表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
689/809

魔獣たちとキール王子

「裸にひん剥いて放り出すだけでは許せない!奴には正しく制裁を下すべきだ!逃走の際の魔法陣の輝きが目視しづらいほど小さかったことから考えれば、そう遠くには転移していないはずだ!」

 取り逃がした、と表現せずに放逐したかのように表現し憤ったセオドアは、大きな声を出したことに気付きキールの様子を伺おうとあたりをキョロキョロ見回した。

 当のキールはみぃちゃんとみゃぁちゃんと一緒に水竜のお爺ちゃんの背にまたがり天井がとてつもなく高い亜空間をキュアやキュアの姿に変身したスライムたちを従えて飛行していた。

 子守をする魔獣たちを見て頬を緩めたセオドアは、ワイルド上級精霊に向きあった。

「裸の男は領都の城壁を超えて転移したでしょうか?」

「カイルの光影の弾丸が着弾すると同時に邪神の欠片の魔術具で転移魔法を発動させた奴は、辛うじて転移できただけで領城を出たが領都を出ていないはずだ。厳戒態勢の辺境伯領都に飛び込んでくる覚悟があったようで事前準備をしていたようだ」

 敵の事前準備、とお茶会の開催に合わせて領都の警備を徹底していたマルクさんの左眉がグッと上がった。

「今回のお茶会に関わらず、魔力の多い子どもたちがたくさん育っている辺境伯領に目をつけてもっと前から準備していたということでしょうか?」

 辺境伯領は優秀者が多いから、とイザークが言うと、セオドアとマルクさんが青くなった。

「教会の秘密組織の逃亡者たちは世界各地に資産を隠し逃走資金にしています。キールと偽従者たちの王族らしい衣装を準備する資金が全裸で逃走している今回の首謀者にあった、ということは広範囲に資産を隠していたのでしょう」

 邪神の欠片の魔術具を持って逃走していた連中に隠し資産があったことをウィルが指摘した。

「カイルの光影の弾丸は確実に作用して邪神の欠片を浄化した」

 ワイルド上級精霊の言葉に兄貴とウィルも頷くと、ぼくとぼくのスライムとイザークは安堵の息をついた。

 光影のロケットランチャーが消失する時にやり遂げたような手ごたえがあったのだ。

「裸で逃走した男はゾーイが証言したアリオだろう。似顔絵や邪神の欠片を携帯していたことからおそらく間違いない。カイルはアリオの携帯する邪神の欠片を消滅させているが、アリオはどこかにまだ邪神の欠片を隠しているようだ」

 ワイルド上級精霊の衝撃発言に兄貴とシロが頷くと、ぼくたちの背筋が凍った。

「邪神の欠片が消滅する直前に辛うじて転移魔法を作動させたアリオは噴水広場に出現して大騒動になっている。男はそこで礼拝者から追いはぎをして祠巡りのローブを奪い逃走するが、教会の裏門に侵入した後は私にはわからない」

 ワイルド上級精霊の言葉に遠い目をして眉を顰めた兄貴とシロが頷いた。

 そこから先のアリオの姿が太陽柱の映像からなくなっているようだ。

「噴水広場でローブを奪い、そのまま北門を突破する逃走経路もありますね」

「全裸のまま南門に向かう場合もありますよ」

 シロと兄貴は無数にある未来の太陽柱の映像をぼくたちの脳内に直接送りつけたので、ローブを着用しようがしまいがフルチンで領都を全力疾走するアリオが警戒中の騎士たちに追われる椿事をぼくたちは強制的に見せられた。

「教会の裏門に逃走する以外は警戒中の騎士に結果として拘束されることになるのですね」

 ワイルド上級精霊の提示した未来以外は騎士団員たちがアリオを拘束するのでマルクさんは一瞬安堵したものの、教会の裏門に逃走を許すと先がわからないので気を引き締めるように頭を振った。

「数多ある未来も暫定的なもので、亜空間から領城の裏庭に戻った時に、教会の裏門の警備を強化する指示を出すと、市中の警備の配置のバランスが崩れ、他の逃走経路でアリオの逃亡を許すことになる」

 ワイルド上級精霊の言葉にシロと兄貴が頷くと、どうしたものか、とセオドアとマルクさんは頭を抱えた。

「領内に他の邪神の欠片が保管されているような気配はありませんでしたよ」

 作戦成功を願って騎士団の宿舎で武勇の神の祠に魔力奉納をしたときに、領内の護りの結界内に邪神の欠片を保管している場所があったなら魔力の揺らぎに気付くはずだが、何も感じなかった。

「そうだな。辺境伯領内どころかガンガイル王国全域に邪神の欠片を封印している気配も浮かび上がる気配もない。だが、教会の裏門から教会に侵入したアリオが転移の間ではなく礼拝室にむかう姿を最後に未来の映像が見えなくなる」

 教会の転移の間を利用せずに転移することが可能なのか、それとも、礼拝所内に邪神の欠片にまつわる何かが隠されているのだろうか?

「礼拝所に向かう通路の白壁には神々のお姿が教会関係者の魔力で描かれていますよね?」

 イザークがボソッと呟くと、廃墟の町を思い出したぼくと兄貴とケインとウィルとイザークは顔を見合わせた。

「辺境伯領都は歴史が古いから古代の神々の絵姿の上に、現代の神々の絵姿が描かれているのではないでしょうか?」

 ぼくの言葉にワイルド上級精霊は頷いた。

「封じられている邪神の絵姿の封印をかいくぐり、邪神の欠片の魔力を引き出して転移することができる……なんてね」

 ケインがボソッと呟くと、その可能性がないわけではないことにワイルド上級精霊も気付いたように頷いた。

「なるほど、教会の裏門から逃走しないルートで、城門を突破されるとアリオの行方が上級精霊でもわからなくなるのは、辺境伯領内では小さな教会にも邪神の欠片の絵姿が封印されているからか!」

 東西南北どちらの門から逃走しても領都からそれほど遠くない距離に古い建物の教会がある、とセオドアが指摘した。

「うーん。とにかくアリオを教会に近づけないようにすることが重要なのか!」

 どのルートでもアリオの逃走を許さないためには、直ちに教会の警備の増員すべきか、いや、間に合わないか、とマルクさんはブツブツ言った。

「全裸で逃走したアリオは上級魔導士です。全裸だから魔術具や魔法陣の仕込みがないことに油断する騎士がいるので、まず先にその警告を出してください」

 噴水前の教会の警備を増員することで他のルートでの逃走を許すことになる原因が、詠唱魔法になれていない騎士団員たちがアリオにしてやられてしまうことを兄貴が指摘した。

「あのう。この際だから、教会の不祥事は教会の代表者に責任を負ってもらったらどうでしょう!」

 ぼくのスライムがおずおずとワイルド上級精霊の前に進み出て提案した。

「教皇猊下に礼拝室前の廊下で待ち構えてもらうのか!」

 セオドアが目を見開いてぼくのスライムを見ると、そうだ、とぼくのスライムは頷いた。

「帝都で鎮魂の儀式を行うために今日の教皇猊下の予定に大聖堂での定時礼拝は組み込まれていないでしょう?だから、帝都に転移する前に辺境伯領の教会に立ち寄っても、いつもの突発的な教皇猊下の行動と変わらないんじゃないでしょうか?」

 教皇猊下を呼びつけるのか!と驚くセオドアとマルクさん以外の面々は、それはいいね、と頷いた。

「月白はいいぞと言っている。というか乗り気で教皇の予定を入れ替えている」

 そういえば、月白さんはワイルド上級精霊と一緒の仕事をするのが好きそうだった。

「では現実世界に戻ってから、アリオが教会の裏門に逃走するように追い込みましょうか?」

 あえてアリオを教会に追い込もうか、とマルクさんが提案すると、ワイルド上級精霊は眉間の皺を深くした。

「……うまくいかない可能性もあるのですね」

 セオドアの言葉にワイルド上級精霊は頷いた。

「邪神の存在が少しでもかかわると、我々精霊には何もわからないとしか言えないのだ。成功する可能性があっても成功してからじゃなければ未来が見えない」

 そうですか、とセオドアは顎を引いて考え込んだ。

「できることならここで一気に解決に持ち込みたいところですが、辺境伯領での被害を未然に食い止めることが今回の最大の目的でした。アリオの計画を阻止し、キール王子を保護できただけで、まず、我々の勝利です。アリオを拘束できれば完全勝利ですが、どんな現実も受け入れます」

 セオドアは水竜のお爺ちゃんの角を掴んでキャッキャッとはしゃぐキールを見上げて言った。

「あの子はどうする?あの子だけもう少しここで保護してもいいぞ」

 ディミトリーのように保護してもいいと言ったワイルド上級精霊の言葉にセオドアは首を横に振った。

「少しでも早く現実社会に馴染ませてあげましょう。幼いからこそ馴染むのが早いはずです」

 亜空間で世間の常識を学ぶ間に体の成長も進むキールは、この状態で現実社会に戻ると本人は戸惑うだろうけれど辺境伯領で保護する、とセオドアが主張すると、四人の子を育てたマルクさんが頷いた。

 ぼくたちの話し合いに聞き耳を立てていた水竜のお爺ちゃんが高度を下げて、キールをぼくたちのところに連れてきた。

「キール王子殿下。魔獣たちと遊ぶ夢の時間が終わるころです」

 セオドアが優しい声でキールに話しかけると、悲し気に眉を寄せたキールは、水竜のお爺ちゃんの角をぎゅっと握った。

「魔獣たちを使役できるのは魔法学校に通った生徒だけなんだよ」

 水竜のお爺ちゃんの背の上のキールの膝に飛び乗ったみぃちゃんがキールに声を掛けた。

 まほうがっこう?とキールは首を傾げた。

「そうです。普通はジャンプしても落ちてくるのに、水竜のお爺ちゃんが落ちてこないのは魔法を使うからですよ。魔法学校に通って上級魔獣使役師の資格を取らないと水竜を連れて歩けないですね」

 みぃちゃんの話の流れに載ったセオドアの話を聞いたキールは水竜のお爺ちゃんの首を撫でながら、そうなの?と尋ねた。

 “……そうですよ。キール王子は来年魔法学校に入学できる年齢になる。信頼できる魔獣と使役契約を結んで魔法を使うのもいいし、自分で魔法陣を駆使して魔法を使うこともできるようになる。真っ白な夢の世界で儂と遊ぶのではなく、現実の世界で色々体験して友達を作りなさい”

 げんじつせかい、と首を傾げるキールには水竜のお爺ちゃんが何を言っているのかわからないが、別れを告げられていると察して下唇を噛んだ。

 記憶喪失のキールが心を寄せた魔獣と別れることに抵抗を示す姿にぼくたちは心が痛んだ。

 床に転がる木彫りの猫を一つ摘まむと、証拠品を一個だけ魔改造してもいいか、とマルクさんに目で訴えた。

 マルクさんはセオドアに視線を向けるとセオドアは頷いた。

 可哀想なキールのために証拠品の一つを使ってもいいようだ。

「キール王子。人間の魔法をお見せしましょう。こっちに来てください」

 首にしがみついたキールをぼくの前まで連れてきた水竜のお爺ちゃんは、そのまま体を小さくしてキールを強制的にぼくの前に立たせた。

 するりとキールの手からすり抜けた水竜のお爺ちゃんはキュアと並んでぼくの頭上を飛んだ。

「ぼくはね、小さいときに子猫を拾い、スライムを父さんからもらって家族になったのです。それから魔法学校に通い使役魔獣の契約をしました。大きくなるといろんな魔獣に出会い仲良くなって一緒に行動しています。キール王子も外の世界に出て、いろいろな魔獣に出会って仲良くなりましょう。そして一緒に魔法を使える契約をして、ずっと一緒に暮らせる使役魔獣になってもらうのです。その為には魔法の勉強が必要なのですよ」

 ぼくがそう話しかけるとキールはみぃちゃんやスライムたちやキュアを見遣りコクリと頷いた。

 握っていた木彫りの猫をキールの前に差し出して言った。

「これはキール王子を誘拐した悪い大人が、他の子どもたちを誘拐するために作った悪い魔法がこもっていた物だったんだよ」

 わるいまほう?と言いながら身を引いたキールに、もう悪い魔法消しちゃったよ、とみんなが声を掛けた。

「悪い思い出を、楽しかった思い出に変えてしまう魔法をかけますよ。いいですか。三、二、一」

 ぼくは両掌で木彫りの猫を包み込むと錬金術で木の形状を変えた。

 細かい鱗まで完全に再現した小さい水竜のお爺ちゃんのフィギュアの頭の上に粒状の魔石を配置して、ぼくのスライムが乗っているかのようにした。

 閉じた掌を開けると現れた水竜のお爺ちゃんのフィギュアを見たキールは満面の笑みを浮かべた。

「スライムものっている!」

「こういう魔法が使えるようになるためにいっぱい勉強しなくてはいけません。キール王子は頑張れますか?」

「はい!がんばります」

 元気よく答えたキールの掌に水竜のお爺ちゃんフィギュアを載せてあげると、キールは飛び上がって喜んだ。

「それじゃあ、夢の世界とさようならするけれど、魔法使いのお兄ちゃんと約束をしたキール王子にご褒美をあげましょう」

 ごほうび、と言って首を傾げるキールに微笑みかけると、ぼくは話を続けた。

「掌をぎゅっと握って目を瞑ります。次に目を開けると大きなお庭に戻りますが、キール王子がお勉強を頑張ると約束したので、夢から覚めても掌の中の水竜は猫に戻らずそのままですよ。これから頑張るキール王子をきっと見守ってくれるでしょう」

 目を閉じたままキールが頷くと、ワイルド上級精霊はぼくたちを領城の裏庭に戻した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ