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ケーキビュッフェ!

 飾り立てたぼくたちを連れて歩きたいオーレンハイム卿夫人の希望もあり、劇場街の大通りの手前でアリスの馬車を下車したぼくたちが大通りを歩くとすれ違う市民たちの視線がぼくたちの頭部に集中した。

「これだけ多くの子どもたちが二色の髪色をしていたら、ただ新しい流行の髪形をしているだけですね」

 オーレンハイム卿夫人の言葉に職員リリアナが頷いた。

「黒系は明るい色が映えていいわね。次の舞台の主人公の衣装はドレスの差し色に合わせてエクステをするのもいいわね」

 オーレンハイム卿夫人はぼくたちの地毛を生かした色の組み合わせを褒めながら次の舞台の衣装に思いを馳せていた。

 大通りから隠れた場所にあるイシマールさんのカフェの入り口には『本日貸し切り』と看板に書かれていた。

 カランカランと扉のベルを鳴らすと、おかえりなさい!ようこそ帝都に!とウエイトレスの三人娘だけでなく大勢の人の声が聞こえた。

 ガンガイル王国寮の新入生たちを歓迎する会をオーレンハイム卿夫妻はサプライズで計画していたようでケーキビュッフェが用意されていた。

 ばあちゃんの家の子どもたちやガンガイル王国の関連施設で働く人たちや東方連合国寮の生徒たちも来ており、美味しいケーキを味わいながら新入生やアドニスやマテルを紹介する場になった。

「慎重に行動するようにと忠告した寮長がその場のノリで、行っておいで、と言い出した時点で何かあるかな?と脳裏をよぎったのですけれど、こんな大歓迎を受けるとは思ってもいませんでした」

 一口サイズの美味しいケーキをたくさん用意してくれていたイシマールさんにキャロルが感謝の言葉を述べると、頷くアドニスの後ろで職員リリアナが涙ぐんでいた。

 オーレンハイム卿夫人の観劇仲間やオーレンハイム卿夫人お抱え脚本家のノーラを紹介された職員リリアナは打ち切りになった推しの舞台の話題に夢中になった。

 ノーラはアドニスが保護していた偽セシルの状況に近かったことに心を打たれ、脚色するから新作のモデルにしたい、と職員リリアに詰め寄っていた。

「魔力の多い子どもたちを誘拐する闇依頼が出されているのですから、啓蒙を兼ねて舞台化すべき案件ですわね」

 この悲劇を、皇族であることを隠すように脚色して世に知らしめるべきだ!とオーレンハイム卿夫人は主張した。

 舞台化するにしてもアドニスの人生があまりに過酷だということで、キャロルの要素を足し、救出後は諸国漫遊をして回る冒険活劇が提案されると、新入生一行はご婦人方に旅の思い出話を聞きだされていた。

「今年の旅もいろいろあったようだね」

 ケーキビュッフェを珍しそうに眺める水竜のお爺ちゃんを見遣って、一匹増えたな、とイシマールさんが苦笑した。

「キュア程の大食いではないので、食べつくしたりしませんよ」

 水竜のお爺ちゃんの説明をイシマールさんやオーレンハイム卿にしていると、加減して食べるもん、と言いたげにデイジーが上目遣いでぼくたちを見た。

「お土産の用意があるから、ご婦人方の話し相手になってくれるかな?」

 後でホールごとケーキを渡す、とオーレンハイム卿がデイジーに約束すると、デイジーは満面の笑みでご婦人たちの席に行った。

 ぼくとウィルは塩湖や廃墟の町や大聖堂島で初級魔導士になった話をオーレンハイム卿やイシマールさんにした。

「本当に色々あったんだね!しかし、祝詞の魔法は興味深い。作戦通り行動する場合は用意してある魔法陣に魔力を流すだけの方が確実だと考えるものだが、詠唱魔法がそもそも一般的でないから実際のところ比較のしようがなかっただけなんだよなぁ」

 騎士団の花形だった元飛竜騎士のイシマールさんは上級魔導士と組んで仕事をしたことがなかったようで、詠唱魔法の利点を全く知らなかった。

「そういえば、カイルが今年の競技会に参加しないと宣言したことは、詠唱魔法が関係しているのかい?」

 滑空場での焼肉パーティーでぽろっとこぼしたぼくの言葉を、オーレンハイム卿はすでに知っていた。

 カイル君が競技会に出ない!と舞台の話に夢中になっていたご婦人方の方からも悲鳴のようなどよめきの声が上がった。

「神学の勉強を優先したいと考えていますが、まだ出場しないと決めたわけではありませんよ」

 ぼくの言葉に、まだ決めていないのね、と安堵の声があちこちから上がった。

 もしかして、もう今年の競技会の賭けをしている人がいるのだろうか?

「ああ、やはりそうか。魔法学校の教員から、どういうことだ?と質問があったんだが、まだカイルに会っていないと、言葉を濁しておいたよ」

 オーレンハイム卿の説明によると、ガンガイル王国留学生一行とぼくたちに合流した諸国の留学生たちが神学を学ぶ誓約をして初級魔導士の試験に合格した、という話がぼくたちの帰途より先に魔法学校に伝わっており、魔法学校でも魔法陣使用の魔法と詠唱魔法の組み合わせの研究を魔法学校でもするべきだ、という議論が教職員の間で持ち上がっているらしい。

「国に所属しない教会組織は軍属学校に魔導士の派遣はしないと、されているが、各国の留学生を受け入れている魔法学校なら上級魔導士を派遣してくれるのではないか?と色めきだっているらしい」

 オーレンハイム卿の話を聞いたぼくとウィルは、それは難しいだろう、と顔を見合わせた。

「教会は綱紀粛正を一斉に行ったため人員不足になっていますよ」

「第二皇子殿下の発案の神学校設立で人員を割かれるでしょうから難しいでしょうね」

 無理な理由を具体的に言うと、まあそうだよな、とオーレンハイム卿とイシマールさんが頷いた。

「それはそうと、ジェイさんがいないのはどうかしたのかい?」

 話題を変えようとジェイ叔父の所在をイシマールさんが尋ねると、昨晩、ハルトおじさんが寮に来て寮長室で酒盛りをしていたけどその後は知らないな、とぼくとウィルは顔を見合わせたが、ハルトおじさんが寮にいたことは内緒だから口に出せなかった。

「そうだ、イシマールは国に奥さんを残してきているんだったな。こっちは弟子たちに任せて一時帰国したらどうだい?」

「そうですね。弟子たちも腕をあげてきたので任せても大丈夫でしょう」

 不在のジェイ叔父が転移魔法で一時帰国して辺境伯領で神学を学ぶ誓約をしているのでは?と気付いたオーレンハイム卿とイシマールさんは小芝居を始めた。

「そんな!帰国を検討しているなんて、残念です!」

 イシマールさんのお菓子のファンのご婦人たちが耳聡く聞きつけて嘆くと、妻に会いたくなりました、と照れ臭そうにイシマールさんは笑った。

「帰国する留学生一行に同行されるのですか?」

「転移魔法の費用は惜しみなく出しますから、すぐに戻ってこられますよ」

 スポンサーらしく太っ腹な回答をオーレンハイム卿がすると、ご婦人方は胸をなでおろした。

「戦争が終結して食材の入手や物流が滞らなくなったのですから、イシマールさんの新作のお菓子を楽しみにしているのです」

 オホホホホ、と微笑んだご婦人の手にはイシマールさんの新作ケーキのティラミスをたくさん盛った皿があった。

 帝都に様々な乳製品が流通するようになり、ぼくが食べたいケーキリストにあげていたレアチーズケーキの各種にイシマールさんは挑戦しているようだった。

「国に帰って、またいろいろな食材を試してみます」

 一時帰国することでアイデアが増えるとイシマールさんが強調すると、ご婦人方は笑顔になった。

「アメリア大叔母様に召し上がっていただきたかったのに、ぼくと入れ替わりで帰国してしまうのですか?」

 芝居がかったやや大きめの声でキャロルが嘆くと、イシマールさんはキャロルに恭しく一礼して言った。

「第三夫人に献上するケーキは専用の保存の魔術具に用意してございます……ですが……」

 皇帝陛下の許可が下りるのを待つだけです、と小声でイシマールさんが続けたので、ガンガイル王国の秘蔵の姫と第三夫人の面会許可が下りていない事実をオーレンハイム卿夫人のご友人たちにさり気なく暴露することになった。

「おばあ様はアメリア大叔母様の花嫁姿を絵姿でもいいので見たかった、と常々おっしゃっていました。お年を召されたアメリア大叔母様にお会いできたら、おばあ様の思いを直接お話しできますのに……」

 芝居好きのご婦人たちが戦争終結に一役買ったように、キャロお嬢様と第三夫人の面会日の決定を促す動きに繋がれば、と考えたキャロルが、思い悩む美少年の憂鬱さを醸し出すように微かに眉を寄せた。

 ご婦人たちは痛ましそうにキャロルを見て溜息をついた。

 新入生歓迎会はこうしてそれぞれの思惑をはらみ情報交換と情報操作の場になっていた。


 寮を不在にしていたジェイ叔父はハルトおじさんと一時帰国して辺境伯領で初級魔導士試験に向けて猛勉強をしていた。

 そこにオーレンハイム卿とイシマールさんも加わり、ぼくたちに負けじと発酵の神の祝詞を猛特訓したらしい。

 大人たちが奮闘する間、緑の一族のキャラバンが帝都のガンガイル王国寮に立ち寄り、クリスたちとマテルは美女たちと共に南方地域に旅立っていった。

 ぼくたちは中央教会の図書室への入室を許され、寄宿舎の神学生たちと共に聖典を読み込み研究に精を出した。

 日課の祠巡りに加えて試験農場や神学の勉強と忙しく過ごしていたぼくたちは、キャロお嬢様と第三夫人の面会日がなかなか決まらないことにやきもきしていた。

 水竜のお爺ちゃんとぼくのスライムは、皇帝が国の護りの結界の手直しをしている間、面会を引き延ばしているのではないか、と勘繰っていた。

「自分が広範囲に魔力を使わなければいけない状況の時に、最愛の第三夫人の離宮内に関係者以外入れたくないんじゃないかなぁ」

 皇帝の異常な執着ぶりを考えるとあり得ることだ、と談話室に居合わせた誰もが考えた。

「入学式の前にお会いしたかったわ」

 キャロお嬢様がテーブルに突っ伏して嘆くと、水竜のお爺ちゃんが眉間に皺を寄せた。

 “……旧帝都の護りの結界はほどなくして仕上がるだろうけれど、まだいくつか補強しなければいけない場所があるんだよな”

 帝国の地図を広げて水竜のお爺ちゃんが指摘すると、これではいつ面会できるか見通しが立たない、とぼくたちは嘆いた。

「ノーラが新しい舞台の脚本の草稿を仕上げたので、オーレンハイム卿夫人が毎日お手紙を書いているようだけど、返事はあったの?」

 みぃちゃんがキャロお嬢様に尋ねると、キャロお嬢様の頬が引きつった。

「直筆のお手紙はいただけなくなっているの。……とある特別な連絡手段で接触できているけれど、どうにもオーレンハイム卿夫人のご友人方の作戦が裏目に出てかえって警戒されてしまったようですね」

 ガンガイル王国の姫君が大叔母である第三夫人に会いたがっている、という噂を流してくれたのだが、帝国に嫁いで王宮内に入って以来公の場に出たことのない第三夫人が、離宮から出るのか、厳選された使用人以外は立ち入れない離宮にガンガイル王国の姫が入るのか、ということに注目が集まってしまうと、今までできていた手紙の交換でさえできなくなっていたのだ。

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