追跡続行!
ゾーイの聴取も進んだようで夕方礼拝の後の夕食の席に来た教皇は満面の笑みだった。
「知らないと言っていたのに、他の二人の逃亡者の功績が気になるらしく、ぺらぺらと洗いざらい知っていることをゾーイは話したよ」
転移魔法が使用可能な邪神の欠片の魔術具を使用するにも適性があったようで、貴族出身ではないゾーイは孤児たち同様の治験を受けた生き残りであったのにも関わらず適性があったことを誇りに思っており、そんな自分は他の適正者よりさらに一歩抜きんでていると自負していた。
自分より功績を上げている適正者がいないか教皇から情報を得ようとしたゾーイは水竜のお爺ちゃんの尋問で結局洗いざらい自白させられたようだ。
“……転移の距離は使用者の魔力量に左右されるらしく、ゾーイは自分が一番遠くまで転移できると自慢しておった“
水竜のお爺ちゃんは、ディミトリーやアドニスの魔力を拝借して邪神の欠片の魔術具を使用していたのにもかかわらず、自分の実力だと勘違いしていたゾーイに二人の逃亡者の最大移動距離を聞き出した後、ディミトリーとアドニスがいなかった時はどうだったか?とゾーイに現実を突きつけたらしい。
「他の逃亡者も教会関連施設を転々としていることは間違いないようだから、ゾーイの証言をもとに邪神の欠片の魔術具を所持している二人の逃亡者の似顔絵をスライムたちに描いてもらえないだろうか?」
教皇はゾーイの供述から似顔絵を描き邪神の欠片を持つ逃亡者の本名を暴き出そうと躍起になっていた。
ぼくとウィルのスライムが教皇の前に進み出ると、了解!とばかりに恭しくお辞儀をした。
「大丈夫です。ぼくたちのスライムは分裂できるので、お貸しいたします」
ウィルの言葉にぼくとウィルのスライムはビー玉サイズの分身を作り出し、分身たちは教皇の肩に飛び乗った。
「用事が済んだら自分たちで戻って来れますから、スライムたちのことはお気になさらないでください」
ぼくの言葉にぼくとウィルのスライムの分身が教皇の肩の上で、任せてくれ!とぴょんぴょんと跳びはねた後、ゾーイが拘束されている建物に向かって羽を生やして飛んでいった。
「ありがとう、よろしく頼むよ」
ぼくとウィルのスライムの分身を見送った教皇の言葉に、スライムたち全員が誇らしげに体を揺らした。
“……カイルのスライムの分身を今晩の捜索に借りてもいいかい?現段階で聞き出したゾーイの情報をもとに、今晩は潜伏先を探すだけにして、運良く発見できたとしても手を出さず、日を改めて教皇猊下をお連れする作戦にした方が、どうにもゾーイ同様に権威に弱そうな連中だから、教皇の権威を目の当たりさせることで精神的に傷めつけてやれるだろう”
皇帝暗殺が成功した暁には、教会の威信を高め教皇を暗殺して傀儡の教皇を据えようと企んでいたことがゾーイの供述から判明したため、水竜のお爺ちゃんは連中に教皇の威光で光影の剣が出現したかのような演出がしたい、と考えたが、教皇は首を横に振った。
「光影の剣を出現させられない私がさも出現させたように見せかけるのは、神々の意向に背くことになるだろう。我々が把握しきれていない秘密組織の一員にカイルの実力が露呈することは好ましくないが、私がカイルの功績を奪うようなことをしては駄目だ」
ぼくやイザークが秘密組織の残党に狙われないように配慮する教皇に、そうじゃ、とマナさんは頷きながら何か思案したように斜め上に視線も向けながらマナさんの精霊と精霊言語で情報を交換したようだ。
「それなら、みんなで行けば誰が光影の剣を出現さたかわからないようにできるじゃろう」
突拍子もないマナさんの提案にぼくたちは全員マナさんを注視した。
月白さんは面白そうに頷き、従者ワイルドは下を向いて視線をそらせた。
「みんな優秀な魔法学校生たちなんじゃから、新課程で神学を学ぼうとする神学生候補たちに特別授業をするふりをして、みんながスライムを光らせながら手に持っていたら、カイルの伝説の光影の剣が飛び道具になっておるなんて、わからんじゃろう」
マナさんの言わんとしていることを理解した教皇は、そういうことか、と苦笑した。
「カイルのスライムが光影の盾を出現させれば、子どもたちの安全は確保されるだろう……。いずれにせよカイルが現地に行かなくては逃亡を止められないのだから仕方ないのか」
教皇は難色を示しつつも、邪神の欠片の魔術具を使用する逃亡犯は光影の剣を使用しない限り逃亡を止められないことと、子どもたちの安全とを天秤にかけると早期に邪神の欠片を消滅させることを選ばざる得ない、と悩んでいた。
「アドニスは神学を学ぶ誓約をしているのに初級魔導士の試験を受けていないから、それを口実にはできそうか。新しい神学校の設立のための試験内容を検討しているので、アドニスに新試験を先行実施することにしてもいいのかもしれないな」
教皇は子どもたちが集団で地方の教会に転移する理由を、地方に新設する神学校の新試験の研究目的にすることで、差し迫った仕事を同時にこなそうと考えたようだ。
「どこの教会でいつ実施するかは当日まで内密にする、としておけば、突然、私たちが転移しても問題ないでしょう」
月白さんは自分も同行する気で教皇に提案した。
「ああ、そうだな。まあ、突然、地方の教会を訪問するのはいつものことだ。みんな慣れているだろう」
秘密組織がかかわる孤児院を探し出すために突撃していた教皇は、教皇判断で現場を混乱させるのに慣れているのか、あっさりと承諾した。
「あのう、お肉が残っているのなら、こっちのお鍋でいただいてもいいですか?」
ぼくが行かなければ邪神の欠片が消滅しないことがわかりきっているデイジーは、話の流れを断ち切って、すき焼きの肉がまだたっぷりテーブルに残っていたぼくたちの鍋の横の皿を見て物欲しそうに声を掛けた。
話に夢中になって手が止まっていた教皇はデイジーに、駄目、ときっぱり言うと、すき焼き鍋に肉を入れた。
食べ盛りの子どもなんだもん、分けてくれてもいいのに、とデイジーが食い下がった。
「〆の饂飩と〆の〆の雑炊に卵を足しますよ」
ベンさんが饂飩とお櫃に入ったご飯を用意すると、饂飩を卵かけご飯で食べる、とデイジーが言い出して、ぼくたちは笑った。
和やかな食事が終わるころ似顔絵を描きに行っていた二匹のスライムが戻ってきて本体に合体するとタブレットに変形して逃走犯の似顔絵を映し出した。
「こっちがサントスでこっちがアリオですね。この二人も同名の中級魔導士が拘束されているはずです」
月白さんが逃走犯の通称を確認するように言うと、変身を解いたぼくとウィルのスライムが頷いた。
“……サントスの逃走経路をゾーイが予想していたから、今晩はそこを回ってみよう”
水竜のお爺ちゃんが精霊言語でそう言うと、ぼくのスライムは頷いた。
「二匹ともサントスを発見するだけでいいからな。無茶をするんじゃないぞ」
教皇の言葉にぼくのスライムと水竜のお爺ちゃんは触手と短い手で、了解!と敬礼した。
“……サントスを発見したら小っちゃい分身を残しておくから転移されても逃さないよ!”
ぼくのスライムはぼくと兄貴とケインと魔獣たちに精霊言語で意気込みをまくしたてた。
夕食後二匹が噴水に飛び込むと、排水溝にディミトリーらしき人影が出現し二匹と一人の影は排水溝に飲まれるように消えた。
真夜中に目が覚めたのは、ぼくのスライムがみゃぁちゃんのスライムのテントに戻ってきた気配がしたからだった。
水竜のお爺ちゃんは教皇に結果を報告に行っているようでぼくのスライムと一緒にいなかった。
月明かりの中、ぼくのスライムが機嫌よさげに小躍りしている様子からサントスを発見したことがわかった。
みんなを起こすのもどうかと思い、シロの亜空間に行こうと考えたら、ケインとウィルが勢いよくがばっと上半身を起こした。
起きてしまったのならぼくのスライムの報告を一緒に聞いてもいいだろう、とシロにつたえると、まだ眠っているイザークまで寝袋ごとシロの亜空間に転移しており、イザークは眩しそうに両手で顔を覆った。
「スライムの結果報告を朝まで待てないのでは、と思い招待しましたが、迷惑でしたか?」
犬型のシロに声を掛けられたイザークは、もぞもぞと寝袋から出た。
「いや、声を掛けてくれてありがとう。朝になるまで待てないよ」
シロの亜空間には、ぼくとケインと兄貴とウィルと魔獣たち、家族と家族同然の面々がおりイザークは自分も呼ばれたことに喜んで笑みを見せた。
「フランクほど金の亡者ではなかったんだけど、サントスも逃走用の資金や物品を隠している場所があると思われたから、そこから探しに行ったのよ」
ぼくのスライムは、水竜のお爺ちゃんがフランクやゾーイから聞き出した逃走犯が金品を隠していそうな教会に転移すると、教会関連施設の構造に詳しいディミトリーと共に捜索したようだ。
物品が残っているようならサントスの再訪の余地があるし、なければ捜索済みとして次々とサントスに縁のある教会を回ったらしい。
「それがね、本人が潜伏している教会に着くと体の一部が熱くなったからすぐに、ここだ!とわかったのよ」
初回のゾーイの拘束に失敗したぼくのスライムは、すぐさま触手を光影に剣に変身させずにぐっとこらえて、サントスに異常を悟られないように極小の分身で四方八方から近づいた、と得意気に報告した。
「司祭不足で教会関係者が不在になっている小さな教会を潜伏先にしていたわ。まあ、あそこなら、新しい試験の実験先として相応しい場所だったわ。保存食を持ち込んでいたからしばらくそこに滞在する気でいるようだったけれど、念のために分身を置いてきたから、逃がしはしないわ」
極小サイズに分裂すると光影の剣として効力を発揮することはできなくても、じわじわとサントスの所持する邪神の欠片の魔術具を浄化することができたら足止めできるかもしれない、とぼくのスライムは考えていた。
「よくやったね!サントスの拘束にはあたしたちの出番はなさそうだけど、マナさんや教皇の作戦に何か役に立てることがあればいいな」
みぃちゃんの言葉にみゃぁちゃんも頷いた。
「前回は赤ちゃんの芝居しかしなかったから、わたしももうちょっと活躍したかったな」
アドニスの説得に回ったみぃちゃんとみゃぁちゃんがカッコよかった、とキュアが羨むと、真夜中に猫が現れる方が普通っぽくって説得力があるだろうと判断された配役だからね、とみゃぁちゃんが得意気に言った。
満身創痍ならぬ半身傷痍の二色の髪色の美少女を白猫のみぃちゃんが諭す中、キュアの姿のぼくのスライムに美味しいところを持っていかれたうえ、自分はゾーイをだますためにぐずる赤子のふりをしていただけの役どころだった、キュアは面白くなかったのだろう。
「マナさんや教皇猊下がどんな作戦を考えるにしても、光影の剣を出現させたカイル君のスライムがサントスのそばにいるんだったら、現地でぼくの喉の封印が解除されるだろうから、声の魔法でキュアの魔獣魔法を強化できないかな?」
イザークの言葉にキュアは目を輝かせた。
「サントスが邪神の欠片を携帯しているのでぼくとシロには未来予測が全くできないよ。何が起こるかわからないのにそんなことを試す余裕があるかな?」
兄貴の言葉にシロも頷いた。
「まあ、大人の判断を待った方がいいね」
ウィルがキュアにそう言うとケインは心配そうにぼくを見た。
「現地に赴くのが、ワイルド上級精霊なら安心なのに、月白さんが付き添うとなると、なにかこう、心配な気がするのは気のせいかな?」
どんな状況も面白がる月白さんを心配するケインにぼくも頷いた。
「朝になってみなければわからないとしか言えません」
シロの言葉にぼくたちは一旦考えることを放棄して、取り敢えず寝ることにした。




