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祭りのまえに

「寮から出なれば問題ないということでご招待いただいたの。三つ子たちはお茶会の練習で領城で合宿している間にキャロお嬢様の魔術具の調節に来たのよ」

 場違いかしら、とハルトおじさんの斜め後ろで恥ずかしそうに様子を窺っていた母さんを寮生たちの多くが洗礼式前にうちに遊びにきていたメンバーだったこともあって大歓迎した。

「キャロお嬢様の実力を信用していなかったわけではないのですが、正義感の強い方なのでガンガイル王国に反感を持つ帝国貴族の嫌味を目の当たりにした時に抑えられるか、とほんの少しだけ心配だったので……」

 自分が不当に扱われるより自分の親しい人を責められるとガツンと反発したくなる姉御肌のキャロお嬢様の性分を心配していたボリスは、母さんがキャロお嬢様の魔力量をコントロールする魔術具を持参していたことに安堵した。

「ピアスホールを開ける作業はジュンナさんにしてもらいますね。少しチクっと痛むけれどジュンナさんがすぐに癒しをかけてくれるから大丈夫ですよ」

 母さんが用意していた魔術具は一対のピアスで、ピアスホールを開けた時の血液でキャロお嬢様の魔力を登録し、感情の揺れから魔力が揺れて膨れ上がるのを抑えるものだった。

「アリサはうちで唯一の女の子だから、どうしてもみんなちょっと甘くなってしまうのか、我の通し方が上手になってしまって、たいがいのことはアリサの希望通りになってしまうので、我慢の練習が足りなかったのです」

 アリサが小首をかしげておねだりすると、つい妥協してしまう父さんが目に浮かんでしまい、母さんが魔術具を制作しようと考えたきっかけに納得した。

「そうはいっても、アリサちゃんは自分の都合で我を押し通すような子じゃないですよね」

 会うたびアリサを愛でるウィルがそう言うと、母さんも頷いた。

「自分のためと言うより、自分たちの利益につながるように誘導しますね。自分が子どもたちに信頼されている立場にあるから、周りの子どもたちもアリサの行動を止めないので、理不尽な状況で激高することがなかったのですよ」

 今まで問題にならなかったアリサの気性が目につくようになったのは、廃墟の町の孤児院の子どもたちと交流を持つようになったことがきっかけだったようだ。

 虐げられていた子どもたちは自己肯定感が低く、アリサが正当な主張をしても伝わらないことに激高して威圧を出してしまったらしい。

「その子は自分の過ちを隠そうとする傾向があって、おねしょのシーツを戸棚にしまい込んでしまったのだけど、アリサは粗相に怒ったのではなくその子におねしょを隠すのではなく原因と向き合おう、と諭したのです。アリサの行動は間違ってはいないけれど、大人の叱責を避けることに神経を使って育ってきた子どもは、どうしても反射的に隠そうとするでしょう?飛竜の里の大人たちも怒らないから、と早起きしたアリサはその子がおねしょを隠す前に先回りして止めたんだけど、その子が聞き入れずアリサを突き飛ばしてしまった時に、アリサが威圧でその子を昏倒させてしまったのです」

 ああ、と話を聞いていたぼくたちは声を漏らした。

 愛されて育ったアリサは大人を信頼しているから、大人に任せて大丈夫だ、とその子に伝えているのに、恐怖に支配されて育ったその子は何度言っても受け入れてくれないことに、アリサは瞬時に激高してしまったのだろう。

「威圧を放つ前に自分が激高してしまう状態になったら怒りすぎだと知らせる魔術具を作ったのです。そうしたら激高した魔力を抑える効果もあったのですよ」

 アリサに感情のコントロールをさせるような魔術具を作ったら、激高した際に体から滲み出る魔力量を抑える魔術具ができたらしい。

 幼い妖精たちがついている三つ子たちの魔力を妖精たちが使い過ぎて魔力枯渇を起こさないように、もう片方のピアスを一度に使用する魔力量を制限する魔術具にして、三つ子たち全員に一対のピアスの魔術具を着用させたらしい。

 三つ子たちのピアスに目をつけた次期辺境伯領主夫人のイザベラは、帝都で王宮内に招待されようとしているキャロルのためにも用意してほしい、と依頼されたらしい。

 談話室の傍らでお婆に施術してもらったキャロお嬢様の両耳の耳たぶに小さな魔石のピアスが輝いた。

「ここに連結したら豪華な飾りも着用できるから場面に合わせて使い分けることができますよ」

 ミーアが持つ鏡でピアスを見たキャロお嬢様はお婆の言葉に嬉しそうに笑い、母さんに礼を言った。

「宵宮の当日が子どもたちのお茶会の日と重なってしまい、ジーンさんが来られないことが残念です」

 三つ子たちとキリシア公国のジョージ皇子とのお茶会は上映会より先に決まっていたので、当日、母さんは見に来ない。

「お茶会の当日、お客様が増えそうなので用心しなければいけないのですよ。宵宮はスライムたちが録画した映像を見るのを楽しみにしていますね」

 母さんはそう言うとオーレンハイム卿夫人の舞台で使用する小道具の魔術具の点検を劇団員たちと始めた。


 ハルトおじさんは寮長室に入国審査官を呼びつけて入国の手続きを済ませ、しばらく滞在することになった。

 ぼくと兄貴とケインとウィルとジェイ叔父はイシマールさんの新作のケーキを男性だけで試食する、という名目でハルトおじさんの入国審査が終わった寮長室に呼ばれた。

 ハルトおじさんはオムライス祭りの前夜祭になる宵宮を見るために寮に滞在するのではなく、キャロお嬢様と第三夫人の面会の調整役をしている王位継承権のない王族の大きいオスカー寮長殿下より地位の高いラインハルト殿下として折衝にあたるために帝都に滞在するのだ。

「アメリア伯母上の甥っ子で、伯母上が帝国に嫁がなければ伯母上が手にしていたはずの地位にいる私が本来なら面会すべきところを、第三夫人の離宮の使用人はすべて女性だと聞いているので私は遠慮して、キャロルに面会を代理してもらうのだよ」

 ガンガイル王国の王位継承権を持つ王族は、王位継承権の順位を入れ替える特別委員会を設立する権利があり、アメリア王女の王位継承権の枠に審議もなく引き継いだハルトおじさんの母代理のような地位がアメリア王女こと第三夫人にあるらしい。

 義母に会えない、と斜め上の主張を王宮側にするのかと思いきや、ハロハロの長男が来年度洗礼式を迎えるにあたって、王位継承権を与えるのはどうか?と相談する大義名分を持ち出して面会を強要しようという作戦に出たのだ。

「ガンガイル王国の王位継承権について帝国が口を挟める口実を与えることになりませんか?」

 イシマールさんの檸檬タルトのレアチーズケーキに舌鼓を打ったウィルが、切るカードが帝国の内政干渉を促すのではないかと指摘した。

「皇太子の長男であっても洗礼式直後で王位継承権を与えられることはガンガイル王国でまずないことだ。アメリア伯母上がどんな回答をしても認められない。これは昨年、蝗害被災地の支援に尽力を尽くしたハロハロの帝国内での評価を探る意図がある。アメリア伯母上に皇位継承権に口出しできる権利があると帝国の上位貴族たちが認識するとどういった反応に出るかを試すだけだ」

 帝国の南西地域で絶大な支持を得たハロハロだが、失脚した第一皇子派の地域を多く含んでいるので、帝国国内全体でのハロハロやハロハロの長男についての評判をガンガイル王国側としては知りたいのだろう。

「ガンガイル王国側としては数年で効果をなくす土壌改良の魔術具の次の販売を止めることもできるから、皇帝陛下が第三夫人との面会を拒否し続けることに反発の声が上がるでしょうね」

 ジェイ叔父が指摘すると、ハルトおじさんは首を横に振った。

「皇帝陛下は古い国の護りの結界を強化することで帝国全体の魔力の安定を図っているらしいから、土壌改良の魔術具の継続購入は考えていないのだろう」

 ハルトおじさんの見立てに兄貴は頷いた。

「国民が豊かに安心して暮らせる国を目指しているわけではないので、国が崩壊しない程度の魔力があればなんとかなる、と考えているのでしょうね」

 豊かな国土に人々が幸せに暮らすことを目指していないから、国土の魔力は支配しやすい程度で十分だと判断しているのだろう。

「我が国とは考え方が違い過ぎて交渉が難しいのですね」

 ウィルが頭を抱えると、ハルトおじさんは頷いた。

「対外的に私が折衝に当たるが、一番効果がありそうなのは女性たちが計画している作戦だろうな。囲い込んでいる愛妻の笑顔のために皇帝陛下がどう行動するかが鍵になるのだろう」

 南方戦線の終結の理由が第三夫人が反戦の舞台に入れ込むのを止めるためだったように、新しい舞台を第三夫人が見たいと熱望したら、一幕を演じられるキャロお嬢様との面会ぐらい認めてくれるかもしれない。

「国土の魔力量がほどほどでよいと考えるような為政者の国がよその国の話でよかった、と思いたいところだけど、その国は隣国が豊かだと攻め入って奪い取る文化の国なのですよねぇ」

 帝国と山一つ隔てたラウンドール公爵領出身のウィルが嘆くと、ハルトおじさんは苦笑した。

「アメリア伯母上がお元気で現皇帝の御代の間は何とかなるが、それ以降が問題だったところを、カイルたちが皇子殿下たちと交流を持ったことで希望が見える状況になった。ありがとう」

 ハルトおじさんは第二皇子を支持する第三皇子の子をガンガイル王国寮で保護したことで、当面のところ帝国がガンガイル王国と敵対する可能性がなくなったことを褒めてくれた。

「上映会の結果がどんな結果になろうと大人たちの責任だから、お前たちは宵宮を楽しみなさい」

 はい、とぼくたちは返事をすると、ハルトおじさんはいい笑顔で、神学生たちが張り切っているオムライス祭りも楽しみだ、と語った。

 ぼくたちはお茶とケーキを楽しみながら祝詞による詠唱魔法の可能性について語りだした。

 神事以外で、いや、オムライス祭りも神事になったが、フライパンを振るために集団で詠唱魔法をするなんて前代未聞なので、ぼくたちはどうなるのかを予測して楽しんだ。


「檸檬ケーキはどこにあるのですか!」

 ぼくたちを探しに来たデイジーの最初の一言を聞いたぼくたちは自分たちのお腹を擦った。

「ああ、試食に間に合わなかったなんて!」

 部屋に入るなり膝をついたデイジーに水竜のお爺ちゃんが自分の食べかけの皿を差し出した。

「ありがとう!水竜のお爺ちゃん!」

 水竜のお爺ちゃんの小さい手でフォークに刺したレアチーズケーキを一口で食べたデイジーはにんまりと笑顔になった後、探しに来た用件を語った。

「ジーンさんからガンガイル王国の幼児のお茶会に東方連合国の島国の王子が参加を希望している話を伺いました。ですが、私はそんな王族に心当たりがないのです!洗礼式前で仮市民登録しかされていなくても、東の魔女なら王族の存在を確認しているものです。現在の東の魔女は頭部の薄いおじさんですが、該当の幼児は三歳児登録はされていてるのに五歳児登録をされていないらしく、その子は死にそうなほど危篤か行方不明になっているかのどちらかです!」

 兄貴やシロに母さんの行動が予測できなかったように、デイジーの精霊も東方連合国の王子の存在が確認できないので現在の東の魔女に問い合わせたということは、その子は邪神の欠片を携帯している可能性がある。

「東方連合国では一つ一つが国というにはあまりに小さい町のような国が無数に存在しています。東の魔女の当番になると、東の砦を護る次世代の族長を育成するためにそれらすべての国々の子どもたちの中から優秀な子どもを探して教育します。私はディミトリー王子の失踪に伴い東の魔女を降りましたが情報は入手しています。ガンガイル王国に入国しようとしている幼児が本物の王子か見分けることができますが……」

 ディミトリーの行方を捜索する際にしくじって皇帝の手先になり、ガンガイル王国の王家に干渉した経緯のあるデイジーはガンガイル王国に入国することは認められない。

「宵宮の準備は万端なので、その東方連合国の王子が入国する時に、ぼくが見習い騎士のふりをしてハルトおじさんの護衛に入りましょうか?デイジー姫には亜空間からその様子を確認してもらうのはどうでしょう?」

 水竜のお爺ちゃんの夜の探索に引っ掛からない秘密組織の逃亡者が東方連合国の王子を連れてガンガイル王国に入国しようとしているなんて、王子の保護と逃亡者の確保を一緒にできる千載一遇のチャンスだ、と主張すると、ハルトおじさんは渋い表情になった。

「さっき、大人たちに任せて宵宮を楽しめ、と言ったばかりなんだぞ!」

 ハルトおじさんはそう言って頭を抱えた。

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