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宵宮の灯

 ぼくたちはお昼前に帝都の寮長室の奥の転移の部屋に戻り午前中の中央広場の様子を寮長室に報告に来た身代わり人形たちと入れ替わった。

 お疲れ様、と留守番をしていたみぃちゃんとみゃぁちゃんとキュアに言われたが、キールを保護した時にワイルド上級精霊の亜空間で会っていたこともあり、ずっと一緒だった感覚になっていた。

 寮長室で情報交換を行うと、アリオを取り逃がしたことをハルトおじさんと寮長は悔しがったが、邪神の欠片を消滅させキールを保護できたことを褒めてくれた。

 帝都の屋台での提灯や行灯や蝋燭の販売は軍関係者の家族たちに評判がよく、売り子の手伝いより追加生産の手伝いをしてほしい、と商会関係者から要請があり、ぼくたちは午後からは工房の手伝いをする事になった。

 食堂で合流した寮生たちはぼくたちが身代わり人形と入れ替わったことに気付いた気配もなく、キャロお嬢様は提灯や行灯を量産するために子どもたちの絵をステンシルで済ませてしまう案を出していた。

 午後からのぼくたちは工房に籠もりきりだったが西日が差し込む時刻になると、素材の在庫も尽きたので、後は売り切れ御免にしよう、ということになった。

 工房を出ると、どの建物の入り口にも提灯や行灯がぶら下がっており、仄かに揺らめくろうそくの灯が戦争の犠牲や飢餓で亡くなった人々の犠牲を悼んでいた。

 工房近くの水の神の祠の広場には日没時に中央広場から移動してくる屋台のスペースに目張りがされており、上映会に備えて桟敷席と椅子席が用意されていた。

 夕方礼拝の後の教皇による鎮魂の儀式の後、魔法学校生と寄宿舎生たちの魔法の実験があるが、中央広場では見えにくい、と道行く市民たちの噂になっていた。

 教会の行事に合わせて憲兵たちも増員されており、市内に大きな混乱が起こらないように万端に事前準備が進められていた。

 中央広場は夕方礼拝時に混雑することが予想できたので、ぼくたちは早めに中央教会前の祭壇に魔力奉納を済ませた。

 中央広場の屋台では提灯と行灯と蝋燭はすでに売り切れていたので、軽食と小物を売る屋台に様変わりしていた。

 提灯の端切れの紙で作った吹き戻しの玩具を、提灯を買いそびれた人たちが買い求めたようで、笛をピーと鳴らして巻紙を伸ばしてはシュルシュルと縮めていた。

「こんなものが売れるかと思ったのに、思いのほか売れているね」

 意外だ、とウィルが辺りを見回すと、そこらじゅうで吹き戻しの笛の音がして視界の端に細長い紙が見えた。

「特別な日に小銭で買える、日頃、目にしない物はつい買ってしまうものだよ。明日の朝には何でこんなものを買ったのだろうと思うかもしれないけれど、そういう物が祭りの日には輝いて見えるんだよ」

 ぼくがそう言っている間にも吹き戻しを売る屋台に子連れの市民が並んでいた。

 この一時だけ輝いて見える玩具か、とウィルも納得した。

 すでにお酒を一杯飲んだような千鳥足の男性が花街の客引きに掴まっていた。

 キャロお嬢様が眉を顰めたが、ぼくは軽く肩を叩いて首を横に振った。

「客引きも客も傷痍軍人だよ。追悼の仕方は人それぞれだ。現実逃避の手段はいろいろあってもいいはずだ」

 足を引きずる客引きと眼帯をした客だと確認したキャロお嬢様は視線を逸らして頷いた。

「目に余る行為があれば憲兵が介入するはずだよ」

 深く考えなくていい、と兄貴が言うと、女子たちは頷いた。

 花街の奥深さを知るのは大人になってからでいい。

「屋台飯はすべて買いました!ガンガイル王国寮の露天風呂にご招待いただきましたから、寮で食べましょう!」

 マリアに手を引かれたデイジーが屋台飯を荷物持ちのように持たせたアーロンを従えてぼくたちに声を掛けた。

 寮長から未就学児たちのお茶会の様子を聞く、という名目で集まり、デイジーたちと寮の露天風呂で上映会を一緒に楽しむ予定だった。

 子どもたちの誘拐が危惧されている現状で宵宮がにぎわう前に寮に下がることになっているぼくたちは夕方礼拝の前に帰寮することになっていた。

「そうですね。寮から街の様子を楽しみましょう」

 西日の差し込む中央広場で提灯を片手に屋台を覗く市民たちを見ながら、日没後の方が綺麗だろう、と後ろ髪を引かれつつもぼくたちは中央広場を後にした。


 食堂では多くの寮生たちが屋台飯を広げているので、仕事のない食堂のおばちゃんも交ざり和やかにそれぞれが買ってきたものを交換しながら早めの夕食を取った。

 寮長とハルトおじさんが辺境伯領で行われた未就学児たちのお茶会の報告をすると、東方連合国のキール王子が体調不良により領城で休まれた、と軽く流した。

「領都では午前中に噴水広場を全裸で走り回るヘンタイが出没したので、噴水広場の屋台と市内観光が中止になってしまったから学習館を訪問することになった以外、変更はなく万事順調のようだ」

 最近、寮に出没した不審者たちが誘拐目的だったこともあり、寮生たちやマリアやアーロンも誘拐を警戒して予定変更になったことを察した。

「ジュージやヘルムートが行儀よくしているなんて想像できませんが、皆さんによくしてもらっているからこそ大人しくしているのでしょうね」

 マリアは寮長とハルトおじさんに弟と従兄弟の辺境伯領でのおもてなしに感謝した。

「キール王子殿下のご容体は本国にお知らせしています。お加減がよくなるまで領城でご静養していただくことになるでしょう」

「思慮深いご配慮と手厚い保護までしたいただき、誠にありがとうございます。東方連合国議会に報告させていただきます」

 シロの亜空間で待機していたデイジーはすべての顛末を知っていたが、丁寧にハルトおじさんに礼を言った。

 ぼくのスライムの報告によると、お昼寝から目覚めたキールはプリンの美味しさに感激して、一日に数時間の間身体強化を制限するリハビリを受けることを承諾したらしい。

 学習館の見学の案内を終えた三つ子たちと魔獣カードで遊ぶ時間をキールは持てたようで、母さんたちはキールと三つ子たちとの交流でキールの情緒の発達を促していくことにしたようだ。

 逃走中のアリオはある地点からぱったりと目撃情報が途絶えてしまい、完全に見失った。

 教会から無尽蔵に魔力を引き出して転移していたアリオの魔力枯渇を期待することもできないので、持久戦になると考えていたマルクさんはかなり落胆したらしい。

 ぼくのスライムも酷く落ち込んだが、次にアリオを取り逃がさないために光影の鉄の処女をいかに早く出現させるかを練習しよう、と励ますと、気持ちを切り替えた。

 光影の武器は身に付けている邪神の欠片を使役者に触れるだけで消滅させることができるが、封じられている古代魔法陣や古代の神々の絵姿から邪神の欠片の力を引き出されると、現状の光影の武器では手も足も出ない。

 悩むぼくの目の前に焼きそばパンの上にフランクフルトを載せた魔改造の屋台飯を兄貴が突き出した。

「ボリューム感が凄いけれど、美味しそうだね」

 フランクフルトの串を外してかぶりつくと、ジューシーな肉汁を焼きそばパンが受け止めて美味しさを倍増させた。

「これは間違いなく美味しいやつ!」

 うんうん、とぼくが頷くと、追いケチャップをするように、とデイジーがテーブルの上でケチャップのボトルを滑らせてぼくによこした。

「露天風呂の上に簡易の展望デッキを作って上からも見えるようにしたので、今日の露天風呂は水着を着用するように」

 寮に残っていたジェイ叔父は露天風呂を魔改造して寮生たちだけでなく職員たちも見物できるように配慮してくれていた。

 今日の失敗を活かす手立てを考えるのは明日以降にして、今日はもう宵宮を楽しもう、とぼくも気持ちを切り替えた。


 水着にバスローブを着たぼくたちは露天風呂の上の展望デッキで寛ぎながら中央広場を見下ろした。

 夕方礼拝でほんのりと光る中央教会や、教会正面の祭壇で祈る市民たちの足元で光る提灯や、集まってきた精霊の光で中央広場は光の波に埋め尽くされていた。

 ほう、と溜息が出る美しさにぼくたちは見惚れた。

 教会の建物の光がゆっくりと収まっていくと、市民たちが提灯を手にしていたようで小さな灯が一斉に揺れた。

 教皇の鎮魂の儀式が始まったのか、中央広場だけでなく帝都の至るところから精霊たちが出現した。

 さまよえる魂が天界の門に向けて舞い上がるかのように精霊たちはゆっくりと上昇し始めた。

 大きく息を飲む音が聞こえて振り返ると、イシマールさんや屋台のおっちゃんや食堂のおばちゃんたちの目に涙が浮かんでいた。

 みんな戦友や家族を亡くして帝国の市民権を得た人たちだった。

「………………」

 ぼくは知らず知らずのうちに聖典の闇の神の章を口にしていた。

 誓約の都合上聞かせられない人たちのためにぼくのスライムが咄嗟に内緒話の結界を張ったが、誓約を済ませた人たちは結界の中に入ったようで、隣にいたウィルやケインが口ずさんだことで、自分が声を出していたことに気が付いた。

 キャロお嬢様やミーアたちも続き、展望デッキの上にいた誓約を済ませた留学生たちやジェイ叔父と聖典を暗唱し続けた。

 ぼくたちの周辺に出現した精霊たちは、ぼくたちの暗唱を喜ぶかのように激しく点滅し空高く舞い上がった。

 地上のさまよえる魂が死霊系魔獣や瘴気に吸収されることなく天界の門に辿りつけますように。

 そして、愛する人や親しい人を失った人々の胸に悲しみの先の希望の灯がともりますように……。

 願いを込めて祝詞を唱え続けていると、言いようのない喪失感が胸に迫ってきた。

 ケインの横にいる兄貴の体が薄っすらと透けて見えにくくなっていた。

「いかないで!」

 ぼくが両手を伸ばしてケインごと兄貴を捕まえると、兄貴の姿がはっきりとした。

 兄貴が戻ってきた嬉しさと同時に、どうしようもない後悔に襲われたぼくが泣き崩れそうになると、真っ白なワイルド上級精霊の亜空間に転移していた。


「……ごめんね。ごめんね、兄貴。自然の摂理なら兄さんは天界の門を潜るはずなのに、ぼくは咄嗟に止めてしまった!」

 ケインと兄貴を手放して亜空間の床に両手をついて土下座した。

「天界の門?……もしかして、祝詞を聞いて心が満たされたぼくの前に天界の門が開けていたの!?」

 泣き崩れたぼくの右肩に手を置いた兄貴は全く自覚がなかったようで、何のことだ、とぼくに尋ねた。

 何があったの?とぼくの左肩に手を置いたケインも尋ねた。

「カイルが意図せず『すべてのさまよえる魂が天界の門を潜れますように』と祈ったから、さまよえる魂の進化系でもあるジョシュアも引きずられたんだ」

 ぼくと兄貴とケインとぼくたちの魔獣たちはあんぐりと口を開けてワイルド上級精霊を見上げた。

「ジョシュア、天界の門を潜りたいかい?」

 ワイルド上級精霊の言葉に躊躇することなく兄貴は首を横に振った。

「いずれ天界の門を潜りたいと思うようになるかもしれませんが、今はカイルたち家族や、逃走中のアリオのことが気になって、今すぐ天界の門を潜って転生したいとは思いません」

 そうだよな、とワイルド上級精霊が頷くと、ケインも魔獣たちも頷いた。

「それじゃあ、咄嗟に止めて良かったんだね!兄貴が消えてしまうのは神々の計らいかと思ったし、兄貴の希望もきいていなかったし、もう、どうしたらいいのかわからなかったんだ!」

 緊張が解けたぼくは亜空間の床に仰向けになって寝そべった。

「カイルとケインと一緒に成長する姿を父さんと母さんに見せたいんだよ。ありがとう、カイル」

 兄貴がぼくを覗き込んでそう言うと、ぼくは涙を流しながら微笑んだ。

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