鎮魂の祈り
次々と留学生一行が口頭試験に合格していくと、教皇の説明通りに試験に出題される神々の章の傾向が明確になった。
光と闇の神の章はほぼ必ず指定され、あと一つは七大神のどれかの神の章が指定されていた。
「初級魔導士試験では光の神と闇の神の章は必須なのかい?」
あまりにその二神の出題が続くのでマナさんが月白さんに尋ねると、困ったように小首を傾げた。
「受験者がご加護を得ている神を優先して出題せざるを得ないから、神々の序列を意識すると七大神から出題せざる得ないので、猊下が苦慮なさっていますね」
毎日祠巡りと定時礼拝をする留学生一行は七大神のご加護が篤い、という月白さんの証言と、教皇の仕草を観察したぼくたちは口頭試験で出題される神の章を先読みできるようになった。
教皇は首から下げている神具で受験者の適性やご加護のある神々を判定してその中から出題しているようなので、神具で真っ先に目に付いた七大神が優先されてしまうようだった。
当然ながら試験が後になればなるほど、自分が指定される神々の章の予測が立てやすく、行使する魔法も先に決めてイメージを固めておけるので、だんだん派手な演出になっていた。
ボリスはトウモロコシ畑で害虫を焼き払い、クリスは用水路の詰まりを疾風でからめとると圧縮して堆肥の集積所に運び、ミーアが発酵の神に祈って肥料を大量に生産した。
兄弟の合わせ技で村の畑仕事が楽になったことに緑の一族から拍手喝采が起こると、後に続くぼくたちは拍手しながら、やりにくくなったと苦笑した。
後に残ったのは、ぼくと兄貴とケインとウィルと、声の魔法が封じられているとはいえ、祝詞で魔法を発動させると何かが起こるのでは?と期待されているイザークだった。
家族と家族同然か……。
万が一七大神以外の神の章をお題に出されても、スライムたちが知識を共有してカンニングさせてくれる状況なので、祝詞の暗唱を気にするより、期待をかけられている独創的な魔法を行使する方が重圧になっている。
光の神と闇の神が必須で、残りは七大神の五つの神から一つなのだから、五人で試験を受ければ七大神全部の魔法が使えるのではないか!
ぼくの閃きに兄貴は苦笑し、犬型のシロは斜め上を見て目を合わせない。
どうせ兄貴は父さんのスライムが代わりに試験を受けるのだろうな、と月白さんを見遣ると、月白さんは無言で頷いた。
ワイルド上級精霊は、好きにしたらいい、とでも言いたげに無表情を貫いている。
「何を企んでいるんだい?」
ウィルの突っ込みに、ガンガイル王国の受験者の残り五人は家族同然の面々なのだから、一緒に試験を受けたら面白そうだ、と話すと小耳に挟んだ教皇の首が伸びた。
「五人一緒に口頭試験を受ける気なのかい?」
「今までの受験者の傾向から見ると三つのお題の二つの章が光と闇の神になることがほぼ間違いないようなので、残り五人を纏めたら七大神の魔法を行使できるのではないか?と考えただけです」
ぼくの言葉に手の中の魔術具を見遣った教皇は、まあそういうことになるな、と笑った。
「一人ずつ時間差で暗唱し、だれがどの魔法を行使したのかがわかるのなら、合同で試験をしてみるのもいいだろう」
実験的な試験だから、と教皇は柔軟な対応をする事に前向きな反応をした。
「教皇猊下、率直に申し上げますと、ド派手な魔法を行使しかねないので、残っている子どもたち全員の試験を一度に済ませた方がいいでしょう」
マナさんはぼくたちの次に試験を受けるのが東の魔女のデイジーがいることを考慮して、全員を纏めてしまえば、抜きんでた個人を隠せるようになる、と考えたようだ。
身内ばかりの緑の一族の村で警戒するのもどうか……第三皇子夫妻と護衛がいるのか。
「光と闇の章に加え、マリアは火の章、デイジー(****)は空の章、オスカーは風の章、アーロンは水の章、マテルは土の章となると、ここでも七大神が勢ぞろいするのか……。すでに合格間違いなしの受験者たちを個別で試験するより合同にしてしまう方が合理的ではあるな」
教皇は新試験の検証も兼ねて合同試験の方法を検討し始めた。
「光と闇の章はみんな既に暗唱できるだろうから合同で、残りの五大神の章をそれぞれ個別で暗唱し、発動する魔法は火の玉や水の玉が出せる程度の基礎魔法でよいから、魔法を行使できたら合格としよう。それを二周すれば、残りの受験者の全ての試験が一度で終わるな」
派手な魔法を披露しないで一気に試験が片付きそうな流れになり、肩の荷が軽くなったような笑顔になったぼくたちに、月白さんが面白そうな視線を向けた。
何もしないよ、とぼくは苦笑すると、マナさんが真顔で、七大神に何を祈るのか、とぼくに尋ねた。
七大神の章の祝詞を二周も暗唱して何も起こらないはずがない、と言いたげなマナさんの目力にぼくは頭を抱えた。
光影の剣が出現した時は邪神の欠片が近くにあったように、七大神の祝詞を二周も繰り返し神々に祈ることといったら……。
アドニスやマテルが緑の一族の村にいる発端となった悲劇だろう。
「戦争終結を記念し、戦争で犠牲になった人々の魂が天界の門を潜り、魂の練成を受けることを願い、また、誘拐された孤児たちが名前を入れ替えられたため、天界の門を潜れずさまよえる魂となってしまっても天界の門に辿りつけるように七大神に祈りたいです!」
アドニスと両親に名付けられたのに第三皇子夫妻の御子シシリアとすり替えられ荼毘に付された本物のアドニスの魂や、戦地で犠牲になったマテルの家族たち、南方戦線に派遣されて帰って来られなかったイシマールさんの同僚たちを追悼するために、祝詞を唱えたい、と提案すると全員が頷いてくれた。
「ああ、それがよかろう。試験の〆に私も追悼と鎮魂の祝詞を唱えよう」
教皇の言葉に月白さんとワイルド上級精霊が頷いた。
今日、土地の魔力を整える緑の一族の村に二人の上級精霊と教皇が来訪したのは、長きにわたる教会内の不正を正した教皇が、長きにわたる戦争の終焉の日に、戦争の犠牲になった魂を追悼するためだったのか、と考えると胸にすとんと納得するものがあった。
「せっかくだから自分たちが鎮魂を願いたい土地の教会の護りの魔法陣を思い起こせるかい?」
ぼくの問いかけに礼拝所内の光る魔法陣を目にしたの経験の少ないマテルが、残念そうに首を横に振ると、ぼくのスライムがタブレッドに変身して大聖堂の礼拝所内の魔法陣から旧ラザル国の辺りの魔法陣を映し出しマテルに見せた。
「お恥ずかしながら、私もキリシア公国の周辺の魔法陣を確認したいです」
マリアの頼みにみぃちゃんのスライムが応えてタブレッドに変身して映し出した。
アーロンはケインのスライムを見つめて懇願し、ウィルは自分のスライムでガンガイル王国周辺を確認し始めた。
兄貴とケインは南方戦線の被災地全体を確認し始めると、全員のスライムたちが集まってきて、誰が東西南北を担当するかを話し合っていた。
みぃちゃんとみゃぁちゃんとキュアがマナさんの元に駆けよって何か相談をしている。
みんな自分たちのできることで犠牲者たちを追悼したいらしい。
大事にするつもりはなかったのに大事になりそうな予感がした。
“……ご主人様。この流れに乗って、鎮魂の儀式をする事で多くのさまよえる魂が救われます”
邪神の欠片や死霊系魔獣に取り込まれて消滅させられた魂が鎮魂の儀式を通じて精霊素として産まれかわり、魔力の流れに載って、再び地上に戻れることを精霊言語で教えてくれた。
名を奪われて死んでしまった子どもたちの魂が浄化されて精霊素になり、魔法に使用されたり、また精霊素に生まれ変わったりしながら、ぼくの頭の中にいる精霊のようになったり、シロのような中級精霊になったり、長い年月を経てワイルド上級精霊のようになったり、もしかしたら新しい神様にだってなれるのかもしれないのか!
「華やかに見送ってあげたいね」
ぼくの意図を酌んだケインの言葉に兄貴とウィルが頷いた。
「では、始めようか。まずは光と闇の神の章を全員で暗唱、その後、ウィリアムが火の神の章を、ジョシュア(ジュエルのスライム)が空の神の章、イザークが風の神の章、ケインが水の神の章、カイルが土の神の章を暗唱した後、再び光と闇の神の章を暗唱し、マリア、デイジー(****)と二周目を続けなさい」
教皇に指名されたぼくたちは元気よく、はい、と答えた。
教皇が兄貴とデイジーの名前を呼ぶ際に月白さんが精霊言語で訂正を入れていたが、デイジーの箇所ははっきり聞き取れなかった。
中央広場の真ん中で円陣を組んだぼくたちは光と闇の神の章を合同で暗唱し、それぞれのソロパートを暗唱した。
ウィルが火の玉を出現させると、兄貴(父さんのスライム)が火の玉を回転させ、イザークが火の玉を上空で疾風に載せて旋回させると、ケインが水の玉を火の玉にぶつけてけ消火させ、ぼくは蒸発した水滴を雲にして広場に霧雨を降らした。
二周目の光と闇の神の章の暗唱が終わると、マリアがウィルと同様に火の玉を出現させた。
見守るぼくたちは脳内に礼拝所に浮かび上がった魔法陣を思い浮かべていた。
円陣を組むぼくたちの外側を魔法陣の一部を体に描いたスライムたちが取り囲んだ。
ぼくたちの祈りは教会の魔法陣に載って世界中に拡散していく……。
ぼくの願いに呼応するように精霊たちがスライムたちの魔法陣の上で光り輝いた。
ぼくたちの円陣の上で、アリアが作りデイジーが回転させている火の玉を、小さいオスカー殿下がスライムたちの円陣の大きさに合わせてグルグルと旋回させると、アーロンの作った水球が追いかけ始めた。
マテルが土の神の章の暗唱を終えると、水球は火球に追いつきぶつかり合って霧雨になって広場に降り注いだ。
教皇は、ぼくたちの中心に進み出ると、鎮魂の祝詞を唱え始めた。
広場の四隅からみぃちゃんとみゃぁちゃんとキュアと水竜のお爺ちゃんがスライムたちの外周まで歩み出ると、奇妙な踊りを始めた。
“……ご主人様。古代、葬儀の際に使者を弔う踊りとして踊られていた踊りです”
マナさんから精霊言語で教えられた踊りを精霊言語の理解度が高い四匹の魔獣が会得して踊りだすと、緑の一族の女性たちの中から、古代聖典の鼻歌を歌い出す人が数人現れた。
古代と現代の聖典が合わさり、長きにわたった戦争や子どもたちの誘拐事件の犠牲者を弔う場ができたことに、感極まって涙が溢れてきた。
スライムたちが映し出した魔法陣に、座り込んでいたぼくたちの掌から地面を通して魔力が流れ、魔法陣が光った。
晴天だった空は薄曇りがさしたかのように日が陰ったが、空には雲一つなかったらしい。
地面に手をついて下を向いていたぼくたちは知らなかったが、どうやら、この日、この時間に部分日食が起こっていたらしい。
自然現象とぼくたちの試験が重なったのは偶々だ。
薄暗くなった中央広場で踊る魔獣たちの動きに合わせて光る精霊たちは徐々に上空高く上がっていった。
地上の片隅にさまよっている魂が天界に迎え入れられるかにように見えて、ぼくたちは声もなく涙を流して見守っていた。
教皇の祝詞が終わり、みぃちゃんとみゃぁちゃんとキュアと水竜のお爺ちゃんの踊りが終わるころ、空は明るくなっていた。
「全員合格!」
教皇の言葉に、やったー!とぼくたちが大喜びしていた同時刻、終戦協定の会場は皆既日食の場所だったため、それなりの騒ぎになっていたらしい。
日食で薄暗くなった中、地中から精霊たちが湧きだし、数分ほど辺りを漂ったのち、大空に向かって上昇すると空が明るくなったのは、この地で無残に亡くなった人たちの魂が、終戦を迎えてやっと天界の門に召された、と解釈する人が多くいたようだ。
ガンガイル王国では日食の影響はほとんどなく、ぼくたちが祈っていた時間に教会の上空に立ち込めていた積乱雲から一筋の光が差し込み、天界の門に続く梯子のように輝き、その輝きに精霊たちが集まって幻想的な風景になっていたらしい。
一部の積乱雲が飛竜や水竜の形に見え、集まった精霊たちが二匹の猫に見えた、なんて証言もあったようだ。
帝都では傷痍軍人や退役軍人たちが急に泣き出す騒動もあったらしい。
集団ヒステリーとして片づけられたが、教皇が緑の一族の村で鎮魂の儀式を行ったらしい、という話がまことしやかに広がると、定時礼拝にお礼参りに来る退役軍人が多くいたという証言もあったようだ。
そんな騒ぎが静まってから、ぼくたちは帝都に戻ったので、終戦を迎えた帝都は出発前と変わらないような印象だった。