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親子の対面

 ぼくたちは大聖堂島に帰る前に邪神の欠片の魔術具を所持したまま逃走を続けているアリオを誘き出すための罠を仕掛けることにした。

 乗っ取りの魔術具が埋設されていた場所に新たに魔術具を埋めて、初級魔導士試験でアドニスが祝詞で空間に出現させた三次元映像を再現して乗っ取りの魔法陣によって見捨てられた牧草地が白砂に還った死の土地に見えるような仕掛けを施すことにした。

 水竜のお爺ちゃんと月白さんがサントスからさらなる供述を引き出している間に、死地の映像に風や匂いや見る者にどうしようもない寂寥感を体験させるための魔術具の開発にぼくたちは勤しんだ。

「せっかく新しい魔法を誕生させたのに、みんなで寄ってたかって研究して魔法陣で再現してしまうと、なんだか申し訳ない気がしてしまいます」

 新しい発想をみんなでワイワイ研究することに慣れていないマテルはアドニスが気を悪くしたのではないかと気遣う言葉をかけた。

「いえ、教皇猊下が特別に魔法陣を学ぶ誓約をすることを認めてくださったお蔭で祝詞を魔法陣に置き換えられる様子を直に見て学ぶことができて感動しています!」

 体調不良で初級魔法学校に通えなかったアドニスが魔法陣の話に参加できるように初級魔法学校の誓約を教皇が取り仕切ってアドニスに行い、基礎魔法陣の勉強をしながらみんなと魔術具を制作できたことに、アドニスは感動していた。

 そうこうしている間に、ぼくのスライムの分身が乗りこんだ土竜型の魔術具が帰還して、罠の準備が万端になった。

「さあ、帰るとするか」

 教皇の言葉にぼくたちは頷くと水竜のお爺ちゃんに飛び乗った。

 水竜のお爺ちゃんに掴まれていないサントスは、自分はどうしたらいいのだ、と水竜のお爺ちゃんを見上げると、背後に立っていた月白さんに肩を叩かれた。

「お前は大聖堂島には連れて帰れない」

 月白さんの言葉に反応したぼくのスライムの分身がすっぽりとサントスを包むと、球体に羽を生やした姿に変身した。

 秘密裏にサントスを拘束する場所まで転移するため、ぼくのスライムの分身は途中から別行動になった。


 大聖堂島に戻ると、教皇は正午の礼拝のためにそそくさと大聖堂に行ってしまった。

 昼食は簡単にパスタとサラダで済ませるためにみんなで準備していると、クラーケン襲来の時に海に行ったメンバーで烏賊墨パスタを作り、みんなにドン引きされた。

 意外なことに、昼食で再び合流した教皇はホワイトソースと烏賊墨のパスタを一皿に盛り合わせて、光影の盾だ、と喜んでいた。

 おかわりに向かうみんなもパスタを光影の一皿に盛り付けて喜んでいる。

「美味しいのですけれと、口が真っ黒になるのがどうしても苦手です」

 アドニスが口元を隠してそう言うと、口の周りを黒くしたデイジーがにこっと笑った。

「みんながこの状態なんだから気にしないでいいでしょう?」

 お歯黒みたいになってもみんな一緒だと言うデイジーに頷きつつもキャロルとミロは口元を隠して話し出した。

「付け爪に魔法陣を仕込んで一口食べるたびに口周りを綺麗にするのもいいかもしれませんね」

「カレーうどんを食べる時に汁が飛び散らない魔法陣も欲しいですね」

 ミロとマルコが午前中のノリを引きずって、あったらいいねの魔法陣の続きを考え始めていた。

「ああ、こういう雰囲気を第三皇子夫妻は理解してくださったようで、留学生一行のみんなが大聖堂島に滞在中にアドニスが一緒に過ごすことを、ご夫妻は感謝されていましたよ」

 月白さんは第三皇子から手紙が来ていたことをアドニスに告げた。

「第三皇子夫妻はアドニスのために帝都で別宅を用意する方向で物件を探しているようだ。死別している子どもが生きていた、と正式な手続きをするためには時間もかかるし、皇籍復帰となると、アドニスには皇族の務めのために宮廷に居を置かなくてはならなくなるので、正式な手続きを済ませる前に帝都の別宅で親子の時間を持ちたい、と希望されている」

 教皇の手紙によると、第三皇子夫妻はアドニスとの面会前に自分たちの希望をアドニスに伝えることで、アドニスに先に考える時間を与えようとしたらしい。

 緑の一族に興味のあるアドニスは帝都で両親と暮らすことを選択してしまうとマナさんと会えなくなるのでは?と考えたのか困ったようにマナさんに視線を向けた。

「面会場所を復興作業員がせわしなく出入りする廃墟の町ではなく、うちの村にするかい?わしが招待すれば全員を転移魔法で移動させることは可能じゃよ」

 マナさんが把握している場所からの転移なら全員が同じ場所にいなくても同じ時刻に緑の一族の村に招待できる、とマナさんが説明すると、親子の感動の対面に関係ない留学生一行やイザークやマテルも、緑の一族の村、と興味津々に目を輝かせた。

「みんなで緑の一族を見学に行くことにしたらアドニスの緊張もほど良く解けるだろうし、第三皇子夫妻は子どもたちと一緒にいる素顔のアドニスを見られるしで、いいこと尽くしじゃろう。ガンガイル王国側で反対意見がなければ一緒に行くかい?」

「おじい様に手紙を書きます!」

 絶対に行きたい!と元気よく言ったキャロルの言葉にみんなが頷いた。

「その方向で第三皇子と調節をしよう」

 教皇は面談が和やかに進みそうな状況になったことに喜んだ。


 そこからの数日間、アドニスと第三皇子夫妻の面会の調節が続く中、アリオが罠にかかることもなく、ぼくたちは聖典を読み解いたり、アドニスに魔法陣を教えたり、緑の一族に伝わる鼻歌を解読したりする穏やかな日常が続いた。

 緑の一族の鼻歌を解読している時は誰かかれかが口ずさむと精霊たちが踊りだすので、遠目にも解読が進んでいるのがわかる、と教皇は食事時に話してくれた。

 言葉と文字が使用できなかった時代に神罰の対象にならなかったメロディーラインは教会にも多く残っており、ぼくたちは神学校の音楽室にも出入りすることが許されて、帝都出身の神学生たちとも交流を持てた。

 夢中になる時にポロポロと出るぼくの鼻歌のメロディーに当てはまる行事の曲があったことになんとなく気付いていた神学生もいたようで、資料を探して用意しておいてくれたから、いつの間にか共同研究になっていた。

 そんな中、女の子たちは両親との面会時のアドニスの服装について話し合っていた。

 教会の下働きの少年の服でいい、と言うアドニスに、多少は女の子らしくしようよ、とキャロルたちが中性的なデザインの神学生候補服をデザインして喜んでいた。

 邪神の欠片が消滅した魔術具を研究しているクレメント氏がちゃっかり自分も採寸をしてもらい、教皇と面会する時のドレスのデザインを相談していた。

 女性らしい所作を身につけたと判断したミロがクレメントにスカートをはかせて裾裁きを指導し始めるとアドニスも自然とスカートをはいて練習し始めた。

 練習をすると成果を披露したくなるもので、男装女子たちも女性らしい仕草を忘れないために緑の一族の村を訪問する時には、アドニスとお揃いの神学生候補服を着ることになった。

 ミロが夜なべしてミシンをかけようとしたので、決まったデザインなら自動で縫製する機能をミシンに搭載すると大いに喜ばれた。

 そんなこんなで面会当日を迎えると、緊張した面持ちのアドニスに、可愛い、と女子たちが話しかけるとアドニスの表情も和らいだ。

 ぼくたちが一番驚いたのは女装したクレメント氏が、どこからどう見ても品のある貴族のお婆さんになっていたことだった。

「親族の肖像画にこんなお婆さんがいる」

 クレメント氏をまじまじと見たウィルの感想に、クレメント氏は優雅に微笑んで喜びを表現した。

「受け入れるわしの村の人間はクレメント氏が男性だと知っているが、クレメント夫人と呼ぶことにしている。せっかくだから存分に練習するといい」

 クレメント氏は本番さながらの気分で緑の一族の村に滞在中は女性として過ごす、と息巻いている。

 教皇と月白さんと従者ワイルドも招待されることになっているので、上級精霊を二人も招待できることにマナさんの精霊がウキウキしている気配がした。

 全員が一斉に転移すると目立つのでみぃちゃんのスライムの中に集合したぼくたちは、行きますよ!と言うマナさんの掛け声を聞き終えた時には、マナさんの精霊の真っ白な亜空間を経由して緑の一族の村の村長の屋敷の大広間に到着していた。

「……シシリア……」

 ぼくたちの背後から聞こえてきた女性の呼びかけにぼくたち全員が振り返ると、涙と鼻水を流しハンカチを握りしめていた第三皇子夫人が第三皇子に肩を抱かれていた。

 運悪くアドニスと第三皇子夫妻の間に入ってしまった面々は、アドニスが第三皇子夫妻によく見えるように腰を低くして身をかがめると、無言で両脇にズレた。

「……ごめんなさい。今はアドニスと呼んだ方がいいのよね。打ち合わせをしていたのに、私ったら……」

 ハンカチで涙をぬぐいながら話しかけた第三皇子夫人は死んだと思っていた娘との再会に高ぶる気持ちを抑えようとしても抑えきれず、ウっと言葉を詰まらせると、唇を震わせて黙り込んだ。

 第三皇子はそんな夫人の肩を自分の胸に引き寄せると自分も何も言えずに唇を震わせていた。

 そんな二人を茫然とした表情で見ていたアドニスは、自分の顔や二色に分かれた前髪に手で触れると、フッと一息吐くように小さく笑った。

「お父さんとお母さんですね。私は二人を魔法で掛け合わせたような顔をしているのですもの、一目でわかりました」

 アドニスが一歩前に出て声を掛けると、貴婦人の態度をすっかり忘れてしまっている第三皇子夫人は腰が抜けるようにその場に崩れ落ちそうになり第三皇子に腰から支えられた。

「あなたにお母さんと呼んでもらえるなんて……」

 うううううぅぅ、と泣き崩れて言葉にならない第三皇子夫人に向かって歩き出したアドニスは中腰の第三皇子夫人にごく自然に両手を差し出して抱きついた。

「……お母様……」

 ブホっと声を出した第三皇子が夫人ごとアドニスを抱きしめた。

 “……再会できて良かったなぁ”

 おいおいと泣きながら水竜のお爺ちゃんが精霊言語で言ったので振り返ると、キュアもみぃちゃんもみゃぁちゃんもボロボロと涙を溢し、感動の再会に水を差すような声を漏らさないように両手で口を押さえているので笑いそうになった。

 まあ、そうは言っても、ぼくだって溢れてくる涙を止められなかった。

 アドニスがどんなに苦しくても生きていてくれてよかった、と誰もが心から思う涙だった。

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