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小さな猫のフィギュア

 東方連公国の北東の小さな島に生まれたキールは王族というよりは族長の家系の次男として誕生したので、アーロンと同様に王族という自覚もなく村長の次男、という程度の認識で四歳まで田舎の権力者の子どもとして何不自由なく暮らしていた。

 ぼくとケインとウィルとイザークにシロが見せた太陽柱の無数の映像からは、田舎で愛されて伸び伸びと育った幼児が流行りの風邪に寝込んでしまった映像だった。

 小さなキールはどんどん衰弱していきやがて呼吸を止めてしまった。

 嵐で司祭が海を渡ることができず、司祭の到着を待たずに火葬するはずだったところ夜明け前に嵐が収まり朝に司祭が到着した時、キールの亡骸が消えていた。

 亡骸が消えたことでキールの死を認めたくない家族は死亡届を出さなかったので、キールの公式記録が三歳児登録しかなかったのだ。

 おうじ?キール?とキールは王子と言う言葉の意味も知らないかのように困惑した表情で自分に声を掛けた参謀補佐ワイルドを見上げた。

「キール王子殿下。ご静養、つまり、お休みが必要な状態でしょう。お城のお部屋でお休みしましょう」

 セオドアがキールの前に歩き出ると屈んで優しく語り掛けた。

「ぼくはげんきで、おやすみしなくてもだいじょうぶです」

 キールは自分が元気だと証明するかのように両腕を振り回した。

 六歳にしては幼すぎるようなキールの言動にセオドアは目を見開くと、ゆっくりと微笑んだ。

「それなら、おじさんとお茶を飲んでお話しよう。美味しいお菓子があるよ」

 こんな声掛けをするおじさんについて言っちゃ駄目、と教えたくなってしまうような言い方をしたセオドアは、助けてくれ、と言いたげな視線をぼくに向けた。

 どうやら精神年齢が幼いキールにどう対処していいのかわからなくなっているようだ。

「頭を整理する時間が必要なようですね」

 参謀補佐ワイルドがそういった時にはワイルド上級精霊の亜空間にいた。


「ムカついて仕方ない!あの場でよく我慢したと褒めてもらいたい!」

 ワイルド上級精霊の亜空間に招待されるなり真っ白な床に座り込んだセオドアは、息子と同い年の幼児が退行しているかのような言動をしたことを悔しがり膝を叩いた。

 ワイルド上級精霊の亜空間に招待されたのは、ぼくと兄貴とケインとウィルとイザークとセオドアとマルクさんとキールと魔獣たちだった。

 キールは真っ白な亜空間の床を触ってニコニコしている。

 キールからすれば、ワイルド上級精霊の亜空間もさっき自分に起こった衝撃的な出来事の延長線上の出来事だと考えているのだろう。

 キールがどこに監禁されていたのかはわからないが、転移魔法で転移の小屋に転移してすぐに、小屋の中に大量に水が流れ込んできて自分の周りだけ丸く空気が残り、直後に光影の弾丸が炸裂して邪神の欠片を消滅させる光と闇に包まれたのだ。

 転移の小屋に仕掛けられた魔法陣に転移の際使用される魔法の種類を判別する仕掛けだけでなく、転移魔法以外の魔法が使用される気配を察知する仕掛けが施されていた。

 パターン青は、魔法陣を使用した魔法で転移以外の魔法を使用する気配がある、という合言葉だった。

 東方連合国の王子一行は到着するなりこちらを攻撃する意図あり、と騎士団に判断され、迎え入れるこちら側が先に最大限の防御をする作戦が狐と呼ばれた作戦だった。

 扉を開けた騎士は扉を開けるだけの役目で、入り口の両脇にいた騎士たちは風魔法のエアーカーテンで敵の攻撃が小屋の外に出ることを防ぎ、風魔法の発動で仕掛けていた魔術具が発動する仕組みになっており、扉を開けるとすぐ発動しただろう敵の攻撃を移転の小屋に敷かれていた魔法陣の外に出さないための結界を補強する魔術具だった。

 水竜のお爺ちゃんが小屋の中を水浸しにしても中の人が溺れないように人間の周りに空気の大玉を作って酸素がなくなるまでは安全な状態にしていた。

 転移の小屋を水攻めにしたのは敵を溺れさせることが目的ではなく、敵が魔法を使用できないように封じるためだった。

 転移の魔法がパターン緑であったことから魔法陣を使用せず無詠唱魔法で転移してきたことが明らかだったので、到着し次第、光影の剣を発動させてしまうと騎士団員たちも魔術具も魔法が使用できなくなってしまうので、水竜のお爺ちゃんの魔法で出現させた水で邪神の欠片の影響を食い止める作戦だった。

 人間の周りに空気の大玉を作ったのは、敵とはいえ到着するなり拷問にかけるようなことをしないためだったが、同時に、水竜のお爺ちゃんの水から水竜のお爺ちゃんの魔力を邪神の欠片に使用されないように用心する意図もあった。

 ぼくの掌が熱くなったのが全ての準備が整ってからだったので、躊躇なく光影のロケットランチャーをイメージすることができた。

 引き金を引くときに光影の弾丸が着弾した後、邪神の欠片の影響を解消する光と闇が小屋の中の全体に行き渡ることをイメージした。

 イザークのアシストがあったから外すことはないと確信していた。

「白くてきれいなお部屋でしょう」

 ペタペタと床を触るキールにケインが優しく声を掛けた。

「おみずのかべは、ぷにょぷにょしていて、ひかりのはりが、とんできたのにやぶれませんでした」

 唐突に転移の小屋の中の様子を語りだしたキールをぼくたちは凝視した。

「キール王子に光の針が刺さったのですか!」

 大きな声で質問したセオドアをビクッと肩を竦めたキールが見上げた。

「すみません。大きな声を出して驚かせてしまいました。針が刺さって痛かったのではないかと心配したのですよ」

 柔和な笑顔で優しく話しかけたセオドアに笑顔を見せたキールは首を横に振った。

 笑顔も仕草も可愛い!

 亡骸が消えてしまいキールの両親が死亡届を出せなかったのも頷ける。

 こんなに可愛い幼児が死んでしまったなんて認めたくなかったのだろう、いや、死んでなかったのだから正解の行動だった。

「ひかりのはりは、くろいけむりになったから、いたくなかったです」

 光影の針が治癒だけではなく邪神の欠片を消滅させる作用で働いた、ということはキールも邪神の欠片の魔術具を携帯していたということになる。

 この幼さで邪神の欠片の魔術具を携帯していた、ということは適性があったのだろうか?

「おじちゃんたちにキール王子殿下の持ち物を見せてくれませんか?」

 マルクさんもキールが邪神の欠片の魔術具を携帯していたことに気付いたようでキールに尋ねた。

「もちもの?」

 マルクさんの言葉の意味がわからない、と言いたげに首を傾げたキールは、何も持っていない、と掌を開いてひらひらさせた。

「腰につけているポーチの中を見せてください」

 マルクさんが言い直すと、こしのぽーち?と首を傾げたキールはポーチが腰にあることに今気が付いたかのようにハッとしてポーチを見た。

「なにかしなさい、といわれていたのに、くろいけむりがでてきたときに、わすれてしまいました」

 キールはそう言うとポーチの中から木彫りの小さな猫のフィギュアを幾つも取り出した。

 猫のフィギュアの首輪に小さな魔石が付いており、そこに邪神の欠片が埋め込まれていたのかと気付いたぼくたちは青ざめた。

「キッ!……キール王子を利用して子どもたちを誘拐する気でいたのか!」

 大声を出しそうになったセオドアは一旦言葉を飲み込むと、絞り出すような小さな声で吐き捨てるように言った。

「世界中から魔力の多い洗礼式前の子どもたちが集まる機会を狙ったのですね」

 険しい表情でマルクさんが言うと、ぼくたちは頷いた。

「帝都ではすっかり警戒して子どもたちだけで行動しないように大人が目を光らせていますから簡単に誘拐できなくなったからでしょうか?」

「いや、厳戒態勢の辺境伯領城で子どもたちを誘拐できると考えるなんて、犯人は馬鹿ですか?!」

 帝都でガンガイル王国寮生たちが警告を出し、関係者の子どもたちばかりか関係者の知人の子どもたちまで警戒しだしたので、手っ取り早く確実に魔力の多い王族の子どもたちが集まる機会を狙ったのでは、とケインが言うと、イザークが即座に否定した。

「邪神の欠片の魔術具を使用できるから過信したのだろう」

 カイルたちがいなかったら危なかった、とセオドアが呟くとマルクさんも頷いた。

「全裸の逃走犯は小型化した乗っ取りの魔術具を用意していた。到着するなり転移の小屋の周辺を城の護りの結界から外し、出迎えた我々を集団で暗示か何かを掛けて操る気でいたのでしょう。我々が先手を封じましたが、邪神の欠片の魔術具を封じるのはカイルがいなかったら難しかったでしょう」

 帝都魔術具暴発事件の時は五体で一つの魔術具だったものを単体で封じたからできたこ、とだとマルクさんは考えていたようで邪神の欠片の魔術具の警戒心を緩めていなかった。

「キール王子。この木彫りの仔猫を預からせてもらえないかな?」

 キールが床に並べて遊びだした木彫りの猫をセオドアが調査のために貸してくれ、と言うと、キールは自分の方に木彫りの猫を搔き集めて困ったような表情になった。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんがキールの両側に歩み寄ると、二匹揃って小首をかしげてキールを覗き込んだ。

 本物の猫の魅力でキールを落とそうとするみぃちゃんとみゃぁちゃんは、ミャー、ニャー、と鳴きながら前足でキールの膝を突いた。

「かわいい!」

 みぃちゃんとみゃぁちゃんの魅力に落ちたキールは二匹の背中を撫でてにんまりとすると、こっちはいいかな、とすかさずマルクさんが木彫りの猫に手を出しても、いいですよ、と頷いた。

 スライムたちとキュアと水竜のお爺ちゃんもキールを取り囲むとキールは満面の笑顔になった。

 全部で九個あった木彫りの猫を手に取ったぼくたちは矯めつ眇めつ眺めると、ため息が漏れた。

 木彫りの猫の首輪の魔石は米粒ほどの大きさで今までで一番小さな邪神の欠片の魔術具だった。

「こんなに小さな魔石に閉じ込めた極小の邪神の欠片なら小さい子どもでも扱えるということだろうか?」

 首を傾げたセオドアにぼくたちも反対側に首を傾げることしかできなかった。

「キール王子の精神年齢が成長することなく記憶を喪失した状態で保護された、ということはディミトリーのように人格を押し殺していたからかもしれない。通常の幼児なら死に至ってもおかしくないだろう」

 ワイルド上級精霊の言葉にぼくたちは絶句した。

 全裸の逃走犯は失敗したら子どもたちが死んでしまう可能性があってもキール王子に木彫りの仔猫を配らせて生きのこった子を誘拐するつもりだったのだろう。

 ぼくたちは怒りで頭がくらくらした。

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