砦を守る一族たちの末裔
「まあ、感動の再会なのはわかりますが、こちらに腰かけて寛いでください」
ぼくたちが輪になってアドニスと第三皇子夫妻の再会を涙で見守っている人垣をかきわけて、村長夫人が声を掛けた。
村長夫妻に促されたアドニスと第三皇子夫妻がバルコニーのそばの見晴らしのいい席に案内されると、第三皇子はアドニスにエスコートの手を差し出した。
アドニスが第三皇子の手をとると、それだけで第三皇子は幸せを噛みしめるような表情になった。
第三皇子夫人もアドニスの左手を握りしめて幸せそうに微笑んだ。
そんな二人に挟まれたアドニスは照れたようにはにかむと、バルコニーの向こうに見える景色を見て、何の植物でしょうね?と世間話に話を持っていった。
トウモロコシの説明を村長夫妻が始めると第三皇子夫妻も興味深そうに話に聞き入った。
マナさんが教皇と月白さんとワイルド上級精霊を上座に案内していたが、教皇の視線はアドニスと第三皇子夫妻に釘付けだった。
「全ての子どもたちを親元に返してあげたいものだ……」
月白さんもワイルド上級精霊も教皇の言葉に無表情のままだった。
「それぞれ事情が異なるから、戻れない子がいることを受け入れることが大事じゃ。時を戻してやり直すなんて創造神に反する考えで、わしらはこうなってしまった現実に対処するしかない」
できないことを嘆くよりやるべきことをすべきだ、とマナさんが教皇に諭すと、月白さんとワイルド上級精霊は頷いた。
ぼくがピンチの時にワイルド上級精霊が少しだけしか時を戻してくれないのは、創造神が創り給うた世界で流れる時間がどんな結果を迎えたとしても、創造神の箱庭の中の出来事として受け入れなければならないから、亜空間に招待された時間と現実世界を繋ぐときにだけ僅かばかり時間を巻き戻しているのだろう。
ぼくたちも空いている席にばらばらと座り始めると、大勢の緑の一族の女性たちがお茶を載せたワゴンを引いて各テーブルを回り始めた。
「キャロお嬢様、ミーアさん、カイル君お久しぶりです!」
夏休みでハナさんの家に帰省していたフエが村の女の子たちと一緒にぼくたちのテーブルに来て声を掛けてくれた。
各テーブルでお茶を入れているのは艶やかな黒髪の美女ばかりで、男子ばかりの留学生一行たちは、可愛い、全員美人だ、と小声で囁いていた。
緑の一族に入りたい、と希望していたマテルは女系一族だと知識としては理解していたが、実際に目の当たりにすると次期族長のカカシ候補に立候補したことを恥ずかしがるかのように俯いて赤面した。
生き別れた親子の感動の再会の場面から視界が広がった留学生一行は、ぼくたちを歓迎するために出迎えてくれた綺麗どころのお姉さんたちに長旅を労う言葉を掛けられてタジタジになっていた。
男装のキャロルとミロが一緒だけど、男子ばかりで旅をしていた上に、大聖堂島にも女性が少なかったので、お茶に砂糖を入れるかどうかの質問を両側に立った綺麗なお姉さん二人に聞かれたクリスはどちらに返事をしていいかわからず、いりません、と顔を赤くして小声で言っていた。
「ボリスさんのお兄さんは適齢期なのでモテますよ」
フエが小さな声で囁くと、えええ!とミーアが驚いた。
「ミーアさんはお砂糖を少しでミルクをたっぷりですよね」
フエはミーアの耳元で、シーっと静かにするように言いながら、何事もないかのようにお茶を入れ始めた。
ミーアの友人の緑の一族の少女が、ガンガイル王国にお嫁入りしたい女の子が多い、と小声で教えてくれた。
この旅が終わればガンガイル王国に帰国するクリスは魔法学校を卒業するまであと一年で、就職先も引く手あまたな優秀な騎士候補だから、婚活を考えている少女たちには優良物件に見えるだろう。
兄が急にモテ始めた理由がわかったミーアはフフっと笑った。
「緑の一族の女性たちが辺境伯領に嫁いで来てくれたら嬉しいですわ」
キャロお嬢様の呟きにミーアも頷くと、年頃の少女たちが嬉しそうな笑顔を見せた。
「お姉さま方が本気にしていますわ」
キャロお嬢様の言葉を社交辞令だと考えたフエは慌てたが、キャロルは落ち着いた口調で、本気です、と言った。
「世界中の出生率は男子の方が多いのですが、まあ、男性は戦争が続くと少なくなってしまうのが現実です。ガンガイル王国では現在、紛争もなく、帝国への出兵も停止していますから、適齢期の男性が女性よりはるかに多いのが現実なのです。うちの騎士団の独身寮では女性と知り合う機会がない、という嘆きで溢れていますわ」
キャロお嬢様の発言にお茶を配膳していた女性たちだけでなく、遠くの席にいた村長夫人の首が伸びた。
「緑の一族の皆さんと性格が良さそうなうちの独身男性騎士のお茶会ができればいいですよね」
おじい様に相談しましょう、とキャロお嬢さまが具体的に検討を始めると、いてもたってもいられなくなったのか、親子水入らずでご歓談ください、と村長夫人はアドニスと第三皇子夫妻に言いおいてぼくたちのテーブルにやってきた。
第三皇子夫妻は自分たちがアドニスに言いたいことがたくさんあるのにもかかわらず、感極まってしまいただ真ん中に挟んだアドニスを見ては幸せそうに微笑んで目尻の涙を拭っていたが、何か話せ、と村長夫人にせかされたことで、好きな食べ物は何ですか?などとぎこちなく話し始めた。
「まあ、キャロラインお嬢様!それは、伝説の『ごうこん』を実施していただけるのですか?」
ガンガイル王国の建国王がどうやら日本人転生者ではないか?と疑っていたぼくは、合コンと言う言葉がどうして伝説になっているのかが気になった。
“……やっと私の出番が来たかと思えば、合コンか……。お見合いほど堅苦しくなく男女を紹介する場として、ガンガイル王国の建国王が部下たちに女性と知り合う機会を設けるために実施していた。パーティーより簡素でお茶会のように気軽に参加できる出会いの場として行われていたようだね……。”
魔本は合コンの説明を続けていたが、長いので簡単に要約すると、王家主催のお見合いパーティーに近いが、格式張らず、身元のはっきりした男女の出会いの場として重宝されていたが、そこに政治的策略を挟み込もうとする人物が現れると、気軽な合コンとしての魅力がなくなり廃れてしまった経緯があった。
「その、『ごうこん』とは何か知りませんが、ガンガイル王国辺境伯領ではお嫁さんを絶賛大募集中ですから、おじい様に相談いたしますわ」
キャロお嬢様の言葉に男兄弟が多い留学生一行は力強く頷いた。
「緑の一族の女性たちがガンガイル王国に多く嫁ぐと、ますますガンガイル王国が発展するのでしょうね」
マテルが羨ましそうに呟くと、フエは悲しそうに頷いた。
「私の母は緑の一族出身でしたが、南方諸国の中でも北寄りの小さな国に嫁ぎ、戦争の影響で土地が瘦せてしまい移住を余儀なくされました」
褐色の肌のマテルを南方出身に違いないと踏んだフエが、南方の土地の魔力減少の嘆きを共有しようと話しかけた。
「そうでしたか。ぼくの祖国は戦争で消滅しましたが、そこに住む人々の事は今でも気に掛けています……」
マテルは失った祖国の復興は叶わなくても、故郷の土地を守りたいと願っていることをフエに話した。
「南方諸国に父と妹が残っていますが、私が親元に戻らないことを決意したのは南方諸国の食糧事情では私が親元に戻ると姉妹たちの食べる分が少なくなってしまうからです。孤児院に身を寄せた私が縁あってガンガイル王国に保護されたのですから、ガンガイル王国で知識と魔力を蓄え、遠くから家族を援助することを選択しました。今は、緑の一族で養女にしてもらいましたが、養父母も家族への援助を支援してくれています」
隣のテーブルでフエの話を聞いていた教皇は合点がいったかのように自分の額をピシャリと叩いてキュアを見た。
水竜のお爺ちゃんが巨大化するようにキュアが巨大化して劣悪な孤児院を破壊しまくって子どもたちを救助したことに気付いたようだ。
多くの教会施設を破壊したことを不問にしてくれないか?とマナさんが教皇に小声で尋ねると、教皇は無言で頷いた。
「ああ!ぼくが一人祖国を見捨てるかのように国を後にした時に復讐を誓った願いが神々に届いたのは、ぼくがその時望んだ内容の復讐ではなく、帝国一強で乱れてしまった世界中の土地の魔力を整えるために、国を失った王族でもなすべきことをするために、応えてくださったのかもしれない!」
帝国の皇子が二人も居合わせる場で帝国への復讐を神々に誓ったことをマテルが口にしたことに、ぼくたちは驚いたが、自分がすべきことは南方の地の魔力を整えることだ、と気付いたマテルは頭を抱えて武者震いを起こしていた。
「そんなに身構えんでもいいんじゃ。それは、マテル一人ですべきことではない」
ぼくたちのテーブルにやってきたマナさんはマテルに優しく話しかけた。
「南のあれを守る一族に話をつけてきた。成人するまでマテルはわしが預かることになった」
自分の今後の身の振り方をマナさんが国の偉い人に話をつけてくれていたことに驚いたマテルがマナさんを凝視した。
「南方諸国は戦争の影響もあって、現状としてはどんな王族も手放せない。じゃが、マテルをわしに預けると南方諸国は緑の一族との繋がりが持てることになるから、先方は快諾してくれた。成人後は南方諸国を立て直すために各地を渡り歩く生活になるじゃろうが、それでもかまわないなら、わしの子にならんかい?」
膝をついてマテルの視線の高さに合わせたマナさんがマテルの目を見てそう言うと、マテルの両目からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「はい。ぼくをマナさんの子にしてください!」
泣きながら返事をしたマテルの両手をマナさんは手に取ると、ありがとう、と言った。
「マテルのご両親や兄弟の代わりにわしはなれんが、マテルはわしの子じゃよ。産み育ててくださったマテルのご両親に恥じないように、わしはマテルが幸せになるように庇護するだけじゃ」
自分の両手を握りしめたマナさんの手にマテルは額を押し付けてすすり泣いた。
「南方の地を神々に託されたマテルが重圧に押しつぶされないように手助けをしてやるから、マテルは自分のできることをコツコツやるだけでいいんじゃ。東西南北のあれを守る一族の子孫たちは一人ではない。マテルの重圧は、ここにいる子どもたちのほとんどが負担していることなんじゃ」
マナさんの言葉に顔を上げたマテルは、キャロお嬢さまやデイジーやアーロンを見回して頷いた。
「人類皆兄弟ではないが、ここにいる子どもたちは遠い血縁であってもあれを守る一族の子孫たちじゃ。直系以外でも偶々、神々に選ばれることもある。時節の流れでマテルが亡国の王子として天啓を授かった。例えが悪いが、ガンガイル家が滅亡したらクリスがあれを守る役目を神々から仰せつかることもあるかもしれないのじゃ」
突如として例に挙げられたクリスが、あれって何だ?と首を傾げるとガンガイル家が滅亡しないように頑張ります、とキャロルが苦笑した。
「みんな一人で背負うものじゃない。わしら一族は土地を持たないがゆえに流動的にどこにでも支援に行く。ただ、政治的に難しい土地があるのも現実じゃ。そんな中で、わしらも、わしらにできることをするしかないのじゃよ」
マナさんの言葉に月白さんとワイルド上級精霊が頷いた。
「世界の魔力を整える役割を神々に求められた人材がこの地に集合したのか!」
今日の邂逅の神々の意図を察した教皇の言葉に、第三皇子と小さいオスカー殿下が身を竦めた。




