに当然のようにいた。
文字を覚えたらコミュニケーションがとれるかな?
なんとなくできたらいいな、くらいの考えで、『きみはだれ』って木札を置いて寝てみた。
起きたら木札が動いていた。
『こども』
普通はだれって聞かれたら、名前か所属をいうもんじゃないか。未知との遭遇に対して言葉が通じたことを喜ぶべきなのに、なぜかがっかりしてしまった。
『おなまえは?』って並べても返事はいつくる?翌朝まで待つのか?
ケインが朝から、『ぼくはケイン』って並べている。これではだれが並べているかはっきりしない。木札でのコミュニケーションは無理だろう。
物を動かせるのか?実体がなさそうなのに。
壁に黒板でも貼ってもらえば、文字の練習にもなるし、何かが起こるかもしれない。
「………イル…、…ねえ、カイルどうしたの?」
ぼうっと考え事をしていたらジーンが様子を見に来た。
「おはようございます。ケインがだいぶん文字を覚えてきたので、この辺りに黒板があったらケインの練習もできるし、ぼくも思いついたことを書き留められるかなって」
ケインが並べた木札を見せながら説明した。
「ちょうどベッドが二人で寝るには狭くなったかと思っていたから、子ども部屋の改装をしようかしら。二段ベッドを入れて机も入れようと考えていたけど…、そうね、こっちの壁を全部黒板にしてもいいかも。まだジュエルは出勤していないし、相談してみましょう」
ジーンに手を引かれて部屋から出ようとしたとき、ちらっと木札を見たら変わっていた。
『しらない』