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兄弟仲

「バター投入開始!」

 巨大フライパンがほどよく温まったころ寄宿舎生代表が声を掛けると、一部の寄宿舎生たちが風の神の章を暗唱し始めた。

 詠唱魔法で調理するといっても、巨大フライパンに投入するバターは食材投入用のスロープが風魔法で向きを変えただけだった。

 それでも寄宿舎生たちを見守る孤児たちは、おおお、と歓声を上げた。

 バターがスロープの上をころころと転がる様子も小さい子どもたちには受けがよく、フライパンの上にポトンと落ちたバターがジュっと音を立てて溶けると、キャハハと笑い声があがった。 

 溶かしバターの香りが広がると大人たちも笑顔になった。

 事前に用意してあった卵液も風魔法でバケツが傾くとスロープを伝ってフライパンに投入された。

 仕掛けを駆使して詠唱魔法を行使するのは、長時間、最後まで自分たちで焼き場を担当できるように魔力温存に創意工夫を凝らしたためだ。

 寄宿舎生たちの気概にぼくたちは感心した。

 寄宿舎生たちは緊張した面持ちで料理の神の章を唱える役や、熱せられた卵液をかき回すために風の神の章を唱える役や、水分を飛ばし過ぎないように水の神の章を唱える役に分担し、より省魔力でふっくら美味しいオムレツを作ろうとしていた。

 スライムたちが火加減の微調整をし、キュアと水竜のお爺ちゃんがかき混ぜる卵液が均等に混ざるように微調整し、最初の一皿を神々に奉納するのに相応しい味になるように気を配った。

 貴賓席で熱いまなざしを向けるハルトおじさんは、聴覚強化をして聖典の各章で使用される魔力のバランスを聞き分けていた。

 皇族席では誓約を済ませた第三皇子以外には詠唱の内容が聞こえないようで、寄宿舎生とスライムたちが両手と触手を広げて何やら呪文を唱えているだけのようにしか見えないのか、談笑をしていた。

 第三皇子はハルトおじさん同様に自分も参加する気満々なのか、視力と聴力を強化してオムレツ作りに見入っていた。

 卵を成形するためにフライパンを傾ける役の寄宿舎生の額に汗が滲んだ。

 コロンコロンと転がった卵が紡錘形に整うと、おおおおお、と歓声が上がった。

 本当の勝負はここからだ。

 料理の神の祝詞を唱える寄宿舎生たちが両手を広げながらフライパンの周りを走り出した。

 続いて風の神の役の寄宿舎生が料理の神の役より外周を祝詞を唱えながら猛スピードでダッシュした。

 空の神の役の寄宿舎生はその外周をゆっくりと歩きながら祝詞を唱えると、フライパンが大きく跳ね上がりオムレツが宙を舞った。

 おおおお、と歓声が上がる中、紡錘形のオムレツが大皿に盛られたチキンライスの真上にくると、放物線の着地点の軌道から少しずれていたので、すかさずキュアと水竜のお爺ちゃんがオムライスの両側から風を送って軌道修正をした。

 意図せず、空中で二種の竜たちがオムレツに祝福の魔力を与えたかのような演出になり、精霊たちが喜んで姿を現したので、会場中に光の粒が一斉に広がった。

 オムレツがチキンライスの上で一瞬止まり、ふんわりと着地すると大歓声が沸き起こった。

 今年のオムライス祭りはなかなか派手な演出となり、大成功に気が緩んだ寄宿舎生たちはフライパンの周囲で膝をついた。

 踏み台の上に乗った教皇がオムライスに大きなナイフを入れると、とろりと半熟卵がチキンライスを覆いつくし、拍手が起こった。

「今年のオムライスは素晴らしい仕上がりです!」

 祭壇に奉納するために小皿に取り分けたオムライスを掲げて大司祭が言うと、寄宿舎生の目に光るものがあった。

 神々へのお供えを取り分けると、来賓たちが出来上がったオムライスの前にやってきた。

「誠に素晴らしい詠唱魔法であった。教会の司祭たちの儀式を見たことがあるが、大規模な作用がゆっくりと起こる祈りの儀式が多いので、昨晩の鎮魂の儀式のように精霊たちが可視化してくれなければ、我々人間にはわかりにくい。其方たちは目の前で卵料理を仕上げることで、神々からいただいた魔力で神々への供物を作り、詠唱魔法の実力を私たちに示してくれた。感謝する」

 第二皇子が寄宿舎生たちに労いの言葉をかけると、手放しで褒められたことに恐縮した寄宿舎生たちは、はあ、とだけ言って頭を下げるしかできなかった。

「兄上。初級魔導士は祝詞を覚えて基礎魔法を行使すれば合格できるのですが、それだけでは初級魔法学校を卒業した程度の魔法しか使えないのです。魔獣たちの補助があったとはいえ、料理のような繊細な魔法を行使するのは本当に難しいのですよ」

 いつの間にか初級魔導士試験に合格していた第三皇子が魔法で料理する難しさを語りだした。

「ハハ、私は自分の手を使っても料理はできないな。料理のための魔法陣を設計することも無理だ。気温や湿度で調理法が変わっても詠唱魔法なら対応できるんだな」

「兄上。そこだけじゃないのですよ。詠唱魔法の素晴らしさは、神々に感謝する気持ちが魔法の出来に左右し……」

 蘊蓄が止まらない第三皇子に第二皇子と第五皇子が目を丸くした。

「……やけに詳しいな」

「南方での宿泊先は教会以外すべて野営です。誓約をしていたので結界が強固な礼拝所に滞在することが認められました。夜間の時間はすべて、聖典を熟読することに費やしましたからね」

 第三皇子の言葉でぼくたちは第三皇子が初級魔導士試験に合格できた理由を推測できた。

 聖典の丸暗記が必須とはいえ、試験に出る神の章には法則があるから要点さえ押さえておけば合格できる運の要素もある。

 おまけに、自分の興味があることだけは詳しい第三皇子は、魔術具の文献を漁るうちに古語に精通していたらしく、常人より早く聖典を読み解けたのだろう。

「まったく、羨ましい。帝都にいたら仕事が山済みなので、夜間に読書を楽しむ時間なんてありませんよ。ですが、なんとか時間を作って私も神学を学びたいですね」

 第五皇子が第三皇子を羨むと、代わりに南方に行くか?と第三皇子に声を掛けられた第五皇子は首を横に振った。

「兄上が私の仕事を代わると、現場が大混乱します。私は後方担当が性に合っています」

 第五皇子が断ると、第二皇子が力強く頷いた。

 帝都に残るのが第五皇子ではなく第三皇子だと、一番痛手をこうむるのが第二皇子なのだろう。

 オムライスの取り分けを手伝うアドニスは仲が悪いと聞いていた皇子たちが立ち話をする姿に目を丸くしていた。

「イーサンとハントは上の兄を立てることを選択したからですわ」

 キャロお嬢様が小声でアドニスに説明すると、第五皇子にも偽名がついていることに気付いたアドニスは、フフっと笑った。

 三人の皇子たちがオムライスを片手に談笑する中、三人の皇子夫人たちはオムライスの取り分けをする寮長夫人やオーレンハイム卿夫人と一緒に孤児たちにオムライスを配膳していた。

「第六皇子夫人のように貴賓席でお召し上がりください」

「いえ、オムライスをいただいたことがございますから、お気遣いなく」

「子どもたちの健やかな成長を願うお祭りですから、子どもたちのために手伝わせてください」

「配膳するのは初体験ですがお手伝いさせてください」

 寮長夫人の言葉に第三皇子夫人と第五皇子夫人と第二皇子夫人が揃って手伝いの続行を希望した。

「まあ、どちらでオムライスをお召し上がりになったのですか?」

 第二皇子夫人が驚いて第三皇子夫人に尋ねると、オホホ、と笑った第三皇子夫人はお忍びで市中に出ることがある、と小声で打ち明けた。

 職員リリアナとしてガンガイル王国寮に日参している第三皇子夫人は寮の食堂でオムライスだけでなくいろいろ食べているのだ。

 孤児たちを引き取ろうと考えている第五皇子夫人は、積極的に孤児たちと触れ合いたいらしく、小さい子のためにワゴンでオムライスを運ぼうとする職員に、後で孤児院を見学できないか?と尋ねていた。

 職員が快く頷くと夫人たちは、よろしくお願いいたします、と頭を下げた。

「どうされましたか?」

 貴賓席に戻らず、かといって皇子たちの会話にも参加できない第六皇子にハルトおじさんが声を掛けた。

「いえ、大きなオムライスがあっという間に取り分けられていくことに、呆気に取られていました」

 身の置き所がなかったことをそつなく言い訳した第六皇子に、戻りましょう、と寮長が促した。

 第六皇子が退くと、オムライスを受取る列が一列増やされ、自分が動線を邪魔していたことに気付いた第六皇子は状況判断のできなかった自分のミスなのにもかかわらず憤ったのか、耳を赤くした。

 “……ご主人様。第六皇子はガンガイル王国の新入生たちが全員、二色の髪色にしているので、第三皇子の隠し子が誰なのかが見分けがつかないことにも憤っています”

 女子ばかりではなく男子まで新入生はエクステをつけ、神学生候補服を着用しているので、すっかりアドニスはガンガイル王国寮生に溶け込んでいる。

 “……第三皇子夫妻の視線がアドニスに向かっているのか、左右にいるキャロかミーアか、わかりにくい状態だもんね”

 みぃちゃんの意見に魔獣たちは頷いた。

 “……ご主人様。皇子夫人たちはスライムたちの活躍からスライムの使役者を当てようと、ご主人様たち兄弟やウィルに視線が集まったので、第六皇子は相当混乱しています”

 シロの説明にぼくとケインは顔を見合わせて笑った。

 どうしたの?とウィルが目で質問すると、ウィルのスライムが触手で第六皇子の方を指した。

「この子供たちが成長し、教会職員として世界中で教会の護りの結界を支えてくれるのだ、と思うと逞しく育ってほしい、という願いが湧いてきませんか?」

 貴賓席に向かう寮長が振り返って子どもたちを見ながら第六皇子に話しかけると、第六皇子も振り返った。

「……ガンガイル王国が豊かなのは子どもたちを大切にするからなのですか?」

「子どもたちは国の宝ですが、国民を大事にするから発展するのです。いくら我々王族の魔力が多いとはいっても国民全員の魔力と比較したら王族以外の魔力の方が多いに決まっているでしょう。私たち王族が国を護るために魔力を使い、国民たちはそれぞれの仕事をこなしながら、国のために魔力奉納をしてくれる。そういった循環が上手くいっているから、ということです」

 寮長の返答を聞いた第六皇子は会場全体を見回した。

 ガンガイル王国寮生には高貴な姫君がいるはずなのに、全ての寮生が手伝いに入っていて誰だかわからない状態だ。

 寮長夫人は王族の妻なのにもかかわらず、教会職員と並んで手伝いをしている。

 第二皇子夫人も第三皇子夫人も第五皇子夫人も自分たちの護衛まで配膳の補助に回れるほど教会内の安全を信頼しきっている。

 第六皇子は小さく頭を振って飲み込めない状況を理解するのを放棄するかのように頬を少しだけ引きつらせた。

 仕方のない人だ、と言いたげに小さく息を吐いた寮長は、第六皇子を貴賓席に促した。

「あらかた配膳が済んだようですから、次は私たちが焼きましょうか!」

 キャロお嬢様の言葉にハルトおじさんが頷いた。

「私もお手伝いしよう!」

 予想通り第三皇子が名乗りを上げると、第二皇子は目を見開き、第五皇子は苦笑した。

「殿下!オムレツを焼くイメージを整えるためにシーツで練習してからでよろしいでしょうか?」

 そう簡単なことではない!と力説していた第三皇子はハルトおじさんの提案に素直に頷いた。


 オムライス祭りの本番の最中に練習を始めることになってしまったが、詠唱魔法のレクチャーになったので来賓席に戻った第二皇子と第五皇子は目を丸くして喜んでいた。

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