神罰のタイミング
どさっと落ちてきた男をぼくたちが取り囲むと、精霊たちがさらに輪になって取り囲み今までの男の悪行を抗議するかのように激しく点滅した。
“……はて?お尋ね者で儂らが捜しておるアリオとは別者のようだが、お前は何者だ?”
頭の中に直接響く水竜のお爺ちゃんの精霊言語を聞いたぼくのスライムの分身に包まれたままの男がキョロキョロと左右を見回した。
「質問の仕方が悪いんじゃ。お前はなぜあの死地の白砂を掘り起こしてサントスの収納ポーチを探し出そうとしたんじゃ?」
男の目の高さに合わせるために屈んだマナさんが、妖艶な笑みを浮かべながら男に尋ねた。
「し、し、白砂から収納ポーチを回収したら逃走資金が得られるから……」
“……アリオに指示されたのか!”
「尋問相手の話でも最後まで聞きなさい!」
水竜のお爺ちゃんをマナさんが一睨みして制すると、この小さな竜が喋っているのか!と驚いたように男は水竜のお爺ちゃんを凝視した。
「魔術具で仕掛けた白砂の虚構の映像を見抜けなかった上に、教会都市ではすっかり有名になっている水竜のお爺ちゃんを知らない、ということからしても、廃墟の町が教皇にバレてから逃走している秘密組織のメンバーで間違いないでしょうね」
ウィルが小声で呟くと兄貴が頷いた。
「サントスは逃走後アリオに接触していないことは、供述からも足取りの検証からも明らかになっていますよね」
先に拘束されていたゾーイやサントスが逃走後アリオと接触した気配がないのに、ぼくのスライムの分身に拘束されている男の言いぶりでは逃走資金の援助を受けていたのだろうか?
今日の親子面会に合わせて仕掛けた罠の転移先を緑の一族の村に変更していたマナさんは、男が今日罠にかかることが読めていたようで、淡々と男に質問をして事実確認の供述を引き出していった。
金に汚かった痛みの請負人フランクと同様にゾーイやサントスにも隠し資金があったようで、邪神の欠片を持って逃走中のアリオは、サントスに邪神の欠片を浮かび上がらせるように指示を出していた場所を男に幾つか教えており、回収した邪神のかけらを受取る場所にサントスやゾーイの場所を記載したメモを置いていたらしい。
「あんたはサントスが白砂にした場所に向かい、サントスが魔術具を回収する前に中心にある魔術具を回収すればサントスの隠し資金を受取れる、ということなんだな?」
男の供述を整理してマナさんが追及すると男は頷いた。
“……サントスを出し抜いてサントスの資金を得るなんてそんなことが上手くいくのか?”
「サントスは伝説の魔術具を使用できる上級魔導士だが、封じの魔術具を扱えないポンコツだ。かくいう私も封じの魔術具は扱えないが、サントスの魔術具の内側に入ることができる。要は適材適所なだけだ」
マナさんと水竜のお爺ちゃんが聞きだした男の供述をスライムたちが箇条書きにして、矛盾点を洗い出していた。
サントスは邪神の欠片を浮かび上がらせる魔術具を使い転移魔法の魔力を得ていた。
今回拘束された男はサントスが魔術具を使用する場所をあらかじめ知っており、時期を見計らって邪神の欠片を回収する役割があった。
浮かび上がった邪神の欠片を封印する手段を男は知らず、サントスの収納ポーチに邪神の欠片が封印されていると思い込んで触れてしまい罠にかかった。
現場に張り付いていたぼくのスライムは、ぼくが消滅させた邪神の欠片を封印しに来た人物を目撃していない。
……逃走中のアリオが邪神の欠片を封印していたとすれば、自分で回収せず、他人を派遣するなんて手間をかけるとは思えないから、邪神の欠片を封じる魔術具を仕掛ける人物を密かに用意していた、ということだろうか?
“……ご主人様。邪神の欠片に関することは精霊には予測できないことですが、こういった自分で手を下さない人間は捨て駒として……”
シロの説明が終わる前にワイルド上級精霊はぼくの肩を叩いて首を横に振った。
その先は聞かない方がいいのだろう。
おそらく、邪神の欠片を封印する魔術具を仕掛ける人物は邪神の欠片の最初の餌食となり、邪神の欠片に取り込まれてしまうのだろう。
“……ふん。アリオは手駒の魔導士のレベルに合わせて仕事を分担させていたのか”
お前は拾うだけの能力しかなかったんだな、と水竜のお爺ちゃんがケタケタと笑いながら精霊言語で煽ると、男はぼくのスライムの分身の内側を激しく叩いて、違う、と反論した。
ぼくのスライムは嫌な顔をするかのようにボディーの一部を引きつらせると、自分の分身の内部に男を焦げ付かせない程度の電流を放った。
「行儀の悪いことをするから罰があたったんじゃ。違う、というなら説明せんか!」
男の態度が悪いとマナさんが一喝すると、申し訳ない、と男は素直に謝った。
「私は勘の良さで上級魔導士に成りあがった男なんだ……」
ぼくのスライムの分身の中で電撃を食らった男は観念したようにおとなしくなり、自分語りを始めた。
男は誘拐されて孤児院に入った生きのこりで、苦しかった孤児院時代の記憶のほとんどを忘れることで自我を保っていたようで、話し始めると、お前も犠牲者の一人だったのか、と教皇は項垂れた。
「土埃で茶色くくすんだ天井以外覚えていない。たぶん、子どもたちの呻き声を聞きたくなくって頭を空っぽにして上ばかり見ていたんだ」
男は自分の幼少期を他人事のように冷めた口調で話すと、第三皇子夫人はアドニスの肩をキュッと掴んで胸に寄せた。
大丈夫だ、というかのようにアドニスは第三皇子夫人の手に自分の手を重ねた。
「次の薬や食事を口にしない方がいいことをなんとなく察するようになって、口に含んだものを飲み込まずに溜めて置き、嘔吐するふりをするようになった。そしたら、私は生きのこった」
ぼくのスライムの分身の中で寛ぐようにもたれかかった男は一息ついた。
「ああ、勘の良さで苦痛を免れたが、薬を服用していなかったからか、あの魔術具を扱う適正はなかった。だが、魔導士試験は試験に出そうな箇所をなんとなく予想できたので、とんとん拍子に合格できた」
男の話のオチは見えてきたけれど、ぼくたちは黙って男の話の続きを聞いた。
「『世界の理に則った世界』なんて何のことかわからなかったが、教会内部はコネと袖の下で出世する司祭ばかりだったが、秘密組織は実力で評価された。勘だけで生き抜いた私には成果主義は実に魅力的だった。私の勘が冴えている間は私も認められるのだからね……」
ぼくのスライムの分身の内側を撫でながら話した男の口調がだんだんと自嘲気味になった。
「それは、勘が外れるようになった、ということか?」
教皇が堪らずに口を挟むと、男は頷いた。
「サントスが次に魔術具を仕掛けるところを正確に当てることができたのだが、近頃、うまくいかなくなった。回収した魔術具を指定場所に置かなくては報酬を得られない私は、次第に困窮し始めたところ、教皇猊下の孤児院摘発から秘密組織の存在が暴かれ、我々は逃亡せざるを得なくなった」
乗っ取りの魔術具ごと潰してしまったことで男の収入源を断つことをしでかした、ぼくはケインとウィルと顔を見合わせた。
「私の勘はもう、教会から離れてどっかの田舎の日雇い労働者にでもなればいい、と告げていたが、それにしたって当面の逃走資金がいるのでゾーイやサントスの隠し資産を自力で探そうとしたら、続けろ、と書かれたメモと共に僅かばかりの逃走資金が用意されていたんだ」
逃走中のアリオに男も直接接触していなかったが、資金の隠し場所を利用して他の逃走者に指示を出していたようだ。
「この仕事を最後にもう教会とはかかわらない人生を送ろうと考えていたのに……アッサリ捕獲されてしまった」
“……お前の勘は、今回の仕事をすべきではない、と告げていなかったのか?”
水竜のお爺ちゃんの追及に男は力なく首を横に振った。
「もう、わからなくなっていた。あそこに、サントスの魔術具が仕掛けられている、と察した時点でいつものような高揚感があったのは事実だ。だけど、回収予定日が近づくにつれていつもと違う感覚に襲われて、これで最後にしよう、という気分が高まった」
「実際、最後になったじゃろ。お前の勘は正しかった」
マナさんが男の話に頷きながら言うと、男はようやく気が付いたようでハッとした表情でマナさんを凝視した。
「白砂の地に赴いたのに何もなかったのは……!」
「わしの知り合いが始末したからじゃよ」
男とマナさんのやり取りを聞いた教皇と第三皇子が、もしかしてカイルが関与したのか!とぼくを見たが、ぼくと兄貴とケインとウィルは、誰だろうね、と顔を見合わせてすっとぼけた。
人形遣いのユゴーさんから教わった人形について、皇族に内緒にしておきたいので、この場で話すつもりはない。
「捕獲されてよかったな。あれに関わる仕事を請け負っていて、そのまま何事もなく暮らしていけるはずがない。神罰が下る時期を人間が予測できないだけで、あってはならない物の力を利用した罰をいずれ受けるだろう」
月白さんが冷ややかな表情で男に告げると、男は激しく首を横に振った。
「私は生きのこるためには、自分の勘に従うしかなかった!あれが禍々しいものであることは封印されていても感じることができた。でも『世界の理に則った世界』を実現させるためには、血筋もコネも関係なく力で世界をねじ伏せられる、あの力を借りるなくてはならないのだ!」
身を震わせて力説した男に、洗脳されているね、とぼくたちは囁き合った。
「どうして、こうなってしまったのだろう?『世界の理』とは神の御力が世界中に循環することを現した言葉に他ならないのだよ。当たり前すぎて聖典に記載されていないけれど、毎日のお勤めで世界に魔力を送り込む、あの儀式こそが世界の理に則った行為なんだよ。もう、腹が立つというより、呆れてしまう」
眉を顰めた教皇は、言葉が独り歩きしている、としきりに嘆いた。
ぼくのスライムの内側で教皇の嘆きを聞いた男には理解ができないようで、はぁ?と首を傾げた。
「子どもたちが祠巡りをして魔力を神々に奉納することも、教会関係者の日々のお勤めも、世界の理に則った行いで、当たり前のようにみんながやっていることじゃ!お前は聖職者として世界の理に則った行いを毎日しながら、神々がお認めにならない存在を集める『世界の理に反する』行いを日々やっていたんじゃ!功罪を差し引いた天罰がいつか下るじゃろうが、お前が生きているうちに下るかなど、わしにはわからん」
マナさんの言葉に月白さんとワイルド上級精霊が頷いた。
「魂が天界の門を潜った後に、どうなっても人間にはわかり得ないことだろう?」
教皇の言葉に男はハッとした表情になった。
「何度生まれ変わっても因果は消えることなく、どんな加減で因縁の人物と遭遇するかなんて、そこに人知を超えた力が働くと、本当に誰にも予想できないことが起こり得るのですわ」
柔和な微笑を浮かべたクレメント夫人の言葉に、ぼくたちは黙ってうなずいた。
邪神の欠片の魔術具を改造した前前世の皇帝の悪行に、前世の皇帝の行いに恨みを持つクレメント氏が暴こうと躍起になっている現状を誰が予測できただろうか?




