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上映会!

 展望デッキのスピーカーから弦楽四重奏が流れ出すと五つの広場に集まった提灯の灯が揺れた。

「どの会場でも問題なく音声が流れているようですね」

 オーレンハイム卿夫人が満足そうに頷いた。

『これより、中央教会寄宿舎生とガンガイル王国留学生合同の広域魔法上映会を開始いたします。中央教会正門上空に大きな映像が流されます。事前に録画、編集されたものですから、演者は中央広場にはいません。真下に来ても見えにくいだけです。中央広場にお集まりにならないようにしてください』

 事前に録音していた上映会の開始を告げるアナウンスを流すと、軽快な音楽から重厚な音楽に変わった。

『速報!帝都を席巻した純愛の物語が惜しまれつつ舞台終演を迎えた劇団さそり座の期待される次作は!』

 煽るアナウンスに合わせて、デデデデン!と効果音が轟くと、中央広場の上空に大きな三次元のみぃちゃんとみゃぁちゃんの姿が浮かび上がった。

 おおおおお!と展望デッキや露天風呂から歓声が上がった。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんの二匹が展望デッキの手すりに上がり自分たちの巨大な映像の前で立ち上がると前足を振って歓声に応えた。

 アドニスの保護に活躍したみぃちゃんとみゃぁちゃんも本編に役があるのだろうか?などと考えていたらみぃちゃんとみゃぁちゃんの映像が霧散し、ドドーンと巨大な水竜のお爺ちゃんが帝都の夜空に出現した。

 今回、帝都に仕込んだ広域魔法魔術具で出せる最大限の大きさの水竜のお爺ちゃんの映像が、細部まで綺麗に映ったことにぼくたちは安堵した。

 蛇のようにとぐろを巻く水竜のお爺ちゃんが天高く飛翔すると、真ん中に立つ男装のキャロお嬢様の映像が出現した。

 展望デッキの上で拍手喝采が起こると、顔を真っ赤にしたキャロお嬢様の顔にミーアが扇の風を送った。

 巨大映像のキャロお嬢様はボブカットで紫紺と金髪の二色の髪が風にたなびくと、上昇した水竜のお爺ちゃんを一睨みした。

 キャー!カッコいい!と女子たちから歓声が上がった。

『儂に挑むとはいい度胸だ!其方、名を何と申す!』

 水竜のお爺ちゃん役のアフレコを熟したクレメント氏の渋い声がスピーカーから響くと声変わり前の少年らしい高い声でキャロお嬢様が名乗りを上げた。

『我はシーカーと呼ばれし者!真の名は奪われた!我が名を奪い挙句、呪詛を施した男を探し出す魔術具の素材を採取する際に其方を起こしてしまった。けっして、他意はない。湖底の素材をわけてもらえないだろうか?』

『あい、わかった。儂も其方に他意はない。だが、我を起こした其方の力量を見よう』

 映像の巨大な水竜のお爺ちゃんが滝のような水鉄砲を吐き出し少年シーカーにぶつけると、シーカーは風魔法の盾で大量の水を防いだ。

 飛散した水飛沫がぼくたちの目の前まで飛んで来るように見えたので、展望デッキでのんびり見物していた寮生たちは思わず顔の前に手を出して水飛沫がかかるのを防いだ。

 ただの映像だと気付いた寮生たちから笑い声が上がるが、反撃したシーカーの火の粉が降り注ぐとまたしても腕で顔を覆った。

 ぼくたちが大聖堂島の湖で水竜のお爺ちゃんと邂逅した時に、出会い頭にバトルなんて起こらなかったのに、エンターテインメントを重視した舞台ではエンカウントのバトルは避けられないようで、三次元の水竜のお爺ちゃんと主人公のキャロお嬢様は帝都の夜空を舞台に激戦を繰り広げた。

 効果音は仕込んであったが、気を利かせた精霊たちが状況に合わせて風を吹かせるので、広域魔法の設定以上に臨場感が出た。

 水竜のお爺ちゃんと主人公キャロお嬢様の激戦の最中に、あらすじを説明するナレーションが入った。

『高貴な家に生まれたが、その魔力の高さを狙われて誘拐された少年シーカーは、真名を奪われて魔力を搾取される呪いをかけられた!』

 ナレーションをかいくぐるようにカキーン、バキーン、と効果音が入った。

『聖なる猫たちの導きにより、育ての親だと思っていた男が誘拐犯であることを知った少年シーカーは呪いを跳ね返した、逃走した男に復讐をすることを誓い旅に出た。魔術を学び、知り合った水竜と戦いを通して親友になる』

 ナレーションに合わせて巨大な水竜のお爺ちゃんと主人公シーカーの映像がまるで精霊たちの集合体だったかのように小さな光の粒になって拡散した。

 この演出は本物の精霊たちも気に入ったようで、広域魔法魔術具の範囲外にまで光の粒が拡散した。

 穏やかで美しい旋律の音楽に変わると光の粒が再び集合して豪華なドレスを身に纏った美しい中年の女性を模った。

 舞台メイクバッチリなクレメント氏はお爺ちゃんとはとても思えず、高貴な貴婦人そのものだった。

 おおお、とぼくたちが声をあげると展望デッキ上のクレメント氏本人が優雅に一礼した。

 大空には貴婦人のクレメント氏の正面に光の粒が集まると、貴婦人に向かって傅く少年シーカー役のキャロお嬢様が出現した。

『面を上げてくださいまし。……其方は私の可愛い息子なのです!』

 変声の魔術具を使用したクレメント氏の艶やかな貴婦人の声に、上出来だ、とぼくたちは頷いた。

『ああ、大きく育ちましたね。私の坊や。跪かず、私のそばに来て、その顔をみせてくださいな』

 大きな瞳が涙をにじませるかのように輝き、美しい声を震わせて熱演するクレメント氏を見て、食堂のおばちゃんが鼻を啜った。

 貴婦人の話にも微動だにせず傅く少年シーカーに思わず歩み寄り震えながら右手を差し出す貴婦人の手を少年シーカーは振り払った。

『私は幼児期にかどわかされ、母を知らずに育ちました。たとえ、領主一族の出身だったとしても……其方が母など、あり得ぬことだ!』

 傅いていた少年シーカーがいきなり抜刀して貴婦人に切りかかると、貴婦人はドレスを翻して退いたと思いきや、ドレスが宙を舞い、貴婦人だったクレメント氏が禿頭の男に変化していた。

『母上をどこにやった!この薄ら禿!』

『ハッハッハッハッハッハ!育ての親に対してずいぶんな言い方だな!』

 野太い声になったクレメント氏も抜刀すると少年シーカーと剣術対決を始めた。

 無茶苦茶なストーリーなのに、寮生たちはワイワイ言いながら夢中でクレメント氏とキャロお嬢様の剣技に見入っていた。

 大立ち回りも娯楽舞台の大事なパートなのだろう。

『実の両親のもとに辿りついた少年シーカーを待ち構えていたのは、復讐を誓った因縁の男だった!少年シーカーの両親はどこに?そして、少年シーカーを攫った男の真の目的とは!』

 ナレーションが入ると、大立ち回りをしていた二人は光の粒になって拡散した。

『現在、稽古の真っ最中です!』

 光の粒が再び集まると劇団さそり座の稽古の様子が出現した。

 主人公シーカー役も謎の禿頭の男も本物の役者さんに入れ変わり、その他の演者たちを含めた稽古の様子につい見入ってしまった。

『前売り券は確実に座れるお得な指定席をお勧めします。魔術具を駆使した多彩な演出は話題になること間違いなしです。お見逃しなく!』

 役者が手首に装着した魔術具からセリフに合わせて炎が噴き出すタイミングを調節する映像が流れると、寮生たちも食い入るように身を乗り出して映像に映る魔術具を凝視した。

 映像は光の粒になり、今度は小型の映写機の魔術具で水竜のお爺ちゃんを出現させる調整をしている映像が流れると、本番の舞台を楽しみにする声が展望デッキでも上がった。

 オーレンハイム卿夫人は腕組みをして満足そうに頷いた。

『これにて、中央教会寄宿舎生とガンガイル王国留学生合同の広域魔法上映会を終了いたします。日没後、お時間が経ちました。現在、帝都は夜間の瘴気の発生も少なくなりましたが、くれぐれもお気をつけておかえりください。……路地裏の陰に潜んでいるのは……瘴気ではなく、あなたの魔力を狙う人攫いかもしれま……キャー……というのは冗談です。私の小芝居にお付き合いいただきありがとうございます。私、劇団さそり座、次回公演主役少年シーカー役を予定しておりますルルと申します。私は本日予告編を演じてくださったガンガイル王国寮生の有志の方とは違います。スポンサーとして劇団さそり座に多額の資金と技術の援助をしていただいておりますガンガイル王国王室から、戯曲がお好きな皇帝陛下第三夫人の観劇へのお誘いとして、この上映会の演目を劇団さそり座の次回公演作の予告編としていただくことになった次第であります。第三夫人への贈り物としての意味合いがある映像でしたので、私には畏れ多く、今回は第三夫人に近しい方に演じていただきました。私は撮影時に拝見させていただきましたが、お二人とも迫真の演技で、大変すばらしい映像になりました。本公演を演じる私も精一杯演じさせていただきますので、是非、前売り券のご購入をしてください』

 今回の上映会の趣旨をナレーションで明言したので、民意はガンガイル王国王女である第三夫人と親族のキャロお嬢様との面会が滞っている現状に不信感を持つ方向になるだろう。

「結果がどうなるのかはさておいて、とても良い上映会だったよ」

 素晴らしい演技だった、とハルトおじさんはキャロお嬢様とクレメント氏を手放しで褒めた。

「芸術分野においてもガンガイル王国は抜きんでていると誇示できましたな」

 オーレンハイム卿が寮長の肩を叩くと、寮長も嬉しそうに頷いた。

 すまなかったな、と小声でハルトおじさんが従業員宿舎に設置されていた精霊神の像について詫びると、寮生たちも職員たちも、あれはあれで好きです、とハルトおじさんを慰めた。

「精霊たちの支援で、映像も肌感覚もより素晴らしいものになったのはよかったのですが、本番の舞台での特殊効果の魔術具の設定を考え直さないといけませんね」

 ジェイ叔父の指摘に、困ったように眉を寄せたオーレンハイム卿夫人が頷いた。

 精霊たちの過剰演出で、前売り券を購入する人たちの期待値が急上昇する予告編になってしまったのだった。

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