皇族の行方
「いくら最近は夜間に瘴気が湧く報告が減ったとはいえ、日没後に出歩くのはお勧めできない。お前たちはガンガイル王国寮生たちの使役魔獣である鼠や猫たちが不審に思うほどガンガイル寮前の道路で立ち止まったうえ、そんな連中が十四人もいたら、威嚇の一つや二つを受けても文句は言えないだろうね」
弁護のしようがないよ、と憲兵に言われると磔にされている冒険者たちが顔をそむけた。
「素直に謝って、使役魔獣に手足の拘束を解いてもらえばいい」
公安の仕事じゃない、と拘束しているのが寮生のスライムだとみるだけでわかっていた憲兵たちが、スライムたちに許しを乞え、と促した。
「ちょっと考えればわかることじゃないか、お前たちの娘の部屋が見える場所におっさんたちがたむろしていたら、有無を言わさず拘束するだろう?あっ!嫁も子どももいないから冒険者家業をしているんだよな。この例えは悪かったな」
ハハハハハ、と憲兵が冒険者たちの心を抉る毒のある言葉を言ったので、私刑が一番怖い、と思いつつもスライムたちの気が済むまで冒険者たちを磔にしておくことにして寮に帰った。
“……本日の不審者たちへの尋問から明らかになったことを発表するぞ!”
水竜のお爺ちゃんが朝食の食堂で小さい拳を振り上げながら精霊言語で寮生たちを煽ると、ノリのいい寮生たちが、待ってました!と声をあげた。
“……発表すべきことは大きく分けて二つで、偶々、アーロンやマリア姫やデイジー姫がいるから丁度良かった”
水竜のお爺ちゃんは早朝礼拝で合流したデイジーたちがそのまま食堂にいることを喜んだ。
“……まどろっこしいのは嫌いだから結論から言うと、第三皇子の隠し子に関する情報収集の依頼とそれに便乗するようにガンガイル寮や留学生たちの下宿先から魔力量の多い魔法学校生を誘拐するという、闇依頼が冒険者たちの裏社会で出回っているらしいぞ!”
この期に及んで秘密組織の残党が魔力の多い子どもをまだ誘拐しようとしていることに、ぼくたちは眉を顰めた。
“……具体的に名前が挙げられていたのはカイル、ウィリアム、デイジー、アーロン、マリア、と競技会の決勝戦で名が売れた面々に見えるが、キャロラインやケインの名前がないということは教皇猊下による一斉摘発のあと逃亡している連中にはガンガイル王国留学生一行の情報がないから、とも考えられる”
水竜のお爺ちゃんが尋問から得た情報を公開すると、その面々を襲ったら返り討ちに合うだけだろう、と寮生たちは囁き合った。
「今名前が挙がった生徒たちだけでなく、魔力の多い子どもを攫えば報酬額が上がるらしいので、みんなも注意してほしい。祠巡りをする子どもたちも狙われるだろうから貸衣装屋に忠告を出した」
貸し出した祠巡りの衣装を借りた本人以外が返却に来た場合は、公安に通報し子どもの所在を確認するように、と寮長は貸衣装屋に忠告したようだ。
「城壁でも子どもの出入りに注目してくれるように公安に依頼したので、寮生たちが農場や実習で帝都を出る場合は必ず寮監に届け出て許可証を携帯するように」
他人事ではない、と寮長に釘を刺された寮生たちは、はい、と気を引き締めた返答をした。
「現在塀に磔にされている冒険者たちの身元調査を公安がしてくれているので、誘拐の依頼を受けようとしていた者は、嫌疑がわかり次第公安に引き渡すことになるので、それまで晒しておこう」
“……アドニスの情報を探ろうとしていただけの連中もいるが、迷惑行為をした代償としてそのまま晒しておこう”
水竜のお爺ちゃんは冒険者たちをヘンタイとして十把一括りに扱うようだ。
「新入生が到着して最上級生が帰国するタイミングで魔法学校生の誘拐するような闇依頼が出ていることを魔法学校にも通告する。デイジー姫も東方連合国留学生たちに注意を呼び掛けてください」
寮長の言葉にデイジーは頷いた。
「クリスたちの帰国には緑の一族縁のキャラバンが同行してくれることになった。先行しているマナさんと合流するまでマテル君も一緒に行きましょう」
寮長は続けてクリスたちの帰国の予定を話し始めた。
クリスたちは戦争が終結した南方地域を美女たちと一緒に視察してから帰国する運びになった。
「おや、小さいオスカー殿下はもう帝都を出発されましたね。きちんと護衛が付いていればいいのですが……」
マテルは大聖堂島で共に神学を勉強した小さいオスカー殿下がまた旅に出たことを心配した。
“……マテルは皇族の位置がわかるんだったよな。目的地までの移動に不審な点があればそれもわかるのかい?”
小さいオスカー殿下が所要街道から逸れたらわかるのか?とマテルに聞くとマテルは首を横に振った。
「距離が離れてしまうと皇族のいる方角くらいしかわからなくなります。街道から外れた程度では気が付かないでしょうね」
そうか、と精霊言語で言った水竜のお爺ちゃんは眉間の皺を深くしたままだった。
「誰が帝都にいないか個人別に皇族を見分けられる?」
ぼくのスライムがマテルに聞くとマテルも眉を寄せた。
「会ったことがある人物なら確実にわかるんだけど、皇族はたくさんいますからわかりませんね。話に聞くだけで、この人かな?と推測できる人物もいますね」
小さいオスカー殿下と第三皇子の気配は確実にわかるし、たぶんそうだろう、というところでは第五皇子と小さいオスカー殿下が片思いしている側近がいる皇女殿下らしき気配なら、うっすらと判別できるらしい。
「皇帝陛下の魔力とかはわからないの?」
ぼくのスライムの質問を聞いたマテルは硬直したまま動かなくなった。
“……そんなに緊張しないでおくれよ。ちょっと気になっただけで、皇帝陛下がどこにいるかを聞きたかったわけじゃない”
「そうよ。あたいとお爺ちゃんは、皇帝陛下が今、帝都にいないのじゃないかと推測しているのよ」
ぼくのスライムと水竜のお爺ちゃんは顔を見合わせて頷くと、寮長が首を横に振った。
「皇帝陛下はお住いの宮廷を離れていない。昨日、第三夫人の離宮に手紙を届けに行ったが、皇帝陛下のお渡りの時間が近いと私は追い返され……転移魔法か!」
帝国の国家元首に帝国内で転移魔法の使用制限があるとは思えないのでどこにでも行き放題だろう、と寮長も気付いた。
「……皇帝陛下が帝都にいるともいないとも言える状態だったので、ぼくも何とも言いようがなかったのです」
固まっていたマテルは寮長の話を聞いて、魔法を使用すれば何らかの手段があったのだろうと推測した。
人形遣いの魔法なら本人と同一の魔力が二つの場所に存在することが可能だし、本人の魔力だけ溜めておく魔術具ならイザークのように魔力奉納の義務を果たしながら旅をすることだってできる。
マテルはぼくとぼくのスライムを見比べてから、みぃちゃんとみぃちゃんのスライムを順番に見ると溜息をついた。
「……魔力の違いをそんなに見分けられないかもしれない」
自信を無くしたマテルに、身代わりを置く手段はたくさんある!とぼくたちは慰めた。
「それにしても、なんで皇帝陛下が帝都にいないと推測したんだい?」
ぼくのスライムと水竜のお爺ちゃんに寮長が尋ねると、二匹は力強く頷いた。
“「古い結界が動いているの!」”
真夜中に旧祠跡地を散策しに言った二匹は、魔術具暴発事件以来、市民たちがほとんど魔力奉納していない旧祠跡地で魔力を流してみたところ、帝国の護りの結界と連動していたこと気付いて驚いたらしい。
“それがな、帝都の護りの魔法陣とは連動していないのに、帝国全体の護りの魔法陣に繋がっているなんておかしいだろう?どこで繋がっているのかを探索したら、旧帝都あたりが怪しかったんだ”
「あそこは教会も手入れされていないから転移する泉が埋まっているのか転移できなかったのよ。別の方法で見に行かなくちゃ、と考えていたら、ヘンタイたちが寮の周りにたくさんいるので、すっかりそっちに気を取られてしまったのよ」
探索を諦めて帰寮した理由をぼくのスライムが語ると、砂鼠やみぃちゃんとみゃぁちゃんやスライムたちの戦いを見るのが楽しくて忘れていた、と水竜のお爺ちゃんが本音を漏らした。
“……白砂に還るほど荒廃した土地に結界を張れる人物はそういないはずだし、まして国を護る結界にそれを繋げるなんて、皇族にしかできないだろう。カイルのスライムは皇子たちにそこまでの能力がない、と主張するから、消去法で皇帝陛下が現地に行っているのではないかと推測したんだ”
現在進行形か!とぼくたちは水竜のお爺ちゃんに注目すると、水竜のお爺ちゃんはぼくのスライムを見て、そうだよな、と頷いた。
「結界を張っている最中で、まだ完成していなかったんだよね。身代わりがそんな高度な結界を張るとも思えないから、本人が直接行っていると思うよ」
真夜中なら宮殿にいるのが身代わりでもバレにくいだろうから、十分あり得る。
お茶のワゴンを押している従者ワイルドが頷くと、兄貴も確認するかのように遠い目をしてから頷いた。
寮長は額を拳でトントンと叩くと何か言おうとした言葉を飲み込んだ。
「皇帝陛下の魔力量を推測するような発言をするけれど、一般論であって陛下のことではありませんよ……」
言い訳がましい前置きをしてデイジーが語り出した。
「土地が白砂化するほど魔力が枯渇した状態で護りの魔法陣を張るのなら季節一つ分かかることもあり得るでしょうね」
魔術具暴発事件直後あたりから皇帝が結界に手を入れ始めたのではないか、とデイジーは仄めかした。
「護りの結界を強化するのなら現在使用している結界に手を入れた方が楽じゃないですか?」
キャロルの疑問に大きいオスカー寮長は、ちょっと難しい話になる、と言葉を濁した。
「……帝国内の派閥が瓦解した状況で護りの結界に着手した土地を、皇帝陛下がご贔屓にする土地、という穿った見方をされてしまうから、旧結界の方に手を入れたのだろう」
寮長が言葉を選ぶように慎重に話すとクレメント氏から殺気だった気配が一瞬だけした。
「私の話も一般論として聞いていただきたいのですが、白砂に還った土地に結界を張るという作業をしている間は、帝都の魔力奉納にも支障をきたしますよね。その状況で貴族の子弟を誘拐する闇依頼があるのは偶々なのでしょうか?」
秘密組織の逃走犯たちが皇帝の不在がちになっている状況を利用しようとしているのでは、とキャロルが危惧すると、寮長は首を横に振った。
「帝都の護りの結界は、公に出てこなくなった皇族が四六時中魔力奉納をしているから、ある意味問題ないはずだよ」
どのように四六時中魔力供給をしているのだろう、という疑問は聞かない方がいい、と察したぼくたちは口を噤んだ。




