ぼくのスライムの光影の剣
昼食後、似顔絵を担当するスライムたちはジュードさんに案内されて拘束されているフランクの元に行ったが、ぼくのスライムは分身を送り込んだ。
教皇とぼくとぼくのスライムは古代魔術具研究所にまだ残っている邪神の欠片を消滅させることを優先することにしたのだ。
言わずもがなウィルがついていこうとするとマナさんが笑って、勉強になるから、と希望者全員の見学の許可を教皇に願い出た。
光影の剣は周囲の魔力を使用するので、見学者が多いとその分ぼくの負担が少ないことを見越したマナさんの発言に教皇は純粋に勉強になるということに反応して承諾した。
ベンさんやワイルド上級精霊も参加を表明すると、ぼくのスライムががぜん張り切って体を震わせた。
「教皇猊下の封印の魔術具を信用しているのですが、スライムの光影の盾の使用方法を練習したいのですが、いいでしょうか?」
研究所の実験室で切り出すと、教皇は頷いた。
「フランクの供述から推測すると邪神の欠片の魔術具を使いこなしていると推測される逃亡犯は三人いる。だが、フランクは邪神の欠片の魔術具を古代魔術具としか認識しておらず、この研究所で保管している古代魔術具の全てが邪神の欠片の魔術具ではないこともあって、その三人が本当に邪神の欠片を携帯しているのかは定かではない。保管庫の在庫を確認すると三つほど古代魔術具が行方不明になっていて、それらは保管方法から鑑みても邪神の欠片の魔術具ではないと考えられる」
教皇はそう言うと溜息をついた。
「行方不明の古代魔術具とフランクの証言が一致しているからといって、その三人の逃走犯が邪神の欠片を使用していないとは言い切れないのじゃな」
マナさんの言葉に教皇は頷いた。
「ガンガイル王国の古代魔術具には古代魔法陣にいくつも上書の魔法陣を重ねただけの危険な代物もありました」
キャロルの言葉にイザークが頷いた。
「古代魔法陣の封印には時の流れによる劣化が考えられるので、廃墟の町のように適切に管理されなければ恐ろしい事故が起こってしまいます」
イザークの補足説明に教皇は頷いた。
「ああ、そうなんだ。邪神の欠片の魔術具ではなかったとしても、古代魔術具を持ち出すことは危険なことだ。だが、持ち出したのは教会でも上位の魔力を有しながら高位の役職に就いていなかった上級魔導士たちで、魔力量はさることながら知識も十分に備わっているから暴発の可能性は低い」
教皇の説明をマナさんは鼻で笑った。
「古代魔術具は暴発するまでは普通に使用できるんじゃ。ある程度、未来の予見ができる精霊たちでも邪神の欠片が封印されている魔術具の暴発の予見はできない。当然、人間だって本能的な予感が働きにくいんじゃ」
マナさんの指摘に、ワイルド上級精霊と月白さんは苦笑しながら頷いた。
「邪神の欠片の魔術具なのか、古代魔術具の暴走なのか、いずれにしてもフランクが証言した三人の追跡には注意を要するのですね」
廃鉱でのエドモンドの大騒ぎを思い出したケインが頭を抱えるとマナさんは頷いた。
「頭の痛い状況だけどスライムたちの協力でフランクの証言の人物の偽名を暴ける見込みができたのが朗報だよ」
教皇の期待に、仲間たちに任せておけ、とスライムたちが体を震わせて頷いた。
「実は、二色の髪の色の子どもを誘拐したゾーイと称する上級魔導士の代わりにゾーイという名の中級魔導士を拘束していた。奴らは偽名は実際に存在する教会関係者の名をかたっており、我々の初動捜査を攪乱させて逃走したんだ。似顔絵から本名を断定できれば、秘密組織に関係ないのにちょっとした収賄に罪の意識を感じて拘束された者と、組織の構成員とを区別できる」
旅の途中に立ち寄った教会で惜しみなく寄進をしたぼくたちは、教会職員が教会本部に届け出をしないで懐に収めていた場合は神に誓って不正がない、と言い切れない状態に陥っている場合もあることに気付いて頭を抱えた。
「人と物と金が集まる所に不正の温床は湧くもんじゃ。許してはいけないことであっても、今回の件と混同されると調査が遅れてしまうじゃろうな」
マナさんの言葉に教皇が深く頷いた。
「ああ、罪状が多岐にわたっていて、とてもじゃないが全員を厳重に処罰していたら教会が回らないから、フランクのような処置を施して何とか教会のお勤めを熟している」
教皇の発言に処分保留の中にも、偽名で誤魔化した重罪人が紛れている可能性に気付いたぼくたちは眉を顰めた。
「大聖堂に出現した精霊たちが、あからさまに避けた人物は目立つのを嫌い、早々に逃亡した。おそらく大聖堂島に残っている残党に重罪人はいないだろう」
ぼくたちが精霊たちを大量発生させた時から逃げ足の速い悪党は去った、とワイルド上級精霊が言うと月白さんも頷いた。
「精霊の寄りつかない者ほど高潔な人物だ、なんて馬鹿げた思想の精霊使い排除派が精霊たちが出現しなくなったことでほぼ自然消滅したのが幸いじゃった」
先人たちの苦労が報われた、とマナさんが呟くと、大賢者様……と魔本が精霊言語ですすり泣く声が脳内に響いた。
「それでは精霊たちに悪しきものとして避けられた逃走犯たちは、精霊たちの目撃情報が多い地点を避けるでしょうね」
ケインの疑問に水竜のお爺ちゃんが首を傾げた。
「フランクの尋問の証言によると定時礼拝をする教会でも地方の鄙びた教会では教会も光らないし精霊たちも出現しないから逃走先にはもってこいらしい。自分たちは幼いころから教会に所属しているので世間ずれしていないから、教会関係者としてしか生きられない、と言っておった。まあ、魔獣狩りができたとしても調理できない。逃走資金があっても鄙びた教会で研究職の魔導士が特殊任務で派遣されたふりをしなければ生き延びれないと言っておった。儂は今晩も教会関連施設を回るよ」
逃走者たちが市井で生きるすべがない、という水竜のお爺ちゃんの発言に教皇は苦笑した。
「あたいも水竜のお爺ちゃんについていきたいから、光影の剣で攻撃魔法を吸収できるのか、光影の盾で魔術具ごと包み込む作戦は有効なのかを検証してみたいな」
「それは頼もしい。いろいろ試してみよう」
教皇の承諾を得たぼくのスライムが小さい声で祝詞を呟くと、ぼくのスライムの触手がレイピアのような光影の剣に変身した。
おおおお、と見学者たちが歓声を上げた。
「儂が相手になってもいいかな?」
水竜のお爺ちゃんが名乗りを上げるとぼくのスライムは頷いた。
水竜のお爺ちゃんに対抗すべく、ぼくのスライムがレイピアを構えたキュアに変身すると、二匹は実験室の中央の空間に相対峙した。
「はい、見学者たちは下がろうね」
マナさんは二匹が気兼ねなく模擬戦をするスペースを確保するため、見学者たちを実験室の隅に追い立てた。
念のために光影の盾を広げた方がいいのかな?と考えると、ぼくの両掌が熱くなった。
二匹の魔法の余波を吸収するための盾は外側を闇にして内側を光にすると全員を護れる上にみんなに癒しと疲労回復の効果があるといいな、と想像しながら半球状のバリアーをイメージして光影の盾を出現させた。
「カイル兄さん!眩しくて目が開けられないよ!」
ぼくにとってはただ明るい半球状の盾の中は他の人たちには眩しすぎるようで、ワイルド上級精霊と月白さん以外両手で目を覆っていた。
「カイル君の意思で光の量を調節できる!」
イザークが叫ぶと、ぼくには変化がなかったがみんなには効力があったようで、おおお、と言いながら両手を降ろして目を開けて辺りを見回した。
「盾を出現させるときに光量を意識しないと、中の人が目を開けていられなくなるようじゃな」
マナさんの言葉にワイルド上級精霊と月白さんは頷いた。
「せっかく見学に来たのに盾の外が全く見えないのは残念です」
キャロルの言葉に全員が頷いた。
明るい方から暗い方は見えない現象を克服するとなると、盾の外側で闇が光を吸収する直前の映像を内側に映し出せばいいのか!
「カイル君が考えているイメージは具現化できる!」
イザークの言葉が終わる前に反球状の内側に外側の映像が映し出された。
「もう模擬戦を始めているよ!」
水竜のお爺ちゃんが自在に水を操り放水でぼくのスライムを攻撃すると、ぼくのスライムはレイピアの先で綿あめを棒に巻き付けるように水を手繰り寄せてレイピアの闇の面で水を吸収していた。
「音が聞こえてこないのが残念だね」
ウィルの呟きに全員が頷いた。
注文が多いな、と思いつつも無声映画のような状態は正直ぼくも物足りない。
闇の面が吸収する前の音を内側の光の面にスピーカーを設置して流すように……。
「カイル君のイメージは具現化できる!」
またしてもイザークの言葉が終わる前に、水竜のお爺ちゃんが熱湯の弾丸をぼくのスライムにダダダダダ、と連打した大きな音が聞こえた。
ぼくのスライムはレイピアを一枚羽のように回転させ、その弾丸の全てを吸収した。
残った水蒸気さえ吸収してしまうと、ぼくたちは歓声を上げた。
「無敵じゃないか!」
マテルが興奮して言うと、物理攻撃が有効かを検証して!とケインは水竜のお爺ちゃんに注文したが、二匹に声が届かなかったようで、水竜のお爺ちゃんは魔法攻撃を続けた。
外側にもスピーカーをつけようとイメージしていると、ちょっと待った、と兄貴から制止の声が上がった。
水竜のお爺ちゃんはぼくのスライムを八方から取り囲むように大粒の氷の塊を出現させると、全ての氷塊を同時に爆発させて多方向からぼくのスライムを攻撃した。
ぼくのスライムはウニのように触手のレイピアを全身に出現させると、高速で回転して氷の粒を吸収した。
かっこいい!とみんなが声を上げたので、ぼくは外側のスピーカーのイメージを固定すると、みんなの声が届いたようで、ぼくのスライムは触手を振って声援にこたえた。
「物理攻撃は試さない方がいいじゃろう。水竜のお爺ちゃんの魔力が吸収されてしまうと、模擬戦どころではなくなってしまうよ」
マナさんの言葉に水竜のお爺ちゃんは頷いた。




