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祈りの灯

 三つ子たちがお泊り会なので母さんは寮に一泊してから帰ることになっていた。

 仕事こそあるが美肌の湯の大浴場とぼくたちのお勧めの定食で夕食を食堂で堪能する母さんはちょっとした骨休めの時間が持てたようだ。

「辺境伯領城でのお茶会は三つ子ちゃんたちと、不死鳥の貴公子と、王太子殿下ご子息と、うちのエリザベスと、キリシア公国のジョージ王子ですよね」

 鰺フライにかぶりつきながら幼児のお茶会の参加者をウィルが母さんに確認をすると、かなり増えたのです、と母さんは頬を強張らせて首を傾げた。

「マリア姫の従弟で伝説のカテリーナ妃のご子息のヘルムート王子殿下と、休校期間に辺境伯領の魔法学校で初級魔術師の資格を取得しに来たハンスさんと、ムスタッチャ諸島から今年度王都の初級魔法学校に入学されるレナードさんと、来年度洗礼式を迎える東方連合国のキール王子です」

 洗礼式前の子どもたちのお茶会に平民ながら領主並みの魔力を持ち、事実上町を護っているハンスが参加することは高位貴族の子どもたちにハンスのような逸材を疎かにするなと勉強する機会として、辺境伯領主のエドモンドが招待したらしい。

 ムスタッチャ諸島からの留学生を紹介したのはハロハロで、ヘルムート王子はキリシア公国の紹介だった。

 キリシア公国の王族が南の砦を護る子孫の末裔だとカテリーナ妃を推す妖精の証言があったので、東方連合国から王子が参加したいと問い合わせがあると、東西南北の砦を護る一族の末裔が集結することになり、神々のお導きとも考えられる状況だった。

 辺境伯領の文官たちはデイジーの紹介だと考えたようだが、デイジーが東の魔女だと知っている首脳陣たちは警戒しつつも王子を受け入れようと判断したらしい。

 東の魔女がぼくたちを飛び越えてガンガイル王国と関係を持とうとするはずがない、と考えた母さんは、キャロお嬢様の魔術具の調整をお婆に任せず自ら出向くことを志願し、デイジーに直接会って確かめることにしたようだ。

「東方連合国の東北地方の小さな島国にキール王子は存在していますが、三歳児登録はあるのに五歳児登録の記録がない状態でした。辺境伯領にやって来るのがキール王子ご本人かどうかを確認して、辺境伯領で保護することになるだろう」

 ハルトおじさんの説明に、そうでしたか、と母さんが頷いた。

「それでね。デイジー姫も知らない東方連合国の王子について気になることがあるから……」

 ケインが話し始めるとぼくは魔法の杖を振らずに内緒話の結界を張った。

「ぼくとカイル兄さんとジョシュア兄さんとウィル君とで見習い騎士に扮して、ハルトおじさんの護衛になって東方連合国王子が転移してくる時に、魔法陣で囲い込んじゃおう、ということになったんだ」

 簡単なことのように軽くケインが説明すると、光影の剣が必要な状況だと理解した母さんは、ぼくをチラッと見て一瞬目を丸くすると額に左手を当てて高まる感情を遣り過ごした。

 内緒話の結界はぼくと兄貴とケインとウィルとジェイ叔父とハルトおじさんと母さんと寮長しか範囲に入れていないので、結界の外の寮生たちにはあらかじめ用意していた会話が聞こえている。

 母さんには何も言っていなかったが、男子四人で東方連合国の王子を出迎える、とケインが話したのにもかかわらずキャロお嬢様に驚いた様子がなかったことで、状況を察した母さんはリアクションに気を付けたようだ。

「デイジー姫にキール王子の過去を徹底的に調べてもらい、本物の王子様でも偽物の王子様でも辺境伯領で保護してもらった方がいいということになったんだ」

 六歳の男児がどんな理由であれ大人に利用されている状況なのだから保護を最優先にする、とジェイ叔父さんが説明した。

「カイルが立ち会わなくてはならないのは、邪神の欠片の魔術具を使用されている場合を考えると致し方ないでしょうし、行くべきなのは理解できるけれど、どうしてケインとウィリアム君も一緒に行かなくてはならないのでしょうか?」

 光影の剣を出現させられるぼくが現場に立ち会うのは仕方ないがケインやウィルは関係ない、と母さんがハルトおじさんに尋ねると、ハルトおじさんはウィルを見た。

「精霊たちに予見できない東方連合国からの問い合わせがあったということは邪神の欠片を携帯している可能性が高い。そんな相手にどこから洗礼式前の子どもたちのお茶会の話が漏洩したかわからないので、少年の数を増やして光影の剣を複数人で使用しているように見せかける作戦なんだ」

 教会関係者たちには洗礼式前のお茶会の話はしていないので、辺境伯領か王都かはたまた招待客たちの関係者から漏れたのかわからない状態だから、目撃者に光影の剣の出現者を複数人で出現させているかのように誤解させる作戦だ、とハルトおじさんは母さんに説明した。

「秘密組織の逃亡者の中に確実に邪神の欠片を携帯していると思われる人物がいるのに、我々には足取りの手掛かりを辿っても痕跡を掴めない状況だからこそ、連中にカイルの存在を隠し、邪神の欠片を消滅させられる魔法の使い手が複数人いて、どこにでも出没できると誤解させる方がいいのです」

 水竜のお爺ちゃんの夜の散策で成果がないことを引き合いに出し、本当は三つ子たちと妹のお茶会の護衛をしたかった、とは言わなかったウィルを見た母さんは、饒舌なウィルの下心を察したのかウィルを見る目が一瞬和らいだ。

 何もかもお見通しのような母さんの表情にウィルが恥ずかしそうに苦笑した。

「騎士団の皆さんがついているので子どもたちの安全に配慮してくださるとは思いますが、くれぐれも無茶しないでくださいね」

 ぼくたちに釘を刺すように母さんがそう言うとぼくたちは姿勢を正した。

「あくまでぼくたちは見習い騎士として現場に立ち会い、騎士団の後方で作戦を見守るだけです。……」

 ウィルがざっくりと作戦を説明すると、わかりました、と母さんは穏やかに微笑んだ。

 寮長に目で合図を送ると頷いたので、ぼくは内緒話の結界を解いた。

「まあ、それではそのキール王子を受け入れると東西南北の砦を護る子孫たちが集結することになるのですね」

 キャロお嬢様の言葉に、結界の外側では別の会話が行なわれていたことに気付いた母さんは、ちゃんと説明しておいてくれても良かったのに、というかのような恨みがましい視線をぼくに向けたので、そうですね、と相槌を入れた。

 マナさんのように指定範囲内の会話の機密を保ち指定範囲外では日常会話をしていたように見える魔法を当日に向けて練習していたので、失敗したら母さんと寮生たちに同時に説明しようと考えていたのだ。

 内緒話の結界の技術が向上したことで、ぼくたちの辺境伯領での幼児のお茶会の警護に潜入することが寮生たちには内密に決定したのだ。


 上映会の魔術具の準備が済むと宵宮を盛り上げる小道具を孤児院の子どもたちやばあちゃんの家の子どもたちと仕込んだり、巨大フライパンにシーツをたくさん放り込んでオムレツをひっくり返す練習をする寄宿舎生たちに付き合ったりして、当日を迎えることになった。


 オムライス祭りの前夜祭は長く続いた戦争の終結に犠牲になった多くの人々の鎮魂を願い、夕方礼拝の後、教皇が中央教会で鎮魂の儀式を執り行う、という触れ込みで市民の間に認知された。

 当日は朝から寮生たちが広域魔法魔術具を中央広場に設置し、ちょっとした光を出しながら微調整を行なった。

 早朝から中央広場に出店した屋台には提灯が吊るされ、カウンターには行灯が並び、蝋燭を売る屋台が多く出店した。

 鎮魂の儀式に合わせて祈りの灯をともそう、という趣旨は市民たちにも受け入れられ、提灯や行灯や蝋燭が飛ぶように売れていた。

 廃墟の町の白砂を混ぜた不燃紙が使用された提灯は、戦争で犠牲になった人々だけでなく魔力不足で不毛の地となり飢餓で犠牲になった人々の魂が天界の門に還れるように祈る子どもたちが絵をかいた、と売り子が説明すると手に取った市民たちの瞳が潤んだ。

 夕方礼拝の後で行われる鎮魂の儀式で中央広場に人が集まり過ぎないように五つの祠の広場で祈るか、自宅で行灯を灯して祈るように、と屋台の売り子たちが市民たちに声掛けをした。

 祠巡りをする人々が中央広場の祈りの提灯の話を市民たちに広げていったので、中央広場には提灯や行灯を求める人々が殺到した。

 帝都ではすっかり鎮魂の儀式に市民たちもともに祈る雰囲気が出来上がっていた。


 ぼくと兄貴とケインとウィルは、キャロお嬢様や寮生たちと中央広場の屋台の売り子の手伝いをしていた、と誰もが思い込んでいた。

 実際は前日の晩からぼくたちは辺境伯領に転移しており、騎士団の寄宿舎に宿泊していた。

 寮にいたのはぼくたちの身代わり人形で、早朝の祠巡りも早朝礼拝もみぃちゃんのスライムが操る身代わり人形がしていた。

 ケインやウィルは自分たちのスライムが身代わり人形を操り、兄貴に至っては分裂してもう一人のジョシュアを同じ大きさで出現させていた。

 朝食はシロが作り出した幻影でさも人形たちが食べているように見せかけ、実際はキュアがすべて平らげた。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんとキュアは帝都に残り、ぼくたちの身代わり人形がバレないように補佐する役目を果たし、水竜のお爺ちゃんとぼくのスライムが辺境伯領についてきた。

 シロは場面に合わせて交互に転移して全体の状況を把握し、ぼくと兄貴とケインとウィルが辺境伯領での東方連合国の王子を出迎えすることに集中する環境を整えてくれた。

 ワイルド上級精霊は騎士ワイルドになり第一師団長の参謀補佐の地位にいた。

 帝都では教皇の背後に月白さんがいるので、提灯や行灯の火災を心配しなくていいだろう。

 ぼくたちの準備は万端だった。

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