表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
647/809

水竜のお爺ちゃんの暗躍と上級精霊の思惑

 “……儂はな、ワイルド上級精霊にちょっとした頼まれごとをしておって、ワイルド上級精霊が保護した青年が誘拐された記憶を辿ったんだよ”

 ディミトリーを山小屋襲撃事件の実行犯として告発するつもりがないぼくの気持ちを慮った水竜のお爺ちゃんは、ディミトリーの名前を出さなかった。

 “……なかなか魔力の多い青年なので彼は誘拐された時一般の孤児たちとは違う施設に入れられていた。彼の証言から塩湖の村からほど近い町に一時保護されたようなので立ち寄ってみたんだ。あの町のことはカイルたちと同行する商会の人たちがきな臭いと言っていたから、はなから怪しんでいたんだ”

 塩湖の村で採取された塩の卸先の町で、精製前の塩だから、と不当に買い叩かれているのではないか?と商会の人たちは勘繰っていた。

「塩湖の塩は高額取引される高級塩だから潤っている町だろう」

 エドモンドの言葉に水竜のお爺ちゃんは首を横に振った。

「塩湖の村はそれほど豊かではなく、商品の質を上げて村の収入を増加するために、第三皇子が村人たちで塩の精製ができるように、村人たちを魔法学校に通わせるために奨学金を出す話がありました」

 キャロルの説明にエドモンドは眉を顰めた。

「第三皇子派の村なのか?」

「違います。何かと首を突っ込んで引っ掻き回す御仁で、皇太子候補になりたくない第三皇子は第二皇子を持ち上げたくてした行為で、第五皇子も母方の実家の権力を抑えたかった思惑が重なった結果、そうなってしまったのです」

 ウィルの解説に、あの皇子たちか、とエドモンドも合点がいくと、領主夫人が同類を見るような目でエドモンドを見た。

 “……うん。今回は第三皇子が儂の後始末をすることになりそうだ。あの近辺で優秀な工員に奨学金を出して魔法学校に再入学させようと第三皇子が介入していたこともあり、塩の流通量が収穫量と合わないことを調査するよう命じていたらしい。拘束した男は、魔力がそこそこにあっても薬の治験に耐える体力がなさそうな孤児たちの魔力を塩の精製業者に売っていたようだ。男は子どもたちを数時間ほど塩の精製工場の魔術具に魔力供給をさせて仲介料を取っていたようだな。報酬をポイントで受け取れないので、精製済みの高級塩を受取り、子どもたちの一時収容所に隠していたようだ。第三皇子に追及される前に隠していた塩を回収しようと戻っていたので拘束できた”

 市場に流通している塩が極端に少ないので男の報酬が現物支給だったことがあだになったようだ。

 精製するたびに計算上より塩が少なくなっていく『天使の分け前』を聖職者が孤児の労力の対価として受け取っていたことに教皇は頭を抱えた。

 “……男は細かいことまで覚えている質だったから尋問に時間がかかってしまって、夜が明けたら第三皇子も介入してきたら面倒だからと大聖堂島の噴水に放り込んでやったんだ。教会側で事情聴取が済んでから第三皇子に引き渡してやってくれ。あの皇子も実子の行方を捜しているから自分で聴取したいだろう”

 人情に脆い水竜のお爺ちゃんは、帝国軍に引き渡したら教会が情報を引き出せないのでひとまず男を大聖堂島に送ったが、教会で調査が終われば第三皇子に委ねろ、と教皇に念を押した。

 “……あの男は世界の理がどうしたこうした、という狂信者ではなく、金の匂いに敏感だったからこそ、孤児たちの出身地を正確に覚えていた。痛みに対する耐性がそんなにないやつだったから、ペラペラしゃべったぞ”

 “……ご主人様。水竜は癒しが使えるので、痛めつけては癒すことを繰り返して、かなりの情報量を引き出しました”

 血なまぐさい方法を聞きたくないぼくとケインは、テーブルの下で指を小さくクロスさせてシロの精霊言語を止めた。

「それだったら、各地で不正を働いて、塩以外にも各地で何かため込んでいそうだな。その男の赴任先を洗えばまだ何か出てくるかもしれない。そこを交渉の材料に使えば口が軽くなるだろう」

 水竜のお爺ちゃんが拷問したことを疑いつつも、拷問以外の方法で自白させる手段を教皇は思案した。

「噴水広場にはデイジー姫がいるから、もうすでにたっぷり絞られているかもしれませんね」

 ディミトリーの捜索を長年続けていたデイジーは、ディミトリーが捕縛した秘密組織の男が目の前に現れたら、そのまま素直に教会関係者に引き渡さない気がする。

 “……王族を誘拐された東方連合国のデイジー姫は誘拐犯の男から情報を聞き出したいだろう”

 水竜のお爺ちゃんはあえてデイジーの元に送り込むことで聴取の続きを効率的にすることを選択したようだ。

「ああ、当事者でない国などないほど被害が広範囲に及んでいるから、デイジー姫も詳細が知りたいだろう。夜が明けた噴水広場のような公の場で強引なことはしないだろう」

 大聖堂島に急いで戻らなくても大混乱は起こらないだろうと踏んだ教皇は一息ついた。

 “……教皇猊下が直接聴取するほどの男じゃない。邪神の欠片をただの扱いにくい古代魔術具だとしか考えていない小物だった。男から得た情報で今晩も捜索に行くから、続報を期待してくれ”

 水竜のお爺ちゃんは任せておけ、と言いたげに小さい手でお腹をパチンと叩いた。

「それで、この教会での調査はお済みになられたのですか?」

 辺境伯領主夫人はぼくたちが大聖堂島に戻る時間を気にして教皇に尋ねると、教皇は難しい表情になった。

「大広間の床に魔法陣が敷かれているのは確認できたが、私が魔力を流しても手で触れた部分しか光らなかったので全貌は解明できなかった。司祭の説明でも、洗礼式の子どもたちの足元が光って魔法陣らしきものがある、ということしかわからない」

 教皇の言葉にぼくとケインとキャロルとミロは頷いた。

「ああ、カイルの世代から大広間が光り出したんだったね」

 教皇の言葉にぼくは頷いた。

「ぼくの時は、光の神役の子が途中からふらつきだしたので焦ってしまい、床が光っていることより、神々に手加減してほしい、と咄嗟に願ってしまいました」

 あの時は終わった後に大騒ぎだった、と辺境伯領主夫妻も父さんも当時を思い出して言った。

「ぼくの時はカイルから話を聞いていたので回復薬を先に飲んでから踊りました」

「事前に対策をしていたことと、七大神役の子どもたちが複数人で踊ったことで、誰もふらつかずに終わりましたね」

「魔法陣の勉強をする前だったから、なんか光った!くらいしかわかりませんでしたが、あれは神々の記号に装飾が施されているものだったのではないでしょうか?」

 キャロルとミロとケインの感想に教皇は頷いた。

「七大神の神の記号は確認できたが、魔法陣としての形を想像することさえできなかった。魔力を流しても受け付けないというか、広がっていかないのだ」

 首を傾げる教皇の後方で月白さんが頷いた。

 上級精霊ならきっと理由を知っているだろうけれど、神々と人間とのかかわりに直接介入する気がないのだろう。

 ワイルド上級精霊が直接ディミトリーを転移させないように、上級精霊には理由があって過剰に何でも手助けしないのだろう。

「洗礼式の魔法陣は洗礼式以外では反応しないのではないでしょうか?」

 ウィルの疑問にぼくたちは頷いた。

「洗礼式の踊りでは通常の魔力奉納の時のように、適切な分だけ魔力が勝手に引き出される感覚でした」

「確かに多めに魔力奉納をしたことでふらついた子も本当の魔力枯渇の時のようにいきなり意識を失ったりしませんでした」

 ぼくとケインの感想に、魔力枯渇を起こしたことがあるのか!と教皇がぼくを凝視した。

「洗礼式前の幼いころにお米を毎日食べられるようにしたくて種籾から育てる実験をしていた時に知らず知らずに魔力を使っていたようで、いきなり魔力枯渇を起こして昏倒したことがあるのです」

 最近の魔力枯渇の経験を伏せて昔のことを話したら、辺境伯領主夫妻と父さんとケインとマナさんが、あったな、大変だった、としみじみと言った。

「そんな小さい時から、神に祈って作物を育てていたのか!さすが光影の剣を出現させる賢者だ!」

 驚く教皇の後ろで月白さんが面白そうな顔をして頷いている。

 賢者ってなんだ?

 “……ご主人様。賢者とは道理に通じた賢い人間のことです”

 いや、そんな一般的なことは知っているよ。

 ぼくは世界の道理なんてまだ全く知らないよ!

 困惑するぼくを微笑ましいものを見るような目でみんなが見ていた。

「道理を知ろうと無意識に努力するから、カイルの元に世界が必要としていた光影の剣が出現したのでしょう」

 賢者と持ち上げられて動揺するぼくに、ぼくはまだ努力の途中である、と父さんは助け舟を出してくれた。

「無意識に、と言う箇所に激しく同意します。食い意地のはった幼い子どもが一心に神に祈ったことは否定しません。それを努力と神々が認めてくださって洗礼式の踊りが魔力奉納になったのかもしれません」

 ぼくの推測に、クリスとボリスが頷いた。

「同じ踊りを同じ衣装で同じ年齢の時にしたのに、洗礼式の踊りで魔力が引き出されることはありませんでした」

 クリスの言葉にボリスは頷いた。

「無事に洗礼式を迎える年まで成長できたことを神々に感謝して真面目に踊ったけれど、何もなかったです」

 信心が足りなかったわけではない、とボリスが言うと、それは理解しているよ、洗礼式で光らなかった世代を不信心だと責めるつもりはない、と教皇は言った。

「もう少しこの教会で時間が取れるのでしたら、おにぎりを食べた後、ぼくたちも大広間の床に魔力を流してみてもいいですか?」

 お腹が空いていては考えもまとまらないだろう、とぼくが提案すると教皇は頷いた。

「カイルたちは誓約を済ませているから教会では神学生候補の扱いになる。本来、一般開放されていない大広間に問題なく入れるよ」

 教皇の言葉に、自分は立ち会えないことに気付いたエドモンドが挙手をした。

「はい!教皇猊下!儂も神学を学ぶための誓約がしたいです!」

 とうとう言い出したか!と言うような視線を領主夫人がエドモンドに向けると、空気を読まずにマナさんも、はい!と声を上げて挙手をした。

「かまわないですよ。為政者にこそ神学を学んでほしいと考えていたところです。教会としては大歓迎です」

 迷惑ではない、と聞いた領主夫人は、はい!と挙手をすると、父さんも手を上げていた。

「朝食の後、皆さんお揃いで誓約されたらよろしいでしょう」

 月白さんの言葉に全員が頷いた。

 お握りと唐揚げとお新香と、水筒にお味噌汁まで用意してくれていた母さんとお婆に感謝しつつ朝食を食べた後、洗礼式で水晶を触った部屋に案内された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ