精霊たちの英雄!?
“……痛いよな。でもな、お前に殺された子どもたちの苦しみはこんなもんじゃなかっただろうに”
自分の意思に反して地面に頭を打ち続け額から血を流すゾーイを水竜のお爺ちゃんは精霊言語で煽った。
“……だがな、儂は優しい水竜だから、子どもたちが起きてくる時間なのに、こんなみっともないものを見せるわけにはいかないから、教えてやろう。逃げようと考えるな。自分の罪と向き合えばお前の奇行は止まるぞ”
水竜のお爺ちゃんの助言を大人しく聞き入れたのかゾーイの奇行が止まり、大人しくなった。
儂は優しい水竜だから、と精霊言語で呟きながらゾーイに軽く癒しを施した水竜のお爺ちゃんがフランクを見ると、フランクが青ざめた。
水竜のお爺ちゃんの尋問の経験のあるフランクは水竜のお爺ちゃんの無言の指示に従いゾーイを拘束した。
「着替えてきます」
ゾーイを連行する教皇に声を掛けると、ぼくは魔獣たちを連れてみぃちゃんのスライムのテントに戻った。
静かにテントに戻るとちょうどウィルたちも目覚めたところで、イザークも目を擦りながら、寝起きの体の重さに時間が少し巻き戻っていることに気付いてギョッとした。
「いろいろあったんだけど、なんとかゾーイを拘束して教皇に引き渡したよ」
ぼくのスライムは失敗した箇所を省略してみんなに報告すると、よくやった!と全員がぼくのスライムを褒めた。
ばつが悪そうにぼくのスライムが一瞬体を震わせると、話を合わせておいて、と兄貴が精霊言語で指示を出した。
「ゾーイが連れていた子どもは信頼できる人に預けてあるから大丈夫だよ」
みゃぁちゃんも当初の作戦が失敗したことを口にせず、要点だけを話した。
みゃぁちゃんから圧縮した精霊言語で情報を得たケインはみゃぁちゃんとぼくのスライムの小芝居に笑いながら、よくやったね、と小声でみぁちゃんを褒めた。
“……二色の髪色の少年はワイルド上級精霊の亜空間で、健康診断をして常識の擦り合わせをしているよ”
みぃちゃんの報告にぼくとイザークは安堵した。
身支度を終えたぼくたちが簡易の厨房に向かうと、ベンさんと従者ワイルドとマナさんの奥に二色の髪色の少年が立っていた。
少年はみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちを見ると嬉しそうに顔をほころばせ、水竜のお爺ちゃんを見ると申し訳なさそうに頭を下げた。
合流したキャロルたちにも、昨夜の作戦が成功した、と告げると喜んだ。
「はじめまして、早朝、魔獣たちに救助されましたアドニスと言います。どうやらこの名前は偽名だそうですが、私はこの名前に馴染んでいます。最終的な身元確認が終わるまでアドニスと呼んでください」
丁寧に自己紹介をしたアドニスを見た男装女子たちとデイジーが目をぱちくりとさせて顔を見合わせた。
左右で髪の色と目の色が反転したかのような特異な容姿に傷一つなく回復したことではなく、洋服がどうのこうの、と小声で囁き合っていた。
「三歳で誘拐されてから体調不良で部屋にこもりきりだったから、ゾーイとしか接していなかったアドニスには性差の常識がなく男装している自覚がないんじゃ」
マナさんの説明に、女の子だったのか、とぼくたちが驚くと、フエが保護された時より大きいんだから気付くでしょうに、と言いたげな女子たちの視線が冷たかった。
「特殊すぎる育成環境だったから普通の十歳の女子の生活を知らないアドニスは、ガンガイル王国の留学生のみんなと数日一緒に生活してから保護先を決めた方がいいんじゃないか、と話していたところなんじゃ」
マナさんの説明によろしくお願いします、とアドニスは頭を下げた。
どうやら、マナさんはアドニスとワイルド上級精霊の亜空間である程度話を詰めていたようだ。
小さいオスカー殿下は初対面の姪っ子に、ハントが父親なのか、と同情するような困惑するような視線を向けた。
「この集団の中で世界の常識を学ぶのは、常識を超えた知識を得ることができるからいいですね。上位貴族は少しでも生まれや育ちに瑕疵があると徹底的に揶揄しますが、ガンガイル王国出身の皆さんは何も気にされません。ここで世間に馴染まれるといいでしょうね」
一見最年少に見えるデイジーが、オホホ、と笑いながら言うと、最近ぼくたちに合流したばかりのマテルは、常識を超えた知識と言うのは事実だよ、とから笑いしながら頷いた。
「なに、みんなと馴染めなかったらわしの村に来たらいい。村人のほとんどが女性だから女性らしさを学ぶにはもってこいじゃよ」
マナさんは子どもたちと接した経験のないアドニスに、無理してぼくたちに合わせることはない、と言った。
「通常通りの生活を送るのでしたら、ぼくたちは早朝礼拝前の祠巡りに行くところですけれど、アドニスさんの体力は大丈夫でしょうか?」
アドニスが長患いをしていたことを知っているマルコは、ぼくたちの祠巡りの速度にアドニスがついてこられないのではないか?と心配すると、気にするな、とマナさんが言った。
「今日はわしも同伴するから、みんなはいつも通りの速度で祠巡りをしたらいい。魔法学校の教育を受けていないのにもかかわらず、アドニスは帝都に行けば皇族としての魔力や実績を求められることになる。魔法学校生たちの最高峰のレベルを知ることが必要じゃが、今すぐできなくても仕方ないことを受け止めてあげる大人としてわしが付き合うよ」
病み上がりのアドニスを心配したマルコより、第三皇子と対面した後を見据えたマナさんの言葉にキャロルが反応した。
「貴人の移動は馬車が常識ですが、ぼくたちは祠巡りでは馬車を使用しません。市民との交流の場でもありますし、体を鍛えるいい機会です。男装女子だから鍛えるのではなく、どんな場面に遭遇しても生きのこるために、女子も鍛えなくてはいけません」
キャロルの説明に、体を鍛えることには納得しつつも、ゾーイの転移魔法に慣れているのかアドニスは、馬車ですか、と首を傾げた。
「領主、国王レベルの高位の貴族は転移魔法を使用できますが、転移魔法は転移先の地域との信頼関係があって成り立つ魔法なのです。教会は教会の規則で転移魔法が使用できますが、通常は関税の都合もあって高位の貴族が転移魔法で他領や他国に移動した際は転移先の屋敷から出ないことが条件になります。屋敷から出る際には、転移先の屋敷に国境警備兵及び税関職員を招く必要があります。根回しが間に合わない時は走って正規の検問を受ける方が早いのですよ」
キャロルの言葉にマテルと小さいオスカーが頷いた。
「正規の手順で出入国する方が現地での対応も丁寧ですし、相手国の信頼を得やすいです。転移魔法は軍や教会などの組織に所属していない場合は非常識な移動手段ですよ」
「アドニスの叔父として助言するとしたら、常識を踏まえて、それでも自分らしく行動するよう心がけたらいい、ということだ。世間ずれしている自分を自覚しても、無理して世間に合わせすぎないで自分を保つようにすべきだ。アドニスは皇族として生まれた特権を何も享受していないのに、身元が判明したら責任が突然伸し掛かることになる。今なら、全力で逃げることも可能だから、自分がどう生きたらいいのか模索したらいい」
自己否定をしないように、と助言する年の差がほとんどない叔父の言葉にアドニスは頷いた。
「ぼくたちの祠巡りについてこれなくても落ち込まないでね。焦って全身に身体強化を掛けると身体強化がなくては動けない体になってしまうから、今日は下半身にだけ身体強化をかけて上半身は自力で動かすことを意識して祠巡りをしましょう。上半身の筋肉がもう無理だと感じたら、祠巡りは一旦中止して朝食後に続きをすればいいのだから、焦らないでね」
具体的な助言をキャロルがすると、任せておきなさい、とマナさんが頷いた。
アドニスは出発して早々にぼくたちから大きく後れを取ったので、アドニスのことはマナさんに任せきりになってしまった。
ぼくたちが祠巡りを終わらせてから早朝礼拝のための沐浴場に行くと、二つの祠で魔力奉納をしただけで戻ってきたアドニスとマナさんと合流した。
ぼくたちが沐浴をしている間に清掃魔法だけで済ませる女子たちに、病み上がりなのに二つの祠に魔力奉納ができたことを褒められていたようで、早朝礼拝に参加するアドニスは誇らしげな笑顔を見せた。
教会付属の建物で育ったアドニスは一般礼拝所ではなく大聖堂の礼拝所で魔力奉納をすることを許された。
参列者全員で跪いて魔力奉納をすると、礼拝所内の魔法陣が輝きアドニスを歓迎するように大量に現れた精霊たちの姿に感激したのかアドニスは跪いたまま涙を溢した。
「ずっと教会施設で暮らしていたのに初めて早朝礼拝に参加しました。……神々に魔力を捧げると魔力が土地を巡って行き渡り、地中深くから再び私たちの元に神々は魔力を回してくださるのですね」
初めて参加した早朝礼拝で魔力の流れから世界の理の存在を体感したアドニスに、よく気が付いた、とマナさんは驚愕した眼差しを向けた。
いつもなら退出する教皇の先触れのように礼拝所から流れ出ていく精霊たちが祭壇の最後方で参拝者の退出を待っていたぼくたちの、いや、女子たちの周りに集まった。
ぼくたちの手前で足を止めた教皇は視線をマナさんに固定して一礼した。
教皇の行動は精霊たちが緑の一族の代表者の元に集まったかのような演出に見え、おおおお、と参列者たちから低い声が上がった。
教皇が退出すると高位の司祭から順に退出し始めたが、精霊たちは女子たちの元に留まり続けた。
最後に礼拝所を出たぼくたちと一緒に精霊たちが光の川のように流れ出ると、どこからともなく、聖女様、と言う囁きが聞こえてきた。
「聖職者に女性がいないから、精霊たちは礼拝所に魔力の多い女子が集まったことを喜んでいるだけじゃ」
マナさんの呟きにぼくたちは頷いた。
大聖堂島は女人禁制でもないのに、聖職者だけでなく教会関係者にも一般参拝者も男性の方が圧倒的に多いのだ。
緑の一族の族長が各国の姫君たちを従えて早朝礼拝したように見えるのも仕方がない。
「本当は大聖堂島から封印されていた全ての邪神の欠片を消滅させ、邪神の欠片を持って逃走した悪人を捕らえ、邪神の欠片に侵されていた姫君を救った英雄を称えるために精霊たちは出現したのよ」
デイジーがぼくを見上げて小声で言うと、精霊たちはデイジーの言葉を肯定するかのように点滅した。
賢者の次は英雄か……。
今回はほとんど魔獣たちが活躍したのであって、ぼくはイザークと一緒にコッソリ物陰から光影の剣を使用しただけだ、とぼくが眉を顰めると、バシンと背中をウィルに叩かれた。
もしかしてゾーイ捕縛に直接かかわったの?と耳元でウィルが尋ねると、曖昧に笑った。
「物陰からちょっぴり光影の剣を使用したけれど、第三皇子の子の恩人になりたくないんだ」
ああ、そうだった、とウィルはぼくの呟きに納得した。
大聖堂を出て噴水広場に戻っても点滅する精霊たちはついてきた。
精霊たちの雲海を引き連れて移動するマナさんに、美しい聖女様、とすれ違う一般参列者たちも囁いた。
「うーん。面倒な話を持ち掛けるな!……教会に女性聖職者を増やす方向に持っていけ、と言うことじゃな。まあ、教皇に話だけはするよ」
取り囲まれた精霊たちの要望を聞いたマナさんがブツブツ呟くのを聞きながら、精霊の要望をいちいち聞くから精霊たちがこの場から去らないのではないだろうかと考えた。
“……ご主人様。精霊たちの要望を聞くこともカカシの仕事の一つです”
緑の一族の族長は大変だな、と他人事のように考えていたら、ご主人様は精霊たちの英雄ですから次期カカシの筆頭候補の一人ですよ、とシロに突っ込まれた。
精霊たちの英雄!?
それって一体どういうことだ?




