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つなぐもの、つながれたもの

「ごちゃ混ぜに聞こえてくるものを、聞かないようにできるのか?」

「できるだけ意識をしないように気をつけておれば、気にならなくなるのものじゃ」

 ぼくは最初からそんなもの全く聞こえなかったぞ。

「練習しようにも、聞こえないものを聞かないようにするのは無理じゃろう」

 そもそも、ぼくは精霊の声を聞こうとしていないからかな?

 ここはマナさんの精霊のつくりだした亜空間だ。

 ぼくを暗闇に閉じ込めた犯人だから、印象はあまり良くない。

 “……そんなにダメージはなかっただろうに”

 あれは、ぼくが冷静に対処できただけで、幼児を暗闇に閉じ込めるのは虐待だぞ。

 “……それはすまなかった。動転したので光量まで気が回らなかった”

 おや?

 きみがマナさんの精霊かい?

 “そろそろ、うちの精霊を許してやってくれるかな”

 マナさんが頭の中に直接話しかけてきた。

 “カイル、口を動かさないで直接思考を念じて送りなさい。お前が精霊言語を取得したことは、面倒ごとを避けるために、じいじには黙っておこう”

 了解です。

 うちの精霊はともかくとして、マナさんの精霊はお手伝いもしてくれたし、反省もしているようなので、もう許してあげてもいい。

 “……かたじけない。カイル殿”

 “ありがとう。カイル”

「ならば、精霊言語を取得してみなければ、堪えられないかどうかもわからないだろう」

「試して発狂したいのかい?そもそも、どうやったら精霊言語を取得できるのか説明できるものでもない。ある日突然聞こえるのじゃ」

 ぼくも前兆らしきものもなく、いきなりスライムの声が聞こえてきた。

「初代王以降の王たちは、王になる前に精霊言語を取得していたのか…」

「もしくは、譲位した後に取得したのであろう」

「それで即位の条件がある時点から精霊使いであれ、という文言が消え失せてしまったのか」

「だから、くわしく文献を読み解きなさい。うちの精霊はお前さんの領に思い入れがないから知らないといっておる。自分で調べることも精霊使いの素養の一つじゃ」

 精霊たちに頼り過ぎると情報が偏ってしまうから、僕のことも冒険者ギルドを使って調べさせたのか。

「文官に任せられない内容の古文書なのですか?」

 悪辣なことをしてきたとか、秘伝の魔法があったりするのかな?

「内容自体は隠匿するようなものではなく、歴史的事実の羅列のはずだ。王都の連中はうちが箔をつけるために捏造したと思っているような事柄だよ。ただ、使ってはいけない、声に出して読んではいけない文字が使われておってな。文官に解読させて呪われでもしたら大変なんじゃ」

 なんだ、その恐ろしい文字は!

「新しい神が誕生したように、禁忌を犯して消滅した神もおる。その名は聖典から消え失せ、その名の文字を使用した者は消し炭にされ、声に出して読んだ者は苦しみながらもなかなか死ねないという罰があたるんじゃ」

 恐ろしい天罰があるものだ。

 書いてもいけない、声に出して読んでもいけない……。読まなければ問題ないのかな。

「使えない文字は何字あるのですか?」

「六文字ある」

「読まずに、絵に置き換えてみたらどうでしょうか?黒く塗り潰してしまうと、一つ一つの文字の違いが判らなくなってしまうので、象や兎や熊などの絵に置き換えてしまえば写本しても大丈夫になりませんか?」

「「!!」」

 そんなに驚くことだろうか?

 絵文字の文化がなかったとしても、記号の文化ぐらいあるだろう。

 記号化が固定されると記号が元の字の意味として定着してしまうが、絵なら絵が現す意味が消えて置き換わることはない。

「なるほど、象や兎には、象と兎としての意味しかないが、文章の中では単語の中に組み込まれてしまう。それでも象は象でしかないのじゃな」

「死刑囚で試してみようか…」

 人道的にどうなのだろう。

 いや、もしかしたらいつ天罰が起こるかわからないから、死刑執行は行われず、健康状態を確認しなければいけないから、待遇も良くなるだろう。

 絵文字には、もう元神の字としての片鱗さえないのだから、天罰は起こらないと思うのだが、あり得ないとも言い切れない。

「じいじ。心の声を駄々洩れにするな。カイルは幼児なのだから、天罰と刑罰による倫理観に揺れておるじゃろう」

 やっと幼児扱いをしてくれた。

「じいじと並んで精霊についての学習をさせるのはカイルに負担じゃ。じいじにはもっと事前学習が進んでから教えるとしよう。焼肉での講習から何の進捗もないようでは話にならない。かと言って、ことあるたびにカイルのうちに押し掛けられてもたまらない」

 鳩で連絡でも取って、亜空間でしごいてあげれば、現実時間は進まないからいいんじゃないかな。

「わかった。だが、わしも進捗状況を見てほしい。時々でいいから招待しておくれ」

「それが負担になるんじゃ。せめて隠居でもしているのならば、警護も少しは軽くなるのに。おまえを倒せるものなどそうそういないが、立場上そんなことは認められない。ハルトおじさんくらい、うまく己の立場を誤魔化すこともせんで、我儘を言うな」

 いつも遠慮のない口調だと思っていたが、亜空間だと更に容赦がないな。

「それがわしへの課題か」

 課題?

 弟子になるには課題を達成しなくてはいけないのかな。

「誤解するな。お前の導き手になるつもりはない。後任をきちんと育てずに隠居はするなよ」

「わかっておる。まだ隠居はせん。やるべきことは終わっておらん」

「ふん。この領に滞在中に一度だけ進捗状況をみてやろう。カイルたちはここで暮らしていくのだ。恩ぐらい売っておくよ」

 これが大人の交渉術か。

「ラインハルトを使いに出そう。その時はよろしく頼む」

「亜空間で良ければ、時間は気にせんでいいじゃろう」

「そうしてくれ」

「そうだ、カイル。赤子はたくさん生まれてくるから、準備は多めにしておくように」

 やっぱり双子が生まれるんだ。

「わかりました。ありがとうございます」

 生まれてくる子たちは、また領主様の孫と同い年になるのか。

「では、そろそろ戻るとするか」

「あい、わかった」

 亜空間から消えたのは、領主様だけだった。

 ぼくは居残りなのか。

「心の声が駄々洩れのようでは、嬢ちゃんのヘンタイ従者と変わらんぞ」

 えっ!

 あいつと、あのヘンタイ従者と同じだって!!

「あいつは無表情で嬢ちゃんの背後に立っておっただけなのに、邪なことを考えていたのは、誰にでもわかったじゃろう」

 目つきなのだろうか、呼吸なのだろうか、とにかく気持ち悪い存在感があった。

 あれと同類なのか?

「考えが顔に出るのは構わないのじゃ。子どもらしくて、愛嬌がある方が可愛がられる。子どもが可愛いのは当たり前なんじゃ。可愛がられて保護されないと生きていけないじゃろう」

 子どもが可愛いことは正義なのか。

「そろそろ気が付きなさい。カイル。お前はさっきから声に出していないのに、ずっと会話が続いておるじゃろう」

「ああ。本当だ」

「精霊言語を取得しているものからすれば、お前はずっと独り言を言い続けているようなものなのじゃ。あの従者の思考が駄々洩れだったように、精霊言語の使い手には丸聞こえしておる。美女の前でうろたえる男性が居るのは当たり前の事だ。女性だって美男子の前で動揺することは多々ある」

 イシマールさんがお婆に動揺するのは別にヘンタイだと思わなかった。

「その際に、どこまで具体的に性的連想をするかは個人の自由じゃ。ただ、あのように気持ち悪さが駄々洩れになるようでは、そばにいるだけで危険な気がするじゃろう。だが、本当に危険なのは、そんな気配を出さずに、妄想し、それを実行してしまうやつらだ。どちらが危険かと言えばどっちも危険なのだが、排除されるのは見た目で気持ち悪い方だ。思考の駄々洩れは、思想の暴露に他ならない。気をつけた方がいいのじゃ」

「ぼくも大概ろくなことを考えていないから、駄々洩れは、恥ずかしい……」

「思考を心の奥におくのじゃ」

「思考を心の奥におく?考えることは脳でしますよね。それを別のところに隠すのでしょうか?」

「そんなことができるのか?」

「やったことないのでわかりません」

「カイルは奇想天外なことをしでかすから、できるのかと思ったよ。わしの場合は自分に盾というか城壁のようなもので自分の心を覆うように意識して思考するようにしているのじゃ」

「亜空間の入り口にした結界のような、殻に籠ればいいのですね」

「まて、カイル。卵型はいい案だが、お前さんがいきなり結界のように魔力の壁を作ったらあっという間に魔力枯渇をおこす。将来的にはできたらいいな、というくらいの指針にしておいてくれ。この町に精霊使いはいないのは間違いない。だから今は大丈夫じゃ」

 この言い方だと、この町の外には精霊使いはいるのか。

「いないとは言い切れない。ただ、そうとしか言えないだけなんだ。精霊使いは契約精霊の能力次第で途轍もない力を有することになる。現代では失われたといわれている精霊使役師、精霊使いだと、わしが名乗らぬように隠匿しているように、能力を隠しているものがいないとは限らない。精霊使いまでいかなくても、精霊言語を取得しているものが、いるかもしれない。だから、思念に壁を作れるようになっておかねばならんのじゃ」

 ぼくも精霊言語を取得したとは、誰にも言いたくはない。

 この能力はスパイに適している。

 だれがどこへ行ったのか、街路樹に聞くだけで知ることができる。

 城の精霊と親しくなれたら、領の重要事項だって知ることができるだろう。

 だから、ぼくの人生を、誰にも利用されたくはない。

 特殊な能力は権力者に蹂躙されてしまう。

 親の仇である、あの時の暗殺者の顔が浮かぶのだ。

 あの人には特殊な能力があった。

 あんな悪意の塊が瞬時に移動することができて、魔力の塊のような剣を使えるのだ。

 魔法の事はまだよくわからないけれど、体中のうぶ毛が逆立つほどの殺気にさらされた時に感じたことは正しいと思う。

 あの剣の黒さは普通じゃない。

 あんな特殊な能力を、人を殺すことにしか使わない人生なんて嫌だ。

 絶対にああなるもんか。

 人生の目標が決まった。

 ぼくは、僕らしく生きる。

 そして、家族を守るんだ。

「それでいいのじゃ。そこそこ長生きした、わしだってそうだ。わしの子どもたちはみな死んだ。子孫たちの多くが死んだ。だが、みんなに幸せであってほしいんだ。人生に幸せを感じていてほしいのじゃ。ユナのことが悔やまれるのは、我慢するのが当たり前の環境においてしまったことだ…」

 たくさんの子孫がいるのに、母さんのことも気にしていたんだ。

「母さんは幸せだったと思いたい…。子どもだから、親がどんなに苦労していたかなんてわかっていなかった。けどね、あの時僕に微笑んでいてくれた母さんは、幸せを感じていたと思っているんだ」

 マナさんの精霊に連れていかれた亜空間は、ぼくの人生に確かにあった一日だった。

 あの、赤蜻蛉が飛び交っていた風景に居たぼくたちは幸せだったんだ。

 マナさんにぎゅっと抱きしめられた。

「ああ、ユナは幸せだったじゃろう。お前のような子宝に恵まれたんじゃ。わしはユナとカイルを誇りに思っている。お前の決めた目標をユナもきっと支持するだろう」

 “……あたいもご主人生の生き方を支持する!”

 ポケットからぼくのスライムも飛び出してきて、肩の上に乗っかった。

 ああ、ぼくはもうひとりじゃない。

 頼れる家族も、魔獣たちもいるんだ。

「考えたことが顔に出るのは、可愛いからもうしばらくそのままでいいよ」

「うん。ぼくのスライムにも怒られた。難しいことは大人に任せて、もう少し楽しく遊んで暮らすよ」

「ああ、子ども時代を楽しみなさい」

 “……楽しいことをしているご主人様をみんなが好きなんだ”

 うん。知っている。

 その安心感がぼくを後押しするんだ。

「戻ろうか、みんなのところへ」

「うん」

 ぼくたちが一歩踏み出すと、領主様と一緒に結界を出たところだった。


「入ったと思ったら、すぐに出てきたね」

 ケインが駆け寄ってきた。

 スライムたちと遊んでいる時間もなかったようだ。

「精霊さんとお話をするための心構えを教わったんだ」

「それは、むずかしいのですか」

 キャロお嬢様は心配そうに聞いてきた。

「心と体を強くしないと、どうにもならないことだったよ」

「どんな訓練をするんだ」

 ボリスも興味津々だ。

「今まで通り遊びながら鍛えていこう。だって、ぼくたちはまだ子どもだもん」


 ぼくはすっかり疲れてしまったから、遊びはスライムに任せて焼き鳥を食べた。

 焼き鳥はまだ冷たくなっておらず、亜空間での話し合いは、長くなると老化だけが進んでいくような気がした。



 翌日、メイ伯母さんは旦那さんと、たくさんの魔術具と、王都で資格を取りに行く騎士たちと一緒に、帰ってしまった。

 ぼくは柄にもなく、メイ伯母さんの膝に縋り付いて、おいおい泣いてしまうという醜態をさらしたけれど、まだ幼児だからいいんだ。

 だって、メイ伯母さんが泣かせるようなことを言ったからだ。

「さよならを言う時……、寂しさを誤魔化すみたいに一瞬空を見上げるの、ユナと同じね」

 ぼくが意識をしていない、母さんから受け継いだ仕草だ。

 ぼくの中で母さんは生きている。

 ぼくが生きているかぎり、母さんが生きているんだ。

 それでいいんだ。

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