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新入生の入寮

 滑空場を片付けて夕刻前に帝都の城壁に辿りつくと、おかえりなさい、と馴染みの門番に声を掛けられた。

 数十年続いた戦争が終結したのに帝都の様子は出発前となんら変わっておらず、長きにわたって続いた戦争も戦地と兵士の家族以外の一般市民にはよくわからない遠い場所での出来事だったようだ。

「……ぼくも祖国が戦地になるまで戦争の実感なんてありませんでしたね」

 自嘲気味にマテルが呟くと、ぼくたちは頷いた。

「ぼくたちの地元はガンガイル王国の北の外れだったけれど、王家縁の土地で武勇にも優れた土地だったから帝国の要請に従って騎士の派遣が行なわれていた過去もあって、帰還騎士も多くいたし戦争が現在進行形であることは知っていても、遠い国の出来事だったな」

 知っていることと心を砕くことは違うとケインが言うと、本当に遠い国の出来事じゃないか、とマテルが突っ込んだ。

「ガンガイル王国はそんなにたくさんの騎士を派遣していたのですか?」

 マリアがあらためて尋ねたので、ぼくはわかりやすく説明した。

「ガンガイル王国から帝国軍に出征した騎士たちは傷痍の度合いや派遣期間の延長でも年金を保証されなかった分、帝都の市民権を発行されているので、帝都で現在商売をしている人たちは南部戦線の帰還騎士が多いんだよ」

 イシマールさんや今や醤油や味噌の醸造所所長となった屋台のおっちゃんや、ベンさんの食堂で働く調理人たちも元南方戦線の帰還騎士だと説明する、と小さいオスカー殿下は頭を抱えた。

「ガンガイル王国出身者たちが帝都で店を構え始めたころと、カイル君たちの留学と同時期ということは、カイル君たちのために退役騎士たちが帝都で店を構えたのでしょうか?」

 アーロンの疑問にぼくたちは頷いた。

「帝国は戦時下だという認識で子どもたちの安全と故郷の味を届けたい、とおっちゃんたちの親切心から帝都に集結してくれたらしいね。去年、長旅の末に寮でおっちゃんのラーメンを食べた時は涙が出たなぁ」

 ぼくとウィルが昨年を思い出してしみじみと言うと、あのラーメンの味か、と小さいオスカー殿下も懐かしんで頷いた。

 寮の食堂でラーメンを食べて解散しよう!とデイジーが言い出したので、みんな揃って寮に行くことになった。

 焼肉の後の〆のラーメンか……。美味しいからいいよね。


 寮では数年前からキャロお嬢様を受け入れるために大改装をして待ち構えていたというのに、アドニスとマテルの一時滞在が急遽決まったため、新入生歓迎のムードより苦労をしてきた二人を歓迎する出迎えになっていた。

『ようこそ。ガンガイル王国寮へ』

 寮の入り口には横断幕を持った寮生たちが手を振って馬車を待っていた。

 男装のキャロルとミロが降りると拍手で迎えられたが、髪色が派手なアドニスと肌の色が濃いマテルが降りると一目で誰かわかった寮生たちからキャロルたちの時より大きな拍手で出迎えられた。

 温かく迎え入れられたことに二人の目に涙がにじむと、大きいオスカー寮長は二人に労わりの言葉をかけた。

「お二人とも今までご苦労なさったと聞いています。帝都で普通に暮らしていくことに馴染むまで時間がかかることでしょう。こちらに滞在いただく間は何でも寮生たちや寮の職員たちに相談してくださいね」

 寮生たちや寮の職員たちは大きいオスカー寮長の言葉に頷いた。

 寮の職員の列の後方に寮の職員の制服を着た涙目の第三皇子夫人が、マルコを迎えに来たアンナさんと頷きあっている。

 ぼくたちが滑空場で焼肉パーティーをしている間、ぼくたちの到着を寮で待つ間に仲良くなっていたようだ。

 新入生たちとアドニスとマテルを寮内に案内をするときも、後方から第三皇子夫人はついてきた。

「あの方は通いで女子寮の清掃を担当してくださるリリアナです。フフ。掃除といっても掃除の魔術具に魔力供給してくださるだけですよ」

 第三皇子夫人が職員の制服を着ている理由を女子寮の寮監がコッソリ教えてくれた。

「宮廷内でもまだアドニスの存在は皇帝陛下と第五皇子殿下しかご存じないそうで、気兼ねなくアドニスに面会するために変装して寮に訪れたい、と夫人側から打診が合ったのです。こちらとしても第三皇子夫人が頻繁に寮に出入りなさるなら人目につかないようにしていただきたかったので、制服をお貸ししたのですよ」

 寮内では第三皇子夫人の護衛をつけないという条件も飲んでくれたようで、貴族街まで従業員の乗合馬車で移動し護衛と合流して宮殿内の離宮に帰るらしい。

 三人のお子さんを亡くされたと思っていたところ一人すり替えられていたなんて、と寮の職員たちは第三皇子夫人に同情しており、アドニスがお世話になります、と第三皇子夫人も皇族然とした態度ではなく従業員に扮することもいとわず娘に会いに来る姿に女子寮監はすっかりほだされていた。

 女子たちと別れ、男子寮で各自の部屋に案内すると、ケインはぼくと相部屋で向かいの部屋は兄貴とジェイ叔父さんの部屋になっていた。

 寮に残っていたジェイ叔父さんが荷物の移動も済ませていてくれたので、早々にケインの荷物の片付けが済んだぼくたちは、中庭で魔力奉納を済ませてから大浴場で汗を流すことにした。

 荷物の少ないマテルは、部屋で寛ぐより噂の精霊神の像に魔力奉納をしたい、とついてきたが、中庭の神々の像は抽象的な丸い像だったので、これが神々の像!?と衝撃を受けていた。

「従業員宿舎の精霊神の像の造形がなかなか形容しがたい姿なんだ……」

 いずれそっちにも魔力奉納をしたいとマテルが言い出すだろうと考えたウィルが先に言い訳をすると、小耳に挟んだ寮長が首を横に振った。

「さすがにあの像はオーレンハイム卿がどうしても許せなかったようで、ラインハルト殿下をお呼びして移設し、新たな像を作ってくださった」

「移設って、取り壊しになったわけではないのですね」

 ウィルが寮長に、どこに移設したのか?と尋ねると、寮長はケタケタと笑った。

「いやはや、オーレンハイム卿の素晴らしい精霊神の像を設置する時にラインハルト殿下の精霊神の像を移動させようとすると、従業員たちの多くが、なくなってしまうのは寂しいと言い出して、結局、従業員宿舎内の階段脇に移設されたんだ」

 帝都魔術具暴発事件の際、従業員宿舎の敷地内に避難した人たち総出で必死になって魔力奉納をした像だからみんな愛着が湧いていたらしい。

「新たな精霊神の像は美丈夫で、これぞ我らの守護神!という佇まいなんだ。ラインハルト殿下の精霊神の像は精霊神に申し訳ないような造形なのだけれど、一度我らが精霊神だと崇めた物を無碍にはできないんだ」

 寮長が言い訳がましく言うと、ワイルド上級精霊は無表情で頷いた。

 積極的に認めたくないけれど、あの像が残ることを精霊神も容認してくれるようだ。

「噂に聞くあの像を見てみたかったから、残っているのは嬉しいな」

 ボソッとケインが呟くとワイルド上級精霊の眉間に皺が寄った。

 あの像を精霊神だと言い続けるのは好ましくないことなのだろう。

「あの像を旧精霊神の像、と言うより、何か別な言い方をした方がいいんじゃないでしょうか?」

 精霊神と呼ぶには残念な造形の像に別名をつけてしまえば、精霊神の機嫌を損ねずに済むのでは?と寮長に提案するとワイルド上級精霊の眉間の皺が消えた。

「うむ。そうだな。ラインハルト殿下に相談しよう」

 相談するとは、手紙のやり取りでするものだとばっかり思っていたが、大浴場から上がって談話室に移動するとハルトおじさんが転移していた。

 王位継承権のあるキャロお嬢様の叔父だ、と寮長がマテルにハルトおじさんの紹介をすると、マテルは恐縮しながら自己紹介をした。

「南方諸国出身で緑の一族カカシの養子となりました。マテルです」

「君の事情は聞いているよ。カイルの親族は私の友人だ。私のことはハルトおじさんと呼んでくれ」

 傍系じゃない王族をおじさん呼ばわりできない、と狼狽えるマテルに、本人の希望通りに呼んであげてほしい、と寮長が声を掛けた。

「ぼくたちは小さいころからハルトおじさんと呼んでいたのに、大きくなって事実を知った時に驚いたけれど、殿下!とお呼びするのは公の場だけにしているから、マテルさんもよろしくお願いします」

 ケインの説明に寮長とハルトおじさんが爆笑し、ハハハ、とマテルは力なく笑った。

「国を亡くして親族の元に身を寄せるようになってから、敬称には物凄く気遣いながら生活していたので、堅苦しくて申し訳ありません」

 ハルトおじさんはマテルの頭をぐしゃっと両手で鷲掴みにすると、うちの子は大きくなりすぎたからマナさんの養子のマテルを可愛がらせてくれ、と耳元で囁いた。

 似たような声掛けをしてもらったことがあったな、とぼくとケインが懐かしく思っていると、あの時は大人たちが市電の計画を立てていたことを思い出したぼくたちは顔を見合わせた。

 どうしたの?とぼくとケインが何かに気付いたようだとウィルが声を掛けた。

「ハルトおじさんが新入生の到着を歓迎するためにガンガイル王国からわざわざ転移してきたとは思えない」

 首を傾げながらハルトおじさんを見ると、何もないよ、とハルトおじさんは笑った。

「旅の話を聞きたかっただけ……いや、ジュンナさんの新作の泥パック美容液を持ち帰らないと妻に叱られる」

 女性陣たちが今頃、試しているはずだから入浴の時間が長いぞ、とハルトおじさんが言うと寮長は頷いた。

「なに、今年度の魔法学校の大人の受講者について寮長に相談事があったから顔を見に来たんだ。ジェイ君とジュンナさんは引き続き中級魔法学校の指導資格を取得してもらうことになった」

 ハルトおじさんの説明にジェイ叔父さんは頷いた。

「うちの寮生たちが初級魔導士試験に合格したので、中央教会の大司祭に寮生たちに聖典を閲覧できる時間を作ってもらえないか相談したところ、神学生たちの実習に参加させてもらえることになった。詳しくは魔法学校が始まってそれぞれの専攻が決まってから調整することになるだろう」

 寮長が中央教会との調整について話すと、ハルトおじさんはジェイ叔父さんをチラッと見て寮長に尋ねた。

「中央教会では他の寮生たちの誓約は受け付けてくれないのか?」

 ジェイ叔父さんが初級魔導士になったら面白いだろう、と言いたげにハルトおじさんが聞いたが、寮長は首を横に振った。

「中央教会で一般市民の誓約を認めてしまうと収拾がつかなくなるだろうから、新しい神学校の設立に合わせて開始するとのことだった」

 人口密集地の帝都で始めるのはまだ早いと大司祭は判断したようで、仕方ないですね、とジェイ叔父さんが呟くと、ハルトおじさんは首を傾げた。

「仕方ないで済ませるにはもったいない。転移魔法で一時帰国して辺境伯領の教会で誓約してしまおう!」

 ハルトおじさんの提案にジェイ叔父さんが頷くと、ガンガイル王国ではそんな理由で転移魔法の使用が認められるのか!とマテルが驚いた。

 ハルトおじさんはジェイ叔父さんにかこつけて、自分が神学を学ぶ誓約をしたいんだよ、とケインがマテルに囁いた。

 父さんと領主エドモンドが誓約をして聖典が読めるようになったことをハルトおじさんは羨ましく思っていたのだろうと、ぼくばかりではなくスライムたちやみぃちゃんやキュアまで想像ついたようで、うんうん、と頷いていた。

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