光影の鉄の処女
「こんなにのんびりとこんなところでサンドイッチとお茶がいただけるなんて思いもしませんでした」
すっかり枯れてしまっている牧草地の真ん中で地権者の許可もなく朝食会場を設営し、ベンさん特製のお弁当を堪能ししながらのんびりお茶を啜っている状況に、キャロルが溜息をつきながら言った。
どうしてこんなにまったりとした時間が流れているかと言えば、一言で言えばサントスがどんくさいからだ。
スライムたちが見張る中、サントスは放置されていた牧草地に仕掛けていた乗っ取りの魔術具を回収していたが、邪神の欠片の魔術具を失ったサントスは自分が仕掛けた罠を無効化することができず、円形に埋没してある魔術具を慎重に回収しては、自分の仕掛けた罠にかかり黒焦げになると、スライムたちに回復薬を噴霧されていた。
「転移魔法で逃亡するために必要な魔力をこの土地から奪うために乗っ取りの魔術具をサントスが仕掛けていたのですよね」
ウィルが教皇に確認をすると、移動中にサントスを自白させた水竜のお爺ちゃんと教皇が頷いた。
「サントス自身には邪神の欠片を浮き上がらせる意図はなく、邪神の欠片の魔術具を使用するために必要な魔力を人知れず得るために、廃村を狙って土地の魔力を奪っていた、としか考えていなかったのだ」
“……選民意識が高かった割には大事な情報を知らないポンコツだったな”
次につながる情報はなかった、と教皇と水竜のお爺ちゃんはがっくりと肩を落とした。
土地の魔力を奪いつくせば白砂になる、という知識しかなかったサントスは自分が乗っ取りの魔術具を使用したら邪神の欠片が浮かび上がって来ることさえ知らなかった。
人口が少ないから土地が白砂になっても問題ない、と邪神の欠片の魔術具を所持して現在逃亡中のアリオからサントスはいくつかの候補地を紹介されていた。
魔力を奪う役割を請け負っていたのに、自分が所持する邪神の欠片の魔術具を使用する魔力を調達していたという意識しかなく、指示役のアリオが逃亡してからの情報を何も持っていなかったようだ。
「サントスは乗っ取りの魔術具を使用する場所を自分で決めていなかったので……ああ、また焦げている」
煙の上がった方角を見ながらケインは眉を顰めた。
自分の仕掛けた罠に自分がかかるなんて、とてもじゃないが優秀な上級魔導士にはみえないサントスが、なぜ、邪神の欠片の魔術具を使用する適任者になれたのだろう?とぼくたち全員が訝しく思った。
「……いつでもしっぽを切れるような人材をあえて選んでいたのかもしれませんね」
ベンさんの言葉に、キュアと水竜のお爺ちゃんが自分のしっぽを掴んで首を横に振り、マナさんは頷いた。
「ああ、適度な野心を持ちながらも、自分を追い落とすことのできない連中を実行犯にして逃れている、現在手掛かりがほとんどないアリオが主犯の可能性があるのじゃな」
教皇と月白さんはマナさんの指摘に眉を顰めた。
「あってはならない存在の復活を願う……そんなことはあってはならない……」
邪神の復活をアリオが模索しているから邪神の欠片を収集している、とマナさんが暗に指摘したことに気付いた教皇は、そのことを口にするのも憚るようで言葉が続かなかった。
「まあ、乗っ取りの魔術具をそのまま回収できると、反転の魔法を読み解けるので、アリオの魂胆は明らかになるだろう」
時間がかかってもサントス自身に回収させているのは、関係者以外が触れると自爆する仕掛けがありサントス自身が回収すれば壊れずに現物を回収できる、とサントスが自白したからだ。
ちなみに現在サントスがたびたび爆発しているのは魔獣対策の罠に引っ掛かっているだけで、魔術具は回収できているから、ぼくたちは仕方なく待っているのだった。
回収する順番があるのか、サントスは牧草地をランダムに走り回って乗っ取りの魔術具を回収している。
「サントスを拘束したことを教会内にも非公開にしたら、アリオが直接邪神の欠片の回収に来たりしませんかね。光影の盾で一気に消滅させようとしたのに一定のところから圧縮できなくなったのは何か理由がある気がするのですよ」
ぽろっと口にした言葉に、そうだな、と教皇は頷いた。
「それで、今は圧縮できそうなのかい?」
兄貴の質問にぼくとぼくのスライムは頷いた。
水竜のお爺ちゃんに乗ってぼくたちがこの牧草地に来た時にぼくの両掌とぼくのスライムの触手が熱くなり、地中にある邪神の欠片を消滅させろ、と言う神々の意思を感じたのだ。
邪神の欠片の消滅より朝食を先にしたのは、乗っ取りの魔術具の魔力が邪神の欠片に吸収されなかった理由が知りたかったので、乗っ取りの魔術具を除去すると邪神の欠片がどうなるのか観察するためでもあった。
「半分近く乗っ取りの魔術具が除去されると領地の護りの結界と教会の結界から魔力が流れ込んでくる気配がするけれど光影の盾に変化を感じません。もう消滅させてしまいましょうか?」
教皇と月白さんとマナさんは即座に頷いたが、ちょっと待った!とベンさんが話に割って入った。
「せっかくアリオを誘き出せそうな状況だから、まるで邪神の欠片が封印されているかのような魔術具を埋没させて、この辺りの草を枯らせたままにしておくのはどうでしょうか?」
アリオに罠を用意してから邪神の欠片を消滅させた方がいい、と言うベンさんの案にぼくとケインとウィルは力強く頷いた。
「イザーク先輩の声の魔法が解放されている間に、いくつか魔法陣を描いてみたいです!魔法を発動させることはできなくても、光影の剣の影響を受けなくなった時にイザーク先輩の魔法の効果が持続するのかも試してみたいんです!」
目を輝かせてケインが提案すると、暇を持て余していたぼくたちは急に楽しくなってきた。
「ああ、それなら、サントスの収納ポーチを使うといいだろう」
乗り気になった教皇は邪神の欠片をサントスが猫糞しようとしたかのように偽装しようと言い出した。
やることができたぼくたちは早々に朝食を終えると、喧々諤々言いながら邪神の欠片を封印しているかのように見せかける魔法陣を考案した。
光影の剣の影響で魔法を行使できなくても魔力を指先から流して直接魔法陣を描くことはできた。
一つ魔法陣を描き加えるたびに、この魔法陣はあってはならない存在の雰囲気だけ醸し出す、とイザークが声の魔法を発動させた。
「このぐらい重ね掛けをしたら誰の手によって製作されたかわかるまい」
ほくほくの笑みを浮かべて教皇が仕上がったサントスの収納ポーチを掲げて見せると、やったー!とぼくたちは拍手をした。
「終わりました!」
まるで自分の任務達成をぼくたちが歓迎しているかのように受け取ったサントスが、囚われの身なのにもかかわらずぼくたちの高揚感に一体感を覚えたような清々しい声で終了を告げた。
“……まあ、あれだけ自分の罠にかかったのに、やり遂げたことだけは褒めてやろう。お前の分の朝食を残しておいたよ”
水竜のお爺ちゃんがサントスの分のお弁当を手渡すと、囚人食にしては美味しすぎるんだから感謝しなさい!とデイジーがサントスに食って掛かった。
回収した乗っ取りの魔術具を納めた教会の収納の魔術具をスライムたちは月白さんに手渡した。
「それじゃあ、サクッと消滅させてしまいますね」
ぼくの言葉にサントス以外の全員が頷いた。
ぼくは地面に両掌をつくと、テーブルの上に乗ったぼくのスライムは触手を光影の剣に変身させて上段の構えをした。
地中深くにある光影の盾をとげとげが内側についているウニのような鉄の処女に変身することを想像した。
そのまま光影の鉄の処女をグッと圧縮すると両掌から熱が消えて邪神の欠片が消滅したことがわかった。
ぼくのスライムの光影の剣が光と闇を放った後、消失すると、サントス以外の全員から歓声が上がった。
ぼくは土竜型の魔術具を収納ポーチから取り出すと、ぼくのスライムの分身が改造されたサントスの収納ポーチを持って乗り込み、地面に潜っていった。
何がどうなっているんだ?と言いたげにサントスは見ていたが、食べないなら貰ってあげるよ、とデイジーに言われると、ベンさん特製の美味しいサンドイッチの入った弁当箱を抱えて込んで脇目も振らず食べだした。
「ああ、アリオがこの罠にかかってくれたら一気に片が付くのじゃがなあ」
マナさんの呟きに教皇は頷いた。
「まあ、待つしかないのがもどかしいが、大聖堂島に戻れば多忙で時間なんてあっという間に過ぎていくだろうな」
男装女子たちと楽しそうにお喋りをしているアドニスを見ながら教皇が呟いた。
マナさんの忠告を真摯に聞いていた第三皇子は、昨日の今日で大聖堂島に押し掛けてくることはないはずだが、教皇には面会の調整の仕事が待っているのだろう。




