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精霊言語

 酒の醸造計画に散々言いたい放題言ったぼくは、後は大人に任せて、子どもの遊びに合流した。

 みぃちゃんがやっと帰ってきた、とでも言うようにぼくの膝に飛び乗った。

 ぼくだってこの世界の理不尽の全てと戦う気力はないけど、目の前にあるできることを、無視するようなことはできない。

 新しい神の誕生でこの国は魔力に満ちて余裕がある状態になった。

 だから、今のうちに種苗開発をしておくべきだ。

 お米はぼくが食べたいから作るのだ。

 みぃちゃんがぼくの顔に猫パンチを食らわせた。

 “……難しいことを考えないで遊びなさい!”

 …………?

 思考の塊?

 衝撃波?

 誰だ!

 なんなんだ!!

 ぼくの頭の中に直接語り掛けてくるものは!!!

 強烈な視線を感じて振り向けば、ぼくのスライムがこっちを見ている。

 おや?

 “……あたいの新技でも見て、気分を変えてちょうだい!”

 これは、僕のスライムの思考か?

 ぼくは猫パンチ繰り出す、みぃちゃんの手を握りしめて、スライムを見つめた。

 “……あたいの言葉がわかるの⁉”

 これは、ほんとうにスライムの思考が伝わってきているのか⁉

 “……やったあ!猫どもよりも先にご主人様と会話ができている!!”

 猫ども?

 スライムはみぃちゃんたちと会話ができるのか!!

 みぃちゃんはぼくの手を振りほどくと、ぼくの鼻の頭に手を置いた。

 そこを押しても何も起こらないよ。

 “……あたしを抱っこしてスライムを見ないでよ”

 これは、みぃちゃんの思考なのか?

 “……ほら見てごらんなさい。あたしの言葉だってカイルはちゃんと聞いてくれているよ”

 なんてこった。

 この子たちはこんな風に会話をしていたのか。

 ぼくのスライムが肩の上に飛び乗るとみぃちゃんにパンチされた。


 “……まだ小さいけど炎がでたぞ!”

 “……私だってできました。ボリスのスライムに負けるようではお嬢様のスライム失格です”

 うわぁ。

 ボリスとキャロお嬢様のスライムだ。

 “……教え方が上手いからだよ”

 ケインのスライムの考えもわかる。

 ひょっとして、ぼくはスライムの言語を取得したのか。

 “……あたしの言葉だってわかるでしょう”

 みぃちゃんに顔をぺしぺしと叩かれた時、不意に膝に乗っていたみぃちゃんの温かさが消えた。


 ああ、この感覚はおなじみだ。


 ぼくは真っ白な部屋に呼び出されていた。


「混乱しているようだったから、情報を整理する時間を作ってやったんだ」

 ぼくは椅子に座る気力もなく、その場に寝そべった。

「ありがとうございます」

「精霊言語の取得ができたようだね」

 精霊言語?

 精霊たちの声は聞こえなかったぞ。

「聞こうとしなければ聞こえない。蟻の行列の思念を聞きたいと思うか?興味を持って意識を向けなければ聞こえてこない」

 そういうものなのか。便利だな。

「その気になれば植物の思念も理解できる。精霊言語は完璧な情報伝達手段なのだ」

 それはとても便利だ。

「精霊言語では嘘はつけない。だが、隠し事はできる」

 完璧とは言い難いのでは……。

「誤魔化しはできても嘘はつけないのだ、尋ね方次第でどうにでもできよう」

 そうなのか。完璧な言語でもコミュ障では質問ができない。

 使い方次第なんだ。

「有機物のすべてと、会話ができるのですね。無機物は流石に無理なのでしょうか」

「有機物と無機物の区別に意味がない。魔力を纏えば思念を持つものもある」

 魔剣とか魔鏡とか、かな?

 あるのかな。

 あったらいいな。

「意志を持つ鉱物さえあるのだ。異世界の常識が通用しないことだってある」

 ぼくが異世界転生者なのはご存じなんだ。

「異世界転生は新しい神の誕生よりは、よくあることだ」

 そっちはレア中のレアなのか。

「異世界転生者はままいるが、たいていは前世の記憶を思い出さずに生涯を終える。お前は幼くして異世界の記憶を思い出した珍しい事案だ。実に面白い」

 ぼくは観察して面白いものなのか。

 まあ、四六時中見られているわけでもなさそうだし、気にしても仕方がない。

「ふふふふふ。随分とおおらかなんだな」

 精霊たちはそこら中にいるのに、今さらプライバシーが侵害されたとか、云々かんぬん言ったところで、全く気がついていなかっただけの事なんだ。

 騒ぐ方が恥ずかしい。

 認識していなかっただけで、存在しているものは、存在している。

「そういえば、うちの精霊に本当は存在していないものと言われた、黒い兄貴がケインのそばに居ます。存在していないと言われても存在しているのです。どういうことでしょうか」

「あれは、世界の理に反して生まれたものだ。通常は生まれて間もなく世界の理に則って吸収されてしまうものだ」

 ええええええ!

 兄貴は消えてしまうのか?

「吸収されずに残ることは稀なのだ。いずれ吸収されるだけのものだ。ただし、思念を有して思考をはじめた例はない。存在していないものが、認められて存在するものになった。そもそも、認められる前に思念を持っていたようだ。存在し、認識されたものは、おそらくアレには吸収されないだろう、としか言いようがない」

 それは希望的予測でしかなく、わからないというのが実情なのだろう。

「物分かりがいいな」

「上級精霊にもわからないことは、ぼくが考えたって無駄でしょう。精霊言語を取得したことで、兄貴とスムーズに会話ができるようになればいいなと思うくらいです」

「できるぞ」

 即答なんだ。

 そういえば精霊たちは兄貴にいつもなにか言ってたな。

「ははははは、実に面白いではないか。あんなに精霊たちが騒いで、お前に精霊言語を取得させようとしていたのに、きっかけはスライムだったんだ。その上、お前は弟の影のようなものを気にかけている。お前のファンの精霊たちがきりきり舞いしておるぞ。それさえ無視しておる」

 うるさそうだから、しばらくそっちに意識を向けないでおこう。

「ははははは。なかなか面白いことになりそうだ」

「ぼくの周りの精霊たちの気配が落ち着いたら、ちゃんと話し合いますよ」

 一応ぼくたちの命の恩人なんだ。

「どうやら気持ちの整理もついたようだから、戻してやろう」

「ありがとうござい…」


「兄ちゃん。ボリスのスライムも火炎砲を出せるようになったんだよ」

「わたくしのスライムもできました」

 ここに戻ってきたのか。

 みぃちゃんが膝の上でぬくぬくしている。ぼくのスライムは肩に乗ったままだ。

「そうなんだ。短期間で習得できるなんて、すごいね」

 うまく受け答えができた。

 スライムたちの会話を聞かないように、子どもたちとの会話に意識を集中する。

 情報量が多いと混乱してしまうからね。

 ケインの足元に黒い兄貴がいる。

 ぼくは呼びかけてみた。

 兄貴、どうやらぼくたちは会話ができるようになったようだ。

 “……ああ、カイル。わかる。わかるんだ!”

 精霊言語を取得すると、あらゆる思念を理解することができるんだ。

 “……精霊言語って…今精霊たちが騒いでいるのに気がついていないだろ”

 面倒だから気にしないようにしているんだ。

 “………そうなんだ”

 ぼくのスライムが思念の塊をぶつけてきた。 

 “……あたいの新技を見てくれる?”

 ああ、いいよ。

 ぼくのスライムは特別だ。

 無視はしないよ。

「うちの子が新技を取得したようだよ。見てみようよ」

 みぃちゃんがサッと膝から降りて、主役の座をスライムに譲った。

 ぼくのスライムは皆のスライムの輪の中心に飛び込むと、優雅に一礼でもするかのように、触手を細長く伸ばしてクルリと回してお腹のあたりでぴたりと止めた。

 “……あたいの新技は危なくないのよ。見ていてください!ご主人様!!”

 わかったよ。子どもたちは下がらなくていいんだね。

 ぼくのスライムは水鉄砲を真上に打ち上げた。

 打ち上げられた銃弾の水は天幕の上部でいきなりいくつものちいさな水塊へと炸裂し、さらにそのそれぞれは丸い小さな霧に変わっていく。そこに雷を当てるとキラキラとまばゆく光が流れた。

「「「「「「!!!!!!」」」」」」

 あまりの美しさに、ぼくたちは声も出なかった。

 話し込んでいた大人たちも天幕の上部を見上げている。

 ぼくのスライムはもう一発打ち上げ、炸裂した霧の粒を今度は凍りつかせて青い電流を放った。

 電流があたらなかった氷の粒も光を反射してきらめき、とても幻想的な光景となった。

 すごいよ。

 ぼくのスライム。

 “……ご主人様に褒めてもらうのが、一番のごほうびなの”

 ああ、よくやった。

 素晴らしかったよ。

 ぼくはスライムを両手で包み込むように救い上げて、頬ずりした。

「「「「「「すごく綺麗でした」」」」」」

 みんな口々に褒めてくれる。

 “……あたいも皆が笑顔になってくれて嬉しいわ”

「これはまた、見事であった。わしのスライムにも教えてやって…」

 マナさんが領主様の後ろから、猫の子どもでも捕まえるように襟を掴んで引っ張った。

 この場の全員が凍り付いた。

「スライムの事はスライムたちに任せよう。じいじは、少しだけ精霊についてお勉強をしましょう。カイルもちょっとだけ付き合ってね」

 マナさんは大柄な領主様を天幕の中心部まで片手で引きずって行くと、大きな虹色の卵型の結界を張った。

「カイルも早く来なさい」

 ご指名されても、不気味だから行きたくない。

 “……大丈夫だよ。カイル”

 “……ご主人様。あたいも一緒に行く!”

 みぃちゃんに励まされ、スライムがポケットに飛び込んだ。

 行くしかないか……。

 ぼくが虹色の卵に触れると、強引に中に吸い込まれてしまった。

おまけ ~とあるスライムの密行Ⅱ~

 普通の子どもって数を数えるのが苦手な子が多いのね。

 あたいはお釣りを間違える子の手をぴしゃりと叩いた。

 ご主人様は特別でケインがまあまあ頑張るから、子どもがこんなにどんくさいものだと思わなかったわ。

 ボリスがアホの子だったんじゃなくて、あれが普通だったのね。

 子どもたちも経験を積むことで手際も良くなってきたわ。

 ご主人様の仕事の邪魔にならなくなってきたわ。


 ご主人様は焼き鳥は塩味つくねはタレ派なの。

 新しい醤油ダレはあたいも大好きよ。


 ハルトおじさんの前髪が増えてきたわ。

 ジェニエは天才ね。

 よくわからないけど、毛根が死滅していなけれは救うことができるって言っていたわ。

 

 キャロのじいじは、どうやらあんぽんたんね。

 ご主人様が許してくれるのなら、触手で往復ビンタを連打したいわ。


 ボリスとキャロのスライムは筋がいいけどまだまだだね。

 …お疲れのご主人様を癒してあげたい。


 きやぁぁぁ。

 ご主人様とお話しができたぁ。

 あれ、やだ、これは、あれよ。

 あたいはポケットにもぐりこんだわ。


 あたいはできるスライム。

 密行だってこなしてみせるわ。


 はあああぁぁぁぁ。

 上級精霊さまぁ。

 ご尊顔が美しすぎるわ。

 ご主人様はあたいの命。

 上級精霊様はあたいの推し様。


 できるスライムはわきまえているものなのよ。

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