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ディミトリーの推測

 ワイルド上級精霊の亜空間に招待されたのはぼくと兄貴とぼくの魔獣たちとみぃちゃんと水竜のお爺ちゃんと寝間着姿のマナさんだった。

 マナさんはぼくのスライムたちの失敗をすでに知っており、残念じゃった、とぼくのスライムと水竜のお爺ちゃんに声を掛けた。

 ワイルド上級精霊の後ろにいるディミトリーを複雑な表情でみぃちゃんとキュアが見ていたが、ディミトリーとの情報交換の不足が今回の失敗を招いたのではないか、とぼんやりと考えていたぼくは自分の疑問をディミトリーに質問した。

「ディミトリーが山小屋に襲撃に来た時って転移魔法だったのかな?」

 違う、とディミトリーは即座に否定した。

「細かいことは覚えていないことも多いけれど……ガンガイル王国への入国は皇帝の転移の魔術具を使用しました。……そこから徒歩で辺境伯領まで移動しました。……間違いないです」

 ディミトリーはぼくを気遣うようにとぎれとぎれに山小屋襲撃事件の現場に向かった状況を語った。

「あなたが殺し屋になりたくてなったわけじゃないことを理解しているから、ぼくが被害者だということは一旦忘れて、覚えていることを話してほしい」

 申し訳なさそうな表情をしたまま頷いたディミトリーに、ぼくの魔獣たちは視線を和らげた。

「まあ、お茶でも飲んで寛ぎなさい。皆、朝から疲れただろう?」

 ワイルド上級精霊がそう言うと、亜空間の真ん中にテーブルが出現し、上にはお茶とお菓子の用意ができていた。

 朝食前にお菓子か、と思ったが、席について妖精型のシロが入れてくれた温かいお茶と美味しいチョコレートケーキを口にすると心がホッとするのがわかった。

 猫用クッキーとミルクまで用意されていたのでみぃちゃんとみゃぁちゃんも嬉しそうに頬を緩めて堪能し始めた。

 いつの間にか着替えを済ませていたマナさんはチョコレートケーキを口にすると、ほぉう、と恍惚の表情を浮かべた。

 “……長生きはしてみるもんだな”

 髭についたチョコレートクリームを舐めとった水竜のお爺ちゃんは、ケーキの味に感動するマナさんと精霊言語で感動を分かち合った。

「ああ、そうじゃのう。悲しいことはたくさんあったけれど、こうして極上の味に出会うと長生きしたことに感謝したくなる」

 マナさんの精霊はテーブルの上でお茶のおかわりを注ぎながら、マナさんを労わるように頷いた。

「そうだな、あの子にも食べさせてやればいいだろう」

 ワイルド上級精霊の発言に、あの子とは?とぼくたちは鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった。

「二色の髪色の少年が解放される未来があるかもしれないのですか?」

 マナさんの質問に、ああ、と頷いたワイルド上級精霊は亜空間に大型スクリーンを出現させた。

「カイルのスライムが放った光影の散弾銃はゾーイには一発も命中しなかったが、あの子には一粒あたっていた」

 スクリーンに映し出された場面はゾーイが少年の襟元を掴んだ時で、飛散する光影の弾丸の一粒がゾーイと少年が消える瞬間に少年の背中に命中した映像だった。

 おおおおお、とぼくたちは拳を振り上げて歓声を上げた。

「この後の少年の行方を太陽柱の映像から捜すのが大変だった。イザークの声の魔法の援助がなかったせいで効果が現れるのが遅いのか、カイル自身ではなくカイルのスライムの散弾銃だったことで効果が少ないのかはわからないが、三日間ほどゾーイの元にいるらしく太陽柱には全く映像がない。その後、目印となる髪の色を変える魔法をかけられて田舎の教会に遺棄される。少年の魔力で映像を探さないと見つけられない」

 大型スクリーンに映し出された静止画の少年の姿は眼帯も包帯も傷跡一つなく、特徴だった二色の髪色は金髪単色になっており、整った顔立ちから貴族の御落胤っぽい雰囲気があるだけだった。

「……これは、映像だけでは見つけられないじゃろうな」

 マナさんの感想にマナさんの妖精とシロだけでなく魔獣たちも頷いた。

 大型スクリーンに映し出された少年の顔をじっと見つめていたディミトリーは強張った声で言った。

「この子が解放されたということは、おそらくこの子にはゾーイに関する記憶がないでしょうね」

「ああ、この時点では自分が何者でどうして教会の孤児院の前に放置されているのかも全くわかっていない」

 即答したワイルド上級精霊の言葉に、人間の屑が、と水竜のお爺ちゃんは精霊言語で吐き捨てた。

「いや、痛みに苛まれた記憶がないのは幸いなことかもしれない。私も正気に戻った時に残忍な暗殺者としての人格がなかったから、自分の起こしたことに順々に向き合うことができた。彼も痛みに耐えるために人格の分裂のようなことをしているかもしれない」

 経験者の語る言葉の重さにぼくたちは黙り込んでしまった。

 “……痛い記憶がない方がいいのは理解できるけれど、ゾーイの情報を得るためには記憶を失う前に保護した方がいいんじゃないかい?”

 水竜のお爺ちゃんの意見にマナさんは眉を顰めた。

「あの子は第三皇子の息子じゃ。四歳になる前に仮死状態にされて連れ去られているから、いわば保護者がゾーイなんじゃ。遺棄される前に保護したらあの子にとって誘拐犯はわしらの方じゃということになる」

 マナさんの指摘にワイルド上級精霊は肯定するように頷くと、追手が来た!と少年がゾーイの元に駆け込んだことを思い出した水竜のお爺ちゃんは、なんてこった!と小さい手で頭を抱えた。

「ぼくの推測でしかないのだけれど、幼いころに誘拐された記憶がないまま、毎日、癒えない傷に癒しを施していた恩人だと思っていた老人が装着させていた魔術具のせいで傷を負っていた、と気付いたから捨てられたのではないかな?」

 二色の髪色の少年が養い親のような存在としてゾーイを敬愛していたとしても、ゾーイには人として子どもを慈しむ感覚が欠如しているように思えた。

 ぼくのスライムがタブレットで見せてくれた映像では、邪神の欠片の魔術具を扱える人材としてしかディミトリーの存在価値を認めていないかのような態度だったので、邪神の欠片の魔術具を消滅させた二色の髪色の少年がゾーイに反意を抱けば簡単に遺棄してしまうような気がした。

「少年の現状は見えない状態では何とも言えないが、断片的な情報からでも、少年が邪神の欠片の魔術具を喪失してしまっても少年の魔力量が多いことには変わらないのに、遺棄してしまうなんておかしいじゃろ」

「記憶を消して遺棄するのではなく、もう一度、邪神の欠片の魔術具を少年に使用させようとして失敗してしまうのではないでしょうか」

 ディミトリーは古い記憶を思い出そうとするかのように拳でこめかみをトントンと叩いた。

「邪神の欠片の魔術具は身に付けると負の感情に押しつぶされそうになります。暗澹たる悪夢に昼夜を問わずに襲われたようだ、としか言えないのは、自分の体験は思い出せないけれど、ゾーイが誘拐した他の子どもたちは数日間も昼夜を問わず魘されて続けた挙句、自死してしまうので、そう想像しただけです」

「……ディミトリーやあの少年の他にゾーイに攫われた子どもたちは助からなかったのか」

 兄貴の言葉にディミトリーは頷いた。

「魔力が多ければ邪神の欠片の魔術具に誘発される負の感情を抑えられるというわけではなく、自分の場合は人格を切り離して、邪神の欠片に体を預けたことで自殺することなく済んだのでしょう」

 ディミトリーの説明にマナさんは首を傾げた。

「そんなに危険な魔術具を新米の上級魔導士が扱えるわけないのにどうして帝都に五人もいたんじゃ?」

 マナさんの疑問に魔獣たちも頷いた。

「帝都で使われた魔術具はゾーイが扱っている物とは異なり、五個で一つの魔術具です。所持するだけでは人格が破壊されません。それでも危険な物なので新米の上級魔導士たちはあの魔術具がまともに発動したら廃人になったでしょう。五人が指示された場所に辿りつく前に魔術具が暴発したので、彼らは一命をとりとめました。彼らが生きのこれたのは邪神の欠片が呼び寄せる瘴気に耐性がつくように実験されていた結果でもあります」

 ディミトリーの説明に、なんてこった!と水竜のお爺ちゃんが憤った。

「子どもたちを実験体にしていた孤児院はもうすでにない。新たな犠牲者が出ることはないよ」

 ワイルド上級精霊の説明に、わかっていても腹が立つ!と水竜のお爺ちゃんの怒りは収まらなかった。

「状況証拠から推測すると、帝都の魔術具暴発事件は帝都の中央教会の大司祭とガンガイル王国寮長が親しくなりすぎて秘密組織の構成員たちが帝都の教会で活動できなくなったから、帝都を混乱に陥れ中央教会の大司祭の失態を誘発させ失脚に追い込む作戦だったようだ」

 それって、ぼくたちが帝都の孤児院の改革を推し進めたことが原因の一端だったということじゃないか!

 ワイルド上級精霊はフフっと笑った。

「ああ、カイルたちが地方の孤児院を物理的に破壊し、帝国各地の子どもたちに魔獣カード対戦を勧めて世間の目を子どもたちに集めさせたことで誘拐自体が困難になり、帝都の中央教会の正常化に乗り出してしまったので大都市の孤児院からも子どもが集められない状況に手をこまねいて、強硬手段に出たようだ」

「ハハハ。カイルは秘密組織の中枢に直接手を出すことなく連中を窮地に陥らせ、帝都の魔術具暴発事件では教皇を乗せて空から帝都に乗り込んで事態を制圧してしまったのか!」

 痛快じゃな、とマナさんが笑うと、愉快だな、と水竜のお爺ちゃんも笑った。

「なるほどね。自分たちのできることを地道にするだけで秘密組織を追い詰めることができたのかぁ」

 ぼくのスライムが失敗は少しだけ成功していたことと、今まで成し遂げた実績を聞いて自信を回復していると、そんなぼくのスライムをじっと見ていた兄貴が首を傾げた。

「光影の剣を出現させると、魔法陣や祝詞の魔法は使用できなくなるけれど、身体強化は可能ですよね。魔獣は魔法を使えるように、精霊たちも精霊魔法は使えるのでしょうか?」

 兄貴の疑問にワイルド上級精霊とマナさんは顔を見合わせて頷いた。

「使用可能じゃ。古代魔術具研究所の実験室でわしの精霊もシロも姿を隠したままでいられたではないか」

「……破滅させられた神の力は精霊魔法より劣るはずがない、ということだろう」

 ワイルド上級精霊の推測にぼくも合点がいった。

 上級精霊の集合体が神なのだから、邪神の欠片の魔術具を使いこなせば精霊魔法の上位互換の魔法が使えるだろう。

「でしたら、ゾーイはそばに置いておくだけで二色の髪色の少年の魔力を使えるのに遺棄してしまうなんておかしいですよ」

 兄貴の疑問にディミトリーは首を傾げた。

「自我を統合するのに時間がかかるのに、三日で放り出されるなんて光影の弾丸で心身ともに癒されるにしても早すぎると思います。少年の体内に光影の弾丸がまだ残っていたなら、癒やしに使用される魔力はそばにいるゾーイの魔力が使用されるのではないでしょうか?」

 ディミトリーの推測はぼくたちにも腑に落ちた。

 隣でじわじわ回復していく少年に自分の魔力が引きずり出されていることに気付いたゾーイは、少年から自分の記憶を消して放り出す決意をせざる得なくなるのだろう。

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