違和感の正体
大聖堂島に戻る前に大量に精霊が出現したこの教会で早朝礼拝をする事になった。
日の出の時間までのわずかな間に清掃魔法を掛けたり草むしりをしたりし、無人の教会を綺麗にしてから、早朝礼拝の準備をした。
初級魔導士の口頭試験に合格したアドニスは教皇の真後ろに並び、その後ろにぼくたちも並んだ。
教皇の祝詞に合わせてぼくたちは跪いて魔力奉納をすると、教会の礼拝所の魔法陣が光り出した。
教皇の隣の月白さんの肩が僅かに動いたのを見て違和感を覚えた。
礼拝所内で光った魔法陣はこの教区の教会の護りの魔法陣で、問題になるほど魔力が不足しているわけでもない。
ぼくの微細な魔力を広げて細部まで調査してまた突然の魔力枯渇を起こすのもマズいから違和感の正体を探るのをあきらめようとした時、ふと光影の剣の呪文が脳裏に思い浮かんだ。
『光と闇は表裏一体だけど、世界の始まりは闇の神が先に誕生し、この世界は闇と共にある!』
教皇の祝詞が終わった後、口の中でごにょごにょと祝詞を呟くと床についた両掌がほんのりと温かくなり、光影の魔術具で魔力を使用する時のようにじんわりとぼくの魔力が教区内に拡散していくのをなんとなく感じていると、一か所に向かって集中的に流れて行くのがわかった。
通常の魔力奉納よりやや多めの魔力を使用して光影の盾が浮き出ようとする邪神の欠片を包み込むようにイメージすると、光影の盾が邪神の欠片を囲いこんだ感覚がした。
闇の面が内側の光影の盾でこのまま邪神の欠片を浄化できないかと考えたが、光影の盾はバランスボールくらいの大きさにまで縮めることができたが、それ以上圧縮することができなかった。
手を離して光影の盾が消えないことはほんのりと両掌が温かいことでわかった。
ぼくが顔を上げると、早朝礼拝を終えた教皇が礼拝所内に現れた魔法陣の中の一か所だけまだ消えずに残っている場所を凝視した。
「あれが潜んでいる箇所か!」
教皇の発言に月白さんは小首を傾げた。
教皇の言う、あれ、とは、ぼくが今封じている邪神の欠片を指しているのではない、ということだろうか?
マナさんと兄貴とシロも微妙な表情をしている。
ぼくのスライムが教皇の注視する箇所に触手を光影の剣にして触れると黒いモヤが出現し魔法陣の一部に張り付いた。
「これは……邪神の欠片の魔術具も持って逃走している上級魔導士のアリオではなく、地中から浮かび上がってくる最中の邪神の欠片そのものなのかもしれないな」
マナさんの言葉に月白さんは頷いた。
“……後は大聖堂島に帰るだけなのだから、立ち寄って消滅させた方がいいだろう”
小さくなってもサントスの襟元を掴んだまま早朝礼拝を見守っていた水竜のお爺ちゃんが精霊言語でそう言と、子猫のように持ち上げられていたサントスが白を切るように斜め下を向いた。
「ああ!そうじゃな!あれはお前が仕掛けた魔術具じゃったんだな!」
マナさんの言葉に、乗っ取りの魔術具を使用して邪神の欠片を浮かび上がらせていた一件にサントスがかかわっていたのではないか、とぼくとケインと兄貴とウィルも気付いた。
子どもに見せるものじゃないな、と精霊言語で言った水竜のお爺ちゃんは、サントスを掴んだまま礼拝所を文字通り飛び出していった。
「なぜ、この教会には司祭が派遣されていないのですか?」
状況が飲み込めず首を傾げていた教皇に、この教会が見捨てられた理由をマナさんが問いただした。
「この町はここの領主が所属していた派閥の長の失脚により、派閥の長から援助を得られなくなり、領地を帝国に返納したことで、隣の領に統合されてしまいました。それに伴って、多くの住民が移住してしまったので、人員不足の教会としては隣の教会の司祭に兼任してもらっているところです」
定期的に隣町から司祭が来てお勤めを行なっているという教皇の説明に、なるほどね、とマナさんは頷いた。
「土地の魔力が不足すると浮いてくる邪神の欠片を、あえて早く浮かび上がらせるために教会の護りの魔法陣から切り離す乗っ取りの魔術具を、サントスはこの場所に使用したのかもしれんのじゃ」
領地併合で領主の護りの魔法陣の書き換えが完了する前に、教区の教会から司祭がいなくなったことで護りの魔法陣の管理者が不在のうえ、土地の魔力が不足する一歩手前のこの地区で局所的に土地の魔力を奪い、地上に浮かび上がる邪神の欠片を誘導しているのではないか、とマナさんは教皇に説明した。
「ああ!局所的に護りの魔法陣から切り離す魔術具があるにはあるが、使用方法が間違っている。あれは邪神の欠片が浮かび上がってきた土地から護りの魔法陣の魔力を奪われないために局所的に護りの魔法陣から切り離すために使用する魔術具であって……」
サントスの使用方法が全く逆だと説明していた教皇は急に黙り込むと、窓から外を凝視した。
屋外では水竜のお爺ちゃんに上空から落とされては地面にたたきつけられる寸前で拾い上げられているサントスがいた。
「自白の強要は後回しにしてサントスの身ぐるみをはいでくれ!」
教皇は水竜のお爺ちゃんに向かって叫ぶと、礼拝所から飛び出した。
教皇の発言を聞いたぼくのスライムは念のためにサントスにつけていた自分の分身にサントスが腰から下げていた収納ポーチを外させると、教会の外に飛び出した教皇に向かって投げた。
水竜のお爺ちゃんは教皇の指示通り、サントスの寝間着まではごうとすると、あったからもういい!とサントスの収納ポーチの中を探った教皇は水竜のお爺ちゃんを止めた。
「反転の魔術具を探していたんだ。これが見つかったから、服まで脱がさなくていいんだ!」
小さな棒状の魔術具を取りだした教皇は窓から見ていたぼくたちに掲げて見せた。
「反転とは一体何をひっくり返すのでしょうね?魔法効果を反転させて相手に戻すということでしょうか?」
母さんのお守りを強力にしたような魔術具を想像したキャロルの質問に、どう答えたらいいものか、と言うかのようにマナさんが顔を顰めると、ベンさんが答えた。
「攻撃を跳ね返すお守りのようなものだったとしたら、光影の弾丸の攻撃も跳ね返しただろうから、浄化に成功しているということは、反転の魔術具が邪神の欠片の魔術具ではないだろう」
ベンさんの推測に月白さんは首を傾げた。
「あれはカイルが邪神の欠片を浄化した魔術具で間違いない。魔力を奪い自分の魔力として使用するという意味で、反転の魔術具と言うのでしょう」
邪神の欠片自体が他者の魔力を吸収するものだから、月白さんの説明は納得がいかなかったが、嘘を言えない精霊が言った言葉だから、単に言いたくないことを言わないために、邪神の欠片の魔力調達方法しか言えないのだろう。
「何を何に反転するかが言えないことなのですね」
ケインの指摘に月白さんだけでなくマナさんも頷いた。
「ゾーイがアドニスにしていたことのように、人間としての倫理に反することなのでしょうね」
デイジーの呟きに、子どもが聞くような内容ではないと判断したぼくたちは余計な詮索をすることを止め、無言で頷いた。
「どのみち帰りに乗っ取りの魔術具を回収しなければいけませんよね」
ぼくは話を本題に戻すと、マナさんは頷いた。
「地中に浮かびそうになっている邪神の欠片は地中にある状態で、とりあえず光影の盾に包んでありますよ……」
危険な状態ではない、とぼくが話を続けようとしたら、えええええええ!と叫んだ全員の声に掻き消された。
ぼくたちが外に出ると、サントスはぼくのスライムの分身に包まれて巨大化した水竜のお爺ちゃんの爪の先に引っ掛かるようにぶら下げられていた。
“……魔術具を仕掛けた張本人に案内させようと思ったのに、カイルのスライムも現場を知っているのか”
事情を教皇と水竜のお爺ちゃんに説明すると、風よけのたてがみがない状態でサントスに道案内をさせようと考えていたのか、水竜のお爺ちゃんはがっかりしたような口調になっていた。
「なに、現場でこいつに魔術具を片付けさせればいい。わしらはその間に朝食でも食べよう」
ぼくの頭に居ついている精霊を助けた時に使用されていた乗っ取りの魔術具は邪神の欠片ごと封印してしまったので、今回は仕掛けた本人に回収させよう、とマナさんが言うと、サントスが震えだした。
「なんじゃ。反転の魔術具がなければ邪神の欠片が浮かび上がる土地にさえ立てないのか?」
マナさんの言葉にサントスは悔しそうに頭を抱えた。
「私はあの魔術具の適任者なんだ!私は選ばれた上級魔導士で、あれを持つべき人間は私だけなんだ!」
水竜のお爺ちゃんの爪の先に引っ掛けられて教会の屋根より高いところから吊るされているのに、まだ歪んだ選民意識を持っているサントスを包んでいたぼくのスライムの分身は、サントスを見放して本体に戻った。
「この状態でサントスを吊るしたまま現地に飛んでいこう。そもそも、あれは人間が使ってはいけないものだし、あれの本体が消滅していることさえ気づいていないお前が、適任者だと自負しているなんて、鼻で笑ってしまうよ」
取りつく島もなくサントスに告げた教皇は、水竜のお爺ちゃんのしっぽに飛び乗ると首元まで一気に駆け上がった。
来た時同様の順番でぼくたちも水竜のお爺ちゃんのしっぽに飛び乗ると、サントスが悲鳴を上げるのにもかかわらず、水竜のお爺ちゃんは上昇し始めた。
まあ、みぃちゃんのスライムがサントスの足元で飛行しているから落ちることはないのだけれど、誰もサントスにそのことを告げなかった。




