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可愛いお茶会

 セオドアと入れ替わるようにやってきたのは老師ではなく医者と母さんだった。

 キールを見るなり医者と母さんは眉を顰めるのをぐっとこらえて小さくため息をつき顔を見合わせた。

「キール王子殿下。このままでは、頭だけ大きくなって手足はヒョロヒョロとしたままで身長も伸びませんよ」

 椅子に座ったキールにいくつか質問をして顔色を見た医者はキールに真顔で言うと、母さんも頷いた。

「キール王子殿下は体を起こすためのお肉がまるでないのですよ」

 寝てばかりいたから痩せこけているので身体強化を使って体を動かしているのだろう、とはぼくたちも推測していたが、医者と母さんの見立てはぼくたちが考えていた以上に深刻なようだった。

 少し考えた母さんは腕をまくり上げると伸ばした肘を曲げて力こぶを作ってみせた。

 キールも見よう見まねで腕まくりをすると鶏ガラのように細い腕があらわになり、肘を曲げても上腕に全く膨らみが現れなかった。

「キール王子殿下は起き上がって立つこともできず、身体強化の魔法を使用していたのですね!」

 お世話役の女性が嘆かわしそうに呟くと、医者と母さんは頷いた。

「孤児院から保護した子どもたちもキール殿下と同じように衰弱して筋肉が細くなってしまった子どもが多くいましたが、キール王子殿下はその子たち以上に深刻な状態でしょう」

 医者の難しい言葉に小首を傾げたキールは、自分がよくない状態だ、と言われたことはわかったようで、げんきです!と頬を膨らませた。

「お顔がぷっくりしてらっしゃるから気が付かないでしょうが、その状態が既に不自然なのですよ」

 医者がキールに首元のスカーフを外すように指示を出すと、お世話係の女性がキールの首元をあらわにした。

 骨と筋しかないキールの喉元が露になるとぼくたちは息をのんだ。

「キール王子殿下は身体強化を止めたら呼吸や心臓が止まりかねないほど危険です。ですが、こんなに自然に身体強化をしていると栄養状態を改善しても身体強化を止められず、筋肉が発達しません。何とかなりませんかね?」

 医者が母さんに意見を求めると、母さんはキールが不安に思わないようにキールに優しく微笑みかけた。

「何とかするために私が来ましたから大丈夫ですよ。キール王子殿下」

 母さんはそう言うと鞄から小さな魔石がたくさんついたアクセサリーを数個取り出した。

「救助された孤児たちのために作った魔術具を少し改良しましょう。大丈夫です、キール王子殿下。痛いことはしませんよ」

「この人はぼくたちのお母さんだから、怖いことも、痛いこともしない、優しい人だよ」

 不安げに眉を寄せたキールに声を掛けると、まほうつかいのおにいさんたちのおかあさん!と笑顔になった。

 ウィルとイザークは家族同然だから母さんはみんなの母さんで間違いないので、騎士見習い全員で頷いた。

「あら、素敵な水竜ですね」

 母さんはキールが握っていた水龍のお爺ちゃんのフィギュアを褒めると、キールは嬉しそうに母さんに自慢するように見せた。

「まほうつかいのおにいさんと、まほうのおべんきょうをがんばるやくそくをしました。これはそのごほうびです」

 笑顔でぼくを見上げたキールに、よかったですね、と母さんは優しく語り掛けた。

「そうでしたら、魔力の扱い方のお勉強をしましょうね。キール王子殿下はベッドによこたわってください」

 言質を取れた、と言わんばかりにキールの言葉に頷いた医者は、まだ眠くないです、というキールを、魔法のお勉強と言いくるめてベッドに押し込んだ。

「通常でしたら身体強化を使い過ぎる子どもには魔力無効の結界を張るのですが、キール王子の場合それを使用してしまうと危険ですから、ジーンさんの魔術具で少しずつ魔力を使用しないで体を動かす練習をしましょう」

 ベッドに横たわったキールの服を手早くお世話係の女性が脱がせていくと、母さんはキールの手足にブレスレッドとアンクレットを装着した。

 骨と筋ばかりのキールの手足に隙間なくぴったりと装飾品の魔術具が張り付くと、きれいです!とキールは喜んだ。

 どうやら装着時に体への負担はないようだ。

 下着になっているところに便乗した医者が、キールのお腹や背中に聴診器を当てて診察している間に、母さんはネックレスの魔術具の調整を始めた。

「今日は身体強化の魔力を少しだけ制限する設定にして様子を見ましょうか?」

 母さんが医者に提案すると医者も頷いた。

「環境ががらりと変わったところで、体が動きづらくなると気分も落ち込むでしょう。体を鍛えることの必要性を理解してから少しずつ慣らしていきますよ」

 寝間着に着替えたキールの首に母さんがネックレスを装着すると、医者はキールの脈を測りながら母さんに目で合図を出した。

 キールの首元でネックレスがキールの首の太さに合わせて縮んでいくのを母さんは慎重に見守った。

「よし!大丈夫だ。問題ない」

 医者が母さんに声を掛けると母さんはホッとしたように深い息を吐いた。

「体を起こして大丈夫ですよ。どうです?動きにくいところはないですか?」

 医者に言われた通りに腕を振り回したり身をよじったりして体を動かしたキールは、だいじょうぶです、と言った。

「おもたいふくをきたかんじがします」

 さっきまで来ていた服を見てキールが言うと、ぼくたちは笑った。

 医者と母さんの見立て通り、キールは服を着て起きているだけで相当な身体強化を使っていたのだろう。

 フカフカのベッドに横たわったキールの瞬きが多くなった。

「体がお休みしなさい、と言っているでしょう?目が覚めたら美味しいお菓子がありますよ。少しお眠りください」

 母さんが優しくキールの頭を撫でると、キールは瞼を開けていられなくなり、そのまま寝落ちした。

「とんだ騒動になりましたが、ある程度想定済みでしたので、お茶会は予定通り行われるそうです。キール王子にはお休みしていただきましょう。お菓子は取り置きしてもらえますよ」

 胃に優しいお菓子を取り置きしてもらう、と母さんはお世話係の女性に伝えた。

 東方連合国の王子の保護は予定通りだったので、小さな貴賓たちのお茶会は予定通り開催されるようだ。

「キール王子には私がついていますから、皆さんはお茶会の準備に行かれても大丈夫です」

 キールのことは医者とお世話係の女性に任せて、ぼくたちは予定通りお茶会の会場に向かった。


 中庭に面したテラスがお茶会の会場で、見習い騎士に扮しているぼくたちは、中庭の隅から幼児たちのお茶会を警備するというか、のぞき見するのだ。

 裏庭ではまだ騎士たちの現場検証が行われていたが、お茶会が予定されていた中庭ではそんな騒動の余波を全く感じず、美しく咲き誇る花々に蝶が飛び交っているのどかな雰囲気だった。

 洗礼式前の子どもたちのお茶会らしくテラスに用意されていた幼児用のテーブルや椅子は絵本の中の世界のように可愛らしく飾り付けられていた。

 子どもたちが従者に付き添われてお茶会の会場に入ってくると、使用する茶器と食器以外のテーブルの上の物が全てお菓子でできている、と説明され笑顔になった。

「夢の中のお茶会のようです!」

 テーブルの上のフラワーアレンジメントもケーキスタンドの横でお菓子を食べたそうにのぞき込んでいる猫のぬいぐるみも、全てお菓子だと聞いたエリザベスが感嘆の声を上げた。

「こんなに可愛らしいお茶会に呼ばれたのは初めてだ!」

 ハロハロの息子がそう言うと、キリシア公国のジョージとジョージの従弟のヘルムートも頷いた。

「こんなに可愛らしいお菓子を集めたお茶会はぼくたちも初めてです」

 今日は特別な日ですから、と不死鳥の貴公子は特別なお客様の特別なおもてなしだ、と強調した。

「ハンスさんが帰国される前に城にご招待したかったのですが、気後れなさっていたので、洗礼式前の子どもたちのお茶会、という気取らない形式にしました。三つ子たちの兄上のご友人の兄弟がぼくたちと同い年だということで、遠くからお茶会に参加してくれることになりました。遠い所より足を運んでいただきありがとうございます。残念ながら、本日お茶会に参加する予定でした東方連合国のキール王子は体調不良のためお部屋でお休みになっています。ご気分がよくなられたら晩餐会にはいらっしゃるかもしれないということですから、ひとまずお茶会を始めましょう」

 不死鳥の貴公子はキールの不在をさらりと流し、ハンスのために開催したお茶会だと強調することで、皇太子長男が臨席するお茶会だが、主賓でないことを明言した。

 それから、不死鳥の貴公子がハンスの紹介を、領主に代わり町の護りの結界を維持できるほどの魔力を持つ人物、と紹介すると、滅相もない、とハンスは苦笑した。

「兄さんたちの友人は私たち家族の友人です」

 クロイの言葉に三つ子たちと不死鳥の貴公子が頷くと、エリザベスも乗り遅れまいと頷いた。

 庭の片隅でウィルが目を細めて頷いている。

「キリシア公国に立ち寄られたキャロルさんやカイルさんやウィリアムさんに、たくさん遊んでいただきました」

 ぼくたちのことを懐かしそうにジョージが語ると、キャロルさんにはお会いしていません、とヘルムートが残念がった。

「キャロルはうちの兄のような姉です。帝都の魔法学校に留学するのに転移魔法を使用せず、冒険者登録までして大陸横断を敢行した強者で、聖地巡礼まで果たしてしまいました」

 不死鳥の貴公子の端的なキャロお嬢様の紹介は、お嬢様を知らないムスタッチャ諸島諸国出身のレナードをドン引きさせた。

「そんな大冒険をするなんて、羨ましいです。ですが、ぼくはガンガイル王国の初級魔法学校で優秀な実績を出さなければ帝国留学は難しいです」

 アーロンはじゃんけんで帝国留学行きが決まったような話をしていたが、レナードの話だとアーロンは無自覚な秀才だったようで、ムスタッチャ諸島諸国の傍系王族の子どもたちの中でも極めて優秀だったらしい。

「ムスタッチャ諸島諸国ではハンスさんのように市井で埋もれてしまいかねない人材に奨学金を出して海外留学させるのですね。連合国として寄り合う強みですよね」

 話運びの上手な不死鳥の貴公子が、お茶会の参加者の全員が話に入れるように話題を広げると、それぞれが留学したい国にガンガイル王国を挙げて話が弾んだ。

 ハロハロの長男も自分が主役に持ち上げられなくても気分を害することなく、送迎のリムジンバスで仲良くなったのかクロイとアオイと気さくに談笑していた。


 大陸中央で荒廃した帝国がこの先、国土を立て直すのかまだ見通しがつかない中、世界の周辺の国々の次世代が交流を持つさまを眺めていると、世界はまだ崩壊せずにやって行けるのではないか?というささやかな希望の灯のように見えた。

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