奇襲と初級魔導士の口頭試験
何かと寝不足の日々が続いたのでシロの亜空間でゆっくり寝だめをしてから、みゃぁちゃんのスライムのテントに戻ると、ほどなくして水竜のお爺ちゃんが戻ってきた。
“……教皇猊下はサントスに奇襲をかける予定だ”
サントスが潜伏している小さい教会には転移の間がなく、大聖堂からの捜査隊が転移するにも近隣の大きな教会に転移するしかないので、自分への捜索の経由ポイントを押さえているだろうサントスの裏をかくため、教皇を乗せた水竜のお爺ちゃんが空から奇襲すると精霊言語で話し出した。
「ぼくたちはどうやって移動するの?」
ケインの質問に水竜のお爺ちゃんは、任せておけ、と精霊言語で言ったので、えええ!とぼくたちは思わず大きな声が出た。
「みんなで水竜のお爺ちゃんに乗ってもいいの?」
イザークの発言に寝袋の中でもぼくたちのやり取りを気にしていた男子たちは、がばっと身を起こして、マジか!と水竜のお爺ちゃんを見た。
“……儂が大きくなれば何人だって乗せられる。大聖堂島の湖の主のわしに国際法なんて関係ない。飛行許可などいらないだろう”
まあ、ガンガイル王国の騎士団と契約していない飛竜たちも飛行許可なく帝国に出入りしているからそこのところは問題ないだろうが、教皇が乗っても……教会に文句など言えないか。
「目が覚めたら何か進展しているだろうと思っていたけれど、奇襲に同行できるなんて光栄だな」
寝起きのマテルが興奮して言うと、頷いた男子たちは夜明け前なのにもかかわらず、身支度を手早く済ませた。
ぼくたちがテントの外に出ると女子たちもマナさんから話を聞いたのか、噴水広場に集まっていた。
昨晩の話の流れからベンさんはお弁当を作り終えており、早朝奇襲、ではなく早朝研修と言う名目で教皇と月白さんも噴水広場に合流した。
「急遽決定したことなので、早朝礼拝前に参加できる神学生候補だけで行こうと考えていたが、全員参加するとはみんな早起きだな」
教皇が感心したように言うと、マルコは恥ずかしそうに俯いた。
「光影の剣が現場でどう活躍するのか話で聞くだけではよくわからなかったので、現場を見られる機会に恵まれて、楽しみであまり眠れませんでした」
マルコの呟きにみんなも頷いた。
実のところ全員、昨夜から興奮しており、ぼくのスライムがウキウキで噴水広場に戻ってきた気配で薄っすら目を覚ましていたらしい。
「現場で見ても眩しくて何があったかよく見えないのが実情じゃよ」
ケタケタと笑ったマナさんがそう言うと、それでも現場の雰囲気を味わいたい、とマルコは言った。
軽く打ち合わせを済ませると水竜のお爺ちゃんはみんなを乗せるために伝説の竜らしく巨大化した。
“……儂の背中のたてがみに掴まれば風圧で落ちることはない”
水竜のお爺ちゃんのしっぽへと飛び乗った教皇は、そのまま首筋まで一気に駆け上がった。
月白さんとベンさんが教皇の後に続き、キュロットスカートのマナさんが女子たちと乗った後、クリスが真ん中で新入生たちの面倒を見ることになり、続いたマテルとイザークの次にボリスが乗ると(ウィルと?)兄貴とケインが乗り、殿はぼくになった。
水竜のお爺ちゃんが上昇するとグッと持ち上がる感覚があったが、水竜のお爺ちゃんのたてがみを掴むと離陸時の重力加速の体感が消えた。
飛竜より乗り心地がいいのではないか?とぼくが考えたのがキュアにも伝わったのか、鞄から出てきたキュアは水竜のお爺ちゃんのたてがみを握っては離しを繰り返して、風圧の違いに首を傾げていた。
“……儂は伊達に長生きをしとらん。大昔に水没した村を救うために人間だけでなく魔獣たちも乗せたことがある。精霊言語の指示を理解すれば誰も落ちないようにとたてがみ付近の魔力に念じたらできるようになったんだ”
水竜のお爺ちゃんの大雑把な説明に、いつもそんな説明をしていたから水竜のお爺ちゃんの妻が水竜のお爺ちゃんの魔法をなかなか取得できなかったのだろうと、まだ湖の底で眠っている奥さんを気の毒に思った。
水竜のお爺ちゃんが速度を上げてもぼくたちは全く風圧を受けることがなく、東の地平線からほんのりと明るくなる絶景を眺める快適な空の旅を満喫できた。
水竜のお爺ちゃんが減速すると、サントスを見張るぼくのスライムの分身の気配を微かに感じることができた。
サントスの潜伏する教会の真上に到着すると、出発前の打ち合わせ通り、ぼくのスライムが微細に分裂して巨大化した水竜のお爺ちゃんの周囲を覆いつくし、無数に分裂した全てのぼくのスライムの分身が光影の盾を出現させた。
教皇が水竜のお爺ちゃんの首元で試しに呪文を唱えたが魔法が発動することがなかった。
「微細になって広がったスライムの光影の盾の働きは巨大化した水竜を完全に覆っているようだ」
「ここから見学すれば安全じゃな」
教皇とマナさんの言葉に月白さんは頷いた。
出発前の打ち合わせでキュアにも手伝ってもらうことを教皇から承諾を受けていたので、キュアとみぃちゃんのスライムはぼくのスライムの分身たちに付き添われながらサントスが眠っている部屋の窓際まで降下した。
今回の作戦は、ぼくは教会の建物内に侵入せず、先に潜入していたぼくのスライムの分身が誘導する場所に光影のバズーカー砲を撃ちこみ、教会の建物を崩壊させることなく邪神の欠片だけを浄化することにしたのだ。
水竜のお爺ちゃんのしっぽに立ったぼくが光影のバズーカー砲を担ぐと、イザークが叫んだ。
「光影の砲弾は邪神の欠片のみを消滅させ、神を称える建物や備品を破壊しない!」
光影のバズーカー砲の引き金を引くと飛び出した弾丸は、サントスが潜伏している部屋の外壁に触れると、まるで水面を貫通するように外壁を液状化して円状の波紋を残して貫通すると、何事もなかったかのように外壁は元に戻った。
「キュアは光陰の弾丸により闇に包まれたサントスに浄化の雷撃を命中させる!」
イザークの言葉と同時にみぃちゃんのスライムが窓を開け、室内に向けてキュアが口から雷撃を放った。
光影のバズーカー砲の爆音の後、サントスの潜伏している部屋の窓が真っ暗闇に包まれると、轟音とともにキュアの放った雷撃が走ったのが見えたが、みんなはただただ眩しかったようで両腕で目を覆ってしまいキュアの活躍を見ていなかった。
邪神の欠片が消滅すると、キュアの雷撃で死なない程度に黒焦げにされたサントスをみぃちゃんのスライムが風呂敷のように広がって包み込むと、そのまま窓から飛び出してきた。
「大成功のようだな」
サントスを捕獲した球体に羽を生やしたみぃちゃんのスライムが教皇のところまで飛翔すると、満面の笑みをした教皇は嬉しそうに言った。
水竜のお爺ちゃんは片手でサントスの首根っこを摑まえると、みぃちゃんのスライムは水風船がはじけるようにサントスからはがれて教会の中庭にストンと降り立った。
水竜のお爺ちゃんのしっぽから滑り降りたぼくたちが中庭に次々と降り立つと水龍のお爺ちゃんはサントスを掴んだまま急上昇し、そのままサントスの尋問を始めた。
「さあ、予定通りアドニスの初級魔導士の口頭試験を行なおう!」
教皇が予定通りアドニスの試験開始を宣告すると
アドニスはぼくたちの真ん中で恥ずかしそうにはにかんだ。
「初級魔導士の口頭試験は試験官に指定された聖典の章を三つ諳んじることで魔法が発動すれば合格となる。アドニスは光の章と闇の章と空の神の章を諳んじるように!」
教皇の言葉に、はい、と返事をしたアドニスがスラスラと光の章を諳んじると、邪神の欠片の消滅を喜んでいた精霊たちか踊るようにくるくると回りながら出現し光を点滅させた。
アドニスの歌うような高らかな声に合わせて、精霊たちはどんどんと集まり教会の中庭全体に広がると、朝日が差し込むにはまだ早い時刻なのに快晴の朝のように辺りが明るくなった。
アドニスはそのまま闇の章を続けて諳んじると、精霊たちが多方向から明るく照らす中庭に腰かけたぼくたちの複数の影が四方八方に長く伸びた。
アドニスの暗唱が空の神の章に移ると、精霊たちは中庭の上空を筒状に飛び交うと、ぼくたちの映像が空間に三次元映像になって中庭の上空に出現した。
上空の映像のぼくたちはアドニスの想像上の姿だったようで、地面に座っているのではなく、精霊たちの動きに合わせて楽しそうに手を動かしぼくたちも踊っているように見えた。
「見事だ!アドニス。合格だ。祝詞の暗唱だけでこれほどの魔法に成功することはめったにない!」
教皇の言葉に、おめでとう!とぼくたちが拍手喝采をすると、アドニスの集中力が途切れたらしく空中の映像が消えた。
「大丈夫ですか?アドニス。かなり魔力を使用したでしょう?」
キャロルがアドニスに駆け寄って労わると、アドニスはホッとしたように胸をなでおろした。
「アドニスには邪神の欠片の消滅を喜ぶ神々からの祝福があったようじゃから、大丈夫じゃ。だが、今は大きな魔力を行使した高揚感に高ぶっているが、落ち着いたら疲労感に襲われるじゃろう。今のうちに回復薬を飲んでおきなさい」
マナさんの言葉に頷いたミロが、美味しくないけど我慢してね、と言いながらアドニスに回復薬を手渡した。
回復薬を口に入れたアドニスが渋い表情になると、ぼくは口直しの飴をアドニスに手渡した。
オレンジの飴を舐めたアドニスがホッとした表情を浮かべると、急に眉を顰めた。
「こんなにすぐに体が軽くなる回復薬は初めてです。とても高価なものではないでしょうか?」
恐縮するアドニスに、そうだね、とぼくたちは頷きながらも、気にしないでいい、と言った。
「今回はガンガイル王国ガンガイル領主様から回復薬の予算が下りています。教皇猊下のお供でかかる経費は大人が負担してくれるので大丈夫です!」
ミロの説明に、ありがとうございます、とエドモンドの粋な計らいにアドニスは感激しながら言った。
「ぼくたちも凄い映像を見せてもらって感激です。詠唱魔法はイメージを明確にする時間があるので、あんなに滑らかな動きにすることが可能なんですね」
精霊たちがまだ点滅している中庭の空を見上げたままのケインは、脳内で三次元映像の続きを再現しているかのようにしみじみと言った。
あんなふうに競技会の中継を三次元映像で上映できたら楽しいだろうな、とアドニスの魔法の平和的な利用法を考えていると、子どもはそれでいいんだ、とでも言うように頷きながらマナさんとベンさんは、興奮するぼくたちを見て目を細めた。




