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痛みを請け負う男

「髪の毛の色が二色に分かれている子どもだったのかい?」

 マナさんは男が言う毛色の違う子どもについて詳細を男に尋ねると、男は困ったように眉を寄せた。

「あの子については魔力暴走をさせて担ぎ込まれた珍しい毛色の子どもとしか覚えていない。子どもたちを売り飛ばしておいて何なんだが、死にそうな子どもは苦手なんだ」

 男はマナさんから顔を背けると恥ずかしそうに目頭を拭った。

「怪我人を見ると自分が痛くなるし、病人を見ると自分の具合が悪くなる。半分金髪で半分水色の髪の子どもは体の半分ほど火傷か何かの傷を回復薬で傷口を塞いでいたが時間が経つと傷が悪化するのか包帯からなんか液が滲み出てくるんだ。痛くて見ていられなかった」

「それは魔力暴走ではなく、人体実験に失敗したんだろう。お前が売った子どもたちはみんな危ない薬の治験にされて、生きのこった子どもたちは洗脳されて上級魔導士の戦士にされたんじゃ!お前にも責任の一端がある!」

 荒げたマナさんの声に男は肩を竦めて、ひぃぃと言うと水竜のお爺ちゃんの時のような体罰がないことに気付いて肩を下げた。

 大袈裟な、と水竜のお爺ちゃんが精霊言語で突っ込むと、マナさんとウィルが首を傾げた。

「怪我がそこまで酷い子どもが、なぜ孤児院に行く子どもたちを選別する一時収容所に運び込まれたんだい?」

 兄貴の質問に男も首を傾げた。

「そうなんだよ。子どもたちの一時収容所として僅かばかりの回復薬を常備してはいたが、その子には毎日、連れてきた上級魔導士のゾーイが癒しをかけているのに、夜明け前には症状が酷くなっていたんだ。いやぁ、あの子がいる間は痛くてたまらなかったよ」

 痛くてたまらなかった、という言葉に教皇が反応した。

「夜明け前にその子の痛みが強くなるのが同室にいなくてもわかったんだな?」

「ああ、そうだ。あの痛みは火傷じゃないかと思ったから、魔力暴走を起こして自分で自分を燃やしてしまったんだろうと考えたんだ」

 その子どもの痛みを体感したかのように語る男は、ただの共感疼痛(きょうかんとうつう)ではなく本当に他人の痛みを引き受けているのではないか、と疑念が湧いた。

 兄貴と犬型のシロとマナさんは顔を見合わせて頷いた。

「こいつから搾り取れるだけ情報を搾り取ったら、水龍のお爺ちゃんに同行させた方がいいな。全ての子どもたちへの償いも兼ねて、現場の最前線に行く者の痛みを実感すればいいじゃろう」

 男は一時収容所に集められた子どもたちの魔力を売っていたが、その特異体質で子どもたちの体調を整えていたのではないか?

 そして、より高額な仲介手数料を手にするために子どもたちの環境を整えているつもりが、けがや病気を半分引き受けて回復を早めていたのではないだろうか。

 そうだとしたら、その特異体質に気付いたゾーイと呼ばれた上級魔導士が男を利用し、症状の重い二色の髪の色の子どもを運び込んだのではないか、という気がしてきた。

「ああ、事態を収束させるためにできることは何でもしよう。必ず情報は公開すると約束するので彼の尋問を私たちに任せてもらえるかな?」

「わしが聞きたいことは聞けたからかまわない。一人でも多くの子どもたちを救済できるよう迅速に対応しておくれ」

 子どもたちの痛みを請け負うことで子どもたちの回復に貢献していたのではないか、という仮説を念頭に置いているはずのマナさんは、男に何も詳細を話すことなく男の胸ぐらを掴んで丸椅子から立ち上がらせると教皇に引き渡した。

 教皇は男の額に指を当てて魔法陣を直接、額に書き込んだ。

「よかったな、お前が望んだ教会内の出世が叶ったぞ」

 月白さんが男の耳元で囁くと、男の顔色から血の気が引いた。

 “……ご主人様。逃走防止の魔法陣を直々に教皇が描いたことで、どこに逃げても教皇に居場所を特定される男は教皇直属の密偵を熟すのに持って来いな人材になったのです”

 もしかして、二重スパイができるのか。

 “……ご主人様。二色の髪の色の子どもが今も生きているのなら、いまだに半身を焼かれながら蘇生されることを繰り返されている可能性があります。早急に保護して、光影の剣で治癒するまで、この男に痛みを引き受けてもらうべきです”

 二色の髪の色の子どもの怪我が完治していないとシロは考えているようで、兄貴も頷いた。

 毎日半身を焼かれているなんて残酷すぎて子どもたちに聞かせられない、と判断したマナさんと教皇が男の尋問を打ち切りにしたようだ。

 “……魔力の多い子どもを専門で誘拐していた連中は、邪神の欠片の魔術具を扱える人間を養成しようとしていた。ディミトリーが人格を分離させて邪神の欠片の魔術具を制御しようとしたように、その子も独自の方法で制御しようとして傷を負ったと考えると、完治していないのに抑え込んでいる可能性が高いんだ。なるべく早く保護してあげたい”

 精霊言語で訴えた兄貴の言葉に水龍のお爺ちゃんが頷いた。

 教皇と月白さんの間に挟まれて連行されていく男を複雑そうな表情で見送るマテルに、イザークが声を掛けた。

「まだ、二色の髪色の子どもがハントの子どもだと断定されたわけではないから、思い悩むのは早いよ」

 ふっと息を吐いたマテルは悲しそうに微笑んだ。

「その子が誰の子どもであっても助かってほしいと思うだけだよ。親が誰かなんて、関係ない。ただ、親の仇が皇族だけではなく、教会の秘密組織にも責任の一端があるのなら、逃走犯たちの居場所がわかるかもしれないかな、なんて考えていたんだ」

 復讐の誓いを応用して逃走犯の追跡ができるのではないか、と思案するマテルに、マナさんは首を横に振った。

「旧ラザル国王子のマテル君じゃね。わしはカイルの親族の緑の一族の族長カカシの代理のマナじゃ。マテル君の国を滅亡させたのは帝国で、復讐すべきは皇帝一族、とまあ判断するのはかまわないが、皇族を根絶やしにしたら帝国で内戦が勃発して世界中が大混乱に陥ることは理解できるかな?」

 マナさんの問いにマテルは頷いた。

「ぼくが皇帝一族を根絶やしになどできないことはわかっているのに、そう誓わずにいられなかったのです!」

 マテルの答えに、そうじゃのう、とマナさんが頷いた。

「洗礼式を終えたばかりの年齢で神に誓って以来皇族の居場所がわかるようになったのなら、マテル君のその行動を神々が後押ししているということじゃ。つまり、今の帝国の在り方を神々は好ましく思っていない。じゃが、その数年後、神々はカイルが帝国国土の魔力を整えることには祝福を贈っている。神々にとっては数年なんて瞬きをする程度の時間じゃ。とどのつまり、世界の魔力が整うことを神々はお望みで帝国の栄枯盛衰なんて気にしていない、ということじゃ。マテル君の役回りは南方地域の土地の魔力を安定させるために、皇帝一族を見張り、帝国の南進を食い止めることじゃよ」

「皇帝一族の居場所を把握できるようになったからには復讐を成し遂げなくては神々の意向に背くことになる、というわけではないのですね?」

 マテルの問いにマナさんは頷いた。

「ああ、小さいながら復讐を誓ったマテル君の気概に祝福を授かっただけじゃろう。そんなに気負うことはない」

 マナさんの言葉に小さいオスカー殿下に親しみを感じ始めていたマテルはホッとしたように胸をなでおろした。

「帝国の南進の背後に、教会の秘密組織の暗躍が疑われても、マテル君が頑張りすぎなくていいんじゃ。任せられる大人がいるんだから、肩の力を抜いてマテル君は聖典を学べばよい。根絶やしにするほどの罰を与える神は創造神しかいない。聖典を読み解くことで神々の祝福を授かったマテル君の復讐の落としどころが見えてくるじゃろう」

 マテルの肩を優しくマナさんが叩くと、マテルは素直に頷いた。

「お昼ご飯は何じゃろう?カイルたちのキャンプに合流すると、食事が楽しみなんじゃ」

 マナさんはそう言うと、昼食の仕込みをしているベンさんの元に行こう、とぼくたちを促した。


 カツ丼、カツカレー、ソースカツ丼、と好みの豚カツ料理を選べる昼食のメニューになったのは、昼食はカツで験担ぎをした方がいい、とベンさんが主張したからだ。

 昼食の席は大聖堂島に残っていた班との情報交換の場になったので内緒話の結界を張り、水龍のお爺ちゃんが真夜中に活躍している話をした。

「そのゾーイという上級魔導士が二色の髪の色の子どもを邪神の欠片の使い手にしようとしているのなら、今晩にでも確実に拘束できるように祈っているよ」

 串カツのソースの壺に小さい手で串を入れていた水龍のお爺ちゃんにベンさんが声を掛けると、任せておけ、と言いながら串をソースの壺に半分しか入れていないのに取り出してしまった水龍のお爺ちゃんが気まずそうにミロを見た。

「口をつけていない串をもう一度ソースの壺に入れるのはセーフです」

 二度付け禁止の規則の範囲を確認した水龍のお爺ちゃんは嬉しそうにもう一度ソースの壺に串を入れてたっぷりソースを纏わせてから頬張った。

「ゾーイという上級魔導士は教会の名簿上存在しない。尋問した男もゾーイの詳しい役職を知らなかった。王都で魔術具を暴発させた新米魔導士たちも知らなかった」

 昼食に合流した教皇は男がマナさんに話したゾーイという教会関係者を洗いざらい探したが、中級魔導士に同じ名前の人物がいたのに上級魔導士や司祭の名簿にはなかったと言った。

「今、尋問している男も孤児たちを移送する時の名前は偽名で、教会の登録名はフランクだった。組織に所属する上級魔導士が現場仕事から内勤になると格が上がって偽名を用意されるらしい」

「格が上がるというか、悪いことだと知りながら組織の中枢にかかわる仕事をする連中が真名を隠しているだけじゃろう」

 マナさんの突っ込みに教皇が苦笑した。

 完落ちしたフランクは組織の構成の詳細も語り始め、既に拘束した人物についても偽名で語るので事実確認に手間を取っているらしい。

「似顔絵を描いて人相から本名を探したらどうでしょう?」

 ぼくの提案に教会関係者たちに精霊言語を多用したくないらしいワイルド上級精霊と月白さんが、いい案だ、と頷いた。

「いい案なんだが、芸術を専攻したの魔導士は教会施設の修復要員として世界中に派遣されているから、大聖堂島にいるものが少ないんだ」

 教皇が嘆くと、ウィルのスライムがテーブルの真ん中に進みでて、触手で胸を叩いた。

「ぼくのスライムは絵が得意なのでフランクから聞き取った人相絵を描くと言っていますよ」

 ウィルが自分のスライムを推薦すると、ぼくのスライムをはじめとした絵心のあるスライムたちが名乗り出るようにテーブルの中央に集まった。

 ミロが紙とペンをスライムたちに配ると、スライムたちはすらすらと教皇の似顔絵を描きだした。

 自分から名乗り出るだけあってどのスライムも教皇そっくりの絵を描いたので教皇は喜んだ。

「これは助かる!これほどそっくりなら、偽名を変えて逃亡している残党も見つけられるだろう!」

 昼食後、教皇に貸し出されることが決まったスライムたちが誇らしげに自分の描いた絵を触手で掲げた。

 イザークのスライムがテーブルの隅っこで申し訳なさそうにイザークを見上げたが、ご主人様が絵が下手なんだから仕方ないよ、とキュアが精霊言語でイザークのスライムを慰めた。

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