いいお爺さん、悪いお爺さん
「なるほど。邪神の欠片に焼かれた少年の右半身を癒すために魔力をじわじわと搾り取るのなら、分裂したカイルのスライムの光影の散弾銃一発でちょうどよかったのだな」
ワイルド上級精霊の言葉にぼくのスライムが嬉しそうに体を震わせた。
二色の髪色の少年の持つ邪神の欠片の魔術具がゆっくり消滅しながら少年の傷をいやすのにゾーイに気付かれずにゆっくりとゾーイの魔力を搾り取っているなんて愉快だ。
ワイルド上級精霊は大型スクリーンに世界地図を映し出した。
「印のついている場所が深夜にカイルのスライムたちがゾーイを探しに行った教会ですね」
確認する兄貴の言葉にディミトリーが頷くと、ワイルド上級精霊はゾーイと少年が潜伏していた教会に二重丸の印をつけた。
「帝国留学の渡航の際、誘拐された私は、邪神の欠片を封じた魔術具を携帯することで邪神の欠片を体になじませる実験をされました。私以外の子どもたちはこの段階で脱落しました。ゾーイの赴任先を転々と移動しましたが、ゾーイは病弱な子どもを保護する優しい上級魔導士という印象を持たれており、管理人宿舎を利用できました」
ゾーイが攫った子どもは病弱だということで教会関係者から隔離しても問題なく、まして死んでしまうのは当然起こりうることだったので、ゾーイの評判に傷がつかなかったようだ
「私は人格を分離したことで一見回復したように周囲には見えたので、神学生見習いとして教会の日常の雑事を熟していました。当時はフランと言う名を使っていました。フランの偽装市民カードは暗殺に失敗した際、皇帝に没収されました。神学を学ぶ誓約はフランの名でしましたが、ゾーイが立ち会っていたので何か抜け道があったのでしょう。フランとして初級魔導士の資格は取得していませんが、聖典の祝詞を使用する魔法は発動できます。……中級魔法の祝詞は使用できません」
聖典を読んだことがあるのなら独自の祝詞を開発したんだよな、という圧力の籠もった目でぼくの魔獣たちがディミトリーを見ると、ディミトリーは首を横に振って否定した。
「ゾーイは古代祝詞を研究する上級魔導士で、地方領主の結界が弱い僻地で頻発する死霊系魔獣の討伐などの応援要請に嫌がらずに応じていたため、地方の現場で人望が厚かった。ゾーイと言う名の中級魔導士が拘束されていたこともあって、今回の不正にかかわっていないように見せかけられたので潜伏先は困らないようだな」
ワイルド上級精霊はゾーイがかつて赴任した教会に小さな印を入れると、印は世界中に点在していたがガンガイル王国にはほとんどなかった。
「単独一族が北の砦を護っているので、ここが倒れると一大事だから、緑の一族の分隊が回っている」
マナさんの言葉に、ユナ母さんに斡旋された土地は開拓民が生きていくのにギリギリの土地だったことに思いを馳せた。
辺境の地を支える一助となることを選択したユナ母さんを誇らしく思うと同時に、辺境伯領の守りが堅かったから冒険者を使ってまで子どもたちを搔き集めていたのか、と気付いた。
“教会都市や大都市周辺は赴任していないのに、帝都の旧都市の廃教会の解体に参加しているということは、この時に火葬直前に息を吹き返した孤児を保護したことにして二色の髪の少年を誘拐したのか”
水竜のお爺ちゃんは、孤児院で死んだ子どもと皇族の子どもをすり替えたゾーイがまるで人格者のように振舞っていたことに眉を顰めた。
「その頃、私は皇帝暗殺に失敗し、私にハッキリとした人格がなかったことで皇帝直属の組織の暗殺者に仕立て上げられていた時期です」
ディミトリーが作戦に失敗したことで、ゾーイは邪神の欠片の魔術具を扱える人材を求めて皇族の子どもを攫ったのだろう。
ゾーイの赴任先を見るだけで、ゾーイの悪行の一端が見えてくる。
「邪神の欠片の魔術具を使用したゾーイが精霊魔法の上位互換の魔法を使えるとしても、光影の銃弾を受けた二色の髪の少年がゾーイの魔力を使用しているだろうから、そう遠くまで逃げられないですよね?」
兄貴の問いにマナさんとワイルド上級精霊が頷いた。
二重丸のついた地点に近いかつてのゾーイの赴任先が現在の潜伏地として絞り込まれた。
「土壌改良の魔術具を販売した地域は除いた方がいい。あれは古代魔法陣に一切頼らないカイル独自の魔法陣が、カイルのスライムの中継によって世界の理に結びついている土地だから、邪神の欠片の魔術具と相性が悪いはずだ」
今までのゾーイの潜伏先が土壌改良の魔術具を販売していない地域だったことに着目したマナさんがゾーイの転移先をさらに絞り込むと、適した場所は一か所だけになった。
「今度こそゾーイを拘束したい!」
ぼくのスライムがテーブルの上で全身を震わせて訴えると、亜空間の片隅に寝袋に包まったままのイザークがいつの間にか転移していた。
突然、明るい亜空間へと転移させられて両腕で目を覆ったイザークに、気がせいているぼくのスライムは今までの情報を圧縮した精霊言語をイザークの脳に送り付けた。
あああああ!と声を上げたイザークが情報量の多さからか、不甲斐なく失敗したと見せかけて有効だった展開に悶絶したのか寝袋の中でジタバタした。
「……わかったよ。ゾーイを捕らえに行くんだね」
頭を振って情報を整理したイザークが立ち上がると、まあ、ケーキでも食べなさい、と駆け寄ったみぃちゃんにお茶の席に誘われ、ぼくも寝間着のままだということに気が付いてほっとした表情になった。
「なるほどね。二色の髪色の少年と自分の魔力が知らないうちに消耗しているゾーイを拘束するのに、今が絶妙にいい機会なんですね」
思いがけず高級菓子を口にすることができて頬が上がったイザークは状況を理解するのが早かった。
「連続で奇襲されるとは奴も考えないだろうから、やってみる価値があるじゃろう。今度は確実に拘束するためにイザーク君に協力してほしいんじゃ」
わかりました、と二つ返事でイザークが引き受けると、参加者全員で入念な実行計画を練った。
「ぼくとイザークは物陰に身を隠し、あたかもぼくのスライムと水竜のお爺ちゃんが執念深く追跡してきたように見せかけるんだね」
教皇に身柄を引き渡す予定のゾーイにぼくたちの情報を渡さないために、ぼくとイザークは参加していないよう偽装することになった。
「「いってきます!」」
今度の作戦の陽動隊としてみぃちゃんとみゃぁちゃんと用心棒のみぃちゃんのスライムが一足先にディミトリーに案内されてゾーイの潜伏先と思われる教会に転移すると、大型スクリーンに木陰に身を隠したディミトリーと従業員宿舎に偵察に行ったみぃちゃんとみゃぁちゃんが映し出された。
ニャー、ミャー、とゾーイと二色の髪色の少年がいることを知らせる二匹の鳴き声がすると、ぼくのスライムと水竜のお爺ちゃんが転移して配置につき、役作りのため着替えをしたマナさんとキュアも転移した。
窓枠に飛び乗ったみぃちゃんが覗き込んだ部屋の中のベッドには寝具がなかったが、二色の髪色の少年をベッドに寝かせたゾーイは少年の顔のガーゼを剥がして傷口を観察して首を傾げていた。
ニャー、とみぃちゃんが鳴くとゾーイと二色の髪色の少年は窓辺のみぃちゃんに視線を向けた。
“……優しそうなお爺さんがいるよ”
ニャー、と鳴きながらみぃちゃんが精霊言語をゾーイの脳に直接送りつけると、ゾーイが怪訝な表情になった。
“……姉さん。優しそうなお爺さんは面倒見が良さそうな人かい?”
ミャー、と鳴きながら窓枠に飛び乗ったみゃぁちゃんもゾーイに精霊言語を送り付けた。
“……ああ、深い傷を負った子どもを介抱する優しそうなお爺さんだよ”
みゃぁちゃんにみぃちゃんがゾーイを紹介するようにゾーイに視線を向けるとみゃぁちゃんは頷いた。
“……ああ、だったらあの可哀想な赤ちゃんを、このお爺ちゃんが引き取ってくれたらいいのにね”
“……そうだなぁ。魔力が多すぎてあちこちでボヤを出すから捨てられてしまうなんて、可哀想な赤ん坊だ。この教会は司祭が在住していないから、このお爺ちゃんが保護してくれなかったら、いくらもう夜が明けるといっても、結局は魔獣の餌食になっちゃうよね”
精霊言語で小芝居をするみぃちゃんとみゃぁちゃんを食い入るように見つめるゾーイと視線を合わせたみぃちゃんが、ミャー、ついてこいよ、と一鳴きすると窓枠から飛び降りた。
少年の顔のガーゼを張り替えたゾーイは、ちょっと外を見てくる、と言って部屋を出た。
ニャー、早く行け、とみゃぁちゃんがゾーイをせかすように鳴くと足を速めたゾーイは宿舎の外で待ち構えていたみぃちゃんの後をついていった。
二色の髪色の少年が一人取り残されると、みゃぁちゃんが器用に窓を開けて部屋に侵入した。
「やあ、君を助けに来た猫だよ」
みゃぁちゃんが話しかけると、猫がお喋りしたことに驚いで目を見開いた少年はみぃちゃんを凝視したまま硬直した。
「あたしはただのお節介な猫だよ。まあ、賢くていい猫だね。あの爺さんは悪い爺さんだよ。君の体の痛みの原因は、あの爺さんが君に与えた魔術具のせいだ。実際、追跡者が来てから君の痛みは半減しただろう?あのお爺さんから離れたら君は間もなく完治するよ」
ベッドの上にみゃぁちゃんが飛び乗ると、少年は上半身を起こし、視線をみゃぁちゃんに釘付けにしたまま無言で右半身を擦った。
ぼくとイザークはそんな少年の背後に完全に気配を消して転移すると、みゃぁちゃんが右前足を少年に差し出した。
「ああ、今すぐ痛みから開放することができるよ」
少年はみゃぁちゃんの言葉を理解できないのかじっとみゃぁちゃんを見つめたまま首を小さく横に振った。
みぃちゃんが少年の注目を引いている間に光影の剣を出現させると、キュアの形になったぼくのスライムがみゃぁちゃんの頭上に飛んできた。
少年が茫然としている隙に、光影の剣は邪神の欠片を完璧に消滅させ少年の心身の傷を癒す、とイザークが小声で言った。
突然、登場したぼくのスライムが小さい両手に光影の剣を出現させているのを少年が呆気に取られて見ている隙にぼくは少年の背中に光影の剣の刃を当てた。
黒い闇が一瞬少年を覆ったのち、眩い光が少年を包んだ。
管理人宿舎全体をみゃぁちゃんのスライムが覆って光を遮ったので、教会の裏口に向かっているゾーイには気付かれなかったことを知らせるみぃちゃんの鳴き声が外から聞こえた。
「痛みが消えて、心が軽くなったでしょう?」
光が消えてから声を掛けたみゃぁちゃんの言葉に少年は声もなく涙を流しながら頷いた。




