表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/809

精霊と和解せよ

“おっはよ~さ~ん!あっさですよ~!!”

 鶏のチッチの大声に起こされた。

 精霊言語を取得してから、いろいろな声が聞こえるようになったが、うるさいのでなるべく聞かないようにしている。

 それでも、チッチは朝一番の第一声を、他の鶏に負けないように張りあげるものだから、ぼくのガードを超えて脳天まで直撃するのだ。

 チッチの朝の第一声が聞こえなくなるまで、思念攻撃を防御する訓練をしなければいけない。

 “…おはようカイル”

 “おはよう。兄貴。兄貴はチッチの思念攻撃は大丈夫なの?”

 “…鶏がうるさいのは当たり前だと思って諦めていた。カイルの精霊を無視する方法が気に入ったから練習しているよ”

 “チッチの朝一番はあれを強化しても軽々と超えてくるんだ。うちで一番、思念弾が強いのはチッチだよね”


 ぼくは自分が精霊たちや、庭木のおしゃべりが聞こえない理由を探ってみた。

 検証には兄貴やスライムも手伝ってくれたので、ぼくの憶測ではなく、同様に確からしい事象だと思う。

 考えることが、思念なら、言葉を発して伝えなければ、思念体であってもそうでなくても、違いがない。

 道端の石ころが考え事をしていても、それは誰にもわからないし、隣にある石ころにさえ影響をあたえない。

 例えば道端の石ころが、美女のスカートの中を見るのが大好きで、あと少し美容室の扉のそばに寄れたならば、女性のスカートの中を見る機会が増えると、考えていたとしても、思考が誰かに伝わらなければ、偶然に蹴られて移動することを期待するしかないのだ。

 だが、その石ころが強い思念をぶつけることができて、烏が聞いてしまったなら、事態は変わるだろう。

 女性客が落とした光物をあげるから、丁度いい場所に移動させておくれ、と頼んだならば、石ころは偶然を待たずに、女性のスカートの中を見放題の場所に移動することができるだろう。

 思念には思念を送る力が働いている。

 そこらじゅうにいる思念を持つものたちが、発するささやかな思念力を、ぼくは最初から気にしない状態で精霊言語を取得した。

 ぼくのスライムが強い思念をぶつけてきたから、その強さに反応したんだ。

 だから、スライムに思念を送る強さを変えて会話をすることで検証した。

 兄貴にも同様に試してみた。

 悪口は小さい思念でも聞こえやすかった、などのイレギュラーを含めて検証した結果は、思念を送る側の強弱と、受け取る側の感度の強弱で、聞きたくないものは聞かなくて済むようにできる、と確信した。


 メイ伯母さんが帰ってしまうとご飯の品数が減ってしまった。

 朝食は一汁三菜で味も完璧なご飯で不満はない。

 ただ、お料理研究家となったメイ伯母さんが、いつもお惣菜を作り置きしていたので、品数が増えていたのだ。

 寂しいけど、自宅に帰ってから、子どもたちにたくさん食べさせてあげてほしいな。


 遊び部屋に続く渡り廊下はすっかり北風が吹いて寒くなってしまった。

 初雪ももうすぐだ。


 遊び部屋ではごっご遊びが流行っており、ぼくもケインも王子様役を一度はやることになっていた。

 王子様の衣装はかぼちゃパンツではなく、豪華な刺繍が施されたローブだったので安心してなりきることができた。

「苦しゅうない、ちこうよれ」と言って笑いをとったりもできた。

 お姫様の衣装も、割烹着のように上から着ることができて、美しいレースをふんだんに使ったドレスだった。

 お姫様の順番がきた女の子はとても喜んでいた。

 キャロお嬢様は侍女役の時に、『わたくしがかんがえるさいきょうの、じじょ』を勝手に演じ始めて、喜んでいた。

 ごっご遊びは当初の目的以上に、子どもたちの社会性を上げるのに役に立った。

 興に乗った付添人たちの介入もあって、ごっご遊びはその後、目覚ましい発展を遂げ、劇場型の恋愛物語のシナリオまで誕生することとなった。


 ぼくは子どもたちが、いつまで経っても洗礼式の踊りの練習を始めないので、マークに聞いたところ、上位貴族の子どもは自宅に司祭を呼ぶから、洗礼式には出席しないし、踊らないと言っていた。

 結界の起点は教会にあるから、洗礼式は教会でした方がいいのではと、エミリアさんに相談した。

 ご利益がありそうな機会を逸するなんて、もったいないでしょう。

 大人たちが話し合った結果、遊び部屋でも洗礼式の踊りの練習をすることになった。

 教会から指導者が来て、神様の役割を説明してくれたのだが、美しい薄布に女の子たちが喜んでばかりいて、男の子たちもろくに話が頭に入っていないようだった。

 仕方がないので、紙芝居を作ってもらった。

 洗礼式の踊りの練習は六才児が中心となって、ぼくたち年少組は基本ステップを踏みながら周りをぐるぐる踊るだけだったので、気楽だった。

 いつもは遊びの好みが違うと、一緒に遊ぶことが少ない同学年の子と仲良くなれた。

 スライムに触りたがる子が多かったので、専用ブースを作ったら、握手会のように行列ができたのにはみんなで笑った。

 キャロお嬢様のスライムが一番人気で面目を保った。

 予想外だったのがボリスのスライムが二番人気だった。打たれ強さが子ども心に刺さったらしい。

 子どもは強いものにあこがれると思っていたが、親の序列の影響の方が強いようだ。

 スライムたち本人も自分の人気とは思っておらず、“実力の伴わない一位は屈辱です”といって、ぼくのスライムからクラスター水鉄砲を習っていた。


 お婆のお手伝いは任せてもらえる薬草の種類も増えて、とても楽しい。

 光る苔の雫は人間が飲むには危険なほどまずそうなので、塗り薬として開発していたのだが、マナさんの協力のもと飲み薬としての開発も進んでいた。

 誰が治験をするんだろう。


 劇的なのは、やはりバケツで稲作の結果だった。

 精霊たちの声を聴かなくても、騒いでいるのは気配でわかったので、種もみを発芽させる前に土を用意した。

 種もみを水に浸してから発芽までは数日かかるはずなのに、翌日には発芽していた。

 いくつか条件を変えて用意していたのに全てが発芽していたので、精霊の介入は諦めてなすがままにしようということになった。

 苗まで育ったところで、バケツに移植して、お城、ハルトおじさん、ボリス、イシマールさんのお家に里子に出した。

 バケツは豊穣の神の魔方陣、精霊神の魔方陣、なにも描かないものの三種類を、それぞれのお家に託した。

 ケインが提案した一日に何度も朝晩をつくるやり方は、うちでは採用しなかったが、お城で試すというので、残った苗は城の文官に任せることになった。

 温度と、日照時間を整える魔術具は父さんが作ってくれた。

 うちの三種類のバケツはどれも差がなく、すくすくと育っていき、田植えから七日で幼穂が出てきて茎がふくらみはじめてしまった。

 バケツにはった水を減らすと花が開き、あっという間に受粉が終わってしまった。

 観察日記に経過が記入できないのが悔しいので、遊び部屋を欠席して、食事や就寝以外はほとんど温室にこもって観察した。

 ケインや猫たちは途中で飽きてしまって、一日に一回しか顔を出さなくなった。

 精霊言語を使えば稲の状態もわかるのだろうけど、最後は美味しくいただくものなので、あえて聞かないようにした。

 稲穂が頭を垂れてくるとワクワクしてくる。

 黄金色になったら収穫だ。

 ぼくはバケツの水を全部抜いて、通常だったら十日ほどかな、と思ったところで意識を無くした。


 目が覚めた時は口の中が物凄く苦くて、苦さで目覚めたのかと思うほどだった。

「「「「カイル、よかった」」」」

 お婆と母さんとマナさんとケインに取り囲まれていた。

 ぼくのスライムの説明によると、どうやらぼくはバケツの水抜きをした直後、魔力枯渇で倒れてしまったようだ。

 ぼくのスライムが急いでお婆を呼びに行き、マナさんが通訳してくれたが、ぼくのスライムも魔力枯渇で意識を失ってしまった。

 それにより事態の真相がわかり、素早く対処ができて、事なきを得た。

「無茶した自覚も魔力を使った自覚もなく、頭痛するといった自覚症状もなかったのに、どうして倒れたんだろう」

「精霊たちが張り切り過ぎたようだ。豊穣の神の魔方陣のバケツに負けたくなくて、精霊神の魔方陣のバケツに魔力を注いで張り合っていたら、もう一つのバケツの稲が可哀想だと他の精霊たちが気を利かせて同じようになるように魔力を注いだようだ。カイルはそばに居たから巻き添えにあって少しずつ魔力が引き出されておったんじゃ」

 ケインや猫たちは短時間だったため問題なかったが、ぼくとぼくのスライムは累積で、そうとう搾り取られていたようだ。

「お城の稲もおなじようにはやく育っているって、父さんが言ってたから、お城で育てている人もたおれちゃうの?」

 ケインは目の付け所がいつも鋭い。

「大人だから、そこのところは大丈夫じゃろう」

「残った苗を全部あげたので、田んぼ用の温室ができたはずです。いくら大人でも量が多いから危ないよ」

 お婆が父さんに鳩を飛ばしたら、入れ替わるように父さんの鳩が来た。

 手紙の内容は、稲の世話をしていた文官が倒れたから、カイルも危ないので、稲の手入れはほどほどにさせろというものだった。

 あんなにすくすくと成長したら片時も目を離したくなくなるよ。

 ぼくは、こんな事態をもう引き起こさないために、うちの精霊と話し合わなければいけないと覚悟を決めた。

 精霊たちと和解しよう。

おまけ ~とある魔猫のお散歩~

 わたしの家族は過保護なので遠くに行くと叱られるの。

 雑木林の向こうには栗鼠や兎がいるから、かけっこして遊びたいのに心配かけるとスライムたちに怒られるので、諦めたわ。

 鶏のチッチは生意気だけど、追いかけっこに付き合ってくれるタフなやつよ。

 鶏なのに少し飛べるから、わたしたち二匹で追いかけても逃げられるのよ。

 お馬さんは優しくしっぽで遊んでくれるから大好きよ。


 うちに遊びに来る子どもたちも、わたしを女王様のように敬ってくれる子は好きよ。

 お嬢様のスライムがわたしたちを丁重に扱ってくれるのよ。

 あの子は家のスライムよりわきまえているわ。

 一度、遊び部屋のステージの影で、二匹で囲んでブリザードを浴びせたかいがあるわ。


 カイルはこのところ温室で絵を描いてばかりいて、つまらないわ。

 あそこは精霊たちが張り切ってお手伝いをしているから、私の出番はないのよね。


 年長の子どもたちが踊りを踊っているんだけど、私たちの方が絶対に上手いわ。

 普通の猫のふりをしているから人前で踊れないのよ。


 女神さまの役がやりたくて、お嬢様の付添人に素敵な薄い布をおねだりしたら、小さいサイズで用意してくれたのよ!

 嬉しくなって、特別に顎の下まで撫でることを許してあげたわ。

 相棒も女神役をやりたがるので、洗濯機のルーレットで勝負して決めることにしたわ。

 お散歩でもらえた布で生活に張り合いが出たわ。

 

 創造主が光の神と闇の神を創り出し……

 世界の始まりを踊りで表現するのは、難しいけど楽しいわ。


 そんな日々を送っていたのに、また精霊たちがやらかしたわ。

 カイルが倒れるまで魔力を搾り取っていたなんて、猫パンチを食らわせるぐらいでは許せないわ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ