お洒落番長!
「まあ、当面の間、寮生たちは個人行動を避けて、平民から魔法学校に進学が決まった子どもたちにも声掛けをしてあげるように」
寮長は重ねて寮生たちに注意喚起した。
祠巡りの流行で早くも洗礼式で鐘を鳴らした平民の子どもたちがいたし、商会で働く三人娘たちも初級魔法学校の入学条件まで魔力量を増やすことができたので入学許可が下りたようだ。
今年度の魔法学校の新入生は多様性に富んでいるらしい。
「初級魔法学校に成人女性がいると、ちょっとホッとします」
中級魔法学校入学の年齢に初級魔法学校に入学するアドニスが安堵したように言うと、すぐに中級上級に上がれるだけの基礎知識がある、とデイジーは太鼓判を押した。
「初級魔法学校の基礎魔法は初級魔導士として魔法を自在に行使できるアドニスさんには難なく合格できるでしょうが、第三皇子夫妻の隠し子と噂だけが先行してしまっていると授業の選択が厄介ですね」
入寮初日に動向を探りに来る不審者が大勢いるのに、魔法学校に入学したら大変なことになりそうだとマリアが危惧した。
「初回の授業で全て合格してしまえばいいだけですわ。成人で入学するココとヴィヴィとネネたちは魔力量なら最優秀クラスに所属できるはずだから、初回の授業で合格すれば全員で中級魔法学校にすぐに編入できるはずです!」
一年間、熱心に祠巡りや魔術具に魔力供給を続け魔力量を増やし続けた三人娘たちは洗礼式直後の貴族の子どもたちより魔力量が多くなった、とデイジーがお墨付きを出した。
祠巡りのポイント増加率を調べているのでデイジーの発言の裏が取れているので在校生たちも頷いた。
「フフ。成人済みの平民の女性たちを護衛代わりにするのですか。お守りをたくさん持たせておけば面白そうですね」
貴族の子どもたちが身元を隠すアドニスに偉そうに接してきても三人の美女がそばにいたら大人しくなるだろう、とウィルは見ている。
「初級魔法学校の新入生たちはまだ理解していないだろうけれど、在校生たちは三人娘のお姉さんたちを敵に回そうとは考えないだろうね。学校の食堂より美味しいお弁当を売ってもらえなくなると困るのは自分たちだからね」
魔法学校には実社会とは違う不文律がある、とボリスが言うと在校生たちは爆笑した。
「今日はリリアナさんがいらしてから、イシマールさんのカフェに行きませんか?」
アドニスに三人娘を紹介したいとマリアが提案すると、女の子たちが賛成した。
道中の移動に気を付けたらイシマールさんのカフェなら心配ない、と寮長も外出許可をすぐに出した。
男装に慣れてしまったキャロルは魔法学校入学の日まで自分が髪色を半分染めて誰がアドニスかわからなくしてしまえば面白そうだ、と提案するとミロも髪を二色に染めたいと言い出した。
悪ノリした女子たちがアドニスを無理なく隠す方法を検討し始めると、キャロルの護衛を担当することになるボリスたちが、みんなで目立てば護衛しやすい、と言い出した。
うろちょろしても遠目からわかる目印にでもするつもりなのだろうか?
こうして、ガンガイル王国の女子寮では髪を二色に染めることが大流行してしまうのだった。
朝食後、談話室に集まったキャロルやミロは男装のまま髪色を変え伊達メガネをかけていた。そこにサングラスをかけたアドニスが混ざってもまったく違和感がなかった。
ガンガイル王国の魔法学校の制服で統一された三人の男装女子がマリアやデイジーをエスコートすると人数が合わない、ということでキャロルがケインを凝視した。
「ちょっと待った!在校生の女子寮生から一人お供を選べばいいじゃないか!」
キャロルがまだ何も言っていないのに、女装をして付き合ってくれ、という無言の圧力を感じたケインが立ちあがり拳を握って熱弁すると、キャロルのスライムがケインのテーブルの上にスライディングしてくるなり、土下座の姿勢を取った。
「ケインは地毛の濃紺の髪色をベースにして、こめかみのあたりから銀色に染めるとカッコよさそうだね」
本人の希望を全く聞かずに、自分は金髪にすみれ色を混ぜた髪色にしたキャロルは、ウィッグではなくエクステにしようか、とミロと相談している。
「女装するかどうかはともかくとして、イシマールさんのカフェは、一度は行ってみたいと誰もが憧れる帝都で人気のカフェだよ」
席を確保できる機会があるなら行ってみるべきだ、とウィルが勧めると、行ってみたい、とケインもカフェに行くこと自体は賛成した。
「男女の人数が合わなくてもいいじゃありませんか、開店してすぐの時間帯にみんなで押し掛けて貸し切り状態にしてしまう方が警備上の都合もいいでしょう?」
デイジーの提案にボリスが頷いた。
寮に残ってジェイ叔父さんの研究室に押し掛けるつもりだったぼくも参加するのが当然かのように、何色のエクステをつけるか、とキャロルたちに囁かれていた。
キャロルたちの髪色がどうなるのか見てみたかった好奇心で談話室に寄ってしまったことを後悔するも遅し、という状態で、机の上に色とりどりのエクステを並べられてしまうと、スライムたちまで楽しそうに選び始めている。
伊達メガネやサングラスもいろいろな形や色が用意され、エクステの色に合わせて自分たちの鞄の色も変えてくれ、とみぃちゃんとキュアが要求しだした。
とてもじゃないが、行かないなんて言い出せる雰囲気ではなくなっていた。
ウィルはピンク色の三つ編みのエクステをつけられてピンクの大きなサングラスを掛けさせられている!
「まあ、素敵ですね。こんな楽しそうなことをしているのでしたら、私もレースの小物を持参しましたのに!」
オーレンハイム卿夫人が職員リリアナを連れて談話室にやって来ると色とりどりのカナリアのように飾り立てられたぼくたちを見て、レースやリボンがあればよかった、と言い出した。
そこまでしたら女装になってしまう。
「観劇に行く時はまた違った装いにしようかと考えていますから、その時にしましょう!」
キャロルが楽しそうにオーレンハイム卿に提案すると、次は本格的な女装をさせられそうだ、とケインがぼやいた。
兄貴が遠い目をして頷いている。おそらくケインはお洒落番長キャロルの手に押し切られてしまうのだろう。
帰国の打ち合わせがあるということで寮に残ることを主張したクリスたち最上級生以外のみんながエクステをつけている時点で、キャロルが入寮した女子たちの押しの強さが証明されている。
「女子寮を覗いたヘンタイたちが塀に磔にされているのを見て心配になりましたが、寮の皆さんがこんなにアドニスを気遣ってくださるなんて感激で、胸がいっぱいです」
ハンカチで目頭を押さえた職員リリアナの言葉を聞いた寮長は、何人磔にされていましたか?とオーレンハイム卿夫人に質問した。
「六人、いえ、七人でしたかしら?」
「七人でしたら、半数は闇依頼を受けようとした冒険者たちで、公安に引き渡したことになるのか」
ヘンタイたちは倍の人数だったが、魔力量の多い子どもたちを誘拐しようとする闇依頼を引き受けた冒険者たちの疑惑がある者を公安に引き渡した、と寮長が説明した。
それを聞いたオーレンハイム卿夫人は何か閃いたのか瞳を輝かせた。
「闇依頼ですか。花街の若い衆に探らせてみましょう。ガンガイル王国寮に手を出そうとする不届き者を必ず炙りだしてやりますわ」
指を鳴らすかのように手を揉んだオーレンハイム卿夫人に職員シシリアが逞しい姉御を見るような視線を向けた。
「人身売買はあってはならないのですが、花街の女の子たちは違法すれすれの手段で集められることがままありますの。脱法に詳しい人物は自分たちよりあくどい人間を探すのが上手です」
蛇の道は蛇に任せる、とオーレンハイム卿夫人が言うと従者ワイルドが頷いた。
教会関係者では捜索できない範囲はその道に詳しい人物に任せるのが正解なのだろう。
“……ご主人様。商会関係者の方々が海老の養殖の事業に関わっている元チンピラに声を掛けてくださっています。教会都市での魚の養殖事業を開始する関係もあり、彼らの一部を教会都市に招待したところ後ろ暗い商売をする連中とも交渉できるようになり、その情報網はすでに教会都市まで伸びています。この件の調査を任せても成果を期待できる状況です”
子どもを狙う悪質な犯罪者たちを大人たちが徐々に追い詰めてくれているのが頼もしい。
“……街に繰り出して遊んでおいでよ。ガンガイル王国の職員宿舎の敷地の新しい精霊神の像もカッコよかったぞ”
久しぶりの帝都を楽しんできたらいい、と水竜のお爺ちゃんに精霊言語で言われると、ぼくは自分で思っていた以上に肩に力が入っていたことに気付いた。
秘密組織の逃亡者たちは確実に追い詰められているし、帝国の不毛の地も皇帝が何とかしようとしている。
まあ、そもそもぼくが帝国の魔力を整える必要はないのだ。
世界が崩壊の一途をたどっているわけではなく、良い兆しが見え始めているのだから、留学生活を楽しもう!
そうだそうだ、とスライムたちとみぃちゃんとキュアが頷いた。
「……無様ですね」
アリスの馬車で出かけたぼくたちは寮の塀に張り付けられている五人の冒険者たちを一瞥して繁華街に出かけた。
「彼らはいつ解放されるのですか?」
「身元保証人が来て寮長に謝罪し、スライムたちが本人の反省を認められたら解放されるようですよ」
二人ほど身内が引き取りに来た、とウィルがオーレンハイム卿夫人に説明していると、血相を変えて馬を走らせる冒険者ギルドの所長が寮に向かっているのが車窓から見えた。
「ギルド長は大変ですね」
「今頃来るなんて、情報収集が遅いですね」
「いえ、判断が遅かったのでしょう」
散々ないいように言われているが、冒険者の不祥事をギルド長が直々に謝罪しに来るということは、ガンガイル王国の権威を帝都に知らしめることに他ならないのに、ぼくたちは甘く考えて笑い話にしていた。




