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大広間の検証

 誓約の文言が書かれた文書を手渡されたエドモンドは神妙な面持ちで黙読していたが、誓約する時に触れる水晶のような魔術具が洗礼式の物と同じものだったのでぼくたちは怪訝な表情を浮かべてしまった。

「神学校を併設していない当教会で誓約の儀を執り行うのは初めてなので、このような形になりました」

 洗礼式のような段取りになってしまったことを司祭がエドモンドに詫びた。

「なに、儂が急遽、頼み込んだことだ。対応してくれたことに感謝する」

 誓約の言葉を述べながらエドモンドが水晶に触れると、水晶が輝き教会の鐘が鳴った。

 大きい鐘の音にエドモンドは満足そうに頷くと、続いた領主夫人も同じくらい水晶を輝かせ大きな鐘の音を響かせ目を細めてエドモンドに得意気な表情をした。

「今現在の神々のご加護を自慢したところで、行いが悪ければ見放されるだけじゃよ」

 マナさんの言葉に教皇は頷いた。

 当のマナさんが誓約すると、水晶の輝きも鐘の音も領主夫妻より大きかった。

「さすが、緑の一族の族長です!」

 教皇が目を見開いてそう言うと、領主夫妻も頷いた。

 精霊たちが待ちわびていた結果だ、と教皇の背後にいた月白さんが囁くと、聖女以外に神学の誓約をした女性がいないからじゃろ、とマナさんは苦笑した。

 マナさんの儀式が派手だったお陰で、父さんが誓約した時の水晶の輝きと鐘の音が領主夫妻と大差がなかったことの印象が薄れた。

 まるで平民出身の父さんが目立ちすぎないように神々が配慮してくれたかのようだ。

 “……ご主人様。歴代のカカシのなかで、神学の誓約をしたカカシはマナさんだけです。精霊たちにとっては大事件です!”

 姿を隠しているシロが精霊言語で説明すると教皇の背後の月白さんが頷いた。

 精霊素が湧き出る教会の噴水で精霊素や生まれたての精霊たちが転移しているなら、世界中の土地の魔力を整えるカカシが誓約したことで行使できる魔法の種類が増えたことは、世界中に散らばった精霊たちにとって朗報なのだろう。


「儂は洗礼式を城で済ませたから大広間に入るのは初めてだ!」

 誓約を終えて大広間に案内されるとエドモンドは子どものように目を輝かせた。

「当教会では大広間は季節行事に使用しています」

 司祭の説明によると、春の神事や洗礼式や収穫を祝う神事や冬の吹雪の終息を願う神事になど季節ごとの大きな神事の際に使われているらしい。

「季節行事は多々あるけれど、洗礼式の子どもたちの踊りでしか大広間の床が光らないです。それでも、定時礼拝の礼拝所のように魔法陣全体が光りませんし、出現する精霊たちも数体です」

 司祭が詳細を説明する中、ぼくたち子どもとマナさんは横一列に並ぶと床に手をつきながら一歩ずつ前に進んで魔法陣の存在を確認した。

 それを見た父さんも領主夫妻も横並びになり床に這いつくばった。

 何とかして魔法陣の全貌を確認しようとしているぼくたちの意図を察した教皇まで這いつくばった。

「……これは……同じ神の記号がいくつもあるということは、重ね掛けかな?」

 座り込んだマナさんの言葉に、そうだな、とその場にしゃがみ込んだ教皇も同意した。

「季節の行事ごとに別々の魔法陣が反応するのかもしれないですね」

 父さんの言葉を聞いて閃いた。

「闇雲に大広間の床に魔力を流すより、行事ごとの踊りの立ち位置で魔力を流してみたら魔法陣の一端がわかるかもしれませんね」

 ぼくの意見に全員が頷いた。

 ぼくたちは自分たちがよく知っている洗礼式の踊りの検証から始めることにして、みんなの目力に押されてぼくは闇の神の位置に立った。

 キャロルが光りの神の位置に着くとケインは土の神の位置に立った。

 火の神の位置にクリスが向かい、水の神の位置にミロが立つと、ボリスは風の神の位置に着いた。

 一般的な町の護りの七大神の祠の位置に似た立ち位置だとウィルとイザークは気付いたようだったが、洗礼式の踊りの具体的な内容を知らないので、眷属神役として大広間の隅に控えていた父さんの後ろについた。

 七大神の空の神の位置に誰もいない状態だったので、ぼくとケインのスライムたちとみぃちゃんとみゃぁちゃんが、精霊言語さえ発することなく空の神の役をめぐって視線で火花を散らした。

 そんな空気も読まずに挙手をして大広間の中央に歩み出たのは領主夫人だった。

「キャロラインの洗礼式のために七大神のどの神の振り付けも私は完璧に覚えましたわ」

 不死鳥の貴公子が洗礼式を控えているので、キャロお嬢様の洗礼式から数年経っていてもしっかり復習をしていたらしい領主夫人は、自信に満ちた足取りで空の神の立ち位置に向かった。

 幼少期に何度も練習した踊りなのでぼくたちは鼻歌を歌いながら踊ってみたけれど、大広間の床は光らなかった。

「洗礼式の時期ではないから反応しないのだろう。裸足になってみたらどうだ?」

 エドモンドの提案に領主夫人が眉を顰めたので、ぼくは魔法の杖を一振りして大広間全体に清掃魔法をかけた。

 自分自身にも清掃魔法をかけてから靴と靴下を脱いでピカピカになった床に立つと、領主夫人に睨まれた。

 ああ、そうか。

 貴族の女子が人前で裸足になることが問題だったのか!

 塩湖で水着を披露したキャロルとミロは躊躇いもなく裸足になった。

 ぼくたちの足元が光ると辺境伯領主夫人は恥を忍んで裸足になった。

 モブ神役の父さんとウィルとイザークが靴を脱ごうとすると、マナさんが両手を振って止めに入った。

「駄目じゃ!辺境伯領の洗礼式の時期は盛夏に行われるから、魔法陣全体を光らせるにはまだ早い!林檎の花が咲く季節なのに盛夏だと神々に判断されてしまったら、農作物に影響が出てしまうかもしれない!」

 大広間の魔法陣の影響力が判明していないのに魔法陣が発動してしまう危険性を考慮したマナさんは検証を止めた。

「つい夢中になってしまって制止するタイミングを見失っていたけれど、季節ごとに使用される大広間の魔法陣を起動させてしまう影響力を考えたら、検証はここまでにしておく方がいいだろう」

 教皇の言葉に、そうですね、と司祭が頷くと、検証に熱中していたぼくたちも正気に戻って靴を履いた。

「季節の行事ごとに参加者たちが裸足になって検証の続きをしてもらうのはどうだろう?」

 エドモンドの言葉に辺境伯領主夫人は首を横に振った。

「あなたの思い付きの言葉には影響力があるということを考えてから発言してください!吹雪の終息を願う神事で教会関係者たちに裸足で数日間も神事を行なえ、と言っているも同然なのですよ!」

 辺境伯領主夫人の言葉に司祭は小さく何度も頷いた。

「ぼくたちは裸足で洗礼式の踊りをしたわけではないのに魔法陣が反応したということは、裸足ではなくても魔力を引き出される条件があったはずです」

 ケインの主張に氷点下の環境のなか裸足で神事を行うことを領主に強要されかねなかった司祭が激しく同意した。

「苦しい修行の元、神の教えの神髄に触れる、という精神論的神学は、本当にそれを神々が求めているかどうかわからないので、今の私には汚職聖職者より良い行いだ、としか言えない」

 定時礼拝前の沐浴を冷水から温かいお風呂に変更すると大聖堂島に精霊たちが大量に出現したことを思い出したのか、回避できる状況であえて苦痛の道を選ぶことを信心の証とするのはいかがなものか、と教皇は疑問を投げかけた。

「わしは真理を追究する過程における苦行を否定するつもりはない。じゃが、それはそうやって真理を追究したい者がやればいいことであって、楽しみや喜びを神々が否定していないことを念頭に置いておけばいいんじゃよ。現にオムライス祭りでは神々がお喜びになっているかのように精霊たちが現れるじゃろう?」

 マナさんの言葉に教皇が頷くと、エドモンドの無茶ぶりを回避できた司祭は安堵の表情を浮かべた。

「大広間の魔法陣が光る仕掛けはもっと明白なものがあるはずじゃ。カイルやその次の年に洗礼式をしたケインやキャロたちが、精霊たちに愛されているのは誰でもわかるだろうけれど、ボリスだって精霊たちに気に入られていた。洗礼式の踊りの曲が言葉を封じられる前と同じメロディーなのは、さすが古の習慣を引き継ぐ辺境伯領だ、と着目すべき点じゃが、ボリスの時だって同じ曲で踊っていた。……違いは何じゃろう?」

 そう言ってマナさんが歌った歌詞は発音してはいけないところだけ歌わない古語で、旋律は洗礼式の踊りのメロディーだった。

「……懐かしい。ユナ母さんが歌っていた」

 ぼくの両目から涙が溢れ出たのは、若返ったマナさんの声が美声だったからではなく、音程とリズムが微妙に違っていたが、ユナ母さんがぼくに歌ってくれた子守歌の歌詞だったからだ。

 ユナ母さんはぼくをおぶって仕事をしながら、ぼくが無事に洗礼式を迎えることを祈って洗礼式の踊りの歌を歌ってくれていたのだ、と気付いたぼくは床に両手をついたまま、ただ声もなく涙を流した。

「カイルは洗礼式の歌だって気付いていなかったのか?……ハハハ、そうじゃった。ユナは致命的な音痴で、音程とテンポがよく外れていたな」

 マナさんは泣き笑いしながら屈むと、四つん這いになって涙を流していたぼくの背中を叩いた。

 みっともなく泣き崩れてしまったぼくはそのまま床に仰向けに寝っ転がると、ユナ母さんの子守唄を口ずさんだ。

 マナさんの歌と主旋律が微妙にずれていたが、洗礼式の踊りの歌と比べてみたらよく似ていた。

「……ぼくは洗礼式で七歳まで成長できた喜びを神々に感謝したのはボリスと一緒です。その時、亡き父と母に思いを馳せました。ですが、脳裏に亡き母の子守唄のメロディーがよぎったかは、光の神役の子がふらつきだしたので全く覚えていません」

 母さんの子守唄が関係しているのかはわからないと言うと、ケインは首を傾げた。

「……カイル兄さんが時折、何かに熱中している時に口ずさんでいたからぼくも知っている曲です」

 ケインの言葉にキャロルが頷いた。

「その鼻歌を洗礼式の水晶に触れた後でなんとなく思い出した気がするのです」

 キャロルの言葉にケインとミロが頷いた。

「ぼくは全然覚えていないよ」

 ボリスの言葉にマナさんは首を傾げた。

「もしかしたら、歌詞に古代聖典からの引用があるから祝詞の働きが多少あるのかもしれないな?」

 マナさんの発言に教皇と司祭が驚愕の表情でマナさんを凝視した。

「言葉を失う前の時代は誰でも聖典が読めたし、聖典を引用して挨拶することが教養の証だったんじゃ。貴族たちは朝の挨拶に光の神の章を唱え、挨拶した人に神の祝福があることを願った。魔力の少ない市民たちも少ない魔力ながら祝福を贈り合っていた。世界は魔法に満ち溢れていたんじゃ」

「……言葉や文字を再構築する際に、過ちがあったら神罰に直結するから規制されたのか」

 エドモンドの言葉にマナさんは頷いた。

「ああ!マナさんの誓約の時にあんなに水晶が輝き大きな鐘の音が鳴ったのは、世界中に祝詞が溢れることを神々がお望みになっているからなのかもしれない……」

 教皇が呟くと背後の月白さんが小さく頷いた。

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